今回は前半となりますので後半は早めに投稿できそうです。
エアグルーヴを担当するようになって1年が経ち、クラシック期に入ったころのとある昼休み。半袖も長袖もいける一番ちょうどいい春があっという間に終わり出して、夏がやってくる気配を感じる頃だ。昼食を食べようと食堂に入り、いつもの食券販売機の行列に並んでいた。
今日はA定食にしようか?それとも午後の会議で眠くならないようにうどんで済ませてしまおうか?などとあれこれ考えていると、ふと前に並んでいた人物が目に入った。
その人物は肩を隠す程の長さのツヤがある黒髪で、夏が近づき半袖に衣替えしてある青色のセーラー服を着こなしスラっとした出で立ちをしている。頭を見てみれば比較的長めの耳がピンとたっている。
―え、何でウマ娘が並んでるの?
トレセン学園の食堂では、トレーナーら職員の場合は食券制となっていて普通に一品ごとにお金がかかる。一方でウマ娘は食べ放題となっており、直接希望のカウンターブースまで行って食べたいものを食堂のおばちゃんに注文すれば出てくる。そもそも注文のシステムが違うため、わざわざお金を払ってここに並ぶ必要は無い。
「あのー? そこの君?」
服装からして明らかに生徒なので軽めの口調で話しかけた。見知らぬ人物(ウマ物?)に対するごく一般的な対応をしたつもりだ。だがそれに対して返ってきたのは
「……何? 急に話しかけてこないでよ」
これがドーベルと初めて声を交わした時の台詞である。この時のことは何というかあまりにもあんまりすぎて未だに覚えている。いきなりの敵意。俺何かしたっけ?
不意打ちの拒絶の意志に思わずたじろいでしまったが教えてあげねばと再び声をかけた。
「えっあっごめん。あのね、この列は職員用で、生徒は直接あのカウンターに行けばいいんだよ」
「え? …………あっ」
先ほどまでのクールな顔から一転、ぽかんとした表情をしている。さっきまでわずかに下がっていた眉がぐいと上がり周りをきょろきょろと見回す。
そして確かに学生はこの列を素通りしていること、列の前後は人しか並んでいないことに気づくと、みるみる内に顔が真っ赤になり、涙目になっていった。
「~~~~~////っ!」
声にならない音を発したかと思うとドタドタと列を抜けてカウンターに向かって立ち去って行った。
一瞬の間に色々起きたことで少しの間事態が呑み込めなかったが、まぁ一件落着か、と思い直して前の列に意識を向けた。
でも一言お礼くらい言えばいいのに、と独り言ちながら空いたスペースを埋める。少ししたら俺の順番になった。さすが食堂ともいうべきお手軽な金額を入れてA定食のボタンを押す。
―あの生徒が離れてからはすぐに順番が来たな。
列自体はいつものように長かったがさっきはあと数人というところだった。結構な時間並んでいたんだろう。そこまで思い立った時ふと疑問に思った。
―彼女、制服からして高等部だよな? 高等部から入学した娘なのかな?
食事を終えて自室に戻った。さあ仕事の続きをしようとトレーナー室のパソコンを開くと、仕事用フォルダーに一件新しくメールが入っていた。
中身を確認したところ、次の選抜レースの出走表であった。
ーもうこの時期か。今年はどんな娘が出るのかな?
1番、クライジャスティス。2番、モードクラウン、3番、……と手元のデータベースと照らし合わせながら読み進めていくと途中で目が留まった。
7番、メジロドーベル。
「……これあの時のウマ娘か。やっぱりデビューはまだだったんだな」
一回パソコンをスリープさせて、エアグルーヴに会いに生徒会室に向かった。なにせ情報は少しでも多く取り入れたい。
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「なぁグルーヴ、メジロドーベルって娘は最近入ってきた娘か?」
「なんだ、急に。一言アポくらいとっておけたわけが。……私と同じ寮に入っている娘だな。いや、彼女は中等部から入学している」
生徒会室には運よくエアグルーヴしかいなかった。エアグルーヴも突発的な訪問者に不満気な顔を浮かべながらも教えてくれた。
トレセン学園では本格化の兆しが遅かったり、入学要件を中等部では満たせなかったりと、様々な事情で高等部から入ってくるものも多い。メジロドーベルもその類かと思ったがどうやら違うようだ。
「え? そうなのか? でもトレセン学園の施設に慣れてない感じだったぞ?」
「彼女の場合はちょっと事情がな……無闇に周りに話すなよ」
そういってエアグルーヴは周りに人や生徒会メンバーもいないのを確認して再び話し始めた。
「彼女は1年間休んでたんだ」
「それまでは教官の指導を受けながらトレーナーを探していたんだが、どうもトレセン学園の環境が合わなかったようだ。詳しい事情は分からんがな」
「それで一回学園を離れたいとのことで家にいたんだが、高等部から復学してるのだ」
義務教育の範疇であり、留年が存在しない中等部では、極論通わなくても自動的に進学できる。中央トレセン学園では中高一貫のように、特に本人の希望がない限りは入試もせずに自動的に高等部への進学となるのだ。教育施設の括りが高等専門学校になる高等部に上がると単位を満たさなければ留年もあるし、病気などのやむを得ない事情でないと休学へのハードルも高くなる。だからこのタイミングで復学したのだろう。しかし……
「しかし珍しいな。走るのが嫌になって自主退学ってのはいっぱいいるが、また戻ってきたのか」
トレセン学園の目的は「走る」ことに尽きるため、基本的に学業で求められるハードルはそこまで高くない。成績不良の生徒へのサポートもしっかりしているため、学業が理由で留年というのは、実際はほぼない。素行不良などを除き、生徒が退学になって学園を離れるのはもう走れない、または走りたくないといった理由になる。前者ならまだしも、後者が理由の生徒はほとんど戻ってはこないのが実情だ。
「確かに珍しい。だが理由はどうあれ再び走りたいという生徒を見捨てたりはせん。私も時折話し相手になっている。やはり心配だからな」
「うむ、今後も寮の先輩として面倒見てやってくれ。普段の様子はどんな感じなんだ?」
「マックイーンやライアンなど、メジロ家の者といることが多いな。交流は狭めのようで、ほかの生徒と仲睦まじい様子はあまり見ないな」
「成程、ここのウマ娘達は物怖じしないタイプが多い印象だったが、まぁウマそれぞれだよな」
ウマ娘含むアスリートというのは、運動によりテストステロンというホルモンの分泌量が増えることで、精神面の安定に働き前向きな思考になると言われている。それもあってかウマ娘は全体的に明るく気さくな性格の者が多い。最もサイレンススズカやライスシャワーなど、一人の世界に入りゾーンを作ることでコンディションを整えるタイプもいるがまぁそこは個性の範疇だ。
「グルーヴとはよくしゃべるのか?」
「ああ、私は比較的関わってるほうだろうな。普段は大人しいが口を開けば意外と話すぞ。あと、どうやら私はドーベルに超えるべき壁だとも思われているようだ」
さらりとそう言葉を続けたグルーヴ。
エアグルーヴは途中でトレーナーが変わるドタバタもあってジュニア期のレースの出走はあまり多くなかった。
だがそれでも、後輩諸君にインパクトを残すことはできていたようだ。思わずニヤリとしてしまう。
「ほう、ついにそういう相手が現れ始めたか。トレーナーとしては鼻が高いよ」
「私はまだまだこれからが本番だ。下の世代に追い抜かれるつもりはない」
「分かっているさ。まだ注目され始めているに過ぎない。ここからもっとお前の強さを知らしめて行くぞ」
「当たり前だ」
特に表情を変えることも無くエアグルーヴは見回りに向かった。
─次の選抜レースでどんな走りをするのだろうか、注目してみるか。
それから日が経ち、選抜レース本番の日を迎えた。
UA、お気に入り、高評価本当にありがとうございます!
追記:誤字を修正、模擬レース→選抜レースと名称を修正しました。