女帝の独占力   作:明石しじま

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#9 相対を為す

 出席停止は8日目。

 適切な対策を打てていたためエアグルーヴの症状もとっくに治まり、抗原検査でも陰性を確認できていた。

 一応出席停止期間なので出歩くことは出来ないが、看護師付き添いの元自室から一部荷物をこちらに持ってくることができたり見舞いの制限も緩くなったりと制限は大分緩和されていた。

 

 昼ご飯を終え、エアグルーヴが病室の机で先生から出された課題にペンを走らせている。

 病室なので生徒会の仕事も出来ず、持て余した集中力を目の前の課題に費やしている。やがてひと段落しようと廊下からこちらを呼ぶ声が聞こえる。

 

「すみませーん……エアグルーヴさんでしょうか……?」

 

 知らない声に怪訝な顔を浮かべつつ、手元のマスクをつけて返事を返す。

 

「はい、どうぞ。……む、看護師じゃないのか? 悪いが、名乗って貰えるか」

 ゆっくりと扉が開き、まだ糊のきいた制服に身を包んだ生徒がこちらにやってきた。

 相手もマスク越しなので表情が読み取りにくい。しかし挙動が堅く、目線もいまいち安定していない。

 

 

「初めまして。アタシ今年から高等部に上がった、メジロドーベルっていいます! お見舞いに来ました!」

 

 

 入口に立っているメジロドーベルがやや上ずった声と早口で自己紹介する。

 何故初対面の者が見舞いに来たのか。というか何故こんなに緊張してる様子なのか。突然のことにエアグルーヴは困惑していた。

 

 

 一方で、メジロドーベルからしてみれば緊張するのは当然だった。元々の緊張しいの気質の上にずっと憧れだった存在が目の前にいて、しかも今は一対一なのだ。

 エアグルーヴはその立ち振る舞いから生徒たちの間にもファンが多い。そんな彼女たちに叩かれないことを祈りながらここまで来ていた。

 

「あのっ……アタシ、エアグルーヴさんに憧れてて! 図々しいかなって思ったんですけど、お近づきになれたらなと思って! でも入学式にいらっしゃらなかったので聞いてみたら倒れちゃったって聞いて」

 

 本当は入学式が終わった後のどこかのタイミングで話しかけるつもりだった。だが式典に立っていたのはエアグルーヴではなくそのトレーナーらしき男だったし、終わってから生徒たちの間に出回った噂を聞くと何やら病気になっているらしいという。

 居ても立っても居られなくすぐにでもお見舞いに行けないかと思っていたのだが関係者でも無いメジロドーベルは今日まで対面の許可が下りなかったのだった。

 

「あのこれ。ちょっとしたものですけど、リンゴ持ってきました。剝きましょうか?」

 

 エアグルーヴの了承を得ると、手元の袋から紙皿と林檎と果物ナイフを取り出して慣れた様子で剝き始めた。

 

「アタシ、果物好きなんですよ。お肌にもいいし。メジロ家が契約している農家さんからの物なので、おいしいはずです」

「それは楽しみだな、ありがとう。皆が果物を見舞い品に持ってきてくれるからか、私も心なしか肌色が良くなった気がする」

 

 確かにエアグルーヴの肌が光に反射しツヤツヤしていて、血色も良くなっていた。

 普段から眉間に皺を寄せて仕事に忙殺されていたエアグルーヴ、ケアこそ怠っていなかったがそれでも隠し切れない疲労が表れていたのだろう。

 口にこそ出していなかったが、やはり女子としては如何に美肌を手に入れるかは永遠の命題。夜に鏡を見て一人ため息をついていた時を思い出すと今の潤いを取り戻した肌をうれしく思わないわけがなかった。

 

 

 それから二人は会話が盛り上がる。話題は他愛も無い話から家庭の事情まで様々だった。

 実はエアグルーヴは毎年、新入生や高等部に進級したものは全員どんなウマ娘なのかを確かめている。その中でも特に、優等生やレースで非凡な才能を見せる者など気になった生徒の事は情報を集めたり、直接対話を試みたりすることがある。

 これは次の世代の顔となるウマ娘を見つけたいという半ば趣味とも化している行動だが、次代の生徒会員となりえる者を探し出すという理由もある。何せ常に仕事で逼迫している生徒会、少しでも優秀な人材は確保しておきたいという事情があるためだ。

 

 だが一方で、学業が追い付かなかったり故障が目立つウマ娘もチェックをしている。

 こちらは趣味色は無く、エアグルーヴの義務感からくる行動だった。

 トレセン学園は他の一般の高校への転学が多い事は課題の一つとなっている。

 原因は経済的理由から怪我、本人の意思と多岐にわたる。奨学金等の経済的なサポートは生徒会の領分では無いので手は出せない。だがせめて学業不振やメンタルケアで自分の手の届く範囲でだけでもサポートをしてあげたいという思いがエアグルーヴの中に確かに存在している。『女帝』の称号を絶対的強者の象徴だけに納めるつもりは更々無いのだ。

 

 

(ああそうか。名簿に見覚えが無い名前だと思っていたが、休学していたのか……道理で)

 更に話を聞いてみると、エアグルーヴがメジロドーベルに抱いた印象はどちらかといえば後者寄りだった。

 家庭の事情か学校での環境かはたまた別の要因か。理由までは聞けないものの何かしらの強いコンプレックスがあるのかもしれない。と、メジロドーベルが気に入っている紅茶についての話を聞きながら内心で推察していた。

 

「それでは、アタシはそろそろ失礼します。無理せず休んでくださいね」

「心配するな。もう動きたくて仕方ないくらいだ。もし、何か困ったことがあったら何でも頼るといい」

 引っかかることはあれど新しく知り合った者と話すのは楽しいもの。あっという間に良い頃合いとなったためメジロドーベルが退室していった。

 エアグルーヴは顔が怖いとよく言われるため、出来るだけ柔らかい表情になるよう努めて笑顔で彼女を見送る。

 

(一回折れた翼は脆い。私も、普段から様子を気にしておこう)

 エアグルーヴの中での彼女の位置付けが、『休学中の一生徒』から『副会長として助けるべき存在』へと変わった瞬間だった。

 

 

 ……まさか、この数日後には自分のトレーナーがスカウトを行い、一週間後には『チームメイト』に更に格上げすることになることなんて、今のエアグルーヴには思いもしなかった。

 

 

 


 

「その……もう一度挨拶した方がいいですか?」

「名前もあの時話したことも全部覚えている。不要だ」

 

 メジロドーベルは混乱の一言につきていた。

 病室で初めて相対した時には、初めこそ怖い先輩という印象だったがこちらの話も無碍にする事無く楽しい会話が出来た事で面倒見の良い先輩なのだということは分かっていた。

 一方で、現在のエアグルーヴはメジロドーベルの言葉にも冷たく返し、頭痛でもあるのか額に指を当てながらひたすらにトレーナーのことを睨みつけていた。

 

(もしあの目線がアタシに向いていたら、何も言えなくなっちゃうだろうな。それにしてもトレーナーはなんであんな飄々としてるんだろう? 気づいていないこと無いよね?)

 理由はともかく、何故か不機嫌になっていることはメジロドーベル自身にも伝わっていた。

 自分が嫌われているわけではなさそうだと見立てを立てるが、どう立ち振る舞えばいいのかが分からなかった。彼女とて今までずっと家に居た身。残念ながら、この場をうまく納める立ち回りが出来る程社交性が高くは無いのだ。

 

「あ……あの、先輩。アタシ、何かやらかしちゃったりとか……?」

「……? 何も?」

 こちらに向き直ったその顔は打って変わって柔らかい。だが病室での表情を見ていたメジロドーベルから見ると今不機嫌さが入っていることは明らかだった。

 

「ほら、エアグルーヴ。後輩が怖がっているだろ。そんな顔してないで、新しい仲間を歓迎するんだ」

「……き、貴様のせいだろうが。何をぬけぬけと……」

 

(仲良さそうな様子を見るに元々何かしらの関わりがあったのだろうな。たまたまだが、こちらとしては話が早くて助かる。……それにしても、エアグルーヴは一体何に怒っているのやら。こいつは普段はハッキリ言うタイプだから、こんな悶々としている様子は見ないな)

 トレーナーはそんなエアグルーヴの様子をどこか好奇な目線で眺めていた。

 

「……何その顔」

「いや、別に? 」

 メジロドーベルがそれに気づき訝しげに指摘するが、トレーナーはそれをさらりと受け流す。

 その指摘でエアグルーヴもトレーナーの目線に気づいたようで、益々目つきの鋭さが増していく。最早目線だけで射殺せそうな程にまで達していた。

 

 

「よし、挨拶も終わったし連絡事項は全部伝えた。メジロドーベルは近々始まるメイクデビュー戦からスタートだな。明日から仕上げに入ろう。今日はもう自由にしててくれ。俺たちはまだ話し合いがあるから」

 トレーナーは、そんなエアグルーヴを受け流してメジロドーベルとの話し合いを終えたことを告げた。

 

「分かった。自主トレでもしとく。じゃあ先輩、改めて、よろしくね。……あと、トレーナーも」

 

 エアグルーヴは頷きながら、トレーナーは手を振りながら退室するメジロドーベルを見送った。

 

 

「ははは、俺はついでかよ。エアグルーヴは慕われてるみたいで良かったな「ふん!」……ッて! 痛っっってぇぇぇ!!」

 

 

 メジロドーベルが部屋を去ってすぐ、エアグルーヴが鬱憤を晴らすかの様にトレーナーの足を踏んづけた。そのあまりの痛みは思わずトレーナーが飛び跳ねる。

 

「……大袈裟な。全く力入れていないというのに。安心しろ、後には残らん。まったく貴様は相変わらず貧弱だな」

「お前ら基準で言ってんじゃねぇ! いきなり何するんだよ!」

 

 エアグルーヴの言う通り、ウマ娘の脚力で本気で踏まれれば人の骨は容易く砕け散ってしまう。だからこそ力こそ入れずに気を使いながら踏んだのだがトレーナーからしてみれば痛いことには変わりはない。

 

 

「情報共有を怠った罰だ。また勝手なことをしおって、たった一年でもう二人目を入れるとは聞いていないぞ私は」

 

「確かに、言わなかったのは申し訳ない。俺さ、前にメジロドーベルの事を聞いたよな? 実はあの時から構想を固めていたんだよ。トレーナーっていうのはな、優秀なウマ娘はツバつけときたくなる生き物なんだ」

「気色悪い。もう一発いくか? 次は跡が残るまでな」

 

 こちらをゴミを見るような目で見てかと思うと、ゆっくりと左足を持ち上げてトレーナーの足をロックオンし始めた。

 もしもあの足で踏み抜かれたらいよいよ足は御釈迦になるだろう。

 

「待て待て! それに二人目を引き込めたのもお前が落ち着いてくれたからだぞ? ジュニア期から変わっていなかったらそんな余裕も無かったけどな」

「……悪かったな。それは皮肉のつもりか?」

「褒めたつもりだったよ」

 

 ここまで聞いてようやくエアグルーヴも足を下す。トレーナーは内心一安心しつつ説明を続けた。

 

「あいつとお前を監督するのは合理的なんだよ。二人とも適正はマイルと中距離。しかも脚質適正まで同じだ。トレーニング方針を合わせられるから俺も指導がしやすくて色々な面で都合がよくて助かる。専属で徹底的に面倒見るのもいいが、チームメイトがいるのも悪くないんだぞ。併走だっていつでも頼めるしな」

 

 

 万能型のウマ娘を指導する場合、その響きこそかっこいいが指導の難易度はぐっと上がる。スピードを伸ばせばいいのかスタミナを伸ばせばいいのかなどの判断を常々更新していかなければならないためだ。

 もしもそういうタイプに能力を万遍無く伸ばそうとすれば、安定した入着こそ出来るだろうが一着は取れないだろうというのがある程度共通の見解である。逃げしかやりたがらないサイレンススズカやツインターボ、ステイヤーとしての才能を持つライスシャワーなどのように、何か尖った得意分野を持っている方がトレーニングもたてやすいし、方針がクリアになるものだ。実際に、過去の統計を見ても頂点を取れるのは尖った強みを持つ者と相場が決まっている。

 

 その為、研修生はまずは自分の専門を決めてそれに基づいた担当選びをするのが王道だと習う。このトレーナーもその王道に沿ってこの二人を選び出している。

 ちなみにこれがもっと増えて大規模なチームになると、専門外のウマ娘も加入したりするため指導がもっと難しくなる。それが出来るトレーナーというのはは中央の人材の中でも更に上澄み、経験豊富なベテランか体力がある天才くらいしかなのではないか、とトレーナーは考えていた。

 

 

「……はぁ。貴様は卑怯だな。そうやって理屈で言われると文句も言えないでは無いか。メジロドーベルの才覚は認めるところだが、そう易々と前を譲るつもりは無いぞ」

「ちゃんと説明したのに卑怯だと言われるとは……年頃の女子の考えることは分からんな」

「一言アドバイスを贈るなら、そういう言い方をしていると陰で『おっさん臭い』などと言われるから気をつけることだな」

「俺はまだ20代だ! ……ギリギリだが!」

 

 なんにせよエアグルーヴの説得が済んだトレーナーは彼女になぜそこまで気が進まないのかを聞いた。エアグルーヴが答える。

 

「誤解をするな。私はドーベルと共に練習をすることには最初から反対していない」

「あ、そうなの?」

 

 話を聞くに、どうやら先輩後輩として交友を深めていたらしく、この間の休日も二人で街を歩いていたそうだ。それを聞いたトレーナーはほっと一息つく。

 もしもチームメイトの仲が悪いと、如実にトレーニング効率も落ちてしまう。そのため仲の良さというのもトレーナー側からしたらかなり気を遣う所なのだ。

 だがそうなるといよいよ理由が分からない。一体何が不満だというのか。

 

「……なぁ、私との専属に嫌気を差したわけでは無いんだな?」

「……いやいや、だったらさっさと契約解除するさ。……いや、契約してからだとトレーナー側から自己都合で解除するのは相当難しいんだったか。そしたら適当に放置してフェードアウトするのが現実的だな」

「陰湿なやり口を思いつくものだな……。いやまぁ、そういうことなら、良いんだ」

 

 トレーナーの返答を聞いたエアグルーヴは、話すことが無くなったかそのままトレーナー室を出ていった。

「……いや結局何なんだよ。答え教えてもらって無いんだが」

 どこか、今までとはベクトルが少し変わったようなめんどくささを感じたのだった。

 

 

 


 

 始まりこそ若干荒れ模様だったがそれからはチームとしては順調に練習を重ねてあっという間に一月が経過した。

 この間にメジロドーベルはメイクデビューも果たした。結果は一着。今回は出遅れ等の大きなトラブルも無く、力を見せつけることが出来た。その結果には周りのトレーナー達も驚かされる。彼女はこんなにも強かったのか、と。

 そしてそれから数日後、今日はメジロドーベルがジュニア期のレース目標を決めるためにトレーナー室で話し合いを行う日だった。

 だがノックをしても反応はない。

 中に入ってみると、トレーナーは、暗い部屋でこちらに背中を向けて、レースの映像を見ていた。

 

『ファイトガリバー出る! イブキパーシブ! ファイトガリバー! ファイトガリバー先着だゴールイン! 桜花賞はファイトガリバーに! 栄冠輝きました!』

 

「……やはり最後の末脚のタイムの伸びが異常だな。……ダメだ。これは偶々なのか本格化が来たのか……判断しきれねぇな」

「……また見てる。そんな暗い部屋で見るの止めなよ」

 

 呆れたように声をかけたメジロドーベルの言葉でようやくトレーナーもこちらに気づいた。

「……レースの研究はいくらしてもし過ぎることは無い。しかもここに映ってるウマ娘達はそのままオークスにも出走する者も多いんだ。このレース程参考になる資料は無いだろ。それにこうすると集中出来るから仕方がない」

「全くもう。桜花賞が終わってからも結構経つのに、まだ研究することがあるの? またこんな引きこもりみたいなことまでしちゃってさ」

「いや、鍵は開いているし別に他人を拒絶しているわけでもないんだが」

 

 トレーナーの手元にはボールペンとノートが置いてある。しかしちらりと中身を覗き込んでみても前見た内容からペンは進んでいない様子だった。

 

「……まぁでも、気持ち分かるよ。もしもそこにエアグルーヴ先輩がいたらどうなってたか。アタシですらあれこれ考えちゃうもん」

 

「でも、先輩にばっか気を取られないでアタシのこともちゃんと見てよね。あんた、アタシのメイクデビュー戦不満だったんでしょ? 今のうちしか集中して練習出来ないんだから」

「別に不満とは言っていないが……分かってるさ。まぁ話し合いとはいえ、お前は最終目標はもう決めているからな。そう長くはならんだろう」

「そうだね。阪神JF。先輩に追いつくためにはそこは譲れない」

 

 

 メジロドーベルがメイクデビュー戦を終えた後、トレーナーが労いの言葉をかけた後に総評として述べた内容は厳しいものだった。

 

 まず言われたのは、このレースの結果は必ずしもメジロドーベルの実力を示しているわけではない、というのが俺の見解だ、ということ。

 どうやら、契約が済んでからすぐに行われるメイクデビュー戦の性質上、各自のトレーニングによる影響というのは殆ど差がなく、ほぼ身体的なスペックでの殴り合いになる傾向なのだそうだ。

 メジロドーベルは、今回周りよりもデビューが遅かった分単純な肉体の成長の利が大きく働いたことが要因らしい。

 加えて、選抜レースや重賞に比べると、通過儀礼の意味合いが大きいメイクデビュー戦の注目度は遥かに低い。そのお陰で目線への対策の必要もなく、ネックだった人目に対するデバフがかからなかったのも大きかった。

 

 この一連の内容をメジロドーベルは口を結んで黙って聞いていた。

『……そっか。アンタ結構ハッキリ言うんだね』

『言っておくが別に意地悪をしてるつもりじゃない。要するに、これからがメジロドーベルにとっては本当の勝負になるから気を引き締めて欲しいんだ』

『……うん分かってる。アンタが正しいんだろうね。いいの。正直ああこんなものかという驕りが少し出始めてたかもしれない。そもそも選抜レースだって、偶々トレーナーがアタシに注目していただけで結果が良かったわけじゃないしね』

 

 

「それで、あれから俺も考えたんだが、お前の場合はやはりレース慣れをしてもらわなければならん。ジュニア期からいくつかレースに出てもらうつもりだが、それでいいか?」

「うん、分かった」

 トレーナーから仮の予定表を見る。その内訳は8月の新潟ジュニアS、9月のサフランS、10月のアルテミスSが書かれている。トレーナーのいう通り、ジュニア期から4つ出走するのは少々ハードな日程なことには違いない。

 紙を読んで考え込むメジロドーベルに対し、時期的に新潟ジュニアSは確定でいいだろうという旨と、必ずしも全部出る必要は無く追々の仕上がりを見て判断することも補足した。

 

 

「……っとそうだ、忘れていた。メジロドーベル。こっち向いてくれるか」

「え、何?」

 

 話し合いをスムーズに終えて、今日のメニューをこなしにグラウンドに向かおうとしたメジロドーベルをトレーナーが呼び止めた。

 

 

「はい、チーズ」

 

 

 メジロドーベルが向き直った瞬間、トレーナーが横に立ちカメラ音を室内に響かせた。

 画面には微妙にキメ顔をしたトレーナーと気の抜けたメジロドーベルが収まっていた。

 

「うん、自然な顔で良いじゃん。お前メイクデビュー戦のライブの時も顔ガチガチだったもんなぁ」

「……は、はぁ!? ちょっと何勝手に撮ってんの! 」

 

「いやそれがさ、今日エアグルーヴ生徒会の仕事でトレーニング休みだろ? そしたら俺たちの写真送ってくれって頼まれたんだよ」

「せ、先輩が?」

「オークスも近いのに仕事だってんであいつも最近ピリピリしてたからな。何か気が紛れる物が欲しいんだろ。まさか写真頼まれるとは思わなかったけどな、ハハハ」

 

 メジロドーベルに経緯を説明しながら手元のスマホを操作する。

 その口調は仕方なくといった様な口振りだがその声色は普段よりも高い。

 

 このメッセージは今から1時間ほど前に唐突に送られてきたものだった。その文面は『顔が見たいから写真をすぐに送ってこい』という簡潔なもので最初はその意図が分からず困惑した。だがトレーナーは直ぐにその本意に気づく。『何だかんだメジロドーベルの様子が気になっているんだな』と。

 その日の調子は顔色を見るだけでもある程度推察できるものだ。恐らく直接見れない分、写真で補おうとして依頼をしてきたのだろう。

 自分まで写真に写ったのは完全に悪ノリだ。今頃エアグルーヴは写真を見て『貴様の顔なんて見ても何の得にもならんわ、たわけ!』などといつもの様に怒っているだろう。

 

「もう……そういうことなら仕方ないけどさ、次からはちゃんと撮るって言ってよね。こっちだって映りが悪い写真残したくないんだから」

「悪い悪い、次からはちゃんと言うさ」

 

 メジロドーベルが今度こそ部屋を出ていく。

 トレーナーは、後から合流するまでに今日のノルマを終わらせるためにパソコンに向かった。

 結局、エアグルーヴからの返信は返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 おまけ『エアグルーヴが写真を頼むまでに至った、彼女が発した言葉の切り抜き』

 

 

「会長。メンバー全員揃っております。では参りましょう」

 

 

 

 

「…………おい、そこ! これは仕事だ、遠足じゃないんだぞ! 私語をするなとは言わんが目に余るぞ!」

 

 

 

 

「全く、一体何を盛りあがっていたんだ。ん、スマホ? ……これは、犬? ほう、実家の犬なのか。…………ふむ? 実家から写真を送って貰うことで、離れていても顔が見れるようにしてるのか」

 

 

 

 

 

 

「…………成程、写真か。確かにそれならいつでも……。ん? 何をそう怯えているのだ。思わぬヒントを得られてむしろ感謝したい位だ……フフフ」

 

 

 

 

 

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