「うわぁ……。帰ったら着替えないといけませんね」
影夜は、買い物籠を片手に紅魔館へと走っていた。食料が不足していた為に買い物に行っていたのだが、その帰りがこれである。
霧の湖も今日はやけに霧が濃い。雨のせいもあって、やけに寒かった。
「いや、着替える前にお風呂ですかね。…………っ!?」
ふと、後ろから視線を感じたので振り返る。しかしそこには誰も居ない。じっと先を見つめるが、ただ自分の体が濡れるだけである。
「? ……気のせいか」
そう呟き、紅魔館へと走って行った。しかし、彼が去ったあと、地面から頭を半分ほど出した男が影夜を睨んでいた。
薄紫の髪の男は地面から出ると、ニヤリと笑った。
「あそこには様々な人外がいるらしいが……。どれ、我々の計画の為にも、潰させてもらおう。クックック……」
「では、失礼致します」
「ご苦労様、影夜」
パチュリーに紅茶を差し入れし、大図書館を後にした。窓を見るとさっきよりも雨の降る勢いが強くなっている。
「鈴姉さんでも、さすがに風邪を引いてしまうな。暖かい烏龍茶でも持っていこうかな?」
ならばと思い外へ続くドアへ向かうと、おかしなことに気付く。
帰って来た時には閉めたはずのドアが開いているのだ。その瞬間、嫌な汗が全身から噴き出し、金縛りのような感覚が襲ってきた。
「誰だ!!」
誰も居ない目の前に向かって叫ぶ。「何かが居る」と勘が告げているのだ。
すると、地面の方からズブズブと音を立てて男が現れる。片手に痩せ細った美鈴を持って。
「鈴姉さん! ……貴様、何者だ!」
「ブラッド、とでも名乗っておこう」
「どうやってここへ!?」
「貴様のあとをついて来ただけさ。地面を潜ってな。だが、この女がちょっかいを出してきたから、少しばかり血を吸わせてもらったよ」
ブラッドはニヤリと笑いながら、指についた血をゆっくりと舐める。そして美鈴を投げ捨てた。
その時、影夜の中で何かが切れた。影夜は地面を蹴るほんの一瞬だけ能力を発動して、ブラッドの目をナイフで狙う。しかし、ブラッドは爪を少しだけ伸ばして、ナイフ攻撃を防いだ。
「……戦うというのか?
「私の大切な人を傷つける奴は、絶対に許さない!」
「ほう、ならば……受けて立つ!」
二人が喋り終えたころには互いの蹴りがぶつかり、窓ガラスを揺らした。
ブラッドが地面に拳を叩きつけると、影夜へ向かって一直線にヒビが入った。影夜はヒビが届く直前に地面を蹴り、壁を蹴り、ナイフで斬りかかる。
「甘いわ!」
「そうだと思ってましたよ!」
「ぬっ? がぁっ!?」
ブラッドは腕でナイフを受け止めるが、それを予測していた影夜はブラッドのすねを蹴る。すねを蹴られた時の痛みはすさまじい物で、ブラッドはその痛みに顔を歪めた。
さらに追い打ちをかけるように、受け止められたナイフに力を込めてその腕に大きな切り傷を作った。
「がぁぁぁぁぁっ!? やってくれるな。だが、これだけで終わると思うな!」
「一体何を……ぬぐっ!?」
ブラッドは切られた箇所に力を込めると、そこから血の弾丸を発射した。先端が尖っている状態で発射された弾丸は、影夜の肩に突き刺さる。
影夜の動きが止まった隙に、ブラッドは水に潜るかのように、地面へと潜った。
「なっ!? い、一体どこへ!?」
影夜はナイフを構え周りを警戒する。右か、左か、下から来るか?
「きゃああああ!」
「っ! 姉さん!」
廊下の奥から咲夜の悲鳴が聞こえた。警戒して動けなかったうちに、遠くへ行ってしまったのだろう。影夜は舌打ちしながら、能力を使って声のした方へと向かった。
「姉さん!」
「カ………ヒュゥ……」
「遅かったな。コイツの血はかなり美味かったから、ちと吸い過ぎてしまった」
影夜が辿りついた頃には、咲夜はブラッドにやられていた。先ほどから「血」と言っているため、おそらくヤツは吸血する能力を持っているのだろう。
ただでさえ華奢な咲夜が更に細くなっている。影夜の頭は絶望に染まった。
「あ、あぁ……」
「では、私の特別な力をお見せしよう。これだ!」
ブラッドの姿が一瞬にして消える。
「また!? いや違う。消えた……ハッ!?」
気付いた瞬間、影夜は吹き飛ばされていた。壁に叩きつけられた衝撃で、頭から血が流れる。
「ガハッ!」
「お前もこの能力には見覚えがあるんじゃないか?」
「(あの消え方、まるで姉さんと同じだ。まさか……時を止めたのか!?)」
咲夜の能力『時間を操る程度の能力』。バルガルは咲夜の血から能力をコピーしたらしい。
ブラッドは影夜を片手で掴むと、ニヤニヤと笑いながら顔を近づける。
「大切な者が使う能力で叩きのめされる気分はどうだ?」
「……ありがとよ」
「なに?」
「あんたが時を止めて吹き飛ばしてくれなかったら、こうやって頭から血を流せなかったよ……」
「お前、変態か?」
「違うね。血を流したおかげで、ちょっとクラクラするが冷静になれた」
「ほう?」
「冷静になれた事と、アンタの油断……。それがあんたの敗因だ」
「何を言って……ぐああああああ!?」
悠長に話を聞いていたバルガルは突然の痛みに声を上げる。見ると、影夜の腕からブレードが現れていた。
「(あのブレードはまさか、ナルガクルガか!? 馬鹿な! モンスターが人間の味方をするのか!?)」
どうやら、知らず知らずに能力を発動してブラッドを斬りつけたようだ。予想外のことにブラッドは舌打ちする。
影夜は地面を蹴って、ブレードで斬りつける。ブラッドは再び時を止めようとしたが、発動できない。
「しまった! 制限時間が――――」
「あの能力は姉さんだけが自在に使える! 貴様に使いこなすことは不可能だ!」
「ぐがぁっ!」
ブレードでXの字を書くように、ブラッドを斬る。どんどん血が流れていくが、彼には好都合だった。
「忘れたか! 私は……血から弾丸を作れるのだ!」
ブラッドは血を固まらせて弾丸を作る。
「そんなことは知っている! 私のナイフ捌きを舐めるな!」
雨のような弾丸が降り注ぐ。これが本当の血の雨と言ったところか。だが影夜は自分に当たる分だけを、全てナイフで叩き落した。
それと同時にブラッドに詰め寄り、首元を深く切り裂いた。
「ガッ……!」
「ハァ……ハァ……。私の、勝ちだ」
ブラッドは背中から倒れこむ。だが、いまだに笑ったままだった。
「それが、貴様の敗因だ!」
「何っ!?」
その瞬間、吹き出ている血をレーザーのように細くして影夜に放った! 影夜は反応し切れずにくらってしまう。
「ぐぅぅぅぅ!」
「フフッ。私をこうして始末したのは良いが、後にこの世界は……」
最後の言葉を言いきることもなく、ブラッドはそのまま絶命した。あれは最期の一撃だったのだろう。
「『後にこの世界は?』 幻想郷に何かが起きるというのか? ……そうだ! 姉さん!」
影夜は、まだ少し痛む身体に鞭打ちながら咲夜の元へ向かうのだった。