満月の日のことだった。妖怪の山の崖に、一人の男がいた。顔はまぁまぁ良い感じで、髪は緑と青が混ざったような色……。碧の色、と言えばいいだろうか?
「俺の相手は白石護か。『あのお方』の為にも……必ず潰す」
そう呟くと、崖から飛び降り、また崖へと飛び移っていった。
「…………おかしい」
護と早苗は、神社の屋根の上で月見をしていた。今日は昼間から快晴で、夜になると雲ひとつも無かった。どうせなら鈴虫の鳴き声でも聞きながら月見酒でも飲もうとしていたのだ。
しかし、護はすぐに違和感を感じた。何か別の光によって、月の光の強さを感じなかったのだ。そして、その別の光がどこにあるのかすぐに分かった。
「どうしたんですか?」
「…………あそこの森を見てみろ」
「え? ……うわぁ~。綺麗ですね~!」
護が指差した森で、美しい光の粒が宙を舞っていた。月明かりに照らされてより一層、幻想的な景色になっている。早苗がその光景に見とれている間、護は屋根から下りて自分の部屋へ戻った。そしてすぐに戻ってきた。彼が手にしているのは双眼鏡。いつでも敵を見つけられるようにと、香霖堂で買った物である。
「綺麗ならまだいいが……。あれは蛍だな。不規則に飛んでいる」
「え? でも今は秋ですよ? 何でこの寒い時期に?」
「分からない。だが、この数は異常すぎる」
その時護は、双眼鏡越しにある影を捉えた。木の枝に止まって神社を見ている。すると、蛍がその人影の中に吸い込まれて行く。そして眩い光を放ちながら、木から飛び降りた。
「早苗。どうやらこの蛍は、自然に発生した訳ではなさそうだ。この蛍を放っている者がいる」
「という事は、異変を起こそうとしているのでしょうか?」
「さっき双眼鏡で見たとき、この神社を狙ってるような感じがした。異変かどうかは分からないが、神社を狙われるのはまずい。天狗たちも騒ぐだろうしな」
「それならば、森に行きましょう!」
「あぁ。一応、弾幕用のお札とかも持っていけよ?」
そうして二人は屋根から降りて、森へ行く準備をするのだった。
「何というか、体中がピリピリして変な感じだな」
「それが虫によって引き起こされてるんですから、不思議ですよねぇ」
早苗と護は、蛍が舞う森の中を歩いていた。どうやらこの蛍は、電気を発する事ができるらしい。時々肌で電気を感じながら二人は歩いていた。痛いというわけでもなく、どちらかと言えばくすぐったかった。
しかしこの森は奇妙だ。それは、動物がいないからだ。夜行性の動物がいてもおかしくない筈なのに一頭も見当たらない。考えられるのは…………強い生き物が現れて、逃げているということだ。
「夜なのに明るく、動物たちが居ない。不気味な静けさだ……」
すると、とても強い気配を感じた
「……早苗、弾幕を張る準備をしておけ。来るぞ!」
「っ!!」
護に言われて、再び気を引き締める早苗。すると、自由気ままに舞っていた蛍が森の奥の方へ吸い込まれていく。そして森の奥から、人影が姿を現した。
「向こうから来てくれるとは、探す手間が省けたぜ」
碧色の髪をした男が、蛍を纏いながら現れた。普通の人間よりも鋭い爪、電流を帯びた髪の毛、そして頬にある碧色の鱗……モンスターだ。
「俺を探していただと?」
「『あのお方』の命令で、お前をぶっ潰せって言われるんだわ。まあ俺たちの目的の為にもお前さん達は邪魔なんだよ」
「『あのお方』とは誰だ? 『俺たち』ということはつまり、仲間がいるのか?」
「おいおい、さすがにそこまでは話さないぜ? まぁ命令だし…………勝負だオラァ!」
護の返事も聞かずに、男は拳に雷を纏わせ襲いかかってきた。一瞬だけ驚いた護だったが、すぐに後ろへ避けた。
「名前ぐらいは教えてくれたって良いんじゃないか?」
「そうだったなぁ。そんじゃ自己紹介といこうか。俺の名前はオウガ! 『無双の狩人』やジンオウガと呼ばれてる男だ!」
オウガが叫ぶと、護の近くが淡い緑色を発し始めた。そしてそこから稲妻が出てくる。
「護さん、避けてください!」
「うおっ!?」
早苗の声を聞き、急いでその場から離れる。すると、そこから小さい爆発のようなものが起きた。
一歩早苗は、オウガの後ろから弾幕を発射する。数発は当たっても良い筈だが、オウガはジャンプして避けつつ球状の電気を発射した。その光球は、まるで意志を持っているかのように早苗を追いかける。
「そいつは超電雷光虫の集合体。俺の力で、さらに攻撃力が高くなってるんだぜ?」
「追いかけてくるのは、それが理由ですか!」
「落とせるもんなら落としてみやが――――グウッ!?」
「身体ががら空きだ!」
早苗に向かって身体を向けていたオウガは、後ろから護のタックルをくらった。胴体を鎧化しているため、鈍器で殴られたような痛みが走る。攻撃する時に声を出さなかった事もあって、オウガはまんまと受けたのだ。
護はそのままオウガを押し倒し、拳でオウガの顔を殴る。しかしオウガもやられっ放しではない。護が拳を振り上げた隙を見て、思いっきり頭突きをした。鼻をやられた護は思わず仰け反る。オウガは力の緩んだ護から抜け出し、片手で彼を持ち上げた。首を力強く握って。
「ご……がぁ……………!」
「奇襲の時に声を出さなかったのは合格点だ。だが、頭突きで仰け反ったのが駄目だったな」
「ぐっ、ふうっ!」
持ち上げられた護は意識が朦朧としながらも、何とか抜け出そうと蹴りを入れようとする。しかし、力の無いその蹴りはオウガに届かない。
「勿体ねぇ。モンスターの力を持ってる人間だというのに、お前はその力を使いこなせてない。凄く勿体ねぇよ」
そう言って、オウガは鳩尾に拳を叩き込む。護の意識は一瞬にして刈り取られた。すると今度は、早苗がオウガに突っ込んできた。
「はあぁぁぁぁ!」
「(馬鹿だな。生身で俺に体当たりしようってのか?)」
しかし、その考えは外れる事となる。早苗はオウガの目前で高くジャンプすると、その場で回転。つま先からのキックが、彼の後頭部に直撃した。あまりの素早い一撃に、目を見開いて驚くオウガ。
「ぐっ! まさか、その手があったとは……!」
「護さんが目を覚ますまでの間、私が相手です!」
早苗は信じていた。護が、きっと目を覚ますことを。オウガは言っていたではないか。「力を使いこなせていない」と。
かつて早苗は、上手く弾幕ごっこに用いる光弾を作れなかった。しかし、ある時それが上手くなったのだ。それが、心を無心にする事。一番無心に近いのは眠っている時。護はそれに近い状態になっている。
彼女は、愛しい人が覚醒する事を信じて、オウガに向かって行った。