紅魔館のレミリアの部屋。そこでは咲夜とパチュリー、フランドールに美鈴という紅霧異変の主力メンバーが集まっていた。彼女達の目の前にある大きな椅子には、この館の当主であるレミリアが座っている。彼女は咲夜に聞いた。
「影夜は、どこにも居なかったのね?」
「はい。ですが、途中でこのような物を」
咲夜がレミリアに、廊下に落ちていた手紙を渡す。それを見たレミリアは眉を寄せた。
「これは……小悪魔を助けに影夜が向かったとしか考えられないわね」
「薬草庭園に向かっている時に浚われたのね。どうりで……」
「お姉様。早く私達も行こう! もうちょっとで夜だし、私達も外へ出れるよ!」
フランの言葉に、レミリアは内心感動していた。あの紅霧異変のときはただ遊ぶ為だけに周りを滅茶苦茶にしていたこの妹が、今は誰かを助ける為に力を使うと言っているのだ。
本当は自分だって助けに行きたい。だが、あえて彼女は首を横に振った。
「駄目よ、フラン。彼の邪魔しちゃいけない」
「なんで!?」
「今私達が行ったら、彼は成長しなくなるからよ」
「…………どういう事かしら、レミィ?」
「まさか、何か『運命』が見えたんですか?」
レミリアの能力は『運命を操る程度の能力』。どのようなものなのかは、レミリアの口から言われていない。だが、これから起こる事が分かってるかのような事を言う時があるので、みんなは未来予知のようなものと考えている。
「美鈴の言うとおりよ。おそらく彼は、何か強い力を手に入れる。フラン。従者を成長させるのも主の役目。それに、貴方は影夜を信じることが出来ないのかしら?」
「そ、そんなことないもん!」
「なら見守ってあげましょう。もし命に関わる事態になったら、招集をかけるわ」
レミリアのその一言で、全員は解散した。それぞれが影夜の勝利を信じて……。
茜色に染まる湖の岸辺で、二人の男が戦っていた。二人とは勿論、影夜とブラフだ。影夜はナイフで斬ろうとするが、目の前の敵の腕は硬い鱗で覆われていた。それだけではない。時折放ってくる炎の攻撃は、着弾した地面が抉れるほどの凶悪さを持っていた。
「(この男、かなり手強そうですね……)」
「考え事してる場合かぁ!」
ブラフは右目を輝かせながら、影夜に突っ込んでくる。影夜はそれを避けて腕のブレードで斬りかかった。が、ブラフは影夜のブレードが届く寸前に回し蹴りをする。
「ゴファッ!」
「ようやく命中したぜ。テメェがさっきから逃げまくってたおかげで、こっちはイライラしてたんだよ!」
イラついたブラフは、指を空中に躍らせた。すると、そこから今までよりも大きい炎の球が現れたではないか。
「大火力だ。燃え尽きやがれ!」
「させない!」
炎球とナイフが同時に飛び、相殺した。一瞬安堵しかけた影夜だったが、すぐに気を引き締める。これだけで終わると思ってないようだ。
だが、あまりにも警戒力を強くしたせいで身体が強張る。それが仇となった。
「誰が1発だけだって言った?」
「やっぱり……!」
強張ったが故に2発目、3発目と火球が直撃し、炎が影夜を包み込む。彼の能力の元であるナルガクルガは、毛並みの事もあってか炎にも弱い。その痛さはとてつもないものだった。
しかし影夜はパニックになることなく、すぐに湖に飛び込んだ。不思議なことにブラフは追撃しない。やがて影夜は陸に上がってきた。
「はぁ……はぁ…………。死ぬところでしたよ」
「チッ! 仕留めたと思ったのによ」
「私としたことが。緊張して動けないなど、笑い話にもなりません!」
「じゃあ今度はダブルだ!」
再び火球が現れる。真っ直ぐ飛んで来るだけだが数が多く、避けるとかなり体力を使うだろう。しかし影夜にとってはこの程度、今まで戦ってきた相手の弾幕に比べたら、避けるのは簡単だ。
「これぐらいなら、霊夢さん達のほうが一番強いですよ!」
「ふぅん? それはどうかな?」
「え? ……グウッ!?」
ニヤリと笑みを浮かべるブラフに一瞬首を傾げたが、その瞬間鋭い痛みが影夜を襲った。腕を見てみると、紫色の針が刺さっている。刺さった場所からは血が一筋流れていて、焼けるような痛さを感じる。
「まさか、毒針!?」
「ご名答! 数々の人間を苦しめてきた毒だ」
「(私も、能力で毒攻撃を使うことがたまにありますが、これは厄介ですね……)」
「考え事が多すぎだぜ!」
「っ! しまっ…………」
炎の残弾が影夜に襲い掛かった。脇腹が、足が、腕が焼けていく。
「うっ、ぐああああああああああ!」
「まさか、これで死ねると思ってねえよなぁ!?」
地面を転げ回る影夜に、ブラフは更に蹴りを入れて行く。何度も何度も回し蹴りをして、ある程度したところで腹にパンチを入れて、影夜を沈めた。
モンスターの能力を使ってるおかげで普通の人間よりも頑丈になっている影夜は、ギリリと歯を食いしばっていた。悔しい。そんな感情が渦巻いていた。
「(ぐっ……。死ぬことは覚悟していたつもりだったのに。クソォ…………!)」
その時だ。まるで影夜に何かを与えるかのように、優しく白い光が差し込んできた。顔を上げると空はすっかり闇となり、そこには美しい満月があった。
その時、影夜の身体の中の鼓動が大きくなった。何か熱いものがたぎり、自然と身体に力が入ってくる。その力を振り絞り、何とか立ち上がった。
「良いねぇ。こういう月夜を見たのは久しぶりな気がするぜ」
「えぇ。私も好きですよ」
「なっ!? テメェ、まだ生きてやがったか!」
影夜は毒針を抜くと、ブラフに投げつけて森へ隠れた。一瞬の出来事に彼はついてこれず慌てた表情だった。
「立ち上がったかと思ったら隠れるのかよ!? 早く出てきやがれ!」
「(夜は私の気配が薄くなる。奇襲にはうってつけだ)」
「こっちへ行ったか?」
ハンカチで止血しながら、ブラフが森に入ってくるのを狙う。そして彼が近づいたとき、影夜はすぐにナイフを取り出し斬りかかった!
「ぐあっ!?」
「ふふっ。ようやく苦痛の叫びを上げましたね? さぁ、もっと叫びなさい」
ブラフは混乱していた。満月の夜になったとたんに彼の攻撃は激しさを増していったからだ。さらに気になってることがある。それは・・・
「(どうなってやがる!?
影夜は気付いてないかもしれないが、姿が消えたかと思ったら横から斬られてるときがあるのだ。さらに時々飛ばしてくるナイフにも、毒が含まれている。ブラフの額から冷や汗が一筋流れた。
だが、彼はすぐに余裕を取り戻す。
「ゴアアアアアアアア!」
「ぐっ!? くうっ!」
息を思いっきり吸い込み不気味な鳴き声を発すると、飛びかかろうとしていた影夜が姿勢を崩して地面に叩きつけられた。
ナルガクルガ。大型でありながら素早く動き回るこのモンスターは、大きな音に弱い。影夜はその影響も受けてしまったのだ。しかし、耳が痛みながらも体勢を立て直した影夜は、無意識にあるスペルカードを作りだした。
「スペルカード…………」
影夜は懐から一枚のカードを出す。それが光ったと同時に叫んだ。
「月光『朧月の連撃』!」
すると、また影夜の姿が消えた。そこには白い光弾があり、すぐにブラフに命中した。
「ぐっ!この程度……ぬがぁぁっ!?」
今度は背中に走る痛み。ナイフによるものだ。すぐに後ろを振り返っても影夜はいない。さっきの光弾があるだけだ。そして脇腹、足、腕と全身を斬られていく。しかも浅く斬られているため痛みは尋常ではない。
この攻撃は、止むどころかどんどん加速して行く。ブラフは声を出す事もできずに、ただその勢いに飲み込まれていく。
「(もしかして、オレはあいつのペースに飲み込まれた? これは、マズイ!)」
「チェックメイトだ!」
正面に現れた影夜が一瞬だけ力を溜めると、腕のブレードで一気に斬りつけた。ブラフが呻き声を少しだけ出すと、すぐに静寂が包んだ。
「はっ……ははっ……。人間、なめてたわ…………」
そう呟くと、そのまま地面に倒れた。こうして、月夜の戦いが終わったのである。
小悪魔を背負って紅魔館に戻ると、レミリアたちが門の前で待っていた。咲夜と美鈴は呆れと喜びが混ざったかのような苦笑いをし、フランは思いっきり影夜に抱きついた。パチュリーは少し安心したかのような笑みを浮かべている。
「お帰りなさい、影夜」
「ただ今戻りました、お嬢様」
「やっぱり私が見たとおりだったわ。貴方は大きな力を手にしている。そして……」
「?」
「……やめときましょう。さあ、早く中に入りなさい。咲夜、彼の治療を」
「かしこまりました」
小悪魔は美鈴が背負い、影夜は咲夜に手を引かれて中に入った。残っているのはフランとレミリアだけだ。
「お姉さまの言うとりだったね!」
「えぇ。彼は大きな力を手にした。でも、まだどれほど強力かは知らないみたいね」
「お姉様! 早く中に入ろう!」
「ふふっ。今いくわ。だからあんまり走らないの」
レミリアは小さく笑みをこぼすと、自分の館の中に入っていった。
小悪魔の部屋。そこにあるベッドで、小悪魔は目を覚ました。目の前に居るのは眠そうな目をしたパチュリーだ。
「ここは……?
「貴女の部屋よ。こあ」
「でもどうして……あっ!」
思い出した。庭園に行った途端、謎の男に眠らされて、穢されそうになったことを。そのとき、心が痛くなる気がした。愛しいあの人に拒絶されそうで……
「安心しなさい。影夜が貴女を救ったのよ。あなたの様子を随分と心配していたわ」
「影夜さんが?」
「えぇ。結構火傷をしてるけど、薬を渡したから治ってるはずよ」
「影夜さん…………」
彼女は、紅霧異変のことを思い出していた。図書館に入ってしまった魔理沙を迎撃するために影夜と二人組みで攻撃したのだ。その時、光弾の当たり所が悪かったのか本棚が倒れてきたのだ。その時にお姫様抱っこの形で助けたのが、影夜である。
思い出した瞬間、胸が苦しくなった。嫌な苦しみではない不思議な感覚に浸っていると、パチュリーが声をかけていた。
「そろそろ寝なさい。翌朝にはある程度傷がふさがってるはずだから」
「あ、ありがとうございます」
「あ、それと……」
「?」
「いつでも良いから想いを伝えときなさい」
「ふえっ!?」
どうやらパチュリーには、自分が恋をしている事を見抜かれたようだ。固まっている影夜を見て、パチュリーは笑いながら部屋を出て行った。
その日の夜、小悪魔は布団の中で悶えていた。