旧地獄の跡でもある地底。そこのはずれで、一つの影がパルスィに飛びかかっていた。その影とはナナシである。どうやら弾幕の修行をしていたようだ。
「はぁぁぁぁ!」
「奇襲には、声を上げない事が一番よ! 『グリーンアイドモンスター』!」
「おっと!? 『包囲陣・通常ノ型』!」
緑色の弾幕がナナシに襲い掛かるが、それに反応したナナシは素早くスペカ名を唱える。するとパルスィの回りに魔法陣が現れた。
「くっ! 周りを一気に囲むから『包囲陣』って訳ね。でも、この場から避けてしまえば!」
「そうはさせないよ!」
パルスィが魔法陣から逃げようと飛び続けていると、魔法陣もパルスィを追いかけるように動き始めた。あまりにも予想外な光景に、思わず目を見開く。
「ちょっ、追尾式とかそんなのあり!?」
「相手をしっかり追い詰めないとね!」
ナナシは音楽の指揮者のように手を動かす。パルスィは、5個以上の魔法陣から放たれる白い光弾を避けるのに精一杯だった。
しかも、全ての陣から同じ光弾が放たれるのではない。普通に飛んでくる光弾があれば、別の陣に当たれば跳ね返ってくるものもあるため見分けが付かない。
「(全てが同じ色をしてるから、弾丸の見分けが付かない。……考えたわね)」
普段だったら、イライラして金切り声を上げながら猛攻を仕掛けるだろう。だが、自分たちを見ながらスペルカードを考えたと言うのだから、どこか嬉しいものがあった。
しかし今は、修行とはいえ弾幕ごっこ。互いに楽しまなければ意味が無い。相手のスペカをどのように避けて相手に攻撃するか。その方法を考えるのも醍醐味なのだ。
「(しかしナナシってば珍しいわね。いつもだったら剣で切りかかってくるのに……ん?)」
ふとナナシの表情を見ると、少しだけ苦しそうな表情を浮かべていた。まるで陣を動かす事に集中してるかのように。
「(……なるどね。あのカードの欠点を見つけたわ)」
パルスィは一気に飛ぶ速度を上げて、ナナシの元へ近づいた。突然目の前へ急接近してきた事にナナシは驚く。と同時に周りの魔法陣が消えた。
「はい、ナナシの負けよ」
「う、うぅ……」
このまま能力を使って斬りかかっても、光弾を撃ちこまれて負ける。そのことを理解したナナシは、がっくりと項垂れるしか無かった。
ある程度休憩した後、二人は旧都へ向かいながら歩いていた。
「う~。やっぱり勝てないなぁ」
「そんなこと無いわよ。あなたの弾幕はかなり厄介だったわ。欠点を見つけなければ落とされてたかもしれないし」
「え? 欠点ってどこら辺?」
「それは秘密よ。自分で考えなさい」
「むぅ~……」
「(可愛い……)」
頬をぷっくりと膨らませながらパルスィを一瞬だけ睨んだが、正論でもあるためすぐに前を向いて考え始める。意外と素直に言う事を聞くナナシに、パルスィはクスリと笑った。
頬を膨らませるその姿に、少しだけ愛らしさがあったのは内緒だ。
「まあまあ、疲れた体で考え事しても思いつかないわよ。近くでお饅頭でも食べましょう?」
「! お饅頭!」
パァァ!という音が出るくらい目を輝かせるナナシ。ここ最近の、彼は食べる事が大好きなのだ。考える事よりも食べる事が優先と考えたナナシは、パルスィの手を握る。
「行く! 早く食べに行こう!」
「わ、分かったから落ち着きなさい! そんなに急がなくても良いってばぁぁぁぁ…………」
しかし、そんな声も虚しく、パルスィは手を引っ張られるのだった。
旧都の和菓子屋が見えると、ナナシの速度は落ちていった。一方のパルスィは息絶え絶えだ。
「ようやくお饅頭だ~。でもお団子も良いかな~」
「ぜぇ……ぜぇ……。ナナシ? いつまで手を握ってるつもり?」
「え? ……あ!」
夢中になっていたのか、ようやくパルスィの手を握ってる事に気がついたナナシ。
改めて見てみると、パルスィは肩で息をしていて、顔も赤い。さらに汗でしっとりと濡れた髪もあって、色気が放たれている。彼女のあまり見ない姿に、ナナシの心臓の音が少し大きくなった。
一方のパルスィも、しっかりと握って離さないその手がやけに熱く感じた。つい素っ気無く「いつまで握ってるのか」と言ってしまったが、心のどこかに「もうちょっと握って欲しい」と叫んでる自分がいた。
「ご、ごめん。とりあえず入ろうか?」
「そ、そうね……」
少し気まずい雰囲気になりながらも、二人は和菓子屋へ入っていく。地上との交流が増えてきたためか、鬼達が知らないような食べ物も見るようになってきた。この店は、意外な事に鬼に、それも若い女性の鬼に人気が出てきた店なのだ。ナナシやパルスィも、何度か足を運んでいる。
「さてさて、パルスィは何食べる?」
「私はそこまでお腹減ってないし小さめのものにしようかしら?」
「僕はね~……」
さっきまでの雰囲気は何処へやら。メニューを見ながら二人は談笑する。何にするか迷っていると、橙色の髪をした男が近づいてきた。
「すいません。ちょっと良いですか?」
「? どうしました?」
「いえ、地底に来たのは初めてでして、何にすれば良いのか分からないんですよ」
「そうですか~。では、この抹茶アイスとかはどうですか? この店の菓子はどれも美味しいんですよ」
ナナシが勧めたのは抹茶アイス。苦いけどどこかクセになるというのが売りで、ナナシもお気に入りだった。
「そうですか。ではそれにしましょう。すいませーん!」
男が注文してしばらくすると、抹茶アイスが出てきた。男は満足そうに頷く。
「おぉ~! これが抹茶アイスという物ですか。良いですねぇ。美しいです。特にこの緑色……」
男はスプーンでアイスを少しだけすくうと、絵でも眺めるようにアイスを見ていた。そしてナナシ達をチラリと横目で見る。その目付きに、二人は寒気みたいなのを感じた。
「そう言えば私は命令を受けていました。……龍殺しの力を持つ者を始末しろ、と」
「「っ!!」」
すると、アイスの器が赤くなり、熱線のようなものがナナシを襲った。ナナシは片手剣の盾の方で結界能力を発動して、熱線を防ぐ。その音によって、店の中が騒然とし始めた。
「モ、モンスター!」
「ふむ、やはり『あのお方』の言っていた通りだ。貴様は始末しなければならない」
「貴方、何者?」
「俺の名前は
「『あのお方』……?」
炎溶は火花を作り、ナナシ目掛けて投げつけた。突然の行動に一瞬だけ目を瞑る。目を開けると、彼は店を出ようとしていた。ナナシは慌てて席を立つ。
「ここでは戦い辛いだろう。旧都のはずれに来い」
「……良いよ。その勝負、受けて立つ」
「ナナシ!?」
「アイツは僕を本気で殺そうとしている。もし旧都で戦ったら、とんでもない被害が出ると思うんだ」
そう言われてしまうと、パルスィは黙るしかない。モンスターでありながら人の姿でやって来たという事は、怪しまれないようにする為だろう。ましてや人よりも大きな体躯となるなら尚更だ。
「……なら、私も行く」
「パルスィ!?」
「私だってあの場にいたのだから、無関係とはいえないじゃない。それに、相手は強い力を持ってるのだから、二対一のハンデくらいいいでしょう?」
「で、でも……」
「自分で言うのもなんだけど、私って結構頑固なのよ?」
「う……」
結局ナナシは論破され、連れて行くことになった。
その時ナナシは決意していた。パルスィは死なせないと。
パルスィも決意していた。ナナシを死なせはしないと・・・。