~己の弱さ~
エンプレスとの戦いが終わり、地底に平穏が戻った。護たちは旧都にある温泉宿で傷の手当てをしていた。その宿の少し大きめの客室で、身体の所々を包帯で巻いていた護は、一人で考え込んでいた。
「俺は……あの女に負けた…………!」
古龍を相手にこうやって生きているのが奇跡だと思う。
しかし、それと同時に『自分はまだまだ弱い』という現実を叩きつけられた。このままでは、『あのお方』と呼ばれる男との戦いで、生き残ることは出来ないだろう。
何の役にも立てない自分に腹が立った。ギリッと拳を強く握る。
「チクショウ……チクショウ…………!」
「護さん……?」
ふと見ると、浴衣姿の早苗が心配そうにこちらを見ていた。モンスター能力者である護は、能力の影響で傷がふさがるのが早い。だが早苗はそうはいかない。だから先に温泉に入ってもらっていたのだ。
「早苗か……。どうした、そんな心配そうな顔をして」
「護さん……その……今の顔は怖いです」
どうやら、悔しさと怒りによって怖がらせてしまったようだ。護は目を瞑って深呼吸をする。最後に、フゥーと大きく息を吐いた。
「俺は……俺は弱い! お前たちと一緒に幻想郷を守りたいのに!」
「そんな事ありません! 護さんは強いです! こうやって生きているのも、生きようとする強い気持ちがあるからなんですよ!」
「だけど……それだけじゃ足りないんだよ。今回の戦いは完全に俺が弱かった。もっと強くならないと……俺はお前を守れない!」
ぎりぎりと歯を食いしばる護。明らかに悔しがっている。早苗は察することが出来た。
今の護は力を欲している。幻想郷に来たばかりの自分と一緒だ。霊夢にこてんぱんにやられ、間欠泉騒動の時にリベンジしようと思ったが、案の定返り討ちにされた。
だから早苗も力を求めた。修行を厳しくして、人々を困らせる妖怪がいたら真っ先に退治して、自分を強くしようとした。
そして、ある時霊夢に本気で戦いを挑み・・・・大怪我をした。
あの時の諏訪子と神奈子の怒りはとんでもなかった。「自分の命を粗末にするのは愚か者だ!」と神力を込めて言われて大泣きしたのは、今でも鮮明に覚えている。
このままでは護も…………力を求めたが故に命を落としてしまうだろう。そんな不安が横切った。その不安に耐えきれなくて、そして護を慰めたくて、早苗は後ろから抱きしめる。
「早苗…………!?」
護は動揺した。早苗自らが抱きしめてきたからだ。石鹸のいい香りと不思議な暖かさが全身を包み込んでいき、護に安らぎを与えていく。
「強くなりたい気持ちは分かります。でも、強くなろうとして死んじゃったら……私はどうすれば良いんですか」
「っ!」
「生きてください、護さん……。大好きな人が居なくなるのは……耐えきれません」
「…………早苗。もう少しこのままで良いか? 少しだけ……泣きたいんだ」
「……はい。今までの分全部、全部吐き出しちゃってください」
少し広めの部屋で、護の嗚咽が響いた。
~泣いても良い~
「ふぅ……」
リオは露天風呂に浸かっていた。ここの温泉には治癒効果があると聞いたので、結構長い時間をかけて入っていた。だが、それでのぼせてしまっては元も子もないため、そろそろ上がろうと思っていた。もう一度腰にタオルを巻きつけて立ち上がる。
「さて、上がるか……」
「誰かいるの?」
「っ!?」
ふと聞こえた女の声。戸惑いながら、少しだけ辺りを見回す。すると奥の方に人影が見えた。
湯煙で見えなかった視界は段々とハッキリとしていき、その先に見えたのは…………
「れ、霊夢!?」
「リ、リオ?」
タオルを一枚だけ身にまとう霊夢だった。リオは慌てて霊夢に背を向ける。
「何でお前がここにいるんだ!?」
「貴方聞いてなかったの? ここは混浴なのよ。タオル着用が条件だけど」
「……初めて知った」
すっかり身体が冷えてしまったリオは、再び身体をお湯に浸からせた。身体は冷えてるのに、顔は熱い。不思議な感覚だった。
微妙な空気の中、霊夢がポツリと呟く。
「私……悔しかった」
「?」
「異変解決は私の仕事なのに……結局役に立てなかった」
「ナナシに手柄を横取りされたのが悔しいのか?」
「そんな訳ないでしょ! 異変解決のたびに早苗や魔理沙なんかにそう思ってたら、体がもたないわよ……」
霊夢にしては、珍しく弱気な声だった。変なことを聞いてしまったことに対して、リオは「しまった」と後悔する。
「様々な異変を解決してきたけど、
「(まぁそうだろう。死にそうな目にあったからな……)」
「私、分からない。これからもっと強くならないといけないのに……怖くて動けない。どうしたら良いの? リオ……」
霊夢の声が、だんだんと涙ぐんでいく。リオは最初、何と言ったら良いか分からなかった。だが、自然と口が言葉を放っていく。
「……怖くても、良いんじゃないか?」
「え?」
「俺だって、本当を言うと怖かった。あの爪で引き裂かれると想像した瞬間、足がガクガクと震えて……。剣を構えていても、果たして斬ることができたのか分からなかった」
霊夢は、黙ってリオの言葉を聞く。
「だがな、俺は、恐怖が無い生き物はいないと思うんだ。護も早苗も、白斗や魔理沙に影夜だって怖いと思ってるはずだ」
そしてこの言葉が、霊夢の中のどこかにあった『何か』をぶち壊した。
「霊夢……怖いと感じて良いんだ。泣きたかったら……泣いても良い」
「あ……うあぁ……! リオ……リオぉぉ! うああぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
霊夢はリオの背中に顔を押し付けて、大声で泣いた。
幻想郷を守るのは自分でなくてはならない。涙を見せてはいけない。心のどこかでそう思っていたのだろう。
だが、霊夢は人間だ。泣いてはいけないという思いがあれば、辛い、泣きたい、助けてという気持ちもあった。
だからこそ、リオの「泣いても良い」という言葉は、霊夢にとって救いの言葉だったのだ。
しばらく泣いてスッキリした後、リオは少し顔を赤くして風呂から上がった。今ここにいるのは霊夢だけである。
「リオ……」
ポツリと呟く、彼の名前。
異変解決やモンスター・妖怪退治の時は、共に行動することが多かったリオ。生涯の伴侶を失い、人間に恨みを抱きつつも、ゆっくりと心を開いてくれた。
先代巫女である母親が亡くなってから、紫が母の代わりだった。でも、怖いと言えば見捨てられそうで言えなかった。魔理沙や早苗など見知った顔に言うなんてもってのほかだった。
それなのに、だ。それなのに何故、リオには打ち明けることが出来たのだろう?
一瞬だけ浮かんだその疑問はやがて、胸の高鳴りと、いつまでも離れない彼の顔によって答えが浮かんでくる。
「あっ……そうか…………」
きっと自分は……
「リオに惚れてたんだ…………」