愉快な吸血鬼っ娘は可愛い眷属たちとイチャつきたい 作:エヘ狂信者の猫
◇
――なんだか、ふわふわする……。
周りは全て暗闇なのに、意識を向けると明るく見える。だけれどそこには何にも見えない。
景色は無いのにくるくる回る感じする。なんだかとっても目が回る。
「――……ル……ヤ……。ウル……ヤ……。我がむ……め、……ウルチヤよ」
――どこか懐かしい声に呼ばれて、暗闇から景色が襲いかかって来た――。
「…………おとう……様……?」
ちょっとうとうとしてたから、目をこすって顔を上げたら、こわい顔をしたお父様が歩いてた。
長くてギン色の髪がカッコよくユラユラしながら、とっても強そうにこっちにむかって来る。
すっごくこわい顔をしてるから、またおころうとしてるのかな……? イヤだなあ……。
「……何を寝ぼけているのだウルチヤよ、それでも偉大なる吸血鬼か? いいかウルチヤ、貴様は全てを支配する最上種であるのだぞ。その自覚を持ち、全てにおいて隙を見せてはならぬと――」
「――……ママー! ごはんー!」
また、色々うるさいお父様がむずかしくて長い話をしてきた。すっごくいやだから、ボクはママに逃げる。
「……ウルチヤよ、まだ話は終わってないぞ」
「また後でききます、お父様っ!!」
こわい顔でにらんでくるお父様から、ガチで走って逃げる。
お父様はいつもきびしい。あれしろこれしろって、そればっかり。
「――フォークの扱い方が違うぞウルチヤ……。それに姿勢も悪い。貴様も高貴な吸血鬼ならば、食事マナー程度完璧で無ければならないのだぞ?」
「――言葉遣いがなってない……。偉大なる吸血鬼がそんな弱々しい言葉を使うな……。常に我々は威圧的で、威厳ある言動をしなければいけない。分かったな、ウルチヤ」
お父様は、ボクのこと、キライなのかな。
ボクはお父様キライ。うるさいしきびしいし。
「……ムスッとした顔して、どうしたの? ウルチヤちゃん」
お日様みたいなやさしくてあったかい声がして、そっちの方を見る。オレンジ色の髪がぱっと見えて、あっママ! ってなった。ママのオレンジ髪はお日様みたいにぽかぽかしてて好き!
ママはスっゴいんだよ! だって、吸血鬼なのにお日様が平気なのっ! デイウォーカーって言うんだって……!
このオレンジの髪も、デイウォーカーになった時に変わったんだってー!
「ママー♪ ……もー、聞いて! お父様ったら、またボクに吸血鬼ならスキがどうこうとかワケ分かんないこと言ってー!」
「よしよし、大変だったわね。それで、結局どうしたの?」
「ママのとこまでにげた!」
「おっきい声で呼んでたもんねー、すっごく元気が良かったわ……♪」
「えへへー」
ママはとってもやさしい。いつもあったかくて、たくさんホメてくれる。
お父様はたくさんおこってくるから、大ちがい。
「……でもね、ウルチヤ。あの人も、ウルチヤちゃんの為に言ってるってママは思うのよ?」
「えー? ほんとー? お父様は、自分のことばっかだと思う! ボクがカッコよくなかったら、お父様もカッコよくないからって……」
お父様は、なんか、ボクのこと見てない気がする……。だって、ずっと言ってること、ボクのことじゃなくて、吸血鬼がどうこうばっかなんだもん。
「それに聞いて!! この前なんて、いだいな吸血鬼である我のムスメでありたいなら、それにふさわしい生活をしろって! そんなヒドいこと言ったんだよ!! ボクのこと、自分の子供だって思ってないよ!」
「えー……それはヒドいこと言うわねぇ。今度それはちょっと言い過ぎじゃない? って言っちゃおうかなぁ?」
「言って言って! ガツンって言って!」
「ガツン! ……は、ちょっとムリかなー? ママ、あの人にガツーンしたこと無いからー」
ママはアハハ、って言いながらほっぺをかいた。
ママはやさしいから、お父様にぜんぜんおこらない。お父様の方は、たっくさんママにあれしろこれしろって言う。……ママかわいそう……。
「……でも、あの人もちゃんと、ウルチヤちゃんのことを愛してるのよ……。ただちょっと……いや、かなり不器用なだけなの」
「……あんなにカンペキなお父様なのに……ぶきっちょなの……?」
「ふふっ、そうよ……♪ ぶきっちょで、見栄っ張りで、欲張りで、……誰よりも責任感が強い。カンペキみたいにしてるけど、ホントはこんなのなんだから。……あ、偉そうで見下し癖があるのも追加ね。悪い癖よねぇ」
けたけたって、かるーく言っちゃうママ。ぜんぶお見通しってことなのかなあ?
……うーんなんだか、ママもむずかしいこと言ってる気がする。
「……よくわかんないや。なんで? ってなるし、ホント? ってなっちゃうもん」
「……今は分からなくても、大人になったら分かるかもね? ウルチヤちゃんは強くて賢くて優しい子だから♪」
ママのお日様みたいにあったかい手で、いいこいいこしてもらった。
えへへ、うれしい。
「ママ、大すき〜!」
「ふふふ、ママもウルチヤちゃん大好きよっ♪ お父様のことは、好き?」
「キラーイ。……でも、お父様がホントにボクのこと大すきだったら、ちょっとならすきになっても、いいかも……ちょっとだけだよ?」
「じゃあ、ちょっとだけすきになったら、ちゃんとすきって言ってあげてね。もう、あの人大泣きしながら喜んじゃうからっ♪」
そうママに言われて、お父様がエンエンないてるとこを考えてみる……。
……ぜんっぜん思いつかない……。またママ、テキトー言ってない?
「……ふふ、それがホントかどうかも、確かめてみましょうね」
「んー……はーい」
うーん、ピンってこないけど、いちおーちゃんとおぼえとこ。
「……これだけは覚えといてね。ママもあの人も、ウルチヤちゃんのこと、心から愛してるわ♪ ずっとずっと、見守ってあげるから!」
「……うんっ!」
やさしくて、あったかいお日様みたいなママのえがおに、ボクもとびっきりのえがおをあげた。
――ここで、光景は真っ黒に塗り替えられた。
◇
――再び暗闇を染め上げたのは、赤い赤い炎だった。
「邪悪な吸血鬼を殺せ!! 我々は支配から解放されるのだ!!」
屋敷を聖なる炎が包み込み、銀の装備に身を包む人間たちが雪崩れ込む。
お父様の眷属たちが無理矢理戦わされて、人間たちに殺される。
人間たちも沢山殺されて、炎と血でボクたちの日常は真っ赤に染められる。
「こっちは吸血鬼を殺す為だけに準備してきたんだ!! 怯むな!! 進め!!」
人間たちは、色んな対策をしてボクたちの所にやってきて、ボクたちを殺す為だけに、お父様を殺す為だけに動いてる。
……ボクなんか、見つかっただけで死ぬ。それくらい恐ろしい状況なのは、見ただけで分かった。
「居たぞ!! ヤツだ!! 狙え、狙え、仲間の屍を超えろ!! 一つでも多く傷を与えろ!! 死んでも殺せ!!」
鳴り響く怒号。鬼気迫る表情。
命など投げ捨てて、復讐と自由の炎に包まれて、やってくる。
「人間風情が偉大なる夜王に歯向かうかッ! 大人しく飼われていれば良いものを、愚かな下等種族よ!」
「黙れ邪悪なモンスター!! お前の命も、ここまでだ!!」
殺され、死んで、切って、撃って、殺され、死んで。肉片になる人間たちと、真っ赤にな染まり始めるお父様。
ボクは、何もできなくて、息を殺して隠れているしかできなくて。
「グハァ……ッ! くっ……」
一人の人間が、お父様の身体に聖なる武器を深々と突き立てる。お父様は、苦しそうな声をあげて、膝をつく。
「今だァ!! 今だァ!! 続けェ!!」
膨れ上がる雄叫びとともに、お父様の身体に次々と刃が迫る。
お父様が手を振ると、人間たちは肉に変わって、幾重にも串刺しにされたお父様の身体だけが残る。
そんな光景を、夢を見るようにボクは見ていた。辛いとか、悲しいとか、怖いとか、そんな気持ちも浮かばなくて。
人間は愚かだし、お父様は冷酷で嫌いだし。
もしかしたら、勝手にやっててくれって思ったのかな。それとも、巻き込まれて、迷惑だと思ってたのかな。
……でも、どんな気持ちだったかは分からなかったけど。ボクは、何故かそこを動けなくて。
「……グゥ……ッ…………ハァ……くっ…………ハァ……ッ……」
肉片しか居なくなった広間で、お父様が苦痛に悶え息を吐く。
ここから見てても分かる。あれは、致命傷だ。
「…………我が娘ウルチヤよ、そこで何をしている」
……なのに、お父様はボクに向かって、いつもと同じ厳しく叱咤する時の声で話しかける。
「…………いつものように、偉大なる吸血鬼なら、そんな場所に居ないで人間たちと戦え、ですか?」
ボクでもびっくりするくらい、冷たい声が出た気がした。
偉大なる吸血鬼を目指して、それを周りに強要して、下のモノたちを支配して、……その結果がこれだから。
支配していた筈の人間たちは、復讐の炎を灯して全てを焼き尽くした。
あんなに沢山いた眷属たちも、誰も助けてくれない。お父様が人間たちに押され始めたら、皆逃げ去っていった。
厳格で、尊大で、冷酷で。下のモノも、家族のことも、何もかもがどうでもいい。ただ、自分の理想の為に、偉大な吸血鬼というモノの為だけに生きて、そして無様に死ぬ。
それが、目の前の男だった。
「ボクは、お父様。貴方がずっと嫌いでした。何が偉大な吸血鬼ですか。自分にも家族にも周りにも、皆に勝手に押し付けて、散々迷惑掛けて。そのまんま最期までですか」
ずっと怖くて言えなかったことを、言い切る。
「貴方のお陰で、ボクも偉大な吸血鬼とやらに憧れもしましたし、貴方を嫌いながらも、尊敬してる部分もありましたが。貴方は、自分の地位も居場所も尊厳も、自分自身すらも守れなかった。……結局、貴方は何も得られませんでしたね」
冷たい言葉と、視線を浴びせる。親不孝者だと思うけど、ボクも周りも、そして唯一愛してくれていたママすらも、不幸にした最低な男には当然だと思う。
……何が、お父様もボクを愛してる、だよ。ママの嘘つき。あったのは厳しさだけで、最期まで何も無かったじゃないか。
「――……ウルチヤよ、貴様は何をしている。お前がやるべきことは、我に無駄な言葉を掛けることか? それとも、立ち止まって、我に軽蔑の目を向けることか?」
「最期まで、それですか。偉大なる吸血鬼なら、あーしろこーしろって。もう良いです、ボクはボクのやりたいようにやります。ボクは、貴方を見捨てて愛するママと一緒にここから去ります。さようなら、お父様」
そう言って、ボクは背を向けママの元へと向かう。人間たちがまた来る前に、ママと一緒にここから逃げなきゃ。
人間たちと戦うつもりも無い。全部アイツが悪いんだから、ボクが戦う理由は無いし。好きなだけ、アイツの死体でももてあそべば良い。
「…………ククッ、……クッ……ハッ、……ハーッハッハッ!!」
扉を開けこの部屋から出て行こうとした所で、お父様が突然笑い出した。
少し驚いて、思わず振り返る。遂に狂ったのだろうか。それとも、自分自身の愚かさを笑ったのだろうか。
「………………、……それでいい」
……だが、その顔は不気味なくらいに満足気で、そして最後に、呟くような声で確かにそう言った。
何故? 理由の分からないそれが、心底不気味だった。
そのモヤモヤを、閉まる扉の音で紛らせて、ボクは走り出した。
◇
「――ママっ!?」
肉片に彩られた廊下の先に、ママは立っていた。
綺麗なドレスを真っ赤に染めて、優しい顔を傷と血で濡らして。
「……ウルチヤちゃん、無事だったのね……! ほんっとうに良かった……っ!」
「無事って……ママは!? これ、凄い血が出ててママ、大丈夫なの!?」
見るからに深い傷。早く手当てしないと、取り返しの付かないことに……っ!
「いいの、……大丈夫だから……。それより、早く逃げなさい、ウルチヤちゃん」
「じゃあママも一緒に、早く行こう!」
そう言って、傷を負ったママを気遣いながら駆けようとして、すぐに立ち止まる。
「……どうしたの、ママ? 早く逃げないと……」
「……ママのことは良いから、早くウルチヤちゃんだけでも逃げて……♪」
いつもの口調、優しくて暖かい、陽射しのような笑顔でそういうママ。……そんなの、絶対……!
「……イヤだ! ママも、行くの!!」
強引に手を握って、ボクは走り出す。
ママの傷にはキツいかもだけど、それでもボクはママを引っ張った。
「……そう、こんなに……力強くなってね……ふふ、ママ嬉しい……♪」
のんびりと、嬉しそうに微笑むママを見て、嬉しいような悲しいような、複雑な感情が胸を痛めつけた。
「……ママが、痛い目に合う必要は無いんだ……っ……全部、全部アイツが悪いのに……っ!」
「……あの人と、ケンカしてきたの?」
「ケンカじゃないよ……! ……あんな奴、もう知らない」
「そっか……」
それを聞くと、とっても寂しそうな顔をするママ。……なんだか、ママがとっても遠くにいるような、なぜかそんな気がした。
「――居たぞッ!! 吸血鬼だ!!」
突然、後ろから怒声が響き渡り、人間の気配が、純粋な殺意が迫ってくる。
「――ウルチヤっ!!」
ママの叫び声と共に、急に身体が突き飛ばされる。
数歩突き進んだ所で何とか体勢を立て直す。そして驚き振り返ろうとした時、肉を裂く音が脳に響き、視界に苦しそうなママの表情が焼き付く。
「ママっ!?」
ボクは背中から血を吹き倒れるママを、立ちすくみ見ることしかできなかった。
……そして、脳が理解に追いついて、拳を振り上げ脚を踏み込む。
「貴様ァーーッ!!」
「やめなさいウルチヤっ! ママのことは良いから早く逃げて!!」
ママの静止の言葉を振り切り、ボクは愛する者を傷付けたその人間を殺そうとした。
「なんだ、このガキは」
……だが、ボクの拳がその人間の心臓に達することは無かった。
いともたやすく身体を転がされ、ボクの腹を強く人間の足で踏み潰される。
「……グァっハッ……!?」
内臓の圧迫感で、苦痛の声が漏れ出る。
必死に抜け出そうと暴れてみたが、圧倒的な力の差の前には、為す術もなかった。
「ウルチヤっ!!?」
「……コイツも吸血鬼か。なら、同罪だな」
どこまでも冷たい視線でボクを射抜くと、銀の剣を握り締め振りかざす。
なんて、惨めなんだ。力で勝てず、大事な者も守れず、ついでみたいに殺される。
……ああ、なんて日だろう。どれもこれも、アイツのせいだ。死んでも恨んでやる。
悔しさと惨めさの中でボクは、迫りくる殺意の刃を、ボクの最期をただ見ることしかできず――。
「――貴様、我が娘に何をしている……?」
――その銀刃は、赤く血に濡れた腕に止められた。
「――んなっ!? 貴様まだ生きてい――」
バシュっ。
人間は最後の言葉を言い切る前に掻き消えた。
「……あなた……っ!」
その腕の持ち主は、ボクの命を救った腕の持ち主は、ボクの見慣れたあの人の物だった。
「……まだ立てるだろう、我が妻よ。……お前のするべきことは、分かっているな?」
「……ええ。もちろん」
いつものような偉そうな口振りで、ママに命令するお父様。
「…………っ! なんでここに来たっ!? なんでボクを助けた……っ!」
ボクのことなんて、何も考えてない癖に。全部コイツの所為なのに……!
「罪滅ぼしのつもりかっ!?」
「ウルチヤっ! 早く逃げるわよ!!」
「……答えろっ! ボクも家族も眼中に無いお前が、なぜボクを助けたっ!! なんでそんな身体で、ボクの所まで来たんだっ!!」
「――我が娘ウルチヤよ、貴様が今やるべきことはただ一つ……」
人間たちの怒号が、奥からやって来る。
それを迎え撃つかのように、お父様はゆっくりと歩み出す。
ボクの身体はママに抱きかかえられ、どんどん引き離されていく。
「――生きろ」
――その言葉が、その背中が、ボクのお父様の最期の姿であった。
◇
――また、景色が変わって、夜の森。
ボクの家が、炎の臭いとともに赤い光を放つのが見える。
ボクは、ママに抱きかかえられたまま、森の奥へと運ばれていった。
「…………なんで、……なんでボクを…………」
「……ウルチヤちゃん……もう、ここまで来れば大丈夫だと思うわ」
ママはそう言うと、ボクをそっと地面に降ろす。
ママの言葉に少し安心して、理解不能への考えを振り切ってママの顔を見上げる。
……でも、見上げたその顔は、ママの顔はどこか遠くを見ている気がして――。
「――ママは、お家に戻るわ。ママがそっちにいけば、ウルチヤちゃんの居るこっちまで人間たちは来ないから、もう、大丈夫よ……♪」
「……何を、言って――」
ぎゅっ。
強くて優しくて暖かな、ママの抱擁。
「…………ウルチヤちゃん、ママは……あなたをずっと愛してる。ずっとずっと、見守ってあげるからね。……あの人と、一緒に」
ボクの身体にママの暖かさが注ぎ込まれて、そして、ママが冷たくなってくような気がして――。
「――ねえ、ママ……行かないで、一緒に……一緒にボクと、逃げよ……?」
ママの手が、身体が、どんどんボクから離れていく……。暖かさだけが、ボクに残って、ママは遠くへ行ってしまう。
「……ママ、ね。行かなくちゃいけないの」
「どこに……!? ねえ、天国とか言わないよね!? そんなバカなこと言わないよねっ!?」
必死に呼び止めようと、引き留めようと、悲痛に叫ぶ。
「……天国……? ……うふ、うふふ、フフフフフ……♪」
そうすると、ママは驚いた顔をしてから、そして可笑しそうに笑った。
「違うわよっ♪ そんなバカなこと言う訳無いでしょっ♪ ふふふっ」
「じゃあ、どこにっ――」
「……それはね、……最期まで、不器用な人の所よ……♪ あの人、本当に意地っ張りで、しょうがない人なんだから……」
「――えっ……」
ママの目は、もう、ボクを見ていない。ママは、もう遠くに居るんだ。ボクじゃなくて、お父様の所に……。
「あの人を独りにはできないから……。……じゃあ、元気でね、ウルチヤちゃんっ♪」
「……ママ……? ママ……? 何を、言って…………なんで!? なんでっ、ボクを置いて……ボクを独りにして……っ!!」
ママがボクに背を向けて、燃え盛る家に歩き出す。
最後に、振り返りボクを見て、一つの言葉を伝えた。
「――ママとお父様は、ずっとあなたを見守っているわ……♪」
――その言葉が、その背中が、ボクのママの最期の姿であった。
◇
何もかもが理解できないまま、ボクは独り行く宛もなく夜道を歩む。
なぜ、お父様は、ボクを命懸けで救ったのだろうか。お父様は、なぜ、ボクに生きろと言ったのだろうか。
お父様は、ボクのことを、どう思っていたのだろうか。
なぜ、ママは、ボクではなくお父様の所へ行ったのだろうか。ママは、なぜ、ボクを見守っていると言ったのだろうか。
ママは、ボクのことを、どう思っていたのだろうか。
何もかもが、理解できない。
何も、信じられない。
自分の全てが、崩れ去ったみたいだ。
「…………ボクは、どこまで、歩いたんだろう……」
時間も分からないまま、場所も分からないまま、ただひたすらに歩き続ける。
ぐるぐると、ぐちゃぐちゃと、頭の中には色んな物がごちゃ混ぜになって、頭がおかしくなりそうだった。
◇
「………………あ、……眩しい」
――ふと、そう呟いた。
……よく見ると、地平線の向こうが白くなり始めていた。
日の出だ。
「…………ボク、ここで死ぬんだ。朝日に身体を灰にされて」
どうせなら、何も知らないまま、あのお家で死にたかった。家族一緒に、同じ場所で。
なんで、ボクは、知ってしまって、分からなくなって、何にも分からないまま、独りで死ぬんだろう。
「…………東雲色……ママの髪の色……。暖かくて優しかった筈の、色……」
……今は、もう……ボクを独りにして、ボクを殺してしまう色。
空が、雲が、天が。東雲色に染まり、ボクの全てを焼き尽くす。
「……ああ、この熱さが、眩しさが、……ボクの最期か……ずいぶん…………寂しいなあ……」
東雲色の空が涙で滲み、そのままぐしゃぐしゃにする。
ボクの身体は陽射しに焼かれ、ぐしゃぐしゃに、灰になって――。
◇
「――暖かい……」
視界が明るくなって、優しい暖かさに包まれる。
「……ああ、ここが……あの世かな……ママみたいな所だ…………ここなら、また……ママに会えるか――」
――何か、違う。
何だか分からないけど、違和感がして、ボクは目を開ける。
「……ここは……さっきの、道……?」
さっきとは違って暗くないが、でも、見たことがある道。
……なんで、ボクは灰にならないで……?
「……………………」
夢でも見てるのかと思って、近くの川までフラフラと近づく。
流水に弱いことなんて気にもせず、川の水をすくって顔に被せる。
「冷た……っ……」
その冷たさが、これが現実であることを実感させた。
そして、ハッキリとした目で、川面に映る自分の姿を確認する。
「…………髪の色が、……変わってる……?」
川面に映る自分は、やけに顔の周りが明るく、顔の横の髪だけが、色めいていて――。
「――これ、ママの、色……」
髪を手に取ってみると、その髪色はママの……優しくて暖かな、東雲色に染まっていた――。
「…………そっか、……そっか……ママが……ボクを、守ってくれたんだ……。ママが、ボクを……この暖かな陽射しの世界に……連れてきてくれて……ぐすっ……」
ホントかどうかは分からないけど、何だかそんな感じがして、安心して、涙が溢れてきた。
「……うぅ……ぐすっ……ぐすっ…………ぁ、あれ……?」
顔を胸に埋めて涙を流していると、後ろ髪が垂れてきて、……そして、あることに気が付く。
「……後ろ髪……銀に、なってる……?」
銀の髪。偉大なる吸血鬼を求め、誰よりも厳しく、誰よりも強く、誰よりも誇り高くあれと、生きて。
……そして、ボクを守り、死んで、ボクに生きろと言った、お父様の色。
「…………そっか……ボク、ちゃんと……お父様の娘だったんだね……お父様は、ちゃんとボクを、娘だと思ってくれてたんだね……」
ボクに、お父様の色が遺されて、初めて……ボクは、お父様の気持ちを、知れた気がした。
全部、ボクの思い込みかもしれない。
そもそも、ボクは何も理解できてなかったし、今も何も分かってない。これも、勝手な連想で、妄想かもしれない。
……でも、それでも……ボクは、お父様とママが繋いでくれた命を……気持ちを……今この瞬間を、この髪の色とともに、ただ信じたいと思った――。
――そこでまた、景色は暗闇に包まれ、……そして今度は、熱っぽく、くらくらと……意識は深くへと沈んで行くのだった――。