14時37分35秒、三鷹方面から出現した火球は更に膨れ上がって新宿の高層ビル群さえも巻き込み、その直径15kmの大火球はその範囲内にあるもの全てを消滅させ
14時37分40秒、東京に巨大な大穴を作り上げた火球は消滅した。
『The cause of the fireball that blew up Japan's capital is still unknown, and the United Nations has jointly sent its condolences to Japan...《日本の首都を吹き飛ばした火球の原因は未だ不明であり、国際連合は連名で日本に対し哀悼の意を…》』
『Наш Советский Союз и страны-единомышленники решили направить Дальневосточную армию для оказания гуманитарной помощи нашим согражданам в Японии. ......《我がソビエト連邦並びに同志諸国は同胞たる日本人民に対する人道的支援のため極東方面軍の派遣を決定し……》』
『Die Streitkräfte der Nordatlantikpakt-Organisation und des Warschauer Paktes befinden sich derzeit in der Nähe des alten Nihonbashi... Da ist ein Schuss gefallen! 《現在、旧日本橋付近で北大西洋条約機構軍とワルシャワ条約機構軍が睨み合いを続けており…うわっ! 銃声がしたぞ!》』
きっかけは些細な小競り合いであった。
対立する2つのイデオロギーの戦力が日本という狭い土地にひしめいているのだ、互いの軍指揮官はむしろ上手くやっていたと言っても良い。
運が悪かったとすれば、西側と東側の小競り合いの中心に難民の少年が居たこと、どちらかの発砲によりその少年が撃たれてしまったこと。
そしてその場に衛星で全国放送していたメディアが居たことだろう。
両陣営のメディアはこれを「相手軍の残虐行為」として取り上げ、国民の正義感を煽った。
互いが互いを「悪」として軽蔑し合うのは、これに始まったことでは無かった。
しかし、この事件はその亀裂に致命的な一撃を加えてしまったのだ。
世界中の人間が異なるイデオロギーの人間に対して底知れぬ悪意を抱き、世界全体の許容量を超え──────
地獄の釜の蓋が開いた。
第三次世界大戦から38年。
舞台は2019年8月15日。
第3次東京都…通称ネオ東京。
"あの事件"を知る者が少なくなり、大戦の記憶が過去のものとなりつつある時代。
ネオ東京、旧市街の一角。
整備する者もなく捨て置かれている道路標識には、掠れた字で芝浦と書かれているが、今はそれが何を意味しているかを知るものはこの場所に居ない。
古くなった蛍光灯が点滅を繰り返している。
その蛍光灯が照らし出す看板には「春木屋 B1」と書かれているのが辛うじて分かる。
男が1人、辺りを気にしながら急ぎ足でトン、トン、トン…と地下への階段へ降り、扉を開ける。
春木屋の店内は黒を基調としていて、天井にはダクトとパイプとコード類が毛細血管のように這い回っている。
吊り下げ式のテレビモニターにはアイドル歌手が楽しそうに歌い踊っていた。
画面が乱れ、チャンネルが切り替わる。
『決まったーッ! ジャイアントb…』
画面がまた乱れる。
『前総理の行った税制改革の影響で…』
画面が落ち着いたニュース番組になり、春木屋の店長は大欠伸をしながらカウンターにリモコンを置き、気だるげな顔をして頬杖をつきながら座っていた。
入ってきた男は周囲を見渡しながらカウンターへ向かっていく。
店内は倦怠と退廃、諦念の空気に満ち充ちていた。
酔い潰れた男達が、
幻覚作用のある煙を吸い虚ろな目をしている女が、
そして噎せ返るような煙草の匂いが、
この店中に立ち込めている。
しかし、この春木屋に似合わない雰囲気を持った少女が一人、ジュークボックスに向かって立っている。
後ろ姿しか見えないが、
赤いリボンでポニーテールに纏められて揺れる明るい茶色の髪、
「GOOD FOR HEALTH BAD FOR EDUCATION」とカプセルマークが入っているレザージャケット、
ほっそりとした美しい脚が綺麗に映えるピッチリとしたズボン、
革で出来たライダーブーツに、
白く透き通った肌の手には手袋がはめられている。
そしてその服装全体は赤で統一されていた。
箱と戯れる赤い服の少女を眺めながら、男はカウンターに座った。
店長が男に尋ねる。
「…よう。何にするよ」
「…
ちら、と赤い服の少女が振り向く。
が、またジュークボックスに向き直り選曲に戻る。
カウンターの中で店長がカクテルを作りながら、
大きく階段を駆け降りる音がして、バン! とドアを開けて少年が入ってくる。
少年は店内を見回しながら、赤い服の少女を認めると、その少女の元へ真っ直ぐ向かっていった。
少年はジュークボックスの傍に来ると、くるりと振り返って壁に寄りかかり店内を睨めつけながら、少女に話しかけた。
「クラウンの奴等を環状5号に追い込んだぜ……そろそろや」
少年が壁から離れると、少女は寄りかかっていた箱から身体を起こし選曲ボタンを押した。
盤面に光が走り、並んでいるCDの中からアームが選曲された1枚を取り出す。
取り出されたCDがターンテーブルに下がり、曲が流れ出す。
苦々しい顔をした店長が少年に向かって口を開く。
「脅かしやがって…ドアぐらい静かに開けろってンだ」
「心にやましい事があるからそうやっていつもビクビクしてるんや! たまには普通の飲み物も売れっちゅーねん」
少女は関西弁の少年が店長と話しているのをよそに店を出て階段を上がっていく。
「お前らこそ何か飲んでけ。ウチは子供の待ち合わせ場所じゃねェんだよ」
「冗談キツいわ!」
そう言いながら少年は扉を閉めた。
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春木屋裏の路地にバイクが3台止まっている。
そのうちの一台に乗っている少年があちこちのスイッチを触りながらその仕様を呟いている。
「セラミック・ツーローターの……両輪駆動で…」
スイッチが入り、少年の顔を浮かび上がらせる。
「コンピュータ制御のアンチロック・ブレーキに……一万二千回転の二百馬力…すげぇ…」
路地に赤い服の少女が入って来る。
少女の足音に気づいた少年が振り返る。
「乗りたいの? 鉄雄!」
後ろから追いついてきた関西弁の少年が気勢を上げる。
「よーし、行くでェ!」
鉄雄と呼ばれた少年は計器に顔を戻して、カウルを押し上げながらバイクを降りる。
「コイツは私用に改良した専用機。ピーキー過ぎてアンタにゃ無理よ」
関西弁の少年……
「そんなんに乗っとる
鉄雄もバイクに乗りながら、小さな声ながら言い返す。
「…乗れるさ、俺にだって」
「フン。欲しけりゃアンタもデカいのを分捕るコトね!」
カウルを下げ……エンジンを点火する。
ヴィィー…ンと後輪が物凄い速さで回転し、水溜まりから飛沫をあげる。
ハンドルを切り返し、バックして発進体勢に。
アクセルを回し、モーターの回転数を7500へ、一気にブチ上げる!
前輪のタイヤカバーの隙間からスパークが走る。
そのスパークを飛ばし、前輪を浮かせながらライトを付け…そのまま発進!
ヘッドライトが寂れた商店街を照らし出す。
路地から飛び出した3台のバイクは、光跡を残しながらネオ東京の中心街に向かって爆走していった───────
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ネオ東京、中心街。
高層ビルが林立し、そのまた向こうには超高層ビル群が聳えたっている。
パトカーのサイレン音が鳴り止むことはなく、政治の改善を求めるデモ隊のシュプレヒコールも消えることは無い。
歓楽街のネオンホログラフが所狭しと並び、エビスのホログラフアニメーションがホッホッホとそのふくよかな身体を揺らしながら笑っている。
高層ビルを繋げている屋上庭園、その遥か下を走る道路に多数のヘッドライトが不規則な軌道を描きながら走っている。
車やバイクのクラクションが鳴り響き、何処かで
爆発音。
諍いが起きているのはここで間違いないようだ。
炎上している車の手前を通り過ぎていくバイク。
そして、その後を追うように走るバイクがもう1つ。
少年が持つ鉄パイプが地面に擦れ、火花が走る。
追いかけるバイクに跨っているのは先の関西弁の少年、トウジだ。
ぐんぐんとスピードを上げ、前を走るバイクに近づいていく。
「オラオラオラオラオラ……」
片手でハンドルをしっかり握り、相手の急カーブに対応しきったトウジは鉄パイプを振りかざし…
「オラァッ!」
──────一撃!!
敵は前のめりになり、そのまま倒れてバイクから転落、道路へ転がっていった。
「一人やったぞ!
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「ま、見てなって」
商店街を何台ものバイクが走り抜けていく。
喫茶店から窓の外を通り過ぎて行くバイクを見た男が、隣に座る女に「馬鹿なヤツらには困ったもんだよ」と呆れている。
窓の外の通行人が逃げ始める。
遅れて何かに気づいたウェイターが左へ逃げ、彼を呼び止めようとした男は
「おいコラ、ウェイター何処へ行───
ガシャァァァン!!
と歩道を超えて暴走した
窓の外からカッターシャツにライダースジャケットを着たトレッドな服装の少年がバイクに乗って店内を覗き込む。
「路地に逃げ込んだぞォ、追えェ!」
仲間の報告を聞きながら、自分の獲物を仕留めた事を確認した少年…
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路地では
盛大にゴミを撒き散らしながら逃げる
その後を追うように2台のバイクが前以上のゴミを撒き散らしながら追いかけていく。
路地の奥に積まれたゴミの山に
中華料理店の横の板塀を壊し、ゴミの山が道路に飛び出す。
そのゴミの中から
続いて飛び出してきたバイクの1台目──鉄雄はゴミに車輪を取られてしまい、バランスを失って転倒してしまった。
その後から来た2台目は転倒すること無く、
「遊んでんじゃねえぞ鉄雄ォ!!」
「……クソ…ッ!」
鉄雄は急いでバイクを起こし、前に押しながらエンジンをかけ、今のミスを取り戻すかのように急加速をかけて追いかけていった。
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第14街道。環状5号線から脱出出来る唯一の出口だ。
環状5号に追い込まれた暴走族のクラウン、そのボスであるジョーカーが遂にそこで捕捉される。
「……ん?」
分離線の白線上、幅15cmの狭い線の上を、こちらに向かって真っ直ぐに走ってくるバイクがいる。
車体は赤。
乗っているのは、風でその茶髪をたなびかせながら、不敵な笑みを浮かべる少女。
アスカだ。
アスカを視認し、ジョーカーはニヤリと笑う。
(チキンレースという訳か……面白い)
ジョーカーのバイクの前輪が白線に近づき…乗った。
加速。
加速。
時速は154km/h、ジョーカーは150km/h。
残り500m。
お互いが300km/hで迫る恐怖に、巨体のジョーカーでさえもが両肩に顔を沈めていく。
残り100m。
残り50m。
そして──────2台のバイクが交差する。
ジョーカーのバイクはバランスを崩し、転倒した。
アスカはバランスを崩さずにスライドブレーキで急停車する!
タイヤのスリップ跡から煙が立ち上っている様が、そのブレーキの勢いの強さを示している。
「…ん? あれは?」
「……ハッ!?」
道路から起き上がったジョーカーと、アスカは何かがやって来ている事に気づいた。
パトカーがサイレンを鳴らしながらやってくる。
『こちら交機913号!
暴走集団が14街道・南交差点付近で乱闘中との通報が入りました!
至急応援求む! こちら交機913号! …
2台のバイクがスライドブレーキをかけながらアスカの前で停車する。
鉄雄とトウジだ。
「おまわりだ、どうするアスカ!」
「やっとモーターのコイルがあったまってきたところなのに……あ!」
ジョーカーがバイクを起こし、エンジンを始動させ逃げていく。
その後を仲間のクラウンが追っていく。
「あんにゃろォ…!」
左足を支点にして回転し、バイクの向きを戻す。
「行くわよ! 鉄雄! トウジ!」
「おう!」
後輪を左に振りながら必死にアスカの後ろをついて行く鉄雄。
「だーっ、もう!」
トウジもそれに続き、バイクを発進させる。
そして、物語の舞台は旧市街区域、未整備未修復地区に移っていく──────────