ヴィランによる正義執行!   作:白白明け

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一押しヴィランであるオーバーホールのお話を書きたかったのです。

皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)




個性『オーバーホール』②

余子浜市の海岸線沿いにあるコテージ。

ムーンビーストの支援者(パトロン)名義の物件は、治崎の義理の妹である壞理のお気に入りの場所だった。

晴天に恵まれた今日も治崎は壊理にせがまれて、そのコテージにやって来ていた。

 

治崎は掃除道具を持ってアイランドキッチンの前に立つと掃除を始める。

潔癖症である治崎にとって考え事をする為に掃除をするというのは、よくある事だった。

 

(ムーンビーストの勢力が、予想より大きくなりすぎている)

 

治崎とムーンビーストは協力関係にある。

裏社会に君臨する闇の帝王、“オール・フォー・ワン”を倒すまでの間、お互いに協力すると決めていた。

そして、“オール・フォー・ワン”を倒した後に、ムーンビーストは治崎の殺害を予告している。

 

『人を殺した人は、人に殺されねばならない』。

 

それがムーンビーストの掲げる思想である以上、人並み以上に人を殺してきた極道(ヤクザ)である治崎は、言うまでもなくムーンビーストの執行対象だ。

だから、治崎は“オール・フォー・ワン”を倒した後のことを考えない訳にはいかなかった。

治崎は“オール・フォー・ワン”という巨悪を倒せれば命など要らないというような、“英雄症候群”を患ってはいない。

治崎の夢は極道の復権。闇の帝王の無き裏社会を、死穢八斎會で牛耳ることだ。

 

それを考えれば、“オール・フォー・ワン”を倒した後のムーンビーストなど、邪魔でしかなかった。

 

(奴の不意を突き、殺す事は、今なら出来ないことじゃない。面倒なのは、その後の、奴の信奉者(シンパ)共の対処だ。奴を殺せば、レディ・ナガンを含めた奴らが黙ってはいないだろう。(ウチ)との全面戦争になる)

 

本来、ムーンビーストと信奉者(シンパ)の結びつきは弱かった。それを繋いだのがレディ・ナガンという女傑の存在だ。

一度はヒーローに囚われたムーンビーストの救出作戦をレディ・ナガンが成功させたことにより、ムーンビーストの信奉者(シンパ)達の中でレディ・ナガンに対する信頼は絶対的なものに変わっている。

そして、それはそのままムーンビーストの力へと変わってもいる。

このままいけば、“オール・フォー・ワン”の亡き後に裏社会に君臨することになるのは、当人の意思を無視してでもムーンビーストになるだろう。

それは、治崎にとって好ましいことではない。

 

「…いっそ、病気で死ねば、楽なんだけどな」

 

治崎は心の声を漏らしつつ、コンロを磨くブラシを持つ自分の手を見る。

治崎の個性『オーバーホール』を使えば、人を病気に見せかけて殺す事など容易い。

それが一番良いかと考えながら、治崎はマスクの下で少し笑う。

 

治崎は次に義理の妹である壊理について考える。

 

壊理は治崎の裏社会を牛耳る為の計画に無くてはならない存在だ。

壊理の個性『巻き戻し』は人の肉体の時間を巻き戻すことが出来る。それを使えば、どんな怪我や病気も無かったことに出来るし、なんなら人を産まれる前まで戻して存在を消す事もできる。

『オーバーホール』という強個性を持つ治崎からしても、最強だと思える個性だ。

未だに幼い壊理が『巻き戻し』を完全に制御出来た時、壊理を倒せる存在は皆無になるだろう。

そして、そんな壊理の個性を使って治崎が作っているのが“個性を破壊する薬”。

壊理の身体から抽出した個性因子を用いる研究は、無論、人体実験だったが治崎は現状、壊理への負担を最小限に留めていた。

開発を急ぐのなら、『オーバーホール』も用いての過度の実験もするべきなのだが、治崎は先を見据えて壊理に嫌われることを避けていた。

故に生まれた偽りの兄弟関係は、現状では上手く行っている。

 

———治崎よ、おめェがあの子の帰る場所に成ってはやれねェか?

 

治崎は帰る家の無かった幼い自分を拾ってくれた組長(オヤジ)の言葉を思い出す。

壊理はあまり我儘を言わない子供だ。それでも治崎にだけは、よくせがむ。

まるで何かを確認するように“兄”と上目遣いで呼びながら、甘えた声に()()(にじ)ませる。

 

治崎は手を止めて目を閉じた。冴えた頭で未来についてを考える。

治崎にとって最優先すべきは自分を救ってくれた組長(オヤジ)と、帰る家になった死穢八斎會。

なのに何故、壊理の事を考えると胸の奥で小さくナニカが痛むのだろうか。

治崎は答えが出せないまま、小さく呟いた。

 

「…家族、か」

 

その時、治崎のスマートフォンが鳴る。

 

慌てた組員から伝えられたのは、組長(オヤジ)が撃たれたという報告だった。

 

「———ッ、組長(オヤジ)は無事なのか!」

 

《ああ、若頭。大事は()え。弾も腹を抜けた。今は病院で、組長(オヤジ)の意識もある。ただ、あんたの側近が襲撃の時に気になる言葉を聞いたらしい。俺には難しいこと分かんねぇからよ、電話を代わるから、直接に聞いてくれや》

 

「ああ、わかった。電話を代わってくれ」

 

《おう。———》

 

《———(かい)、電話を代わりやした。玄野(くろの)です》

 

スマートフォン越しの声が治崎の昔からの側近である玄野(くろの)(はり)のものに変わる。

 

「玄野、何があった?組長(オヤジ)を撃った奴の見当は付いているんだろうな?」

 

《はい。撃った奴らは三人組で、警察やらが来る前に一人を捕らえて吐かせやしたが、どうやら金で雇われただけの連中の様でやした。昔ながらの抗争って訳じゃありやせん》

 

「だろうな、今の極道に組同士で争うほどの武力はない。だが、なら何故、組長(オヤジ)が撃たれる。極道なら誰でも良かった馬鹿の犯行か?それとも、()()()()()()?」

 

《…後者も否定はしやせんが、それ以上に気になることがありやす。奴ら、逃げようとする最中に依頼主の名前を口走りやした。“あまてらす”、聞き覚えがありやせんか?》

 

「あまてらす、天照、いや、依頼主なら企業だ。…アマテラス製薬か?」

 

国内製薬会社、海外売上高第三位の大手製薬会社『アマテラス製薬』は、表社会では有名企業として名を馳せる一方で裏社会では別の顔を持つ企業の一つだ。

『アマテラス製薬』は、裏社会に違法薬物や禁止されているドーピング薬などを流している。

治崎も壊理の個性因子を抽出する薬剤を手に入れる為、利用したことがあった。

 

「アマテラス製薬が組長(オヤジ)を狙う理由はない。そうすると、狙いは別にある。…()()か?」

 

《廻、流石です。私もそう思いやす。どこから壊理さんの個性の情報が漏れたかは、わかりやせんが…》

 

壊理の個性『巻き戻し』は、製薬会社からすれば喉から手が出る程に欲しいものだろう。

 

《一応、確認なんですが、壊理さんはそこに?》

 

治崎は玄野に促されてベランダに出る。

砂浜では壊理を肩車して爆走する大男と、その後をタオルと水筒を持って追う眼鏡の男の姿があった。

 

「問題ない。壊理は活瓶(かつかめ)音本(ねもと)が見ている」

 

《よかった。けど、油断はできやせん。狙いが壊理さんなら、襲撃は続くと思いやす。私は組長(オヤジ)さんの事は入中(いりなか)さんに任せてそっちに合流しようと思いやすが、いいですか?》

 

組長の事は組長との付き合いも長く、便利な個性を持つ死穢八斎會本部長の入中(いりなか)常衣(じょうい)に任せるという玄野の言葉を治崎は了承した上で、()()()()() にも声を掛けておくように言う。

 

「“八斎衆(はっさいしゅう)”にも、連絡をとっておけ」

 

《わかりやした》

 

鉄砲玉(てっぽうだま)八斎衆(はっさいしゅう)”。

それは治崎が最近になり集めた直属の実働部隊。死穢八斎會の組員たちとは違い、組長ではなく治崎と個人的な主従関係を結ぶ彼らは直ぐに動かせる駒。

砂浜で壊理の面倒を見ている大男の活瓶(かつかめ)力也(りきや)と眼鏡を掛けた音本(ねもと)(しん)も八斎衆の一員だ。

 

治崎と壊理を狙っているのが、本当に『アマテラス製薬』なら、相手は大企業。動かせる駒は多い方がいいというのが治崎の考えだった。その考えを読みながら、玄野は更に言葉を続ける。

 

《…()()に連絡は、どうしやす?》

 

玄野の言う彼らとは、ムーンビーストたちの事。

治崎は、はっきりと言う。

 

「奴らに連絡はしなくていい。弱みを見せることになる」

 

確かにムーンビーストたち“灰色勢力”は、大企業を相手にする上では力になるだろう。

単純な武力という以外にも、ムーンビーストの信奉者(シンパ)達という組織力もある。

だが、しかし、治崎は彼らに死穢八斎會が一企業に劣っていると思われることを(よし)としない。

 

組長(オヤジ)が撃たれて、その孫娘が狙われている。これは、俺たち組の問題だ」

 

《…ええ、そうでやすね》

 

 

こうしてムーンビースト達の知らない治崎の戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『アマテラス製薬』によるものと思われる死穢八斎會の組長への襲撃から一週間たった日、治崎は死穢八斎會本部の私室に居た。続くと思われていた襲撃は、予想に反して止まっている。

もしかしたら馬鹿による単発的な犯行だったのかと治崎が思い始めた頃、スマートフォンから特徴的な着信音が鳴る。

普段の着信音とは違う曲、ベートヴェンのピアノソナタ第十四番『月光』は、特定の人物からの連絡を示すものであり、それを聞いた同じ部屋のソファに寝そべっていた壊理の身体は跳ね起きるように反応したが、治崎は着信を無視する。

 

着信音が止まる。すぐに再び着信音が鳴る。

壊理がそわそわし始める。治崎は無視する。

着信音が止まる。すぐに再び着信音が鳴る。

壊理が治崎の周りを回り始める。治崎は諦めて電話に出た。

 

「…何の用だ、ムーンビースト」

 

《ああ、繋がってよかった。治崎、実は貴方に大切な話があるのです》

 

電話の向こうのムーンビーストは、とても楽しげな声で言う。

 

《実は———明日、行われる雄英の体育祭をレディ・ナガンと見学に行こうと思うのですが、貴方と壊理さんも一緒にどうですか?》

 

「寝言は寝てから言え」

 

治崎は通話を切った後に着信拒否設定して、馬鹿な話に付き合ってしまったと頭を掻く。

何処の世界にヒーロー科の学校の体育祭を見学に行こうとする(ヴィラン)がいるのかという治崎の心の中での罵倒は最もなものであり、正気の沙汰ではなかった。

ただ治崎とムーンビーストの通話を傍で聞いていた壊理は、しゅんとした様子でしょげている。

 

「…兄者、私、お祭りに行きたい」

 

「…雄英の体育祭には、多くのヒーローが来るんだ。行ける訳がない」

 

「でも、ナガンさんにも会いたい。兄者とナガンさんが居れば大丈夫だよ。だから、お祭りに行きたい!」

 

治崎はズボンの裾を掴みながら、上目遣いで自分をみている壊理を冷めた目で見る。

何が大丈夫かわからない子供特有の理論は置いておいて、壊理が狙われているかもしれない状況で人の多い場所など行ける訳がなかった。

 

「前に言ったろう?お前は今、狙われているかも知れないんだ。危険な場所に行かせる訳にはいかない。家に居ろ。外は怖いところなんだ」

 

「やだやだやだやだ!ずっと外に出られなくて、つまんないの!お祭りに行くの!」

 

癇癪を起こしたように騒ぐ壊理に治崎の中で苛立ちが生まれる。普段の物分かりの良さからはかけ離れた壊理の状況は、ここ最近のストレスが原因だろう。

壊理の身を守る為、治崎は外出を許していなかった。

その理屈が分かっていても、癇癪の声に治崎の苛立ちは募る。

 

「兄者が連れてってくれないなら、一人でいくの!」

 

「壊理ッ、いい加減にしろッ‼我儘を言うな‼」

 

治崎は壊理の手を振り払った。

 

「ッ!?………ご、ごめんな、さい」

 

壊理は治崎の怒鳴り声を聞いて怯えた様子で後ずさる。

治崎は“しまった”という表情を浮かべるが、マスクをしている所為でそれが壊理に伝わることは無い。

普段の壊理は治崎に良く懐いている様に見える。

しかし、それが幼い彼女なりの処世術であることに治崎は気が付いていた。

壊理は何時も何処かに怯えを残している。

懐くことで好かれようとする子供。それが壊理だ。

治崎は、それを理解した上で壊理と接して“我儘”を言われるくらいには、信頼関係が築けていたが、それが崩れてしまうかも知れなかった。

怯えてしまった壊理を前にどうするか迷っている治崎の元に、助け舟がやってくる。

 

部屋を訪ねて来た玄野が気が付けば扉を開けて、その場に立っていた。

玄野は「失礼しやす」と声を掛けてから部屋に入ると、壊理の元に行って屈んで子供の目線に合わせながらに言う。

 

「壊理さん。廻は貴女の事を想って言っているんだから、あまり廻を困らせちゃいけやせん。賢い貴女なら、わかるでしょう?だから、ごめんなさいしましょうよ」

 

「…うん。兄者、ごめんなさい」

 

「壊理さんは偉い子でやすね。廻も壊理さんに声を荒げるなんて、らしくない。最近、ピリピリするのは仕方ないですが、組に居る時くらい肩の力を抜きましょうや」

 

「…そうだな。壊理、大声を出して悪かった。許してくれ」

 

「…ううん。私こそ、すごくごめんなさい」

 

玄野の言葉で関係性の崩壊は免れたが、未だに暗い顔をしている壊理にどうするべきか考える中で治崎の頭の中に近所の神社でやっている縁日の存在が思い浮かんだ。

組長の人柄により死穢八斎會は少ないが近隣住民との関りがある。

そのつながりで回ってきた回覧板には、少ないが出店もでると書いてあったことを思い出した治崎は壊理に言う。

 

「なあ、壊理。雄英の体育祭には連れて行けないが、近所の祭りになら連れていってやれる」

 

「本当!」

 

「ああ、レディ・ナガンは居ないし、小さな祭りで出店もあまりないだろうが、それでもいいか?」

 

「いいよ‼兄者、ありがとう!いつ行くのかな、今からかな!」

 

「そうだな。壊理が行きたいなら、今から行こうか。準備をしてくるといい」

 

「うん!」

 

部屋から走って出て行った壊理を見送ってから、治崎は玄野に視線を向ける。

 

「そういう訳だ。お前も付いて来い」

 

「わかりやした。しかし、祭りについては私の方から言おうと思っていたけど、よく覚えてましたね?」

 

「…あの神社の縁日には、俺も組長(オヤジ)に連れていって貰ったことがある」

 

「なるほど」

 

極道と縁日が、切っても切れない関係だった時代もあった。

今は昔の話だが、その日だけはヤクザ者が人々に笑顔を与えていたのだ。

 

(ウチ)から手伝いを出さなくなってからは、行ったことが無いが、壊理の気晴らしにはなるだろう。近所なら襲撃の危険も少ない。…玄野、あれからアマテラス製薬の動きは本当にないんだな?」

 

「ぱったりと。社員の何人かを拉致って音本と締め上げもしやしたが、何の情報も出やしない。単発的なモノだったのか、それとも一握りの人間しか知らされてない㊙なのかは、わかりませんがね」

 

「前者なら馬鹿を数人消せばケジメはつく。だが、後者なら、まだ警戒は解けないな。俺たちが留守の間も警戒しておけと音本に伝えておいてくれ」

 

「わかりやした。代わりに廻はそのしかめっ面を止めてくださいよ。壊理さんの隣にいる時は、出来る限り柔らかい表情でいてあげてください」

 

「…言われるまでもなく、わかってはいる。これでも努力はしているんだ」

 

そう言いながらも治崎の口角はピクリとも動かない。

玄野は溜息を吐きつつ、頭を下げた後に出かける準備をする為に部屋から出て行った。

部屋に一人残った治崎は財布一つをズボンのポケットに突っ込んで考え事をする。

 

壊理は治崎(じぶん)の事を様々な呼び方で“兄”と呼ぶ。

それが彼女なりに治崎との距離を測っている表れだという事は理解している。

治崎は頭が良い。子供の考えていることくらいは解る。

 

「壊理は俺と、家族の様に成りたいのだろう」

 

壊理は母親に捨てられた。その原因を治崎は壊理の個性を研究する内に知った。

壊理の個性の暴走により、父親を殺している。『巻き戻し』の個性で父親を産まれる前まで戻してしまったのだ。母親に化け物と呼ばれて捨てられるのも無理はないと治崎は思う。

だが、壊理には暴走した時の記憶がない。だから、自分が何故、母親に捨てられて、父親が居なくなってしまい、家族を失ってしまったかを知らない。

 

理由が分からないまま家族を失くした壊理は家族の愛情を求めている。

我儘を言うのも、我儘を許されることで愛情を確かめようとする幼い行いだ。

 

「それはわかる。だが、俺には家族を大切に思う気持ちがわからない」

 

治崎には最初から家族なんていなかった。

だから、その大切さを知っていても理解はできない。

治崎は帰る場所の無かった自分の寄る辺と成ってくれた組長(オヤジ)には感謝しているが、それは家族愛ではない。組長個人へ向けられた強く固い義理だ。愛情なんて温かなものでは無い。

 

———治崎よ、おめェがあの子の帰る場所に成ってはやれねェか?

 

治崎の頭の中で組長(オヤジ)の言葉がリフレインする。

思えば歪だ。治崎は確かに組長から愛情を与えられたはずなのに、何処までも冷たい治崎の目は、愛情を映しながらも価値を見出せない。

 

まるで機械だと言われるほどに冷たい感情のままに治崎は組長(オヤジ)への恩返しの為だけに今日も動き続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近所の神社で行われた初夏の訪れを祝う祭りは、小さな規模のものであったが壊理を喜ばせるには十分なものだった。壊理はデフォルメされた可愛らしい狐のお面を頭に着けながら、キラキラとした笑顔で出店を見て回っている。治崎はそれを後ろからゆっくりとした足取りで追いながら、時折、振り返り手を振って来る壊理に答えていた。

 

「兄者!楽しいね!」

 

「ああ、そうだな」

 

気のない治崎の返事にも笑顔を返してくる壊理がとても良い子なのは言うまでもなく、色々な意味で凸凹(デコボコ)な義兄弟は距離感を保ちながら出店を練り歩く。

 

「兄者。くじ引きをしようよ!一等賞、当たるかな!」

 

「壊理。この中に一等の当たりはないんだ。これはそういうものなんだ」

 

「そうなの?」

 

「ああ、そうだろ?」

 

治崎の言葉に、くじ屋の店主が冷や汗を搔いていた。

 

「金魚!兄者、金魚すくいをしたいです!」

 

「壊理に世話が出来るのか?」

 

「うん!できる!」

 

「そうか、ならいいが、出来なかったら庭の鯉の餌にするからな。水槽で飼う魚は臭うから、嫌いなんだ」

 

「わかった!金魚さん、鯉さんと同じくらいに大きくなるといいなあ」

 

金魚すくいの店主は二人の会話を微笑ましいものを見る眼で見ていた。

 

冷たさを感じさせる精悍な顔つきの兄と可愛らしい妹。共に出店を見て回る二人は一見すればどこにでも居る普通の兄弟に見えた。

 

「壊理、何か食べたいものはあるか?」

 

「うーん、わかんない」

 

「そうか。…りんご飴は、どうだ?壊理は林檎が好きだろう?りんご飴は、林檎より甘いぞ」

 

「りんごより、甘い!?食べたい‼」

 

治崎は壊理を利用している。その事実に間違いはない。

しかし、こうして平穏な日々が続く分には誰にも文句は言えない事だ。

少なくとも壊理は今、笑っている。

それが本当の事なのに、それを壊す(やから)は、ヒーロー(づら)をしてやって来る。

 

りんご飴の屋台に向かおうと手を繋いで歩き出した治崎と壊理の前にマントを羽織ったヒーローが立ちはだかった。

 

「お前、死穢八斎會の若頭だな。こんな所で何をしているんだ?」

 

マントを羽織ったヒーローは不躾(ぶしつけ)にそう言いながら、治崎と壊理をジロジロと見てくる。

壊理は怯えながら、治崎の手を強く握った。

治崎は余所行き様の顔で笑いながらに返事をする。

 

「パトロールですか?お疲れ様です。ヒーロー」

 

「…ああ、パトロールだよ。テメエみたいなのが悪さをしないようにな」

 

「はは、酷いな。ウチの妹と祭りを楽しんでいるだけですよ?」

 

「チッ、なにが楽しんでるだけだ‼テメエらみてぇな(ヴィラン)予備軍にッ、祭りを楽しむ権利がある訳ねえだろうがよ‼」

 

マントを羽織ったヒーローの大声が、響き渡る。

治崎の顔から、作り笑顔が消えた。

 

「ウチは、(ヴィラン)予備軍なんかじゃない」

 

「ハア!?何言ってんだこいつ。指定(ヴィラン)団体ッ、死穢八斎會の若頭だろ?テメエらが(ヴィラン)予備軍じゃなくて、何だってんだよ?テメエらは社会の屑だ。(ヴィラン)なら、ブッ倒してやれるのによぉ、コソコソしやがって気に入らねぇぜ。この弱虫野郎ッ‼」

 

マントを羽織ったヒーローが治崎を突き飛ばす。

 

「兄者!」

 

「…大丈夫だ。壊理。心配するな」

 

「ハァーハァッ!弱っちいお兄ちゃんだなあ‼やっぱりこの時世にヤクザなんてやってる奴は腰抜けの屑しか居ねぇんだよなあッ!おらッ、悔しかったらかかって来いよ!」

 

「止めてくださいよ。こっちが手を出せないの、解ってるでしょう。それに、皆が見てますよ?」

 

「構うもんかよ!俺はこういう姿勢が売りのヒーローなんだよ!テメエらみたいな屑に容赦はしねえッ!そういう姿勢が最近の流行なんだよ‼わかったら、さっさと帰れ‼テメエらみたいなのが居たんじゃ、誰も祭りを楽しめねぇぜ。帰れ、帰れ!かーえーれぇー‼」

 

「…わかりましたよ。壊理、もう行こうか」

 

「…うん」

 

治崎は壊理の手を引いて縁日を後にする。

その後ろ姿をマントを羽織ったヒーローは嘲笑う。

 

「ハァーハァッ!”()()()()()()()()()”ッ‼テメエらみたいなのは、下を向いて道を歩きやがれッ!この犯罪者共がッ‼」

 

その罵声を浴びながらも、壊理は治崎の手を強く握っていた。

 

「りんご飴、買ってやれなくて悪いな」

 

「…ううん、早くお家に帰ろ」

 

「ああ、そうだな」

 

「…ねえ、兄者」

 

「なんだ?」

 

「…兄者の言う通り、やっぱり外は、怖いね」

 

“ああ、そうだな”。とは、治崎は何故だか言いたくなかった。

治崎にとってあの様な馬鹿に馬鹿にされることは大したことでは無い。後日、人目のない場所で消せば気が済む話だ。

だから、何時ものように気のない返事をすれば良いだけの話なのに、握った手から感じる小さな震えが、その言葉を喉から出ないようにしていた。

代わりに誓いにも似た言葉を治崎の口から出させた。

 

「壊理。大丈夫だ」

 

「…なにが?」

 

「いつか来る。(ウチ)やお前が馬鹿にされる事など無い社会を、俺が必ず作ってやる。だから、それまでは俺の傍から離れるな」

 

治崎の言葉に壊理は涙声になりながらも、力強く頷いた。

 

「…うん!」

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、死穢八斎會の本部の地下にある隠し部屋の一つに一人のヒーローが居た。

治崎はそのヒーローの前で言った。

 

組長(オヤジ)が仕切っていた頃は、縁日にこんな馬鹿は現れなかった。社会は馬鹿に寛容になり過ぎている。殴り返される覚悟もない奴が、俺は拳を握れるぞとイキっている。病気だよ。手の施しようがない。壊理の研究に利用してやるのが、せめてもの情けだ」

 

“居た”と“言った”。共に過去形だ。なぜなら、もうそのヒーローは、この世にいない。

肉塊となったソレは、薄汚いマントで包まれて山に埋められた。

 

 

 

 

 




マントを羽織ったヒーロー。オリキャラ。

特に名前を付けられる事もなかった人。元々、あまり人気のあるヒーローではなかったが、ムーンビーストの人気を見て”悪に容赦しない”姿勢の外側だけを真似してみたら、少しだけ人気がでたのを喜んでいた。
ただ中身がないから、彼の語る”正義の鉄槌”は直ぐに砕かれた。

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