ヴィランによる正義執行!   作:白白明け

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書きたいものは時間さえあれば、早く書けますね。

皆様の暇つぶしになれば幸いです(^^)




個性『ライフル』

 

胡散臭いサングラスに胡散臭い髭の中年男性‐義爛(ギラン)は闇のブローカーだ。

社会の陰で働き暗部の人間を商売相手にする彼を悪人と呼ぶ人間は多いだろうが、私は彼のことがそこまで嫌いではない。その理由の中に彼からは濃い血の匂いがしないこと、自分で手をあまり汚さないタイプの悪であること。そして、愛煙家であることがあげられる。

だから、今日も頼んでいた商品の代金とは別に手土産を携えて彼の元を訪れていた。

 

「義爛、肝臓を持ってきましたよ。新鮮な子供の肝臓です。五つもあります。嬉しいでしょう?」

 

にこやかに笑う私に対して義爛は咥えた煙草を落とす阿呆面を晒した後、頭を掻きながら引き攣った笑みを浮かべながらに言う。

 

「おいおい、ムーンビースト。マジかよ。俺は何時から食人主義の変態になったんだ?つーか、おまえ、子供とか殺す奴だったんだな。おまえを信仰してる信者共に教えてやりたいぜ」

 

「私に信者など居ませんよ。正義とは成すもの。信仰するものではありません。そして正義の前に人は皆、平等です。老若男女を差別しません。この子らは、殺されねばならなかった。クラスメイトの一人を自殺に追い込んだのだから。彼らは、(いじ)めという殺人を犯したのです」

 

「ああ、なるほどな。そういう理屈かよ。ムーンビースト、お前が平常運転で俺は嬉しいよ。けどな、肝臓は要らねえ。なんで持ってきた?」

 

「闇の商人は昔から肝臓を売りさばくものでしょう?私は貴方のお財布を少しでも重くしようと態々、持ってきてあげたというのに、要らないのですか?」

 

「素人が切り取った臓器なんて要らないねえ。そんな粗悪品を流すのは俺の売人としてのプライドが許さねえな。わかったら、その生ごみは後で裏のゴミ箱にでも捨てておいてくれ。処理はやっとくから」

 

「アハハ、わかりましたよ」

 

残念ながら持ってきたものは土産にはならなかったようだけれど、それならそれでいい。

義爛の言う通りにして、私は商談の席に着き、煙草に火を付ける。紫煙をくゆらせながらに問いかけた。

 

「それで、約束のものは用意できましたか?」

 

「ああ、三十六個(三ダース)。ちゃんと揃ってる」

 

義爛が取り出したのは鉛筆ほどの大きさの銀色の聖ペテロ十字(逆十字)だった。

これは私が義爛に仲介を頼み業者に作って貰った物。ある操作を行うことで一メートルほどに巨大化する特殊な逆十字のオブジェ。

私は正義を執行する度にコレを現場に置いて行くことにしているのだが、最近は減りが早いので一括購入する為に義爛に頼んでおいたのだ。

私は逆十字のオブジェの一つを手に取り品質を確かめる。

 

「…うん。いい出来ですね。歪みもなく美しい。商品は確かに、これは代金です」

 

封筒に入った現金を義爛に渡す。義爛は受け取った札束の枚数を数えながらに言う。

 

「相変わらずおまえは景気がいいな。安くもない物を使い捨てにして、しかも、それは無くても構わないものだろ。自分の犯行だと世間に知らせたいなら、名前でも書き残しておくだけでいいだろうに」

 

「名を残すだけでは正義を示すに足りぬのです。“象徴”が必要なのですよ。復讐という正義を示す象徴が。いつの日か、人々が街の教会に立つ聖ペテロ十字(逆十字)を見ただけで、正義に胸を締め付けられる。そんな象徴を、私は望んでいるのです」

 

「象徴、ねえ」

 

呆れた様に笑う義爛に私も微笑みを返す。それがとても難しいことは理解している。しかし、既に先駆者は存在している。その名を“平和の象徴”としたヒーローが、今日も画面の向こうで人々を救っている。その素晴らしさには感動すら覚える。

そして、同時に決意が宿る。“平和の象徴(オールマイト)”が成したのなら、私にも“正義の象徴(ジャスティスマン)”が作れると信じている。

 

「誰かに出来た事が、私に出来ぬ筈がありません」

 

その私の覚悟を感じ取ったらしい義爛は懐かしいものでも眺めるような眼で私を見た後に新しい煙草に火を付けた。とても美味しそうに煙草を吸いながら、上機嫌で義爛は言う。

 

「“オールマイト”以前が懐かしいとぼやく同業者は多いが、やっぱ居る事にはいるもんだよな。おまえみたいな儲け話の匂いがする前時代的悪党がよ」

 

「失礼ですね。私は正義の徒ですよ。私の行いに一切の悪など、ありません」

 

「自分が正しいと言い切る奴は悪党さ。そんなおまえに、ここだけの話だ。面白い話がある。これは悪党としてあんたを心底評価しているからこそ、話すんだぜ」

 

どうやら商品の支払いをした時点で彼の中で仕事の話は既に終わっていたらしい。

ここから先は先は只の世間話。愛煙家同士のタバコミュニケーション。

 

「ある異形排斥主義集団(CRC)の奴らが、人攫ってるらしい。なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………アハ?」

 

そして、往々にして正義とは世間話の中でより高く昇華するものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪…余子浜市の外れにある異形排斥主義集団(CRC)、【正当なる樹】は原理主義の集団。…ハァ…支持者には与党議員も居るという噂もある。今までも暴力事件を幾つか起こしているが、潰されてはいない。…(いたずら)に力を振りまく…ハァ…粛清対象だ≫

 

異形排斥主義集団(CRC)。それは超常社会が混乱から抜け出し、安定してからも姿形が変わった人々を受け入れることを拒否した集団。前人類的な姿を至上として、それ以外の者達を“神の寵愛から外れた者たち”とすら、呼ぶという。

 

私は義爛から聞いた話が本当の事である事を電話越しの相手から確認しつつ眩暈を覚える。

 

「愚かな事です。人の進化を否定して、神などと言う過去の遺物を信仰するとは、信じられません」

 

≪…ハア…?≫

 

私がそう言えば電話越しの相手は何故か黙ってしまった。

 

「どうしたのですか?」

 

≪…牧師服を着て、十字を切る、お前から、そんな言葉を聞くとはな≫

 

「ああ、勘違いをさせていたのなら、申し訳ありません。私はこの格好(なり)ですが、神に仕えてはいないのです。私が信じるものは“正義”。いいですか、“神の正義”では、ありませんよ?私は“復讐という正義”を信じているのです」

 

≪…ハァ…まあ、どうでもいい。それで…ハア…?粛清するのなら、手を貸すが…?≫

 

「いえ、貴方の手を借りる程のことではありません。貴方には貴方の成すべき正義があるでしょう。今回の悪は私が正義執行しますので、ご安心ください。情報提供、ありがとうございました。今度、麻婆豆腐を奢りますね」

 

≪…俺は、あの溶岩を食べ物だと認めていない≫

 

「では、次に会う時は貴方の好物を教えてください。ステイン」

 

≪…ハァ…精々、派手にやるといい。そして、“本物のヒーロー(オールマイト)”に殺されろ≫

 

連れない友人に電話を切られる。この私の数少ない友人だというのにステインにはその自覚があまりないらしい。折角、電話番号を交換したというのに電話を掛けるのは私の方からばかりで、しかも、彼は三度に一度しか電話に出ない。

寂しいではないかと嘆く私だが、しかし、こういう距離感も嫌いではない。

だから、微笑み、歩き出す。そして、日の暮れ始めた空を見ながらに思う。

 

「ああ、今宵が三日月であるのが残念です。今宵が満月なら、香山先生を逢瀬に誘ったのに」

 

この世に神はいないが、女神はいる。その姿を思い出しながら、私は今日も正義を成す。

 

 

 

 

 

 

 

 

【正当なる樹】は意外と大きな組織だった。ビジネス街に立つビルの一棟全てが【正当なる樹】の持ち物だという。

異形排斥主義集団(CRC)は、超常社会の初めの内は大きなデモ活動も行っており、それなりの支持を得ていたが、次第に活動は過激化していき、結果として支持を失った。現在も様々な分派が点在しているが、規模は極々少数だと聞いていた。

しかし、【正当なる樹】の活動拠点は見上げる程に大きなビル。

 

「はてさて…何をどうして、これ程までの活動資金を得ているのか。考えたくなどありませんが、考えなくてはいけませんね」

 

私はそう呟きながらビルの正面玄関から中に入る。止めようとした警備員は気絶させて転がして置く。警備員である彼らからは濃い血の匂いがしなかった。只の雇われた人間だ。殺す必要はない。

 

ビルに侵入しても目に入るのは普通のオフィスビルの一階という印象だけで、宗教じみた雰囲気は一切しない。巧妙に隠されている。しかし、私には分かる。此処は悪の巣窟だ。

 

牧師服という格好でビルを訪れた私に周囲の人間が怪訝な顔を向ける中で、絵に描いたような秘書といった出で立ちの女性が声を掛けてきた。

 

「えっと、なにか御用ですか?」

 

「ええ、御用です。此処の代表に会わせて頂きたい」

 

「…失礼ですが、アポイントメントは取られておりますか?」

 

「いえ、ありませんね」

 

「では、社長はお会いになりません。今日はもう遅い時間ですし、また後日にアポイントメントを取りいらしてください」

 

「そうですか。では———死ね」

 

ギロチンの刃が女性の首を刎ねた。周囲の人間は突然の事態に固まっていた。女性の首はくるくると宙を舞い、床に落ちた。鮮血が飛び散る。其処でようやく止まっていた時は動き出す。

 

悲鳴が上がった。

 

私は死んで倒れた女性の身体を蔑みながらに見る。

 

「匂うんですよ。血生臭い。私には分かるのです。貴女、五人以上は殺していたでしょう。これは貴女に殺された者たちへ捧げる、復讐です」

 

私はエレベーターに向かい歩き出す。社長室というものはどこのビルでも最上階にあることは知っている。馬鹿と悪人は高い所が好きなのだ。ステインもよく高い所から地上を見下ろしては溜息を吐いている。

 

「では、行きますよ。正義執行!」

 

私はエレベータに意気揚々と乗り込んで最上階のボタンを押すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異形排斥主義集団(CRC)【正当なる樹】が近年、勢力を拡大している背景には闇に葬らなければならない真実があった。【正当なる樹】は未だに前時代的価値観の残る田舎の村などから、差別を受けている異形の個性を持つ者を買い取り、売っていた。

 

つまりは人身売買。

 

世に許されない悪行を行いながら、法で裁かれることが今まで無かったのは彼らがその事実を巧妙に隠蔽していたからだ。

 

【正当なる樹】は表向きには人材派遣会社としてオフィス街にビルまで構えて活動していた。表向きには、社員を顧客先に仕事をしに行かせているだけ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その闇の商売で勢力を広げ続けた【正当なる樹】は遂に国会議員やヒーローにまで、その魔の手を伸ばしていた。結果、先日、遂にそれなりに開かれた都会で異形の個性を持つ人間を攫うに至り、国会議員やヒーローの権力を使いそれをもみ消そうとしている。

 

歴史は繰り返す。【正当なる樹】は暴走を始めようとしていた。

 

これは世間には公表出来ない個性社会の闇。闇に葬らなければならない事件。

故にその事件を解決する為に動くのは只のヒーローではない。

 

≪準備はいいな?≫

 

「…ああ、会長。いつも通りさ」

 

【正当なる樹】の拠点の隣にあるビルの屋上に右腕をスナイパーライフルに変形させたダークブルーとピンクの長い髪を束ねた美女が立っていた。

彼女は公安直属ヒーロー。耳に付けた通信機から聞こえてくる声に応えながら、冷めた目で正義を見る。

 

現代社会の平和はヒーローの信頼を土台に作られている。公安直属ヒーローは社会の基盤を揺るがしかねない人間たちを法に裁かれる前に罪ごと消す者。

 

つまりは【正当なる樹】に加担する権力者やヒーローごと()()為に、公安直属ヒーロー‐“レディ・ナガン”は其処にいた。

 

「…狙うのは【正当なる樹】の中核である社長を含めた数人の幹部のみ。自分が働く会社の暗部を知らずにいる一般社員を無視していいなら、見かけの割には大きな仕事じゃない。…早く帰って、シャワーを浴びなきゃ」

 

隣のビルからの長距離射撃。それで全てを終わらせることはレディ・ナガンにとって難しいことでは無い。———その筈だった。

ビルの正面玄関から堂々と入っていく、狂った(ヴィラン)さえ、いなければ。

 

 

「正義執行‼」

 

 

レディ・ナガンはスコープ越しにムーンビーストの凶行をしっかりと見た。

 

「なっ、チッ、状況が変わったぞ。(ヴィラン)が中で暴れてやがる。あれは…ムーンビーストだ」

 

≪なんだと!?あの狂人が何故、そのビルにいるッ!≫

 

「知るかよ。それで、どうすんだ?」

 

≪…レディ・ナガン、警察やヒーローに通報しようとしている人間を狙撃して時間を稼げ。此方でも時間を稼ぐ。その間に、()()()()()

 

「………了解」

 

レディ・ナガンは誰かを助ける為のその右手で、スマフォを握る罪のない人の右手を打ち抜いた。

その眼から、涙は既に枯れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

最上階に到着する三階手前で乗り込んでいたエレベーターが止まってしまった。途中の階で誰かがエレベーターのボタンを押したのだ。私は階段を歩かなければいけないという現実に辟易(へきえき)しながら、エレベーターの扉が開くのをうんざりしながら待つ。

扉は直ぐに開いた。開いた先に両の手を機関銃に変えた角刈りの大男が立っていた。

 

「おはようッ!死ねッ!」

 

男の両腕の機関銃が火を噴いた。私は向かってくる弾丸の雨あられを両腕に形成したギロチンの刃を盾にして防ぐ。弾丸とギロチンの刃がぶつかり合う金属音が響き渡り、耳がキンキンする。私はその不協和音に耐えながら角刈りの大男の顔を見る。

 

「貴方は…ああ、朝のニュースで見た事のある顔です。ヒーロー‐“ガトリング・ソン”。この市の、ヒーローではないですか。しかし、貴方からは濃い血の匂いがしますねえ。どうして、ですかねえッ!ヒーローッ、なのにッ‼悪にッ、与するのですッ!」

 

「こんにちはッ!うるせえ!死ねッ!穴あきチーズになーれーッ!」

 

機関銃の連射が止まらない。いくら銃弾を浴びようと私のギロチンの刃が砕けることは無い。しかし、あと少しで防御が追い付かなくなってしまう。

これはマズいと私は両足にギロチンの刃を形成し、刃を落とした。エレベーターの床とギロチンの刃が衝突する衝撃を利用して私はガトリング・ソンに向かい飛ぶ。交差の刹那に首を切る。

 

「正義、執行!」

 

「こん…ばん…わ。…ごめん、ばあちゃん」

 

床に転がるガトリング・ソンの首を見る。死の刹那に零れた言葉を私の耳はしっかりと拾っていた。誰かに謝る位なら、人など殺さなければいいのだ。殺したから、殺されるのだ。

その(ことわり)が“正義”なのだ。それを悟れないまま死んだガトリング・ソンを可哀そうな奴だとは思う。そして、馬鹿な奴だと哀れみを込めて首を蹴る。

 

「しかし、驚きました。よもやガトリング・ソンほどのヒーローが悪に与しているとは。今の奇襲、私でなければ死んでいましたね。ガトリング・ソン以上のヒーローが複数人、悪に与していた場合、意外と大仕事になるかもしれません。…やはり、ステインに助力を頼むべきだったのでしょうか?」

 

今更ながらにそんなことを考えてエレベーターの方へと振り返る。エレベーターはガトリング・ソンの奇襲により使い物にならなくなっていた。やはり階段を昇らなくてはいけないのかとガッカリする中で、更なる絶望が私を襲う。

エレベーターの中に見覚えのあるスマフォの残骸が転がっていた。恐る恐るズボンのポケットを確認するが、あるべき感触がない。

どうやら奇襲による衝撃でスマフォを落としてしまっていたらしい。そして、スクラップに変わってしまった。

 

「…アハ、今日は、厄日ですかね」

 

思わず頭を抱える。

————その瞬間、今まで()いだことのないほどに濃い血の匂いがした。

 

咄嗟に腕にギロチンの刃を形成する。次いでその腕に衝撃を受ける。私は転がるように床に身を臥せる。本当に危なかった。あの瞬間、血の匂いに気が付くのが少しでも遅れていれば頭を打ち抜かれて死んでいた。いや、スマフォが壊れて頭を抱えて居なければ、防御が遅れていただろう。

 

「狙撃?どこから…よもや、隣のビルですか?」

 

まさかと思い窓の外をみる。三日月に照らされる隣のビルの屋上に悍ましいナニカが立っていた。

眼にした瞬間、その(あか)さに目を奪われる。

 

「ああ…よもや…これほどとは…」

 

外見の色彩が赤いのではない。生き物としての根源が(あか)いのだ。薬指ほどの大きさでしか眼で捕らえる事は出来ないが、私にはわかるのだ。アレは私が出会った中でも群を抜いて人を殺している。ステイン以上の人殺しだ。アレが“正義”により何度、殺されれば良いのか見当もつかない。

 

いや、驚くべきは其処ではない。血の濃さでは無い。

 

「なんと…哀しい、血の匂いだ。朱色の貴婦人よ」

 

私は芋虫の様に這いずりながら階段を目指す。射線を避ける様に動くが、次の瞬間には右足を打ち抜かれる。今のも防御の為に四肢にギロチンの刃を形成していなければ危なかった。

厄日かと思ったが、今日はどうやらラッキーデーの様だ。ならば、その運を原動力に私は臆することなく勇往邁進(ゆうおうまんしん)する。

 

「正義を、成さねばなりますまい。そして、問わねばならない。その涙にも似た哀しい血の匂いは、なんなのかと。血に塗れた身体の何処かに、正義はあるのかとッ」

 

私は階段までたどり着いた。たどり着くまでに放たれた銃弾の全ては何故だか私に大きな傷を負わせることは無かった。やはり今日の私は運がいい。血液型占いに感謝しながら、私は階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二発も銃弾が防がれたのは初めてだった。三発目を防がれた時には目の前の光景を疑った。四発目、五発目も命中するが標的の動きを止めるには至らない。そして、遂に標的が生きたまま曲射や跳弾を使っても弾が届かない階段の奥に消えた時、レディ・ナガンはある種の運命をムーンビーストに感じていた。

 

「…“狂気のムーンビースト”。正義を語る(ヴィラン)か。くだらねェな、この世のどこを探しても、正義なんてねェだろうに」

 

≪それは違うぞ、レディ・ナガン、表のヒーローたちが紡いでくれた希望を維持すること。その必要な事こそが、正義だ≫

 

「会長、戦闘中は黙っててくれよ」

 

≪…ふむ≫

 

レディ・ナガンには通信機の先にいる相手‐公安委員会会長の言っていることもわかる。

昔はレディ・ナガンもそれが平和を守る為の必要悪(正義)であると思っていた。

だから、殺した。大勢殺した。

ヒーローへのテロを謀計(ぼうけい)していた、とあるグループ。

(ヴィラン)組織と癒着し名声と金品を得ていた、ヒーローチーム。

ヒーロー社会の基盤を揺るがしかねない人間たちをレディ・ナガンは平和の為に、公安委員会からの秘匿命令を受けて殺し続けてきた。

ヒーロー社会の表と裏。光と闇。どちらかが欠ければ平和が立ち行かなくなると思ったから、維持する為の歯車に徹した。

しかし、何時からか彼女は———

 

 

「今宵もおッ、月があッ、綺麗ですねええエエッ‼」

 

 

沈みかけた意識がその言葉によって浮き上がる。そして、レディ・ナガンはスコープ越しに信じられないモノをみた。

ムーンビーストが五つの首を両手にぶら下げて隣のビルの屋上に立っていた。

 

「おいおい、馬鹿か、スナイパー相手に何てとこに立ってやがるんだよ。本物の馬鹿、いや…狂気か」

 

スコープ越しに見えるムーンビーストの口角は微笑みでは無く狂気的な弧を描いている。

そして、口元がゆっくりと動くのが見えた。

 

———いま、あいにいきます———

 

ムーンビーストが此方に向けて跳躍してくる。

 

「ッ、本気ッ!あんた、本気で狂ってるねッ!」

 

それは馬鹿や狂気でも説明できない自殺だとレディ・ナガンは思った。スナイパー相手に遮蔽物も逃げ場もない空中に飛び出す。そんなものは自殺でしかない。撃ち抜けない筈がない。

ムーンビーストは跳びながら両手に持っていた首を投げてデコイとしているが、そんなものはレディ・ナガンにとっては砂粒ほども意味がない。

 

ヒーロー‐レディ・ナガンの個性『ライフル』。

右腕をスナイパーライフルへと変性させ、二色の毛髪を練り上げ硬化しどんな弾でも作れる個性。射程距離は約三キロ。

 

「当たらない筈がねェだろ‼ムーンビースト‼あんたは月を目指してッ、墜ちて死ぬッ!」

 

空中にいるムーンビーストの両腕にギロチンの刃が形成される。

 

「ああ!あんたの個性も知っているさッ!ギロチンは四肢にしか形成できないんだろう!その両手で身体がどこまで守れるっていうのさ!」

 

(ヴィラン)‐ムーンビーストの個性『ギロチン』。

四肢にギロチンの刃を形成するその個性は、決して強力なものとは言えない。

探せば全身から(やいば)を出すことが出来るといった上位互換の個性を持つ者もいるだろう。

 

それでも今までムーンビーストがヒーロー達を退け続けて来れたのは、(ひとえ)に彼が経験豊富な戦士だったからだ。個性が二つあるのかと思わせるほどの危機感知能力‐本人曰く、“血の匂い”。そして、決して曲がらぬ硬い意思‐本人曰く、“正義の心”。

 

それでもレディ・ナガンは撃ち抜ける。撃ち抜けない筈がない。

 

 

≪やれッ!ナガンッ!敵を殺せッ!平和を守れッ!正義を——

 

「戦闘中に話しかけんじゃねェ‼」

 

 

放たれた銃弾はムーンビーストの心臓に向けて真っ直ぐと向かって行く。二射目など必要ない完璧な軌道を描く銃弾は———しかし、その時、空から落ちていく(エサ)を狙って夜空から飛んできた黒いカラスがムーンビーストの横を横切った事で———心臓には届かなかった。

 

「———あっ」

 

カラスが落ちる。月の獣が跳んでいる。

運命がレディ・ナガンに言っていた。

 

 

———おまえは、ここで出会わなければならない。

 

 

ムーンビーストが着地する。

 

 

「アハ、アハハッ、アハハ!会いに、会いに来ましたよ。あの人以外に、()()()()を思わず叫んでしまった私がッ、()()()()()()()の元にッ!“正義()”が来たあああッ‼」

 

 

———この狂気()と。

 

 

 

 

 





麗しきレディ・ナガン!!

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