余子浜市榮区‐行きつけの中国料理店で提供されている大好物である麻婆豆腐が何故だか今日は塩辛い。
店主の腕は確かなので、原因は私の目から止めどなく流れ続ける涙だろう。
至高の料理を己の体液で台無しにするという愚行。思わず首を括りたくなったが、私の首は何れ断頭台に送られることが決まっているので、その衝動を何とか堪えて麻婆豆腐を乗せたレンゲを口へと運ぶ。
そして、涙目のままに正面へと視線を向ければ、そこには血錆の浮かんだ
ステインの形見である
しかし、そうせずにはいられなかったのだ。
私はシクシクと泣きながら、麻婆豆腐をモグモグと食べてステインを思い手を合わせる。
「貴方の好物であった麻婆豆腐をお供えします。どうか地獄で安らかに、南無南無」
そうして私がステインの死を偲んでいると横から無粋な声が入る。
隣の席に座り”ネギとチャーシューの和え物”をつまみにビールを呑んでいたオーバーホールが失礼な事を言ってくる。
「麻婆豆腐が好物なのはお前だろ。アイツの舌はそこまでイカレてなかった」
「うるさいですねえ。私が好きなのですから、いいのです。お供え物など所詮は自己満足ではありませんか。死人に口なし、舌もなしですよ」
「相変わらず言動が逐一に変わる奴だ。仮にも十字を切るお前が、そんなでいいのか?」
「私の牧師服はファッションです。逆十字は
「最後のどう考えても、ふざけてる」
オーバーホールは心底、呆れた様に目を細めながらも、それ以上は何も言う気がない様で”ネギとチャーシューの和え物”のネギとチャーシューを交互に食べ進める作業に戻った。
理解が出来ないというのなら、私はオーバーホールのその食事方法こそ理解が出来ない。
大人が何をやっているのだろうと呆れてしまう。
しかし、食事方法が汚いならまだしも、そうでないなら他人のやり方にケチをつける私ではない。死者の供養と同じように、食事方法もまた迷惑を掛けない範囲で自由であるべきだ。
そう考える私は何という出来た大人になったのだろうか。ステインも私の成長を草葉の陰で喜んでくれているに違いない。
そう考えれば自然に顔に笑顔が戻る。
私は女々しく泣くのは止めて、テーブルに突き刺さっていた脇差を引き抜いて鞘に納めて懐に仕舞う。
「さて、亡きステインを偲ぶ会も終わりましたし、これからの話をしましょうかねえ」
オーバーホールは箸を置く。
「ようやく本題か。ビール瓶を三本開ける前にして欲しかったが、まあいい。続けろ」
「続けますとも。その為に貴方を呼んだのです。目下の議題は、無論、私達の今後についてです。ステインの死により状況は一変しましたからねえ」
ステインの逮捕により生じた灰色勢力と敵連合の繋がりは、ステインの死により清算された。
悲しすぎた結果に否は無いが、ステインという稀代の戦力を失ったのは痛すぎる。
「悲しすぎて痛すぎる。私達は大きすぎる人を喪いましたねえ。………シクシク」
「無限ループは止めろ。俺は建設的な話をしに来たんだ。ステインの穴埋めは進んでいるのか?」
「はい。知り合いのブローカーに良い人材が居れば紹介して欲しいと伝えました。
「仕事が早い奴は好きだ。そいつらは使えそうか?」
「さあ?もう、この世には居ないので、よく分からないですねえ」
「…殺したのか?」
「当たり前のことを聞かないでいただきたい」
笑う私とは対照的にオーバーホールは頭を抱えていた。
闇のブローカーであり、私の数少ないタバコミュニケーションの相手でもある
だから殺した。私からすれば当たり前である行動をまさか頭の良いオーバーホールが理解してくれない筈が無い。
そんな私の信頼の通りにオーバーホールは頭を振って話を進める。
「殺して死んだなら、その程度の奴だったか。次の紹介は何時だ?俺も同席させろ」
「今からです。というか、待ち合わせ時間を二十五分ほど過ぎてますねえ」
私が店内の時計を見ながらに言えば、オーバーホールは「相変わらず勝手な奴だな」と言いながらに舌打ちをして、グラスに注いだビールを飲み干す。
「…俺は時間を守れない奴が嫌いだ。どうやらこれから来る奴は不合格だな」
「なんと厳しい。人付き合いで大切なのは寛容な心です。
「だまれ狂人」
どうやらオーバーホールは機嫌が悪いようだ。
オーバーホールを苛立たせるなんて太々しい奴だとこれから来る相手に対して思う。
そういう太々しさは嫌いでは無いので、これから義爛の紹介相手と会うのが楽しみになった。
そんな事を考えていると店の扉が開き、店内に外の空気が入ってくる。
待ち人はようやく来たようだと視線を向ける。
そこには何時かの路地裏で出会った少女が、女子高生に成長した姿でナイフを手に持ち立っていた。
「お待たせしました。ごめんなさい。コーディネートに手間取ってしまったのです」
太ももが眩しい紺色のミニスカートにセーラー服の上から羽織った少し大きめのベージュの長袖セーター。
少女の言うコーディネートとは、その姿に合わせた様に首から下げた十字架の形をした
だとしたら、ふざけているとしか思えなかった。
私は躊躇なく椅子から飛び上がる。右腕にギロチンを形成して少女の首を飛ばそうと振う。
少女は私の動きに反応して手にしていたナイフを私の眼前に突きつける。片目が潰れる程度で正義執行を躊躇う私では無かったが、後ろから左肩をオーバーホールに掴まれたことで動きを止める。
「離してくれませんかねえ。オーバーホール。この少女からは濃い血の匂いがします。正義執行せねば」
「ふざけるな。相手を毎回殺してたら、誰も居なくなるだろう。先ずは自己紹介からだ。殺すのはコイツの個性の価値を聞いてからでも遅くない」
オーバーホールが少女に視線で促す。
セーラー服を来た少女は私の眼前に突きつけたナイフを下げ、何処か緊張した面持ちで話す。
「トガです!トガ、ヒミコ。生きにくいです!生きやすい世の中になってほしいものです!ステ様になりたいです!ステ様みたいに殺して、殺されたい!だから来ました!
トガヒミコは私の方を見ながら、そんなことを言う。
オーバーホールの視線が背後から突き刺さる。
「知り合いか?」
「…以前、殺さなかった相手です」
「お前が殺し損ねたのか?ハッ、それは逸材だな。遅刻は不問にして良さそうだ」
オーバーホールは機嫌が良さそうにそう言いながら、トガヒミコに着席を促す。
トガヒミコは私の横を通り過ぎて、態とだろう、嬉しそうな顔をしながら私が座っていた席の前に座る。
トガヒミコは外見は可愛らしい女子高生だ。
可愛い女子高生が目の保養になる事は否定しない。
私は若干、毒気を抜かれつつ席に戻る。
「麻婆豆腐!美味しそうです!」
トガヒミコがそう言うので私は無言で麻婆豆腐を小皿に盛り新しいレンゲと共に差し出す。
「わー、ありがとうございます神父様!」
オーバーホールが止める間もなく、トガヒミコは麻婆豆腐を一口食べる。
「くぁwせdrftgyふじこlpッ?!?!」
そして、言葉にならない悲鳴を上げた後に気絶した。
「そう言えばステインの弔いの為に、今日は一味唐辛子と花椒の量を十倍にして貰ったのを忘れてましたねえ」
「………これで死んだなら、その程度の奴だったか」
トガヒミコの復活を半ば諦めたオーバーホールと共に痙攣している彼女が起きるのを少しだけ待つことにする。
私としてはこのままショック死してもらっても構わない。その時は綺麗に首を斬ってあげようと思う。
結論を言えばトガヒミコは残念ながら奇跡の復活を遂げた。
そして、香辛料により喉まで焼けたガラガラ声で自分の個性をオーバーホールに伝えた事でトガヒミコの灰色勢力への加入は半ば決定事項となってしまった。
確かにトガヒミコの個性『変身』は強力だ。
相手の血を摂取することで、その相手の姿になれるというのは使い方次第で幾らでも悪さができる。
打倒オール・フォー・ワンの為に必要な人材だと言うオーバーホールの言葉も理解できる。
オーバーホールがそれ以外でもトガヒミコを利用しようとしている事はわかるが、それでも確かに有用な人材ではある。
奇襲と暗殺に長けていたステインという人材の穴埋めとして、使えなくは無いだろう。
しかし、それでもギロチンが乾いている。
罪人の血を呑ませろと鳴いている。
それを自制することくらいは出来る。ステインの殺害と共に私の個性はまた変化を遂げている。
しかし、昔の私がトガヒミコを見逃したのは、気分ではなかったからだ。
なら、気分が乗った時、私はトガヒミコを殺すだろう。
「…いまさら、ですねえ」
私は独り言を飲み込んだ。
今更だ。殺すと言うなら、私はオール・フォー・ワンに正義執行した後、オーバーホールやエリさんの首も斬るつもりだ。
大切な彼女‐レディ・ナガンの首も斬る。
私は好きでも、大好きでも、正義執行する。
判断基準は唯一つ、”人を殺したか”だけだ。
ステインという親友の命も奪ったのだから、そうでなければ平等ではない。
そして、全てが終わった暁には私もまた断頭台に上がる。
だから、やはり、今更だったのだ。
ヒロアカのスピンオフであるヴィジランテが完結したと聞いて既刊を大人買いしました!
面白いです!\(^o^)/