皆様の暇つぶしになれば幸いですm(_ _)m
東京都から高速道路を使い一時間弱の場所にある某県某所の山岳地帯。
その一角に『プッシーキャッツのマタタビ荘』はあった。
山中を拓いた場所にある其処は林間学校の場所としてはそれなりに有名であり、『個性』を伸ばす訓練の場としても使えることから、雄英高校ヒーロー科の林間合宿の場としては最適と言えた。
「昨今、活発化している
私は長い髪を作業帽に押し込みながら、『嘘月有機農園』という社名が書かれたワンボックスカーを降りる。
『嘘月有機農園』は私に力を貸してくれる善意の第三者が代表を務める野菜卸売り業者。
今回はその力を借りて、四人組のヒーローチーム『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ』が所有するこの『マタタビ荘』に潜入していた。
私はワンボックスカーから野菜が入った段ボールの積み下ろし作業をしつつ周囲を窺う。
事前情報の通り、此処にはまだプッシーキャッツのメンバーの姿はない。そのことに先ずは胸を撫でおろす。
プッシーキャッツの一人であるヒーロー‐”ラグドール”の個性『サーチ』は、その眼で見た人の情報が100人まで丸わかりになるという恐ろしいものだ。居場所も弱点も見えてしまうという個性にかかれば、潜入など成功する筈もなく、私は彼女がこの場に現れる前に撤退しなければならない。
今回の潜入は数日後に行われる雄英高校ヒーロー科の林間合宿に合わせて、私達が行う極秘作戦‐プロジェクト・KGKの為の前準備。
本来、こういったことを何より得意とするのは灰色勢力が誇る女傑であるレディ・ナガンなのだが、彼女は未だに地下室から出てくる準備が整っていない。
オール・フォー・ワンとの接触後、その身に何らかの細工をされていると確信している彼女は現在、誰よりも自分を信用していなかった。
三日前、久々に顔を合わせることが出来たので、大抵のことは対処できるから隔離は終わりにしようと提案した私に対して彼女が言った『私の所為であんたが傷つくのは誰より私が許せない』という言葉は私の心を打つのには充分だった。
私が女なら、レディ・ナガンに惚れていただろう。
彼女に劣らぬ
そんな訳で現在、レディ・ナガンは裏方に徹してくれている。
尚、今回のプロジェクト・KGKにオーバーホールは不参加だ。
彼は「くだらない」と吐き捨てて、協力をしてはくれなかった。何とも協調性に欠いた奴だ。
そんな事を考えていると右耳に入れたイヤホン型の無線機からレディ・ナガンの声が聞こえた。
〈ムーンビースト。”マンダレイ”が到着したと情報が入ったよ。気を付けな〉
「なんと、それは素晴らしい。彼女は私的に魅力的な女性ヒーローランキング堂々の第三位ですからねえ。是非、私服が見てみたい」
〈…何時もみたいに私のフォローが無いんだから、潜入は慎重にして貰わないと困るよ〉
「冗談です。わかっていますとも、残念ですが接触は避けるべきでしょう」
マンダレイから逃げる為、ジャガイモが山盛りの段ボールを抱えて、炊事場近くの食材置き場へと歩く。
周囲の地理情報などを頭の中に記憶しつつ作業を続ける私の元に、その少年が現れたのは偶然だった。
二本の角が生えたデザインのセンスの良い帽子を被った少年は小石を蹴りながら、つまらなそうに炊事場近くを森の中に向かって歩いていた。
「…マンダレイの隠し子でしょうか?」
マンダレイは独身ではなかったかと首を傾げる。違った場合、私は既婚者にも欲情するヤバい奴になるので魅力的な女性ヒーローランキングを更新しなければと独り言を漏らす私に、無線機越しのレディ・ナガンのため息が聞こえた。
〈その子の情報もあるよ。マンダレイの
「マンダレイのいとこの子供。つまりは”アクアヒーロー”‐ウォーターホース夫妻の遺児ですか」
〈随分、詳しいね〉
「素晴らしいヒーローが非道なる
市民を守る為に戦ったヒーローが
取り留めて珍しくもない事件は、しかし、私の掲げた正義に則るなら
ウォーターホース夫妻を殺害した
それは決定事項としても私は森の中へ向かって行く少年の背から、目を離すことが出来なかった。
「…
〈おい、あんまり目立つ真似は‐〉
「わかっていますとも。しかし、泣いている子供以上に、泣くことも出来ない子供を見過ごす事などできる筈が無い」
〈‐ハァ、いいよ。あんたはそういう奴だよな。十五分以内に切り上げなよ〉
「わかりました」
一人でいれば心にさざ波が立たない。
誰も『君の御両親は立派なヒーローだった』と慰めてくることもない。
立派なもんかと、出水洸太は切株の上で膝を抱えて吐き捨てる。
大好きだった両親は
少年はある日、突然に独りになった。
両親が世界の全てである年頃だ。ヒーローでさえ無かったなら、自分が独りになる事など無かったのにと少年が考えることも当然だった。
大好きだった両親は自分を置いて居なくなってしまった。それなのに誰もが二人は悪くないと言う。
「なら、誰が悪いというのだッ」
これまで何度も吐き出した、答えなど帰って来るはず等ない独り言に、その日は不思議なことに返事があった。
「”運”が悪かった。などとは、口が裂けても言ってはいけませんねえ」
膝に埋めていた顔を上げると其処には作業帽を目深く被った顔のわからない大人がいた。
「その場にオールマイトが居たのなら、ウォーターホースの二人が死ぬことなど無かった等とふざけた事を言う輩がいたのなら、遠慮することはありません。顔面パンチをオススメします」
例年、『マタタビ荘』に食材を搬入している業者の社名が記された上着と男が喋る言葉の優し気な声色に出水洸太の警戒心は薄れた。
しかし、落ち込んでいる所を覗かれたという羞恥心から強い語尾で言う。
「誰だ貴様は、突然に現れて吾知り顔でモノを語るな。気味が悪いぞ。マンダレイからの使いパシリか」
両親のいとこであり自分の今の保護者であるマンダレイから言われて、自分を探しに来たと思われた男は、目元を見せないまま口元だけで柔和に笑いながら、首を横に振る。
「マンダレイは関係ありません。私は只の、そうですねえ。通行人Aです。ですのでちょっと、貴方の隣を通り過ぎてもいいですか?」
「…好きにしろ」
男はお礼を言いながら歩き出し、自分のすぐ横で足を止めて立ち止まった。
そして、さっさと何処かへ行けと言おうとした出水洸太の声を制して言う。
「憎いですか?自分を置いて逝ってしまった両親が」
それは確かに出水洸太が言葉にはしてこなかった感情だった。
明日も会えると思っていたのに、もう会えないのだ。
憎くない筈が無い。
「………うるせえよ。二人とも、頭がイカレてたんだ」
もう二度と会う事などできないのだ。
寂しくない筈が無かった。
「馬鹿みたいにヒーローとか
「…確かに、二人は貴方を置いて逝ってしまいました。それで、貴方は二人が嫌いになりましたか?」
「………嫌いになる、わけないだろ」
出水洸太の瞳から止めどなく涙が溢れた。
幾ら拭っても止まることが無い。
悲しかったのは両親の死を美談にしようとする周囲だった。
どうして一緒に悲しんでくれないのかと叫びたかった。
悔しかったのは両親の死を誇れない幼い自分の感情だった。
人を助けた両親は確かに立派なヒーローだったのに、
ウォーターホース夫妻が市民を守り死んだ時、ニュース番組であるコメンテーターは言った。
”ヒーローとは、こうあるべきだ”。
”皆で二人の死を称えましょう”。
そう言いながらに、親を失った子供の前で親の死に対して拍手した。
「…イカレてるんだ、みんな。ヒーローなんて、嫌いだ」
ヒーロー社会への否定。それを初めて口にした時、出水洸太は学校の先生に窘められた。
君は両親の顔に泥を塗るのかとさえ言われた。
以来、出水洸太はヒーローが嫌いだ。
ヒーローに憧れる奴も嫌いだ。
しかし、”間違っているのは自分だ”と言われるのが怖かったから、それを口にする事は止めた。
社会への理解を諦め顔を埋めて泣く少年に対して、何処かへ向かおうとしている通行人Aは、目深く被っていた作業帽を少しだけ上げて、金眼を晒した。
その輝く様に美しい瞳に一瞬だけ目を奪われた出水洸太に対して、男は小さく笑う。
「ヒーローは嫌えても、両親は嫌えない。だから、誰を憎めばいいか分からない。いいえ、本当は解っている筈です。誰を憎めばいいのか、”誰を殺したい”と思えばいいのか」
”殺す”という言葉。
それ自体は日常生活の中で珍しいものではない。~を殺す。~したら、殺すからな。子供であればある程に会話の中に有り触れた言葉だ。
しかし、それが許されるのは冗談であるからだ。
だが、
だから、周りの大人は
「”罪を憎んで人を憎まず”。ふざけた言葉です。そんな戯言を抜かすのは、実際に家族を殺されてからにして頂きたい」
男の言葉には出水洸太の両親を殺した
出水洸太が心の底で抱きながらも、表には出してはいけないと我慢していたそれを代わりに吐き出すように男は金眼に狂気を宿しながらに言う。
「許したくないなら、許さなくていいのです。憎みたいなら、憎めばいい。我慢など、するべきではありませんよ」
「ッ、あ、ああ」
「家族を殺されたのです。何故、相手に死ねッ!と叫んではならないッ!殺してやると思ってはならないッ!大切だったからこそ湧き上がる思いをッ、否定するなどッ、それこそ家族を蔑ろにしている!だからッ、少年!君は今ッ、抱いていいッ!殺意をッ!」
「ッ~~~~~~~~~~~~~!?」
出水洸太から、両親を奪った
両親の死を称えたふざけた社会への憎しみが叫ばれた。
それでよかった。そうしなければ幼い心がいずれ壊れていただろう。
あるいは壊れる前に少年の心を救えるヒーローに出会えたかも知れない。
しかし、今は‐きっとこれで良かったのだ。
「すっきりしましたか」
「…うん」
「負の感情を溜め込み過ぎてはいけません。偶には発散した方がいい。独りで叫ぶのもオススメですが、出来れば誰かに甘えた方がいい。家族を殺された憎しみは、独りで抱えきれるものではありませんからねえ」
「…貴様も、俺と同じ境遇なのか?」
「ええ、そうです。私の場合、女神の如き
「…くだらん」
「顔、赤くなってますよ。マンダレイの胸は豊満ですからねえ。想像しましたか?」
「なッ、ち、違うッ!?!?」
「アハハ!それでいいのです。憎しみを忘れる事など出来ないでしょう。しかし、罅割れた心を愛で埋めることは出来ます。君はまず誰かに愛されなさい。そして、誰かを愛することが出来たなら、きっと前へと進める筈です」
そう言って立ち去ろうとする男の背を、出水洸太は追おうとした。
「ま、待ってくれ!もう少しだけ話を、せめて名前をッ!」
それを男は作業帽を目深く被り直しながら、片手で制す。
「言ったはずです。私は通行人A。私が向かう道の先に、貴方は来ない方がいい。貴方が向かう先は此方側ではありません。マンダレイの元へ帰りなさい」
そう言いながら森の外を指さす男の言葉には、頷かずにはいられない強い意志があった。
出水洸太はナニカに突き動かされるように森の外へと駆け出していく。
「さようなら、少年。出来ればもう二度と出会う事が無い様に願います」
男は微笑みながらにそう言った。