皆様の暇つぶしになれば幸いですm(_ _)m
雄英高校ヒーロー科の林間合宿当日。
『嘘月有機農園』が保有する肥料散布用の小型ヘリの機内にて、私は逆十字のオブジェを磨いていた。
闇のブローカーである義爛を通じて入手しているオブジェは鉛筆サイズでありながら、特殊な操作を行うことで巨大化する。
私は正義執行を行う際に象徴としてそれを現場に残す。
今回のプロジェクト・KGKでは出番がない事を祈るが、万が一の備えというものは怠ってはならない。
そう思い手入れをする私の横から、磨いた逆十字のオブジェを掠めとる白い手があった。
私がジロリと睨むのもお構いなしにトガヒミコが逆十字のオブジェをペン回しの様に指の上で転がしながらに言う。
「懐かしいのです。これ、神父様に初めて会った時に見せてもらいました!覚えてますか?」
「そんなどうでもいいこと、私の頭の片隅にも残されてはいませんよ。覚えているのはあの時に貴方に正義執行しておけば良かったという後悔のみです」
「覚えているじゃないですか」と笑いながら、トガヒミコは手にしていた逆十字のオブジェを自然な仕草で制服の上着の内ポケットにしまう。
「返しなさい」と言う私にトガヒミコは生意気にも笑いながら「や゛、盗れるものならとってみるのです」と胸を突き出して来る。
この糞ガキと思い制服の内側に手を突っ込んでやろうかとも考えたが、流石に自制して溜息を吐きつつ諦めることにする。
トガヒミコはケラケラと笑っていた。
「神父様は何をしても怒らないから、好きなのです」
「舐め過ぎですねえ。いずれ、後悔させてあげましょう」
「ところで神父様。私のカアイイお友達の梅雨ちゃんはどうして一緒に来なかったのですか?」
「唐突に話題を変えないでいただきたい。貴女、プロジェクト・KGKの作戦内容を忘れたのですか?」
「覚えているのです。でも、もう一度確認しておきます。ほんとですよ?ほんとに覚えているのですよ?」
目をそらすトガヒミコの態度を見れば言葉の真贋など容易に察せたが、それをいちいち突っ込むのも面倒なのでプロジェクト・KGKの作戦内容を端的に伝えてやることにする。
「梅雨さんの合流は二日後の夜です。雄英の林間合宿の初日である今日と明日は私達のみで潜入します。と言ってもラグドールの個性『サーチ』がある以上、昼間に近づくのは得策ではありません。本番は夜間ですねえ」
プロジェクト・
その目標は名の通り、梅雨さんを雄英高校《日常》に返してあげること。
私が雄英高校の情報を得る為に内通者と成って貰っていた梅雨さんだが、話を聞けば彼女は更にヒーロー公安委員会と通じていた二重スパイだったそうだ。
それを知った時、私は梅雨さんの有能さに眩暈を覚えた。
彼女は私程度の
更にそれがレディ・ナガンを助けたいという思いからのものだったと聞いた時、私は
公安の暗部により梅雨さんは殺されかけたが、それが公安の総意ではないと私は考えている。
少なくともミルコからの情報を聞く限り、梅雨さんの直属の上司であるウイングヒーロー‐ホークスはそれなりに信用できる人物だと言う話だった。
【アイツは生意気だぞ!けど、良い奴だと思う】
そう言ったミルコの笑顔を疑う耳を私は持ちえない。ならば、私がするべきことは素晴らしいヒーローの卵である梅雨さんに素晴らしいヒーローに成ってもらえるよう努力を惜しまないことだ。
しかし、知っての通り私は
社会的信用は底辺に等しいという自覚がある以上、梅雨さんと手を繋いで彼女を家に送り届けてあげることは出来ない。かと言って公安の一部の人間が秘匿命令に失敗した梅雨さんの殺害を目論んでいることを考えれば一人で帰すことも危険が伴う。
どうしようかと考えて、私はこの林間合宿に目を付けた。
公安の目の届かない場所で私が信頼する素晴らしい
引き渡した後の事は
「先生方に公安との面倒事を丸投げするのは心苦しいですが、致し方ありません。…香山先生も来ていると嬉しいですねえ。一目見たい」
「神父様。後半で欲望が漏れているのです」
「そういう貴女は随分と不満気な顔をしていますねえ」
さっきまでとは違いつまらなそうな表情をしているトガヒミコは唇を尖らせながらに言う。
「せっかくお友達になったのに離れ離れなんて悲しいのです。神父様。やっぱり梅雨ちゃんには私達の仲間になって貰って方がいいのでは?オーバーホールもそう言ってましたし、壊理ちゃんも悲しむのです」
「梅雨さんのヒーローとしての素質を見ずに社会的価値のみを説き、私とレディ・ナガンから反対されて拗ねて今回の作戦に参加しなかった男など放っておきなさい」
オーバーホールは私達の情報を持っている梅雨さんを雄英に引き渡すことには反対していた。
加えてヒーロー公安委員会が少女であろうと用済みと成れば命を狙う組織だと言う事の生き証人である梅雨さんには
【偽りに満ちた社会を造り替えられる】
ステインの思想すら出して私を説得しようとしたオーバーホールだったが、残念ながら私はステイン個人の事は大好きだが、ステインの偽者は殺してしまえという過激な思想は好きではない。
オーバーホールの説得は無意味だった。
梅雨さんはヒーローになるべき人間だ。
結果、オーバーホールは舌打ちをした後に今回の作戦への不参加を決め、私達の失敗を祈っていることだろう。
実に彼らしいと思う。私は彼のそんな人間味あふれるクズさ加減が嫌いではなかった。
「オーバーホールの手腕は認めていますが、アレは駄目な大人の典型です。真似してはいけません。それと、トガヒミコ。貴女も嫌なら不参加でもいいのですよ?正直、私としても其方の方がやり易い気がしています」
「や゛、私はカアイイお友達の為なら嫌な事も進んで出来る子なのです。そんなイイ子になりたいものです。それに…私は神父様の側に居たいのです」
トガヒミコが何時も浮かべる光悦と興奮に邪悪さをトッピングした笑みを浮かべてそんなことを言う。
「…それは実に、気味が悪いですねえ」
トガヒミコから愛情に似たナニカを向けられているという自覚はある。しかし、彼女の目は私を見ていない。
おそらく彼女は私を通してステインを見ている。
いや、おそらくではない。彼女は最初からステインに感化されて私に会いに来たと言っていた。
ならば、その執着はきっと”復讐心”と似たようなものなのだろうと気が付いた時、私は大きなため息を吐かずにはいられなかった。
面倒なことに気が付いてしまったと心の底から後悔した。
トガヒミコが私に向ける
何故ならそれこそ私が説く”正義”なのだ。
復讐こそが正義。そして、復讐心とは何も親しき人だけが抱く
見ず知らずの誰かが、誰かの
それこそが私の目指す正しき世界。
だからこそ、会ったこともないステインに恋慕するトガヒミコを重い女などと思う気は無い。
むしろ
「トガヒミコ。貴女はステインを愛していますか?」
唐突に思える問いかけに、それで彼女は淀みなく答えてみせた。
「はい!私はステ様を殺したい!血を啜りたい!でも…それは、もう出来ない。だから私は、ステ様みたいに死にたいのです」
その時の彼女の顔が、私には初めて可愛らしくみえた。
個性『爆破』。
掌の
小学校から中学まで彼に敵は居なかった。
眼に映るものは
個性『半冷半燃』‐
個性『創造』‐
目の前で見せつけられた。個性『爆破』にも劣らない個性だと強がるしかなかった
そして、その全てを一笑に伏す『抹消』という
世界は広く。特別だと思っていた
もしそれで改心出来たのなら、幸せだったことだろう。世界にモブキャラなど存在せず、誰しもが己が人生の主人公なのだと納得できたのなら、どれ程良かったか。
しかし、爆豪勝己というキャラクター性はそれを否定する。幼心に確かに抱いた選民思想。
”俺はすごい”。”皆、俺よりすごくない”。
そして、”デクがいっちゃん、すごくない”。
その筈だった。その筈だったのに
見てしまった。
其処から先は坂を転がり落ちていくだけだった。
最初から胸の内にあった”憧れ”。
それは悪いことに憧れる頭の悪い子供の様な憧れだったけれど、選民思想の崩壊という絶望の中で爆豪勝己はオールマイトと
ギロチンの刃を四肢に形成するという能力だけ見れば決して強力といえるものではない
服の内側で首にかけていた逆十字のロザリオが揺れている。
それを思わず握りしめてしまう程に抱いてしまった確かな”憧れ”。
———見せてやりてえ。俺は此処に居るってことを。
雄英体育祭での成績第一位。
それは
———
ステイン奪還事件にて、自分がほんの僅かでも敵わないかも知れないと思ってしまった
悪戯な憧れは爆発的に膨れ上がり、焦燥へと変わった。
———俺は、此処にいるぞ。だから、見つけてくれ。
そんな思いを燻らせながら、爆豪勝己はムーンビーストとの再会を待ち望んでいた。
そして、現在‐林間合宿二日目の正午過ぎ。
憧れは家庭の事情で休学していたクラスメイト‐蛙吹梅雨を伴い目の前にいた。
「雄英高校一年A組の皆さん!久しぶりです!USJ以来ですねえ!B組の皆さんは初めまして!取り合えず自己紹介をさせて頂きたいッ!私の名はムーンビースト!
午前5時半から正午過ぎまでぶっ通しで行われていた『個性』を伸ばす為の訓練。
昼過ぎになりようやく昼食の為の休憩に入ろうと生徒達が集められた野外の炊事場にて、ムーンビーストは空から落ちてやって来た。
「…反応が芳しくありませんねえ。やはりスーパーヒーロー着地を試みるべきでしたか。しかし、
ムーンビーストの唐突に思える登場。その現実感の無い光景にA組B組の生徒達は硬直している。
しかし、ヘリのプロペラ音が目の前の光景が現実であると伝えて居た。
「その点はどうお考えでしょう。相澤先生。管先生。私はまだヒーローを名乗っても許されるのでしょうか?」
生徒達とは違い即座に動き出そうとしていたA組担任‐相澤消太‐ヒーロー名『イレイザーヘッド』とB組担任‐
教師二人に笑みはない。ただムーンビーストに対する警戒と共に探るような視線をムーンビーストの傍に立つ蛙吹梅雨に向けていた。
「お前に先生呼ばわりされる覚えはもうないな」
イレイザーヘッドはそう言いながら、ムーンビーストを視る。既に個性『抹消』を発動している。
しかし、ムーンビーストの余裕な笑みが消えることは無い。手を伸ばせば届く距離に蛙吸梅雨はいる。人を殺すのに個性が必要ない以上、『抹消』されようと蛙吹梅雨の人質としての価値が無くなることは無い。
”人質”。
人質かとイレイザーヘッドは考える。
ムーンビーストは決して公明正大な人格者という訳ではない。むしろ、悪辣とすら言える性格の持ち主であることは以前、彼が余子浜スタジアムで起こした残酷なショーで証明されている。
ムーンビーストの凶暴性を裏付ける事件は他にもある。『三月の赤い月』と称され情報規制が布かれたその事件では闇の組織の
”狂気のムーンビースト”。
事後の捜査で
それ程までに凄惨な現場だった。
そんな真似を平気で行う生粋の
相手は女子供でも差別なく殺す狂人だ。
だからこそイレイザーヘッドとブラドキングの二人は動けない。
無論、ムーンビーストは人殺し以外は殺さない人殺しだ。そんな事は二人もわかっている。
しかし、万が一が絶対に無いと言い切れる程に二人はムーンビーストの事を信用していなかった。
「悲しいことを言いますねえ。私は今でも先生方を尊敬しているのですよ」
「かつて雄英高校に在籍していた首台正義という生徒はもう居ない。お前は
「あは、アハハ、アハハ!やはり貴方は格好がいい!言い切って頂けるのなら、私の心も晴れるというものですッ!ええ、確かに私は
ムーンビーストはそう言いながら蛙吹梅雨の身体を後ろから抱き、右手を首にかけた。
イレイザーヘッドとブラドキングは両手を上げた。
「…それから、A組の轟焦凍君、緑谷出久君、
ムーンビーストの隙を突き蛙吹梅雨を助けようとしていた数名の生徒達の動きが名前を呼ばれた事で止まる。
どうして自分達の名前を知っているのかという疑問に彼らが戸惑う中でムーンビーストは事も無さげに言ってみせる。
「雄英体育祭での活躍は見させて頂きました。それから私は鼻が良いのです。ですので貴女の事もしっかりと感知していますよ。
『透明化』という個性を持ち、姿の見えない葉隠透の動きがムーンビーストの背後から三メートルの位置で止まる。
二人のプロヒーロー。A組十九人の生徒。B組二十人の生徒。総勢四十一人の敵を前にしても場を制しているのはムーンビーストだった。
その場の全員が動きを止めたのを確認するとムーンビーストは笑いながら、一人の女子生徒の名を呼んだ。
「八百万さん。前に出てきて頂けますか?」
ムーンビーストに名前を呼ばれて1人の女子生徒が前に出る。個性『創造』を持つ八百万百にムーンビーストは採血キットを
「採血スピッツ三本分。ほんの15ミリリットル程度で構いません。取り合えずそれでこの場を退くことを約束しましょう」
当面の危機を脱する事を約束するムーンビーストの言葉に八百万百はイレイザーヘッドとブラドキングの方を見る。二人は同時に頷いた。
沈黙の中でイレイザーヘッドとブラドキングの採血が行われ、八百万百は二人の血が入った採血スピッツを手にムーンビーストの元へと向かう。
「ご苦労様です。早くそれを此方へ」
八百万百は採血スピッツをムーンビーストに手渡す瞬間、
「梅雨さんッ!此方へ!」
八百万百が採血スピッツを地面へと落としてでも、助ける為に伸ばした手を蛙吹梅雨は掴まなかった。
「…どうしてですの」
顔を俯けたまま自分に視線を向けようともしない蛙吹梅雨の態度に不信感を覚えた八百万百がポツリと一つの疑念を漏らす。
「まさか、あなたは梅雨さんじゃない———
「流石は雄英」
それを遮る様にムーンビーストは地面に落ちた採血スピッツを拾おうとする。
八百万百は拳銃を両手に持ち替えながら叫んだ。
「う、動かないでくださいッ!う、撃ちますわよッ!」
「…流石は雄英。ヒーローの卵ばかりだ。臆することなく友人を助けようとした貴方を私は称えます。そして、こうも信じましょう。貴女に人は殺せない」
「そ、そんなことありませんわ!」
「貴女に私は撃てませんよ。そもそもその拳銃の弾は創造したのですか?マガジンは空なのでは?」
「ッ!?」
動揺により八百万百が突きつける拳銃がブレている。
ムーンビーストはゆっくりとした動作で採血スピッツを拾い終えると八百万百の拳銃へと手を伸ばす。
その拳銃の引き金は始めから引ける作りでは無かった。
「これは、人質が増えたと判断してもよろしいか?」
「あ、いや…やめて」
自分が判断を間違えたことにより事態が悪化したことに涙目になる八百万百の姿を見て、反射的に飛び出した生徒がいた。
轟焦凍は冷気で地面を凍らせることにより可能になる高速移動で八百万百へ手を伸ばそうとするムーンビーストに迫ると左手に炎を宿し殴りかかる。
「八百万から手を離せ」
「アハハ!まだ触れてもいませんよ!
ムーンビーストは殴りかかって来る轟焦凍の炎の拳をそのまま掴む。火傷を恐れることなく拳を受け止めたムーンビーストに驚きながらも轟焦凍は火力を上げようとして、次の瞬間には地面にうつ伏せで倒され右足で背中を押さえつけられていた。
「なんッ、だ」
「私は無手でも強い。『ギロチン』という個性の性質上、この程度の体術は持ち合わせなければ話になりませんからねえ」
「…くそ、ステイン以上の、体術か」
「…ん?何を言っているのです?ステインの格闘技術は私以上ですよ。…ああ、エンデヴァーが彼を逮捕した際に助力したとは聞いていましたが、随分と手加減をされていたのですねえ」
「…なん、だ。それ」
「悔しがる事はありません。彼が手を下したがらなかったという事は貴方にはヒーローの素質があると言う事です。誇りなさい。それより、これで人質が三人に増えた訳ですが…私は約束を違えません。この場は退かせて頂きましょう」
目的は果たしたと叫ぶムーンビーストの頭上にヘリが来る。
ムーンビーストがヘリから落とされた縄梯子を掴むとヘリは上昇し始める。
蛙吸梅雨もムーンビーストに続き縄梯子を掴んだ。
「な、どうしてだッ!?」
人質が犯人と共に逃げると言う事態に誰かが叫んだ。まさかクラスメイトはムーンビーストと共犯なのかという最悪の予想を遮るように八百万百が遠ざかっていく蛙吸梅雨に向かって叫んだ。
「梅雨さんッ!いいえッ!あなたは誰なんですの!」
八百万百の声に答える様に蛙吹梅雨が初めて顔を上げる。
そして、八百万百の知る蛙吹梅雨とはかけ離れた邪悪な笑顔を浮かべた後にその顔が崩れる。
崩れ落ちた顔の下から出てきたのは、まったく別の少女の顔だった。
林間合宿二日目、雄英陣営。完全敗北。
感想や誤字脱字報告、いつもありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます\(^o^)/