私の力不足の所為で場面転換が多いです。申し訳ありません。
皆様の暇つぶしになれば、幸いです。m(_ _)m
---『誰も、今まで君のことを叱らなかったの?』
ピクシーボブの口から出たその言葉を、ムーンビーストが着ける無線機の先で聞いていたレディ・ナガンは、歯がゆい気持ちを抑える事が出来ず爪を噛んでいた。
ヒーローである筈のピクシーボブとの楽しげな会話を聞いて“またあいつの悪い癖が出た”という呆れた思いと共に溢れる気持ちは、
独力で蛙吹梅雨を救えなかった事により、オール・フォー・ワンに着けられた“何か身体に細工をされているかもしれない”という拭えぬ疑念の見えない枷は、レディ・ナガンがムーンビーストを大切に思っているからこそ、自分の側から彼を遠ざけるには十分なものだった。
「・・・本当は、わたしが側に居てやらなきゃならなかった」
レディ・ナガンが通信機の先に居るムーンビーストに聞こえないように零した言葉は真実だった。
確かに彼女たちのような善良なヒーローチームはムーンビーストにとって天敵と言って良い。
しかし、それでも以前までのムーンビーストなら、余子浜スタジオにて雄英教師陣を退け、オールマイトと
本来、
しかし、現在、通信機の先から聞こえるムーンビーストの息づかいは荒い。
《主よおおおおおおおおおおおッ‼》
《デカ物が・・・よく吠えますねえッ‼》
通信機の先でムーンビーストが戦っている相手はギガントマキア。
公安時代、オール・フォー・ワンを追っていた時期もあるレディ・ナガンはギガントマキアを知っている。
レディ・ナガンが操作する
少なくともレディ・ナガンの知るギガントマキアは大木を優に超すような巨体では無かった。
「それでも、大量殺人者であるギガントマキアはあいつの敵じゃあない。以前のあいつなら、手足の一本や二本は簡単に切り落とせて居た筈さ」
レディ・ナガンが悔しげに零した言葉は正鵠を射ていた。
ムーンビーストの個性『ギロチン』は相手の罪科により切れ味を増す。単純に考えてムーンビースト自身が“血の匂い”と呼ぶそれが濃ければ濃いほど、ムーンビーストは強くなる。
そして、ギガントマキアは大量殺人者である。ならば、ムーンビーストの力は過去最高にまで高められて居なければ可笑しな話だ。
しかし、現在、ムーンビーストはレディ・ナガンの銃が届かない所でギガントマキアに追い詰められている。
こんな筈では無かったとレディ・ナガンは後悔をしていた。
ムーンビーストに伍する存在は、この国にはオールマイトとオール・フォー・ワン以外には存在しないと信じたからこそ、レディ・ナガンは一抹の不安を残しつつムーンビーストを送り出していた。
そうで無ければ自分の手の届かない所にムーンビーストが行ってしまうことを許せない程に、レディ・ナガンは自身では気づいていなかったが、彼に固執していた。
《主の御名はせいでありぃいい!おそれおおいぃいい!その咎を知りながらに名を唱えッ‼我は御身に使い捨てられるを望むモノなりぃいい‼主よッ!主よッ!主よおおおおおおおおおおおッ‼》
《うおおおおおッ!?何故ッ、斬れない!なんで止められないッ‼今の私の正義ではッ、貴方に正義執行するのに足りぬと言うのかッ‼巫山戯るな!そんな筈はない!そんなことがッ、有って良い筈がないのだッ‼》
ムーンビーストがギガントマキアに押されている。
レディ・ナガンの計算違い。その原因はムーンビーストの
その所為でムーンビーストはギロチンを全力で振るえずに居た。
その事実にレディ・ナガンは気がついたが、ムーンビースト自身は気づけずにいる。
---『誰も、今まで君のことを叱らなかったの?』
ムーンビーストとの会話の中でピクシーボブが何気なく口にした言葉。それが何故、心の中で引っかかって居たのかをレディ・ナガンは理解する。
そうだ。それはわかりきっていたことだった。誰かが言わなければならなかったのに、“彼らが決めたのなら仕方ない”と誰も踏み込まなかった問題。
“彼は乗り越えた”と誰もが思い込んでいたモノは、何も解決していなかったのだ。
ムーンビースト自身が気づいていない個性『ギロチン』の
個人の意思では無く“血の匂い”という個性による審判に殉じた彼が、抱いてしまった疑念。
魂の奥底に刻みつけた後悔。本来、月の裏側まで跳ねる事のできる獣を地上に縫い付けてしまっている
離れた場所に居てもレディ・ナガンがそれに気がつけたのは、彼女が確かに彼を想い愛していたからだった。
満月の夜でもムーンビーストという獣は泣かない。
しかし、月明かりに照らされるベッドの中で、
それをどうして忘れて居たのだろうとレディ・ナガンは壁に頭を打ち付けたくなった。
「ムーンビーストッ‼あんたはまだッ‼」
通信機越しに声を荒げる。
戦いの最中でも聞こえる様に必死に出した声は、しかし、途中で止まってしまう。
コレは伝えたところでどうこうなるモノでは無い。側に居て癒やせないなら、
あるいは伝えてしまうことでムーンビーストに動揺を与えて更なる窮地に追い込んでしまうかもしれない。
そう考えて、しかし、それでもレディ・ナガンはムーンビーストなら乗り越えられると信じて、覚悟を決めて叫んだ。
「
《
通信機越しに聞こえてきたレディ・ナガンの言葉に一瞬だけ思考が停止した。
いや、一瞬では無い。現実世界においては一瞬の事だったのだろうが、私の脳細胞を駆け巡る神経信号は地球を一周しても足りないほどの距離を、時間をかけて迸った。
それは香山先生に一目惚れしたとき以来の雷に打たれた様な衝撃だった。
結果、私は眼前にステインの姿を幻視する。
(ハァ・・・。
宙に浮いたまま腕を組み、私を見下ろすステインの幻影は呆れを通り越して蔑み視線を向けながらに言う。
いや、その言葉の全てが私の妄想であることは理解している。
しかし、それでもはやりステインの幻影は一切の淀みなく言葉を続ける。
(何故、お前のギロチンが敵の首を断てないのか・・・。ハァ・・・それは・・・信念がないからだ・・・)
「何を馬鹿なことを言うのです。私の正義に信念がないなど、そんなはずが無い」
(・・・ハァ・・・信念なく“力”を振るうこと、それは“罪”だ・・・。罪が
「相変わらず貴方は人の話を聞きませんねえ」
(お前に言われたくはない)
ステインの幻影が私の目線の高さまで降りてくる。
マスクの下の目を血走らせながら、ステインは長い舌を出しながら首を傾ける。
その様相は正しく邪悪の権化。誰よりも
(お前は、
答えは淀みなく口から零れた。
「私はムーンビーストだ」
ステインは笑った。
(ハァ・・・なら、迷うな。俺の首を刎ねた時と同じように・・・成すべき事を成せ。・・・たとえその先にどんな結末が待ち受けて居ようとも、ハァ・・・「頑張れ、ムーンビースト」)
脳細胞を走る神経信号は過ぎ去った。ステインの幻影はかき消える。私の目の前には相変わらずギガントマキアという脅威が存在している。
しかし、それでも最早、私には欠片の恐怖も無かった。
只、可笑しさだけがこみ上げて来て思わず笑ってしまった。
その笑いにギガントマキアが私を睨み付けながらに問う。
「何がおかしい?」
私は苦笑をしながらに答えた。
「いえ、ねえ。やはりあれは妄想でしか無かったのだと思うと可笑しくなってしまったのですよ。途中までは我ながらよく出来ていたのですがねえ。最後に馬脚を現した。あのような言葉を、ステインが言うはずありませんからねえ」
「何を言っているのか理解ができない。ああ、主よ。主の敵はおかしくなってしまった。もはや、生かしておく、価値はないッ‼」
ギガントマキアが振り上げた拳を搔い潜り背後に回る。
通り過ぎる途中でギロチンの刃を形成した右腕を軽く振るっておく。
「また逃げ回るか。面倒だ。だが、もう終わらせる」
「まったく同じ意見ですねえ。しかし、続く言葉が違う。もう終わりましたよ」
「何を言っている?やはりおかしくなったのか」
「気が付けませんか?では、あの名台詞をお借りして言わせていただきましょう」
私はギガントマキアに右腕の人差し指を向けながらに言う。
「貴方はもう、死んでいる」
「…はあ?なにを―――
ギガントマキアの首が地面へと落ちる。
―――言っているんだ」
ギガントマキアの首は自分が死んでいるとは気が付かないまま巨大な体躯を地面へと倒れるのを見てから、驚きの表情で固まり、瞳の光を失うのだった。
元来、これが私の持つ個性『ギロチン』の本領。人を殺したことがない常人相手では包丁程度の切れ味しかないギロチンの刃だが、ギガントマキアほどの大量殺人犯が相手であるなら切れ味は
あるいはギガントマキア以上の巨悪が相手なら
その現実に自分ですら軽く引いている間にギガントマキアの死体を黒い靄が包む。
あの靄に入ればオール・フォー・ワンのもとにたどり着けるのだろかと考えている間にギガントマキアの死体は黒い靄に吞み込まれて消えていった。
「…まあ、いいでしょう。ドタバタがありましたが、当初の目的を果たすと致しましょう」
私は私とギガントマキアの戦いの余波で気絶していたピクシーボブを抱えて燃え盛る森の中へと歩き出すのだった。
猫が鼠を甚振る
爆豪勝己がムーンビーストとギガントマキアの戦いを見ていて思い出したのは、幼い頃に動画サイトで見た水槽に放り投げられた鼠がウミヘビに食べられる動画だった。下半身を食いちぎられても泳ぎ逃げようとする鼠の姿は生命の強さと共に絶望を幼い爆豪勝己に教えた。
「甚振って殺して・・・笑ってやがる」
それが外野から観たムーンビーストとギガントマキアの戦いの顛末だった。最初こそ押されているように見えたムーンビーストだったが、途中から動きが明確に変わった。
爆豪勝己にはムーンビーストが雄英ヒーロー科の一年生を恐怖のどん底に陥れたギガントマキアを相手に最初は手加減をしていて、相手を調子に乗らせた後に瞬殺しているようにしか見えなかった。
「カッケェ」
少年のように目を輝かせてムーンビーストを観る爆豪勝己は、隣にいる切島鋭児朗が困惑の眼差しで自分を見ている事に気づかないまま、立ち去って行くムーンビーストの後を追おうと茂みの中から立ち上がる。
「待てよッ、爆豪」
切島鋭児郎が爆豪勝己を止めようと手を伸ばす。しかし、その手が爆豪勝己の腕を掴む前に
「おやおや、誰かと思えば相澤先生の教え子の方ではないですか」
ピクシーボブを肩に担ぎながら、何気なしに声をかけてきたムーンビーストに対する爆豪勝己と切島鋭児朗の反応は対照的だった。
「ッ!?」
「ッ!?」
離れて行った筈の相手が、気づくと目の前に居る。音も無く気配を消して近づくムーンビーストの歩法に名前は無い。コレは只の技術であり、その技量の違いはそのままムーンビーストの
ギガントマキア以上の
「俺の名前は爆豪勝己!いずれ全てを手に入れる男だ!」
自己紹介にしては単調過ぎて意味不明な爆豪勝己の言葉に、ムーンビーストは一瞬だけ呆けた後に苦笑しながらズレた眼鏡を直した。
「この世の全てとは、随分と大きくでましたねえ。しかし、その気概は嫌いではありませんよ。ええ、手を伸ばさねば届かぬものです。それで?私に何か用があるのですか?ないのなら、私はピクシーボブを安全な場所に運ばねばならないので急いでいるのですがねえ」
爆豪勝己には言いたいことが山ほどあった。コレは彼にとって千載一遇のチャンスだった。
この機を逃せばムーンビーストと直接に会話を出来る機会など無いと、はやる気持ちのままに爆豪勝己は自らの願いを口にした。
「俺はあんたに憧れた!俺をあんたの仲間にしてくれ!」
爆豪勝己の申し出にムーンビーストは再び呆けてしまう。爆豪勝己の隣にいた切島鋭児朗は開いた口が塞がらないと言った様子だ。
未来のヒーロー社会を担う人材である雄英ヒーロー科の生徒が
しかし、それが真実であるなら笑えないとムーンビーストは首を横に振る。
「先生方の血液を取り戻しに来たと啖呵を切る事を期待したのですがねえ。残念です。どうやら、見込み違いをしたようだ」
そう言ってムーンビーストは爆豪勝己に背を向ける。爆豪勝己は慌ててムーンビーストの肩を掴んだ。
「ま、待てや!なにが気に入らねえッ!この俺があんたの仲間になってやるっていってんだぞ‼無視してんじゃねえッ、巫山戯んな!俺のどこが駄目だってんだよ!」
駄目だった。爆豪勝己は目上の人に対する態度が駄目駄目だった。上から目線の仲間になってやる発言は人の神経を逆なでするのに十分だった。
しかし、無論、ムーンビーストが気にするのは其処では無い。人に対する態度がなっていないというのなら、ムーンビースト自身だって爆豪勝己と良い勝負が出来る
「貴方のことが駄目なんて、私は口が裂けてもいいませんよ。雄英体育祭の動画は観させて頂きました。香山先生に対する態度には言いたいことがありますが、総合一位という結果は素晴らしい。選手宣誓も含めて、貴方の勝ち気な人間性は嫌いではありません」
初恋の人を相手に押して駄目なら押し倒せを実行し返り討ちに合うような駄目人間が彼だ。だから、ムーンビーストは消極的な人間より積極的な人間を好む。
憧れの存在からの嬉しい言葉に笑みを浮かべた爆豪勝己に対し、ムーンビーストは「だからこそ」と口にする。
「貴方のような人にはヒーローになって頂きたい。
「嘘を言ってんじゃねぇ。力も名声も地位も、あんたは手にしてるじゃねぇか。それはヒーローって仕事で得たモノじゃねえ。あんたが一人で築き上げたんだ。そんなあんたに俺は憧れてんだッ‼」
「迷惑ですねえ。憧れは理解から最も遠い感情ですよ」
「俺はあんたを理解したい訳じゃねぇ。あんたみてぇになりたいだけだ」
「何故、私みたいになりたいのですか?」
「あんたが
爆豪勝己に曇り無き眼で断言されて、ムーンビーストは流石に目を逸らす。
子供から向けられる真っ直ぐな好意はやり辛いとムーンビーストはため息を吐いた。
「私としては、私ほど敗北を重ねている
余子浜スタジオでのオールマイトとの戦いは勿論、色恋の勝負ですら自分は負け続けていると爆豪に語る。そして、それだけではない。裁かねばならない巨悪を
「あんたは
「厨二病ですか?そういうのが好みなら、
「もう決めたんだ。俺はあんたについて行く」
爆豪勝己は「離さねぇぞ」と笑い、ムーンビーストの肩を掴む手が解かれる事は無かった。
ムーンビーストは深いため息を吐きながら、呆れた眼差しを爆豪勝己へと向ける。
「わかりました。好きにしなさい。もとより私は少年法否定論者です。子供であろうと自らの行動には自らで責任を持てと常々思っていますからね。貴方がそうしたいなら、止めませんよ」
「なんだ、やっぱり話が分かる奴じゃねぇか」
爆豪勝己は凄惨に笑い、ムーンビーストは呆れた様子で肩を竦めた。
そして、ムーンビーストは爆豪勝己の後ろで顔を青くしている切島鋭児朗を見る。
目の前で友人が
その上で誤った道を行こうとする友人を止められなかった理由を与える事にする。
肩に担いでいたピクシーボブを切島鋭児朗の前に下ろす。
「さて、勝己君。着いてくるというのなら、急ぎますよ。私にはやることが多いのです」
「ピクシーボブは置いていっていいのかよ。人質じゃねぇのか?」
「人質などと、そんなつもりはありませんでしたよ。貴方と同じです。着いてきたから、連れていたに過ぎません。しかし、二人は流石に多すぎる。気を失ってしまった彼女は此所に置いていくことにします。幸い、勝己君とは違いヒーローを志すまっとうな青少年
ムーンビーストはそう言いながら、目の前の切島鋭児朗。そして、後ろの茂みで様子を窺いながら、奇襲を仕掛けようとしていた常闇踏陰と障子目蔵と轟焦凍を見る。
ヒーローは
森林火災の現場で気を失っているピクシーボブを放置して、
ムーンビーストは彼らが友人を見捨てる理由を与え、彼らはそれを理解しながらも動く事が出来なかった。
圧倒的な敵を前に恐怖を撥ね除けて立ち上がる事が彼らにはまだ出来なかった。
ムーンビーストは爆豪勝己を連れて姿を消した。
事態は
林間合宿に現れたムーンビースト。それに呼応するように行われた敵連合開闢行動隊による襲撃。森林火災の発生。ギガントマキアの登場。そして、爆豪勝己の
文字として羅列すれば収拾など着けようもない事態が巻き起こり、当事者の一人であるムーンビーストですら年下を前に格好をつけて平静を装いつつも混乱する中で、
トガヒミコは燃えている森林を下に見下ろす小高い山にある大岩に腰掛けながら、つまらなそうに脚を揺らしていた。
トガヒミコはそこでギガントマキアの敗北を見た。そんなムーンビーストの逆転劇ですら、トガヒミコにとっては事前に聞かされていた筋書き通りの出来事だった。
トガヒミコに灰色勢力への潜入を命じて来た
「『この敗北が、死柄木弔を強くする』らしいのです。死柄木君には頑張って貰いたいものです。私は神父様が負けるのを見たい。血塗れのあなたが、見たいのです」
現状、トガヒミコと死柄木弔の関わりは薄い。
そのムーンビーストとの関わりの中でトガヒミコの内に生まれた思いを言語化することは難しい。後世において個性社会の闇の聖典として語られかねないトガヒミコの生い立ちと個性『変身』の人格への影響。そして、かみ合ってしまった“血”と“憧れ”。
彼女の“
「ステ様に成りたい。殺したい。貴方に成りたい。殺したい。一人は
彼が誰かの思い通りにしかならないことが、トガヒミコにはつまらなかった。
だから、魔王からの事を成した後は身を隠せという命令に背いて此所で待っていた。
トガヒミコは岩の上に立ち上がり、振り返る。
其処には勿論、ムーンビーストが立っていた。
モンハンをやっていたら、いつの間にか一ヶ月以上が過ぎていました。
(゚_゚;)