皆様の暇つぶしになれば幸いですm(_ _)m
余子浜市にある海を望む
私にとって色々と思い入れのあるこの場所は、平時であればカップルの聖地としても賑わいを見せるのだが、今は人影が無い。私が好きだったキッチンカーも出店しておらず、代わりに持参したメキシカンタコスをベンチに腰掛けて食べながらに待ち人を待つ。
私はある人物から呼び出しを受けていた。
それをレディ・ナガンに伝えた時、彼女は罠だから絶対に行くなと私に助言した。
それに対して「私はそれを直角に曲げて答えをだす!」とドヤ顔で言ってみたら、容赦なく顔面を殴られた。
「とても痛かった。あの痛みに見合うだけの価値が、果たしてあるのでしょうかねえ。
腰をかけていたベンチの隣に小さな影はよじ登り、腰を下ろす。
「HAHAHA!私としても今の君と会うのに相当なリスクを冒しているのさ!其処は信用して欲しい。君は私の話を聞くべきだよ。
根津校長の言葉に嘘は無い。
私が逮捕されるリスクを背負い此所に来たように、根津校長は殺害されるリスクを背負い此所に来ている。
私に根津校長を殺す気は無いが、レディ・ナガンはそうでは無い。
今も此所から3キロ離れたビルの屋上から、スナイパーライフル越しに此方を見ている彼女の弾丸は、根津校長の小さな頭を容易く撃ち抜く。
個性『ハイスペック』を持つ根津校長がそれを理解して居ない筈もなく、緊張の度合いで言えば私よりずっと上だろうに、「HAHAHA!」と笑いながらチーズを囓る根津校長は何を考えているのだろう。
わからないことは、聞くしか無い。
私は素直に問いかける。
「それで、私に話とは何なのですかねえ?」
「君への用事は二つある。まずは此方から果たさせて欲しいのさ」
そう言って根津校長がチーズの油まみれの手を丹念にハンカチで拭ってから取り出したのは茶封筒だった。
「これはミッドナイト。香山先生が君へ渡したいと言っていた手紙さ。受け取って欲しい」
差し出された茶封筒の中身に興味が無いと言えば嘘になる。
けれど、私はそれを受け取る気にはなれなかった。
「生前のあの人が私に渡そうとしたものを、死後に受け取る気にはなれませんねえ。どのような内容であれ、私は後悔をせずにはいられないでしょう。しかし、それは今の私には要らぬモノ。私はムーンビーストだ」
今の私は復讐の獣として完成していると自負している。
それを自ら揺るがす気は無い。
無論、香山先生から手紙を直接手渡されていたのなら、私はそれをラブレターでも貰ったかのように喜び受け取っていただろう。
しかし、根津校長の手では力不足だ。私を喜ばせるに足りてはいない。
「今の私を止められたかも知れない“特別”は、あの人だけでした。あの人亡き
「・・・そうかい。なら、この手紙は私が貰っちゃっていいのかな?勝手に読んでしまうよ?」
「揺さぶる気ですか?無駄ですねえ。やさしい根津校長に人の気持ちを踏みにじれる訳がない」
「その信頼はもっと別の場所で伝えて欲しかったのさ」
根津校長は取り出していた茶封筒をベンチに置く。
取りあえず一つ目の用事については、文字通り置いておくことにしたらしい。
そして、本命である二つ目を口にした。
「先日、一人で
根津校長の黒くつぶらな瞳が私を見上げる。
「君も、雄英に戻る気はないかい?」
根津校長の言っている言葉の意味が私には全く理解できなかった。
緑谷出久が雄英に戻った。ソレは素晴らしいことだ。彼は未だに高校一年生の子供。
そんな子供が一人でオール・フォー・ワンと戦おうと考えること自体が間違いであり、特別なチカラをオールマイトから受け継いでいるとしても、そう考えさせる環境自体が間違っているという考えに変わりは無い。
例え緑谷出久がオール・フォー・ワンと戦う事を選んだとしても、そこに大人達のバックアップがあるのは大前提。
『雄英バリア』という最高峰のセキュリティを有し、数少ない安全地帯である雄英で緑谷出久が身体を休めているというのなら、
しかし、“私も雄英に戻る”という言葉には思わず声を荒げずには居られなかった。
「私をおちょくっているのですかねえッ!誰がッ、雄英に戻るとッ!」
「君が、雄英に戻るのさ。首台君」
「私はッ、ムーンビーストだッ‼」
「私には今の君を受け入れる準備と覚悟があるのさ」
「巫山戯るなッ‼」
私はベンチから立ち上がり、根津校長の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
根津校長の小さな身体は宙に浮き、私は怒りのままに言葉を続ける。
「貴方は今ッ、私の歩んだ道の全てを否定している!私が何を思いッ、
「私は
私の叫びに根津校長は何も言わない。
このまま海に投げ捨ててやろうかとすら思った。
そうしなかったのは
動物が人間以上の頭脳になる世界でも類を見ない個性を発現させた根津校長の半生は、噂に聞いたことがある。
昔、人間に
それでも根津校長は個性教育に尽力した“偉人”として教育史に名を残している。
「人間を恨んで当然の過去を持ちながらッ、復讐を選ばなかった貴方を私は尊敬していた!だからッ、貴方のことも、私は、許している。なのに、何故、私を失望させるようなことを、言うのですか・・・」
首が絞まって苦しい筈なのに何も言わない根津校長を見て頭が冷えた私は、小さな身体を地面に下ろす。
私から解放された根津校長は何度か咳をした後、「冷静な君に聞いて欲しいのさ」と言いながら、“
それは、私では考えられないことだった。
「先日、政府から内密に君とのコネクションを築けないかという申し出があったのさ」
「・・・それはどういう意味ですか?」
首を傾げる私に根津校長は分かりやすく説明する。
“異能解放軍”と繋がっていた心求党の解体と共に頭角を現してきた新たな政党。
それは私の思想に感化されたという死刑推進派の新人議員達が立ち上げた政党であり、
そんな彼らが根津校長を通じて私にしてきた提案は、
「ヒーロー側陣営と協力して
「・・・
「“今までは導入が見送られて来た”と言うのが、彼らの主張さ。初めて適法した事例とすることで君に恩を売り、平和を取り戻した後は君を祭り上げることすら、彼らは考えているのだろうね」
「愚かしいと、言う他にありませんねえ。権力者が
苛立つ私に根津校長はHAHAHAと笑いながらに片手を上げて言う。
「プリティーな私からの話なら、ワンチャンあるかも知れないからね!正直、気分の良い話では無いけど、決めるのは君さ!」
「残念、私は猫派です。ネズミと相性は悪い」
「それは嘘さ!香山先生から、君は犬好きと聞いているからね!」
「いえ、それは違います。私はあの人に“貴女の犬になりたい!好きにしてください!”と言ったことがあるだけです‼」
「・・・カミングアウトされても反応に困るのさ」
「・・・すみません」
気まずい空気を咳払いで霧散させ、私は改めて根津校長に問いかける。
「それが二つ目の用事ですか?なら、無駄足でしたねえ」
「いや、これは君が断ることが分かりきっていたからね。用事に入らないのさ。これは本題の前の雑談。どうして私が
根津校長はスーツの内ポケットから小型情報端末を取り出して、差し出してくる。
「この中にはこれまでの戦闘で得た死柄木弔の戦闘データとセントラルの研究。そして、私の分析が入っているのさ。このデータを見た上で、君には私の“戯れ言”に付き合うか決めて欲しい」
それが罠でないことは根津校長の黒くつぶらな眼を見れば分かった。
「明日、アメリカ合衆国№1ヒーロー、スターアンドストライプが日本にやってくる。世界が日本へのヒーローの国際派遣に慎重になる中で、自由の国アメリカの
「・・・対策は?」
「取れない。理由は三つもあるのさ。急な派遣で時間がないこと。空中戦が可能なヒーローであるエンデヴァーとホークスを私個人の考えだけで動かせないこと。そして、一番大きな理由はスターアンドストライプ自身が支援を望んでいないことさ。彼女はオールマイトを
「
「君はあまり海外ニュースとか見ない人?」
「英語は苦手ですからねえ」
「スターアンドストライプは、普段は『個性』の所為でオールマイトに似て画風が濃いけど、素顔はとっても美人さんなのさ。高身長恵体年上美人の素顔を君は見たくないのかい?」
「是非ッ、会いに行かねばなりませんねえッ‼
根津校長の言葉に興奮した私の側頭部に突然の衝撃が走る。
どうやら会話を通信機越しに聞いているレディ・ナガンにゴム弾で撃ち抜かれたようだった。
「ツッコミが、過激すぎる。私で無ければ、死んでいます・・・」
頭を抱えて蹲る私を見て根津校長はHAHAHAと笑っていた。
根津校長は相応のリスクを冒して、私に会いに来たと言っていった。
その言葉に嘘は無かった。極秘裏に行われるスターアンドストライプの国際派遣を私に情報として流す行為はヒーロー陣営に対する裏切りと言える。
警察や公安はこのことを知らないだろう。
いや、根津校長のことだ。他の誰にも知らせてはいない。
他の雄英教師にも知らせず、終わった後に全責任を負うつもりなのだろう。
「何故、此所までのことを?私がこの情報を利用し、裏切るとは思わないのですかねえ」
「思わない。理由はなんと三つもあるのさ。君は緑谷君を諭してくれた。雄英に在籍していた頃と変わらず君はお節介焼きさ。君の信念を知っている。オール・フォー・ワンに連なる死柄木弔を倒すチャンスを君は決して見逃さない。そして、最後は一番大きな理由さ。君を―――香山先生は最後まで信じていた」
「・・・それは、どういう?」
「“未曾有の大災害”で亡くなった香山先生は、即死じゃなかった。私が駆けつけた時、まだ息があった。死の間際、君に伝えて欲しいと頼まれたよ」
根津校長の口が香山先生の言葉をなぞる。
―――“君は、ヒーローには成れなかった。でも、誰かを助けてあげて”。
「そこから、きっと彼女はそこから、君とやり直したかったのさ。
―――お願い・・・やり直しましょう・・・一緒にッ。
―――面会に行くわ。何度でもね。だから、今は眠りなさい。
「だけど、あの人は、面会には来なかった」
「その理由は、きっと君がベンチに置き忘れている手紙にあるのさ」
私は根津校長に促されてベンチに置いたままになっている香山先生からの手紙に視線を送る。
アレを読んでしまえば揺らいでしまう様な気がした。
いくら強がった所で私は所詮、一度はオール・フォー・ワンの言葉に揺らいでしまった弱い人間だ。
だから、私自身の強さを保つ為に、“復讐という正義”が薄れてしまわないように、“正義の象徴”として揺らいでしまわないように、香山先生からの手紙など読むべきでは無いと考えていた。
「それでも君は受け取るべきなのさ。大丈夫。私の考えが正しければ、中の手紙は君が考えているような内容では無い筈だよ」
そう言って根津校長は背を向けて去って行く。
「私の用事はこれで終わり。後は君が決めることさ!
根津校長が居なくなり、一人残された私の元にレディ・ナガンがやって来て言う。
「で、どうするつもり?」
「・・・そうですねえ。取りあえず、膝枕をして貰えませんか?」
「そういうことを聞いているわけじゃないけど、まあ、いいよ」
レディ・ナガンが溜息を吐きながらもベンチの端に座る。
私はレディ・ナガンの膝を枕にして、ベンチに寝転ぶ。
そして、香山先生が私に渡したかったという手紙を開いた。
沢山の感想ありがとうございます。\(^_^)/
楽しく読ませて頂いております!