出したいキャラを出しました!
余子浜市
待ち人が来たらず、私はお預けをくらっている。
溶岩の如くグツグツと唸る好物が冷めていくのを見ているだけの状況は
そして、上着の内ポケットから煙草を取り出して、咥えて火を付ける。
分煙どころか全席禁煙が声高に叫ばれる昨今ではあるが、探せば全席喫煙可の店も有るには有る。私の好物である本場中国の激辛麻婆豆腐を出すこの店がそうであったことは、私にとっては
友人が出来れば真っ先に紹介したい店の一つ。素晴らしい店だ。
そんな店の私が座るテーブルの椅子が引かれる。抗い難い誘惑が立ち昇る麻婆豆腐から視線を上げれば、其処にはダークブルーとピンクの髪をした美女‐レディ・ナガンが何故か不満気に眉を潜めながら座っていた。
ようやく来た待ち人が何故か不満気な様子で有ったことに首を傾げた私だが、レディ・ナガンが黒いマスクをしていた事で“彼女は体調が悪いのだろう”と結論付ける。
「風邪ですか?移さないでくださいね」
テーブルの下で足を蹴られた。
「はて?何をするのですか。何が気に障ったのか、言ってくれねば解りません」
「…なあ、ムーンビースト。私は今から、スゲー真面な事を言うぞ」
「どうぞ」
「どうして、あんたは、顔も隠さず、平然と飯食ってるのさッ」
語尾を荒げつつも大声を上げないという変に器用な真似をするレディ・ナガンに感心しながら、風邪でもないのにマスクをしている理由に遅まきながら気が付いた。
黒いマスクは変装の為のものだった。
レディ・ナガンは公安委員会の会長を殺害した際に現場にトレードマークでもあった長く美しい髪を切り置いてきていた。今のレディ・ナガンの髪形はセミロングだ。
確かに髪型を変えた事とマスクで顔を隠すことにより、彼女の姿を知る者への変装にはなっている。
しかし、私は小皿に彼女の分の麻婆豆腐を盛って差し出しつつ言葉を返す。
「アハッ、私は隠す程に醜い顔をしてはいません。無論、それは貴女とて同じです。折角の美貌なのですから、風邪でないならマスクなど外してしまいなさい。私は美しい貴女の顔を見ながらに食事がしたい」
「いや、馬鹿。あんたは兎も角、私の顔は一般人にも割れてるんだ。バレたら騒ぎになるだろ。それにあんたの顔を知っているヒーローも少なからずいる。それなのに、どうして真昼間から素顔で普通に食事してるのさ。…あんた、狂ってるよ」
レディ・ナガンの言葉に私は溜息を吐く。
確かに【正当なる樹】の一件。そして、公安委員会の会長を殺害した件でレディ・ナガンは私と同じく警察やヒーロー達から追われる身と成った。
しかし、だからと言って警察やヒーローに怯えながら好物を食べるのでは、美味しさは半減してしまう。それはこの麻婆豆腐への冒涜であると私は思う。私は彼女に万全の状態でこの麻婆豆腐を味わって頂きたい。
だから、心配はいらないと伝える。
「レディ・ナガン。安心してください。少なくとも、この店では変装する必要はありません。この店の方々は素晴らしい。お金を払う客を身分で差別などしないのです。だから、大丈夫」
私の言葉でレディ・ナガンの訝し気な顔は、少し時間を置いてから呆れたようなものへと変わった。
そして、マスクを外した。
「…なるほどね。ムーンビーストには、信奉者がいるって情報もあったっけか。この店はあんたのテリトリーってことか」
「信者などと、私にその様な者は居ませんよ。正義とは信じるものでは無く、成すものであると私は思っています」
「なら、あんたを受け入れているこの店の店長はなんなのさ」
「アハッ、私に信者などいない。しかし、正しい行いをする者は、知らず知らずのうちに目に見えない善意に助けられるものなのです。そうした善意が世界をより良い方向へと導いているッ。素晴らしいことですッ。心が洗われるようだ!」
「あー、はいはい。もういいよ」
レディ・ナガンは飽きれたようにそう言って麻婆豆腐をレンゲで掬い口に運び———言葉にならない悲鳴を上げた。
「くぁwせdrftgyふじこlpッ⁈⁈」
「おや?熱かったですか?」
私が水をコップに注いで差し出すと、レディ・ナガンはそれを
「か、かりゃい。な、なんへもん、くわせるのひゃ。ころすひ、か」
しかし、私には香山先生という心に決めた
「美味しいでしょう?此処の麻婆豆腐は本格的な中国料理なのです。日本人向けにアレンジされた中華料理では、こうはいきません」
レディ・ナガンは自分が一口でダウンした麻婆豆腐を次々に口に運ぶ私にドン引きしつつ、責めるのを諦めた様子で店員を呼んで自分で料理を注文し始めた。
「…もう、いいや。あー、すいません。注文したいんだけど…えっと、ゴマ団子と杏仁豆腐。あと
「おや?麻婆豆腐はもういらないのですか?」
「…好物なんだろ?あんたが食べなよ。食べかけだけど、これもあげるよ」
私が先ほど小皿に盛ってあげた分も此方に寄せながらそう言うレディ・ナガンの表情は、以前にステインと共にこの店に来て麻婆豆腐を奢ってあげた時と同じだった。
ちなみにその時のステインは苦痛に歪む表情をしつつ麻婆豆腐を食べきった。
そして、店を出ると同時に私の顔面に右ストレートを放ってきて、私の眼鏡は壊れた。
私は彼らの貧弱な
「いやはや、この美味しさが理解できないとは、貴女たちは人生の四分の一を損していると言っても過言ではありますまい」
「はいはい。そうだな。とりあえずソレを早く食べきって私の視界から消してくれ。なんか、もう見てるだけで辛いんだよ」
「わかりました」
レディ・ナガンに促されて私は食事を再開した。
「そうだ。レディ・ナガン。此処の“ネギとチャーシューの和え物”は絶品ですよ。辛みそがピリ辛でとても美味しいのです」
「金輪際、あんたの舌は信用しないよ。すいませーん、“ネギとチャーシューの和え物”!
「えぇ…そんなあ」
そうして食事は会話を楽しみながら終わった。
そして、食事を終えた後、私は食後の煙草を嗜みながらに“その名”を口にした。
「貴女は
レディ・ナガンは二個目の杏仁豆腐を食べながらに答える。
「指定
公安を捨てた身であるレディ・ナガンとしては、公安の情報を欲されることに嫌悪感があるのだろう。言葉の端には棘があった。
私は首を横に振る。
「いえいえ、貴女は結論を急ぎ過ぎる。私が貴女を食事に誘ったのは、単に貴女との親睦を深めたいが
「ハッ、どーだかな。なら、どうして八斎會なんていう一介のヤクザの名前が出てくるのさ。何かの理由があって、公安が握っているかも知れない情報が欲しかったんじゃあ、ないのかよ」
「疑いますねえ。ガードが固い。其処が貴女の魅力でもあるのでしょうから、まあ、良いのですがね」
そう言って笑う私の顔を見て、ようやくレディ・ナガンの顔から
どうやら私の思いは通じたようで八斎會について口を開いてくれた。
「八斎會の名は聞いた事があるけど、アレは特別に公安がマークするほどの組織じゃなかった。一応、生き残ってる珍しい組だから知ってはいるけど、ネットに流れている情報以上の事は何も知らないよ」
「…やはり、そうですよねえ。八斎會など、取るに足らぬものですか…」
私は紫煙を吐きつつ思案に
ヒーローの
元々、法の整備が進み
やはり、私が出張る程の事ではない様に思える。意外と私は忙しい身だ。面倒なこともしたくない。正義執行以外に向ける熱量は低い。
そう思案する私にレディ・ナガンは呆れながらに問いかけて来た。
「なにをらしくも無く悩んでるのさ。八斎會があんたの敵なら、前みたいに正面から乗り込んで叩き潰せばいいんじゃないのさ」
「無論、八斎會が私の正義を向ける相手であるなら、そうしましょう。正義執行を躊躇する私ではない。しかし、今回は、少々事情が違っているのですよ。そもそも私は八斎會について名前しか知りません。ただ、私に形なき善意を向けてくださる方の一人から、
「なんだよ。やっぱりあんたには
「パトロンなどと、そんなものではありませんよ。彼の言葉に私の行動は左右されない。正義の行いが人の手で歪められてしまっていい筈がありません。…しかし、頼まれれば断れぬのも人の
「あっそ、まあいいよ。それで?私はそのあんたの頼み事に付き合えばいいの?」
レディ・ナガンの申し出に私は目を丸くする。
私が彼女を店に呼んだのは、本当にただ一緒に食事をしたかったからだった。八斎會の話題を出したのも只の会話のネタのつもりしか無かった。
レディ・ナガンを呼んだのに、深い理由はなかった。私は友人ができる度にこの店を紹介して、麻婆豆腐を食べさせてあげたいだけだった。
「…私用に、付き合ってくれるのですか?これは正義とは無関係なのですよ?」
しかし、八斎會の件に協力をしてくれるというレディ・ナガンは呆れた様子でため息を吐くと、杏仁豆腐を乗せたままのレンゲを此方に向けて言ってくる。
「はあ…あんたがどう考えているか知らねェけど、会長を殺した現場に私の髪とあんたの逆十字を残した時点で、世間では私とあんたは組んでいると思われている。なら、プライベートでも付き合うくらいのことはしてやるよ。私達は友人、なんだろ?」
その言葉と最後に浮かべた優しい笑顔に胸が高鳴らなかったと言えば嘘になる。
だから、私は誤魔化すように差し出されたレンゲに乗っていた杏仁豆腐を食べる。
「…おい、なに食ってんのさ。別にあんたにあげた訳じゃねェよ」
「失礼。美味しそうでしたので。しかし、まあ、まあまあ、協力してくれるというのならッ、嬉しい限りですねえ!正直、やる気の出なかった案件ではあるのですがッ、今の私はやる気に満ち満ちているッ!」
「あー、そりゃ、よかった。あんたは、やっぱり馬鹿みたいに笑ってる方がいいよ」
「アハハ!褒めても何も出ませんよ」
「別に褒めてはないけどね」
「此処の支払いは私がしますね」
「…しっかり出てるじゃねェか」
私は満ち満ちた気持ちで店を後にして、八斎會の事務所へと向かう事にした。
ムーンビーストがレディ・ナガンとの間接キスという暴挙に及びイチャイチャ空間を作り出した時間から
死穢八斎會の事務所兼組長宅。そこでのヤクザ者の話をしたい。
泥水次郎長や花山薫、桐生一馬など、かつて
人々は既に極道などという存在を忘れ去ろうとしている。それは素晴らしい事だ。
極道などと格好をつけても、所詮は“暴力団”。現代社会は彼らを消し去ることを望んでいる。
それを
帰る場所も親と呼べる者もいなかった幼い自分を拾ってくれた
確かに今の極道には
———極道は、
治崎が目指すのは闇社会での極道の復権。嘗て存在した輝かしい時代を取り戻し、極道が再び裏から社会を牛耳る事。
その為に必要な力を治崎は蓄え続けてきた。自身の持つ『オーバーホール』という強力な
そして———組長の娘が捨てて行った娘に発現した神の領域に踏み込む
その二つがあれば極道の復権は決して夢物語では終わらない。
此処からだった。治崎の夢は、組への恩返しは此処から始まる。———筈だった。
しかし、死穢八斎會の組長は幼い少女を巻き込む治崎の夢を否定した。
「おめェ、人の命をなんだと思ってんだ。人の道を外れちゃあ、侠客
「ッ、オヤジ、理想を並べるだけじゃ死に行く一方だ。このままじゃ
「なあ、治崎よ。どうして俺がおめェにあの子を任せたと思ってやがる。断じて人体実験みてェな真似をさせる為じゃあ、
「…」
「俺の馬鹿な娘に捨てられて、親も
「…わかった。今日はもういい。また来る。その時は、もう少し俺の計画を真剣に聞いてくれ」
そう言って部屋を出て行こうとする治崎の背中を死穢八斎會の組長は引き留める。
「待てや、まだ話は終ってねェぞ」
「…なんだよ」
治崎の言い分は死穢八斎會の組長にも痛いほどに理解できている。
このまま時代が進めば確かに死穢八斎會は、いや、極道は消えていく運命にあるだろう。
しかし、それでも譲れない信念があると死穢八斎會の組長は言う
「曲げちゃあ、いけねェのさ。根っこの部分が腐っちまえば、咲く花も醜くなる。極道の花はなァ、美しくなきゃならねェのよ。治崎、おめェにも、教えただろうによォ」
今の時代に置いても極道が“侠客”として生きる道を模索しなければならないと死穢八斎會の組長は考える。
“侠客”とは
そう、嘗ては
しかし、時代の流れと共に
故に極道は社会から捨てられ消え去ろうとしている。
「それに抗うなら、世間様に顔向け出来ない真似はするべきじゃあねェのさ。おめェはそれをわかっちゃいねェ」
「…オヤジの信念はわかる。けど、それじゃあ弱いんだ。そんな甘いんじゃ、オヤジも、オヤジの組も守れない」
「だから、俺の道に背こうってのか。治崎、おめェ、いい加減にしねえか‼」
「違うッ、俺はッ、…拾ってくれたあんたの恩に報いたいだけだ!」
「それが余計な世話だってんだ!そんなに
”もう出て行け”と、言いかけた言葉を死穢八斎會の組長は
死穢八斎會の組長は深い溜息を吐くと片手で顔を覆いながら、沸騰しかけた頭を静めて言う。
「治崎、俺もおめェも、今は冷静じゃねェ。話はまた今度にしよう。もういいから、部屋から出て行けや」
「…ああ、わかった。オヤジ、声を荒げて、悪かった」
「…おう」
治崎が部屋を出て行く。死穢八斎會の組長は一人でしばらく考え込んだ後に電話を手に取り、昔なじみに連絡をすることにした。
治崎は優秀な男だ。強力な個性を持ち、頭も回る。まだ若いというのに若頭と言う地位に就いていることからわかるように、治崎に並び立つ者は組の中にはいない。
だからこそ、自分の考えに意固地になっているのだと死穢八斎會の組長は考える。
なら、まずはその狭い視野を広げてやる必要があるのかもしれない。治崎には組の外の世界を見て貰おうと、電話を掛ける。
極道は昔から政財界との付き合いがある。その中でも一番太いパイプ‐金融業界のドンと呼ばれる男に連絡を取る。
電話は直ぐにつながった。
「もしもし、金蔵さんかい。ああ、久しぶりで悪いんだけどよォ、ウチの若けェのの鼻っ柱をへし折ってやりてェんだ。…ああ、あの悪ガキよ。最近、ますます可愛げが消えちまったよ。けどよォ、見捨てられねェのよ。だから、あんたの知り合いに居ねぇか?死穢八斎會の若頭に勝てる男はよォ」
こうして狂人とヤクザ者は出会う事になったのだった。
オーバーホールにフラグが立ちました
(^ν^)