俺は走った。一心不乱に走った。
― それは恋か、ただの憧れか ―
季節外れの汗をたらし、足元がおぼつかなくなりながら、走る。
「くっそー!」
遠回りしてようやく駅が見えてきた。上り列車がホームに停まっている。
― どうしていいのか分からなかった ―
俺は改札を抜けて全速力で跨線橋を渡り、上りホームにたどり着いたが、列車はちょうどホームを離れてしまっていた。
「好きだ!!」
気がつくと、届くはずもない想いを全力で張り上げていた。たくさんいる夕刻のホームの人達は、びっくりするやらざわつくやらで、それがしばらく収まることはなかった。
これが中学生の頃、実際に体験した事をもとに俺が作った小説。それは、ある小説投稿サイトに載せたものだ。
あの頃は子どもで、俺はどうしようもなく若かった。成人した今では読むこともない。サイトもいつしか閉鎖されていた。
(俺も若かった……)
久しぶりに自分が小説を書いていたことに思い出していた。
実は、この人物は実在する。彼女の名前は香織。ほぼ体験談だ。
妄想も多少あるが、香織と偶然会った事や中学時代、友達だけど親友じゃないと言われた事も本当である。その後、彼女に会うことはなく、この歳までどういう意味か分からないまま過ごしてきた。
だが、その答えを知るチャンスがやってきた。10年ぶりに同窓会が開かれることになったのだ。
今回は彼女も参加するという話を友達から聞いて、俺も参加する事にした。
初夏、日が暮れたというのに蒸し暑い。
「あっちい……」
この駅に降り立ったのは学生時代以来だろうか。
改札を出て、当時はなかった北口に降り立つ。とある情報によると、最近橋上駅舎化して、同時に北口が出来たそうだ。
なんでこの駅に降りたかって? それはこいつと約束してたからだ。
「よっ」
振り向くと、俺の待ち合わせ相手こと悪友、夏子が立っていた。
近くのファミレスに着くと彼女は、適当な食べ物とドリンクを注文し、なにやら楽しげだ。俺もとりあえずドリンクを頼み「最近どう?」なんて話しながら味わっていた。
すると、唐突に夏子が切り出した。
「あの頃は若かったわね」
「どうした?」
俺が切り返すと、彼女が続けた。
「県立高校の合格発表日、告白したでしょ」
そういえばそんなこともあった。この機会だ、彼女は何を思ってあの時そう言ったのか聞いてみようと思った。
「なぁ夏子、お前中学ん時俺の事どう思ってた?」
てか、俺の事好きだっただろ的なセリフをよく言えたものだ。
「あの時『振られちゃった。てへっ♪』とか言ったよな~」
「覚えてたんだ、私が言った事」
「そのあと、『普通の友達に戻りまーす』って言ったわぁ」
彼女は目を細めながら笑い飛ばしてたが、突然、彼女は少し黙ってから一言、こう言った。
「好き、だったかな」
意外な一言だった。
「初耳だな」
「だって君は香織ちゃんを見てたじゃない。ずっと……」
あきらかにわざとらしかった。
「あのね、親友じゃ嫌だったんだ。私」
「え?どういうこと?」
俺は聞いたが、夏子は聞こえてないフリをしているようだった。
「中学の時、君はカッコよくて、みんな憧れてたんだよ」
そんなのはじめて聞いた。 まぁ、いつもの冗談だろう。
「ほら、同じクラスの香織ちゃんも君に気があったんじゃない?」
しかし彼女は何を言いたいのか? 会話をしながら、中学の時、香織に『友達だけど親友じゃない』と言われた事を思い出していた。
香織か、よく覚えている
彼女はある女の子グループの1人であったが、いつの日からか仲間はずれにされ、一人でいることが多かった。
なぜそうなったのかはわからないが、中学生だ。些細な事でそうなったのだろう。
ほかにも、食虫植物が好きとか、美術部では、牛の骨格のデッサンをしているとか、さまざまな噂が立ったが、よくないものが多かったのは間違いない。
そんな時、放課後、屋上に来るよう呼び出された。
告白か。友達のままでいいのにと。
気持ちを聞いたら俺はどう答えるのだろう?
ワケがわからなくなり、その日香織の所へは行かなかった。
季節は流れ、高校入試やらで日々が忙しくなったが、香織を思わない日はなかった。だからか、第一志望の高校は不合格だった。
卒業式前日、俺は再び香織に呼び出された。
今度は逃げずに待ち合わせ場所に行くと、突然こう切り出された。
「私、卒業したら引っ越すの」
衝撃の一言だった。さらにこう続いた。
「友達だけど親友じゃない」
その日は、季節外れのなごり雪だった。
「あまり思い出したくはなかったよ」
夏子をあしらいつつ、中学時代の思い出から帰ってきた俺がそう言った。
「私香織ちゃんに君の事どう思ってるか聞いたことがあるの」
「それで?」
「彼女、君の事友達だって」
「即答か!!」
友達か、でもあの頃彼女はそれ以上の存在になりたいと思っていた。
「でも香織ちゃんも、絶対君に気があったよね」
女って生物は何故こんなに鋭いのか。
俺は香織と友達でいたかったんだと思う。女性として魅力がなかったとかそういうのではないが、恋愛なんてあの頃よくわからなかったし、年頃の女子は精神的に大人とは言っても、しょせん中学生。まだまだ子供だ。
それより俺は気になった事がある。
『香織ちゃんも、絶対君に気があったよね』
「いまさらだな」
「そりゃ分かるよ。バレバレだったもん」
からっとした笑顔で夏子が言う。いつしか飲み物のコップも水滴だらけだ。
その時、突然俺のスマートフォンが震えた。
『羽目を外し過ぎないように』
それを覗きこんだ夏子がニヤニヤした。
「親しき仲にも礼儀ありだ」
「奥さん大事にしなさいよ。あと、同窓会、香織ちゃんも来るって」
俺が返すと、彼女はさらにニヤニヤした。
「もう少し優しくできないのか、夏子!」
そこには、まるで太陽のように明るい、彼女の表情があった。
同窓会では香織に会えるだろう。中学生時代に俺をどう思ってたか、正直知りたい気持ちはある。だが今となってはそんなことは些細なことだ。
夜も深まり、陽炎の漂うこの場所にも心地よい風が吹き抜けていた。
いかがだったでしょうか。