轟姓になりたくないのでヒーローになりました 作:紅ヶ霞 夢涯
「赫灼熱拳、ジェットバーン!」
そう叫んだ轟炎司の拳から、凝縮された炎が勢いよく私に向かって飛来する。なるほど。既に力の凝縮と放出というものは、とっくに習得済みであるらしい。
「
本来は氷の壁の中に敵を閉じ込める技を、防御に転用する。本来の使用方法が必要な場面もあるかもしれないが、なるべく少ないことを祈る。下手をすれば、相手を凍死させかねない。
「いい必殺技ですね」
「軽々と防いでおいて………馬鹿にしてるのか」
「まさか、本心ですよ。それでは次は、私から」
さて、どんな技を使ってみようか。彼が中遠距離用の技を披露したのだから、とりあえず私も似た用途の技でいいか。
「アイス
氷で象った大きな雉を飛ばし、その嘴で以て相手を穿つ攻撃力が高めの必殺技。しかし、それは再び放たれたジェットバーンで撃ち落とされる。
(あれ?)
その様子を見て、思い浮かんだ僅かな違和感。そしてその違和感がはっきりと形になったのは、何度かお互いの必殺技をぶつけ合った後だった。
携帯を買ってから、色々と見て回った。机や椅子などのインテリアに、ペン立てなどの小物類。轟炎司に会話を投げかけつつ、彼が気になっている様子の物を片っ端から………いや、嘘だ。財布と相談しながら買っていく。
そして事前に二人分を予約していた、昼前に始まる映画を見るために映画館に入る。
「どうして映画だ」
「知らないんですか?まぁ………私も見た訳ではありませんが。何でも、最近の流行りだそうですよ?」
「いや、流石にそれは知っているが」
ふむ。どうやら彼の好みではないようだが、今更キャンセルするのも勿体ない。悪いけど、今回はこれで我慢して貰うとしよう。
「ところで、轟さんはメニュー決まりましたか?」
「………決まっているなら頼め。ここは俺が持つ」
「え?いえ、自分で払いますよ。クーポンもありますから」
「………………………そうか」
そして「悪い。電話だ」と言って、轟炎司は映画館の外に出た。その背に向かって、「じゃあ、私が貴方のを決めておきます」と言った。
特に反論もなかったので、適当に選ぶ。確か学生の頃から、何故だか渋いものが好きだった。とりあえず、ポップコーンは外すことにする。
「それにしても」
独立が間近だと、やっぱり色々と忙しんだなぁ。まるで二年前に、私が個人事務所を建てるために奔走していた時のようだ。懐かしさすら感じられる。
(どの程度の規模で事務所を建てる気か知らないけど、ひょっとして急な予定ができたりするのかな?)
けどまぁ、彼の方から言い出さないなら問題ないだろう。
轟炎司がいない間に、注文と支払いを済ます。そして考えるのは、これまでの二年間とさっき彼に渡したプライベートの携帯番号。
………改めて言うようなことでもないが、私の目的は轟炎司との結婚を避けること。その為にヒーローを志し、しかし普通のヒーローでは箔が足りないと思い雄英高校に入った。
(まさか、肝心の轟炎司と同じ学年で、しかもクラスまで同じになるとか予想外過ぎたけど………)
そこはまぁ、臨機応変に。ヒーローとしての成功は確約されているような人物なので、彼から学べることは多いと思った。それに、将来No.2から頼りにされるヒーローという立場になれたなら、即ち私のプロヒーローとしての実力も立場もそれなりのものになるだろうとも。
ただ………まぁ、その。何だ。私としては、上手くやっているつもりだったんだけど。周りからはとてもそうは見えなかったらしい。
(せめて、もうちょっと早く言ってくれたら良かったのに)
何で指摘するのが、三年の半ばも過ぎた頃だったのか。いや、まぁ文句を言うのも筋違いな気はするけども。
「はぁ」
溜め息を吐く。
だから、二年間も離れた。しかし、再び私達は距離を詰めようとしている。しかも、今日の場合は私から。
………………………………………………いきなりプライベートの番号を渡したのは、流石にマズかっただろうか?
(けど、渡さない方が不自然だし仕方ないよね。うん、仕方ない仕方ない)
「悪い。待たせた」
そう結論付けたタイミングで、轟炎司が戻ってきた。彼の分の飲み物とかが乗ったトレーを渡す。
「いえ、大丈夫です。それより轟さんは、これから二時間近く平気なんですか?忙しそうに見受けられますが」
「問題ない」
「………そうですか。では、もう入ってしまいましょう」
彼の隣を歩きながら、思考は再び振り出しに戻る。
私の目標は、轟炎司との結婚を避けること。それは昔も今も変わらない。変わっていない。変わる訳がない。
(ーーーあぁ、けれど)
けれど、もし。もしも結婚さえ避けられるというのなら。
私は。
主人公は轟炎司からの勧誘を………
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受ける
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受けない