フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
アグリッピナ氏、かなり好きなキャラのうちの一人なんですよね。(まあ原作キャラはみんな好きなんですけど)
あとアグリッピナ氏というか
◆前話
ゆっくりおやすみ、ヘルガ。
実際、まだまだ予断を許さないからな。
一瞬で
というわけで処置に入る。
今の状態は言うならば、立てたコインを縦に1000枚積み上げたような不安定さと言えば、私の緊張感も伝わるだろうか。
「ご苦労様、エーリヒ君。上手くいって良かったよ。君がもしも少しでも痛みに負けて彼女を厭うような動きをしてしまっていたら……」
「いたら……?」
「まあ、ちょっとさっきみたいな穏便な方法じゃどうにもならなかっただろうね」
私の言葉に引き攣るエーリヒ君。
うん、心臓に穴が開いたのを “穏便な方法” と言われればそうもなるよね。
でも心配めされるな、穏便じゃない方法というのはヘルガ嬢にとってという意味だから。
私の予想ではエーリヒ君が失敗していた場合、拘束衣である
流石にそこまで行きついてしまえば、アグリッピナ女史も加勢するだろうし、加勢がなくても取り込まれた魔導炉を私が遠隔爆破してやっても良かった(
そのあとはヘルガ嬢の存在の核を回収して、それを中心に再誕させる―― というルートも無くはなかったが、普通に考えるとこれだけやるとヘルガ嬢の自我は残らんよなあ……。
良くて何も覚えていない半妖精の赤子が作られるだけだろうし、場合によってはもっと悍ましいナニカの肉塊になるだけだったろう。下手したら第三ラウンド開始だ。
だからまあそうはならなくて幸いだ。
本当に君は偉業を成したよ、エーリヒ君。
感動したぜ。
「ともあれ、これからさらに容態を安定させるための処置を行うから離れて見ていたまえよ。
ほらちょうど
「
「エリザ!」
かわいらしい妹の方に駆け寄りたそうにするエーリヒ君から、そっと霜の眠り姫を浮遊魔法で受け取る。
行っておあげなさい、あとはこっちは任せて。
さて
へえ、心優しい子じゃないか。
きっといい家族に恵まれたのだろうね……というのはエーリヒ君を見ればわかるか。
処置をするため、ヘルガ嬢を魔法で浮かせて空中に固定する。
「
一瞬だけ魔素遮断素材である
いやねミノムシ状態よりは全身タイツ状態に再形成した方が処置や今後の療養のためにも都合がよくてね。
次に起きるときに腕とか脚とか動かしやすい方が良かろうし。
ちょっとヘルガ嬢のぴっちりタイツ姿は、エーリヒ君というかエリザちゃんには目の毒だから、ターニャ、
じゃあ容態を安定化するために施術していこう。
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各術式は
これなら私が離れても術式の維持は大丈夫なはずだ。
……ヘルガ嬢の寝息は規則的で、その寝顔は安らかだ。
どうやら山場は超えたようだね。
霜の妖精の力が一番弱まる夏の終わりごろまでは眠らせておいて、そこで
その後も暫くはリハビリとカウンセリングだね、そもそもカウンセリングという概念がこちらの世界にあるのか分からないが……それは教会だか僧院だかを頼った方がいいだろうか。
そのとき馬車の方からパチパチパチと気のない拍手が聞こえてきた。
おざなりな拍手の主を見れば、それはやはりアグリッピナ氏であった。うへぁ。
……ああ、次はあの銀髪妖瞳の
やだなあ、
だが必要なことだし、気を取り直そう。
何せこのライン三重帝国において、半妖精は基本的に臣民としての権利を有さない。
さっきまでの狂乱したヘルガの様子を見れば妖精という概念存在の強力さが分かるが、それがヒトの幼子程度の自律心で生来の魔法の力を振り回すとなれば、まあ扱いは良くて不発弾(ただし威力は戦術核並み)というところだ。
実際にいくつもの荘が地図から消えた歴史的教訓をもってして、半妖精はヒトではない危険物と見なされるに至っている。
一方で抜け道もあり、自律心と魔法制御の腕さえあれば、それは単なる強力な魔導師と同等であるから、魔導師として認められた半妖精は、ヒトとしての権利を回復する。
まあね、そうしないと魔導師を軒並み人外の禁治産者認定することになってバランスがとれないからね。力を持つのは高位の魔導師も半妖精も変わらないが、扱いを分けるのは、制御可能かどうかという点なわけだ。
で、エーリヒ君の妹のエリザ嬢は、アグリッピナ氏との利害の一致により、“処分” されずに弟子として育成されることになった。
魔導師という、魔法的な危険物の取り扱いに長けた専門家の監督のもとで、その魔導師が責任を持って半妖精を “所有” するというのであれば、それが検体扱いか弟子扱いかとの違いはあれど、法的に問題はない。
それで、いまだに私は魔導院にも入っていないので、いま眠っているヘルガ嬢の保護者となるには不適当というわけだ。
もちろん未成年で丁稚に過ぎないエーリヒ君も資格がない。
つまりこの場の責任者は、アグリッピナ氏である。
むしろ彼女は民の安寧を守るべき貴種として、また、魔導の専門家として、暴発寸前だったヘルガ嬢を処分する権利を有するどころか、処分すべき法的義務があるとすら言って良いだろう。
わざわざ安全確認までして長く保管するより、さっさと処分した方が危険も労力も少ないのは当然だからだ。
今の状況としては、例えるなら、
あるいは、狂犬病末期の
改めて言うまでもないが、私が魔法チート転生者として権能を与えられていることを知っているのは私だけで、アグリッピナ氏にとっては私など一般通過
しかも魔導師としても術式がお粗末で、本当に魔導師かすら疑わしいときたもんだ(100×100で計算すべきところを、100を100回足してごり押ししたような無様を晒して、自らを魔導師であると誇示できるほど私は恥知らずではない。魔導師というのは結果を出せばそれでいいという称号ではないのだから。理論なき魔法では、単なる魔法使いでしかなく、いくら結果を出そうと魔導師の称号に値しない。もちろん結果を出せないのも問題だが)。
さて果たして、もしも自分がこれらの例えにおける爆弾処理班の責任者だったり、保健所職員だったりした場合にするだろう対応―― 職責に則って処分させるはずだ―― を思えば、アグリッピナ氏の説得が極めて困難であることは想像できるだろう。
しかもいまだに私は、自分の使う魔法について完全に説明可能というわけではないのだ。使うだけなら最低限の動作確認とセキュリティチェックは済ませてるから問題ないはずだが、それも自信満々かというとそうではないし……。
専門家未満が専門家に対して、自分でも良くわかってない方法で処置したことについて説明し、この場を預かってもらわなくてはならないのだから、気も滅入ろうよ。
その上、アグリッピナ氏のような、純粋な実力として私より格上の魔導師は、
筋肉自慢の武術素人と、体格には若干劣るけれど技量でそれをぶちのめす達人みたいな関係をイメージをしても良いぞ。指先ひとつでダウンさ~。
いくら魔力があろうと、例えば身体恒常性維持術式の基準値に介入されてメチャクチャにされるだけで、私は暴走した術式によって容易くただの肉塊に成り果てるであろう。
攻撃しようにもアラのある術式は、発動前から潰されるだろうし、術式自体を逆用されかねない。
例えるならスパコンを与えられただけの小学生が、ウィザード級ハッカーからデータを守れるかという話で、まあ結果はお察しだ。
よって力ずくでとか、魔力を背景に恫喝して言うことを聞かせよう、などというのは、下策も下策だ。っていうか
空間魔法の使い手としてもアグリッピナ氏の方が熟練度が上だから、ヘルガ嬢を連れて逃げるのも難しいだろう。
タフな交渉になりそうだぜ……。
エーリヒ君、援護を頼む……!
アグリッピナ・デュ・スタールは
何せそこらの教授位の魔導師より実力がありながら、面倒くさいから研究生に留まっているような人物だ。お察しください。
そもそも
それは長い人生に飽きないようにするための防衛反応とも言われる。
そしてアグリッピナの場合は、引きこもって怠惰に読書に耽溺することが至上の命題となっている。
……その割りになぜ辺境巡りなどしているかと言えば、引きこもりが行きすぎて、所属する学閥の長がブチキレて暇を出されてしまったためだ。それももう20年は前になる。逆に言えばついにブチキレられるまではお目こぼしされていたくらいに、彼女はルールの隙間を泳ぐのが上手く、研究者としての能力も極まって優秀ではあるのだが。でも流石に図書館に寝床をこさえて住みついてしまったのは完全にやり過ぎであった。
さて、その全く望まぬフィールドワークから、大都会たる帝都ベアーリンの自らの魔導工房に戻るための条件の一つが、自らの弟子を取ることである。
それもただの弟子では足りない。
自らのことを嫌う学閥の長をして能力だけは優秀と認められるアグリッピナが、腰を据えて掛からねばならないほどの特殊な事情を抱えた弟子でなければならない。
…………それは例えば半妖精のような。
半妖精を弟子にするのであれば、その監督のため魔導師が付きっきりになり、万全を期するため設備が整った魔導工房のある帝都に戻り、さらに最高の教育機関である魔導院に導き継続的に指導することは何も不思議ではない。
アグリッピナは、大手を振って帰参する自分を迎えて歯噛みするだろう師の姿を想像して、愉悦を覚える。ねえどんな気持ち? 追い出したと思った弟子が戻ってきて自分好みの
かくしてフィールドワークを切り上げたいアグリッピナの思惑と、半妖精のエリザに真っ当なヒトとしての権利を取り戻させてやりたいエーリヒ始め家族や荘の人々の願いが噛み合い、半妖精のエリザは、この怠惰極まる
さて、とアグリッピナは思案する。
目の前では、もはや手遅れと見なしていた氷系の半妖精が、すやすやと寝息をたてている。
ここまで安定すれば、すぐにどうにかなることはないだろう。
それは確かに、驚嘆すべきことであろう。
そしてそれを成した魔法使いは、落日派を
きちんとした症例報告を上げてくれるなら読んでも良いかな、という程度には好奇心を動かされた。
なおアグリッピナは己が見立てが外されたことに思うところは特にない。
肉体・精神専門の落日派ならば、それを成す術式を持っていても不思議ではないからだ。
魔導の深淵は昏く広大だし、閥ごとに秘匿された術式もあるから、そういうこともあるだろう。
実際、アグリッピナの師がこの場にいたならば、似たようなことをできただろうから。
例えば師の得意の精神干渉で霜の半妖精の心の動きを凍らせて問題を先延ばしにするとか。
だから自称落日派の何某の腕前よりも、それだけのことを為した精神性の方に感心する。
というか腕前の方は実際大したことない。
あれだけ魔力を―― 山一つ動かすくらいの魔力を―― 注ぎ込んで、結果として半妖精を眠らせただけ、となると魔導院では落第点がつくのは確実だ。魔力対効果を考慮せよ、自称落日派にマイナス100点、というところだろうか。
ゆえに目が行くのは、そこまでの代償を払ってまで、コトを為したというその精神性への呆れ混じりの感嘆だ。
――― あんなにめんどくさいことを、よくもまあ。 と。
わたしにはとてもできない(棒)。
(知らない術式も幾つかあったけれど、全体としては、やはりお粗末ねえ)
確かに落日派
(腕前としては、せいぜい、聴講生から上がったばかりの研究生程度かしら。
……あるいは腕前が落ちたのは、あの身体を乗っ取った時に、魂を毀損させたせい?
外法の術理の末路として考えれば妥当なところでしょうねえ)
まさか “もったいないおばけ” によって壊れた魂を捏ね合わせて放り込まれたとまでは思い至らないが、アグリッピナの考察は概ね正解である。
思考力と思考速度に優れ、もつれ合わない複数の思考で以って矛盾対立を戦わせて
長く生きた
アグリッピナに向けて、氷系の半妖精の危険が去ったことを滔々と語る
その霜の半妖精が安定しているのは
(いまコイツがこちらに強気に出ないのは、
さっさと自分で半妖精を保護すればいいのにしないのは、それが理由。いまはもう貴種でも
じゃあ三重帝国の臣籍もないんじゃないの? つまり、存在しない人間。連れの光の半妖精もそうでしょうね。
ああ、都合よく助けに入れたのは、後ろ盾になるパトロンを探していたからか。
魔導院に帰りたいが、身の証となるものが何もないから後ろ盾を必要としていた。
でもそれなら恩を売る対象が違う。コイツは明らかに丁稚のために動いていた。
なんの後ろ盾にもならないうちの丁稚のためにこれだけのことをする理由が―― ああ、贖罪とか?
偶然行き会った先に、借りがある相手が居たとすれば辻褄は合うかしら。
それとあっちも半妖精を連れているからその線もあるか。ヒトは同じ境遇の者に感情移入するって本にも書いてあったし)
そしてアグリッピナはにんまりと邪悪に笑った。
なんとも使いでのある駒が転がり込んできたものだ。
(魔導院に帰るに当たって、我が師を抑える札は多いに越したことはない。
落日派にコイツを売りこめば、幾らの貸しになるかしら。
魔力は十分。見たことない術式も持っている。
推薦の見返りに一筆、他閥の領袖から「スタール男爵令嬢の帰参を歓迎する」とでも貰えれば……我が師も数年そこらでまた私を追い出すなんてことはできなくなる。
そして眠った半妖精の娘。これはあの館の貴族の不始末でもあるからこっちからも毟り取れそうね。
何ならそっちでまとめてコイツら全員の籍を用意させてもいい。
存在しない人間に貴族籍の末を与えるのだから、たっぷり恩に着てもらわないとねえ。
眠る娘は貴重な症例として研究対象にしても良し。
最悪、我が師に取られてしまっても、私の手にエリザが残れば、私が魔導院に残留するのには問題はない)
自らの立場を磐石にするための手順に、奇貨として手中に落ちてきた自称落日派の魔導師を組み込むべく思考を回しながら、アグリッピナは弁を紡ぐその自称落日派に答えた。
――― 全て私に任せておきなさい。悪いようにはしないわ。
エーリヒ&マックス「絶対ウソだぞ」
===
◆貴族
街道脇に管理できていない館があってしかもそこに廃した一族とはいえ血に連なる者がやらかした
ヘルガ嬢の家系の貴族家と、この街道を管轄する貴族はこれからアグリッピナ氏からの連絡でえらいことになるだろう。合掌。