フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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◆ヘンダーソンスケール 0.1
物語に影響がない程度の脱線。
原作小説7巻にトマトのスープが出てきたので、どういう由来だろうなーという妄想。
短編として独立させるか迷ったものの、当作(フミダイ・リサイクル)においてはこれを正史として扱うのでこちらに組み込みました。
名もなきトマト狂いの転生者の物語です。
(あるいはコロナワクチンの副反応の高熱が見せた悪夢とも言う)

 


 ヘンダーソンスケール 0.1 赤茄子(トマト)の由来縁起

 

 ピッツァが食べたい。

 

 特にマルゲリータだ。

 あのトマトの酸味と旨味のコラボレーション、アツアツでとろけたチーズ、オリーブオイルとバジルの爽やかさに、香ばしい小麦の生地……。

 そしてそれら全てが舌の上で混然一体となる、至高のマリアージュ。

 

 小麦はある。

 オリーブもある。

 バジル的なハーブもある。

 チーズも、まあちょっと高級品だが、ある。

 

 だが、トマトがない。

 トマトがないんだ……。

 

「Ohhhh~~~!! Tomato(トメィトゥ)~~!!」

 

 トマトがないピッツァなんて、コリアンダーのないカレーみたいなものだ!

 これじゃあナポリのピッツァが作れない!!

 

「まーた名主様ンとこの三男坊が叫んどるのう」

「ほんにのう」

 

 近所のジジババが「またいつもの発作か」みたいな目で見てくるが気にしない。

 そんなことより誰か俺にピッツァを食わせてくれ……。

 

 うなだれ、失意に塗れて地面に膝と手をつくが、救いの神は現れない……。

 

 ここは俺が前世で過ごした21世紀のナポリじゃないし、そもそも地球じゃない。

 ライン三重帝国とかいうキャベツの漬物(ザワークラウト)がソウルフードっぽい “isekai(イセカイ)” だ。

 つまり、異世界転生しちまった(get ISEKAI'd)のさ。

 

 だからトマトはないし、マルゲリータのピッツァは食べられねぇ。

 畜生、神は死んだ……。

 

 

 いや。

 いぃや、神は居る。

 

 流石は異世界、形而下に影響を与える実存としての神が居るのだ。

 

「おお、神よ! 救い(トマト)は無いのですか!!」

 

 その時、村にある豊穣神の聖堂から、俺に向かって一条の光が奔る!

 

『──── よ。聞くのです、──── よ。いま、あなたの心に、直接呼びかけています。無ければ作るのです……あなたの求める至高のトマトを……』

 

「自分で、作る……? 品種改良と言うことですか……? しかし、種が無い! トマトは大西洋を越えた新大陸の作物! 大航海時代が到来していないから、種が無い!!」

 

『魔改造です。魔改造するのです』

 

「な、そんな……」

 

 トマトはナス科ナス属。

 そして、いわゆるエッグプラントと言われる紫のナスは、インド原産。

 最近、東との交易が始まったというし、手に入らないことはないだろう。*1

 

 そうであれば、確かに、そこから派生させて作ることはできなくもない……のか?

 

 いや、ナスからトマトを再発明するのは流石に無理では……?

 一生かかっても完成させられる気がしない……。

 

『ホオズキをベースにするのです……』

 

「ホオズキを!?」

 

 驚愕する俺を置き去りに、聖堂から迸った光は消えていく。

 いやホオズキであれば確かに果肉のジューシィさはトマトに近いし、やはり東から導入できるだろう。

 ナス科ホオズキ属で系統的には離れるが、ナスから魔改造するよりは希望がありそうにも思える。

 

 でもホオズキベースだと、それはトマトではなくて、オオブドウホオズキ(トマティーヨ)になるのでは??

 サルサの緑ソースのアレだ。

 

 それにブドウホオズキ類はこれまた南米原産だから、どのみちホオズキからの再発明になる。

 まあ、確かに旨味や酸味はトマトに近い気もするが……。

 

「……だが、やってみる価値はある、か」

 

 失意の体勢から、俺は立ち上がる。

 

 確かちょうど、東からの物を仕入れたとかいう行商が来ていたはず。

 

 そうだ、これは神の啓示──── 神託だ。

 神が俺にそれをやれと言っているのだ!

 

「うをぉおぉぉぉおお!! トマトだ! トマトを作るんだ!!」

 

 俺は迸るパトスのそのままに、明日に向かって駆け出した。

 そして豊穣神から啓示を受けたとして、即座に聖堂預かりになった。

 

 

§

 

 

 そこから苦節三十年余り。

 聖堂で聖職者として務めつつ、畑で品種改良を続ける日々だった。

 

「ついに、ついに、完成したぞ……。これがトマトだ……!」

 

 ホオズキちっくな外皮が付いているが些細なことだ。

 赤い実、ジューシィな果肉、酸味の中の甘みと旨味……!

 

「そしてピッツァ、マルゲリータだぁあああ!!!」

 

 うぉおおおお!!

 我が魂の飢えを満たす、至高のピッツァだ!!

 

 何度か試作して村人にも振る舞い、豊穣神にも奉納した。味は保証されている。

 ありがとうメンデル! 素晴らしきは遺伝の法則を解き明かした先達よ!

 貴方の功績が無ければ、俺のこの トマティーヨ トマトは完成しなかっただろう。

 

 ちなみに、トマトを作った技術の応用で小麦や葡萄の品種改良も行い、村に貢献した俺はちょっとした名士の一人として扱われている。

 ピッツァの焼き上がりをより良いものにするために、炭の製造にも口を出したりもしたものだ……。

 何もかも懐かしい……。

 

 あ、豊穣神の教義は妻帯を禁じていないので、娘息子や孫も大勢いるぞ。

 いまはこの幸せを噛み締めるために、一人で、聖堂裏に造った窯とテーブルの前に居るというだけだ。

 

「ああ、我が人生はここに極まれり……」

 

 ワインを注いだ木のゴブレットを傾ける。

 

 そしてピッツァ・マルゲリータ!

 伸びる水牛のチーズ、赤いソース、香ばしい焼けた小麦の香り……。

 

 野外に造った窯から出したばかりの、アツアツのマルゲリータを、俺が口に運ぼうとしたその時!

 

 

 

 ドカン! と何か隕石でも降ってきたみたいな衝撃が走った。

 

 思わず顔を覆い、そちらを見ると……。

 

『それがトマトだとぉ……? 片腹痛いわ!!』

 

 そこにはトマトの化け物が居た。

 巨大なトマトの実に、幾つもの目玉のようなプチトマトが付いていて、縦に割けた口がある。

 そしてそれを、下から生えた何本ものヒトのような腕が支えているのだ。

 

「あ、悪魔……!」

 

 俺はさっと懐から豊穣神の聖印を取り出し、構えた。

 悪魔祓いもまた、豊穣神に仕える聖職者としての俺の仕事の一つだ。

 

『それがトマトなものか!! それはホオズキ、千歩譲ってもトマティーヨだ! 本当のトマトとは、こういうものを言うのだ!!』

 

 トマトの悪魔が生えている手の一つをこちらに差し出す。

 その中にあったのは────!!

 

「と、Tomato(トメィトゥ)!!」

 

『真のトマトとは、これだ!』

 

 確かにトマトだ。

 だが、悪魔の持つトマト、それを口に出来ようはずもない!

 邪悪なものでない保証はない! 悪魔の作物!

 

『おっと安心したまえ、このトマトはこの身から生み出したモノじゃない。むしろ逆! 遥か海の向こうで生まれたこの赤い神秘の実の、余りの美味さに感激したその地の神々が、全世界にその美味さを広めるために生み出したのが、この私!』

 

 な、なんだと────!!?

 

『そうしたらなんと、そんな紛い物で満足しようとしている哀れな男が居たのでな……。居ても立ってもいられず、真のトマトを伝道すべく、ここに推参!!』

 

「信じられぬ! ど、どうやってここまで来たというのだ! 大洋が横たわっていたであろうに!!」

 

『無論──── 泳いで参った!!』

 

 ──── ば、バカな……。

 

『まあ、貴様のそのトマトモドキも、良い出来栄えだ。それは認めよう。──── だが、真のトマトは、これ。これなのだよ……!』

 

「ふ、ふふふ。ふはははははは……!」

 

『あまりの嬉しさに気がふれたか。まあ無理もない』

 

 いや違う。

 

「なあ、トマトの悪魔よ……。それなら何故30年前に来てくれなかった?」

 

 いまごろこんなもん紛い物だといわれても手遅れだ!!

 

「いいか、これは、この世界でいちばんいいトマトだ! いちばんすぐれたトマトなんだ!! おれには、これしかないんだ! だから、これがいちばんいいんだ!!」

 

 去れ、悪魔よ!!

 

「ただしそのトマトは置いていけ……!」

 

『いや結局こっちも食べるのか』

 

「トマトに罪はない!」

 

『それはそう』

 

 俺は聖印をかざし、周囲に投射型の奇跡(トマトのビジョン)を浮かべていく。

 

 

 

 

 そしてトマトの悪魔に向かって俺が奇跡を射出しようとしたその時!

 

 

 

 ドカン! と何か隕石でも降ってきたみたいな衝撃が走った。

 

 思わず顔を覆い、そちらを見ると……。

 

 

『ふはは、そのようなトマトで満足しているとはな……。片腹痛いわ!!』

 

 ドラゴンが居た。

 この世界における最強種の一角。

 言語を解する、真なる龍だ。

 

 な、なぜこんなところに、龍が……!?

 

『これを見よ! 我が手塩にかけて育てた、究極のトマト──── 宝石トマトを!!』

 

 龍の差し出した爪の先には、まさにルビーと見紛うばかりの輝きを宿したトマトが!

 

『赤き実は鳥も竜も好むもの。海を越えた大陸から来た怪鳥を裂いてやったときに、その腹の中から零れた種を、魔力のふんだんな我が居所にて育てた結果実った、この究極の実を見よ……』

 

 確かに美しい。

 圧倒されるほどだ。

 俺もトマトの悪魔も、思わず動きを止めるほどの輝きだ。

 

 龍がうっとりと宝石トマトとやらを見て自慢するのも分からなくはない。

 魔力というか、神威のようなものもうっすらと見える。

 

 しかし訊かねばなるまい。

 

「だが、それは旨いのか?」

 

 重要なのはそこだ。

 トマトの悪魔も俺の指摘に頷いて賛意を示した。

 

『は? これだからモノの価値のわからん者どもは……。これは観賞用だぞ。食うなど以ての外よ』

 

「は?」 『は?』

 

『あぁ?』

 

 こ、この龍!

 ただ単に見た目の良いトマトを見せびらかしたいがためだけに降臨したというのか!?

 

「どうやら貴様らとは相容れないようだな……」

 

『それはこちらのセリフだ、異郷の栽培師よ。そして頑迷固陋なる龍よ。早くこの真のトマトを認めて楽になるがいい』

 

『無知蒙昧なる人間に邪霊よ、この宝石トマトの美しさが分からぬとは罪なことよのう。──── であれば啓蒙してやろう、ありがたく思え?』

 

 おお、神よ!

 豊穣神よ! デーメーテールよ!*2

 

 我が30余年の研鑽に応え給え!!

 

 ──── もう二度と、鍬を握れなくなっても良い。だから、ありったけを……。

 

 それほどの覚悟を以て、邪霊と龍に対抗するために、俺は神の力をこの身に降ろした!

 

 


 

 

「……という話があったとさ。その戦いの結果、それぞれの作物の要素が混ざり合って、今の赤茄子(トマト)に落ち着いたんだそうだ。戦闘は場所を移しながら広範な地域に跨ったということだから、その分布も広くなったというわけだね」

 

 私ことマックス・フォン・ミュンヒハウゼン魔導副伯は、娘にして戸籍上の妹である極光の半妖精(アウロラ・アールヴ)のターニャとともに、街のピッツァ屋さんでマルゲリータを注文していた。

 やはり帝都は首都だけあって、小綺麗な料理店も多くて助かる。

 

「登場人物にバカしか居ませんの?」

 

「まあまあ、良いじゃないか。そのお陰でこうして美味いピッツァが食べられるのだから」

 

 先輩転生者の執念に感謝だね!

 

 それに何より、美味しいものが目の前にある、それが一番大事だろうさ。

 

「さあ、食べようか」

 

 冷めないうちに、私とターニャは、ピッツァ・マルゲリータに齧り付いた。

 

「「 おいしぃい~~~!! 」」

 

*1
◆東との交易:第一次東方征伐戦争による東方交易路の打貫。

*2
◆デーメーテール:ギリシア神話の大地と豊穣の神。転生者がつい前世のノリで口走っただけで、ライン三重帝国における豊穣神の別名とかではない。




 
というわけで、大航海時代前の(=ジャガイモがまだ渡ってきていない)ライン三重帝国にトマトがあるのは何故だろう、という疑問へのセルフアンサー短編でした。まあ、下記のどれかは当てはまるんじゃないでしょうか。(他にも仮説はたくさん考えられそうです)

① トマトの悪魔が布教のためにバタフライ泳法で大西洋(に相当する大洋)を渡ってきた。
② 赤い実は鳥に訴求するので、トマトを食べる怪鳥(※食べたトマトが消化管に留まっている程度の時間で大西洋を越えられる極超音速の化け物)が両大陸に跨ってナワバリを持って生息していた。(ジャガイモは地中にあるため鳥は食さず、広まっていない)。
③ 美食の長命種が〈空間遷移〉などで世界中の美味な作物を集めていた空中庭園が古代にはあり、その名残。
④ トマトと言っているが、実はかつて居たトマト狂いの転生者が執念でホオズキを魔改造したもの(※トマティーヨ)。
⑤ そもそもトマトの原産地がヨーロッパ地域な世界だった。
※追記
⑥ ヴァイキングは北の方から新大陸に到達済みでそちら経由で交易した。

 
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