フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
◆前話
屍戯卿の末の弟子であるゾフィ氏をイジめたかっただけの話。
(なお魔導院の治安はホグワーツ並とする)
その後、
「そういえば随分と甘い対応でしたわね、おかあさま」
面倒ごとを押し付けた埋め合わせの第一弾として、ピッツァ屋さんでのデートを楽しんでから帰ってきて。
魔導院地下の個人工房、研究員に割り当てられたスペースにて。
「不法侵入者に対して、特に何をするでもなく叩き出すだけで済ませるなんて。……いくら相手がトンネル事業の同僚であったとしてもいささか……」
「──── 甘い、か。まあそうは言うが、今回の件は既に
余計なことはしないに限る。
「やり過ぎて一線を越えると、大ボスの顔を潰すだけじゃなく、屍戯卿とその一派を決定的に敵に回すしね。それは面倒だし、こちらは若輩だから派閥の人間関係を把握しきれてない。何処までが敵に回るのかも分からないのが怖い。人の繋がりってのは侮れないものだよ」
屍戯卿の同期の教授とかそういうところまで敵に回るのは旨くない。
ただでさえ今回の一件は、落日派内部では屍戯卿の方に同情的な見方が多いくらいなんだから。
“禁術の濫用くらい皆やってるけどね”、“まあ露見したのは運が悪かっただけさ” という具合だ。
……実際のところ私も海水鉱山の隠し鉱山だとか、
人のことをとやかく言えるほどに身綺麗ではない。
他山の石。人の振り見て我が振り直せ。リスクアセスメント、リスクマネジメント、危険予知ヨシ!!
「既に屍戯卿の一派は敵に回してしまっているのでは? 私のところに襲撃がありましたが」
「ハハ、言っちゃあなんだが、聴講生同士の “
聴講生はまだ
つまりは、子供の喧嘩の扱いというわけだね。
ましてや同じ学閥の中の話であればなおさら。
実際、ターニャが伊達にして帰したという、屍戯卿の方の聴講生たちのことも、殊更問題にはなっていない。
落日派の端くれであれば肉体の多少の損傷くらいすぐに治せる/直せるということもあるが、拉致監禁未遂を撃退するに当たっての正当な暴力行使の範疇に収まっていたからだ。
他閥との関わりが出てきたら、流石に御上品にしなきゃならないが。
“余裕をもって優雅たれ” と、まあ、貴族文化にかぶれてきた魔導師たちは外向きには取り繕う必要があるのだ。
その偽装の下でどのような暗闘をしていても、決して悟らせないように、とね。
そうしないと他閥の魔導師から煽られ倒して憤死する羽目になる。
「屍戯卿からの詫び言もあったというなら、それで手打ちで良いだろうさ」
「おかあさまが宜しいのでしたら……」
「骨を折ったのはターニャだからその埋め合わせはするとも」
ダンスでもデートでも追加はどんとこいだ。
「ただ、今現在において、屍戯卿の一派は私たちと同じベヒトルスハイム閥の同胞であり、敵ではない」
そこを履き違えてはいけない。
そして、彼らが閥から
帝国政府における重用度と、学閥内での地位序列はまた別だ(考慮されないわけではないが)から、新参者な私は分は
「全ては、我らが大ボス、ベヒトルスハイム卿の御判断のままに──── だ」
私もベヒトルスハイム卿に直接の御目通りをしたことはそれほど多いわけではない。
だが風聞によれば、ベヒトルスハイム卿は、落日派ベヒトルスハイム閥の他の全ての教授を敵に回してもなお、勝利できる……のだという。*2
その風聞が事実であるかどうかは分からないが、少なくとも私は、ベヒトルスハイム卿に盾突くような “偉業” に挑戦するほど自惚れてはいないつもりだ。
せめてベヒトルスハイム卿の偉大さを測れるくらいには己の力量を高める必要がある。
今時点では、どれほどの差が彼我の間にあるのかすらも測ることが出来なかった……つまりそれほどに大きな差が横たわっているのだ。
釈迦の掌で遊ぶ孫悟空にはなりたくないものだね。
さて。
貴族区画に出している高機能繊維と新機軸染料のお店に顔を出したり、お義理程度に幾つかの夜会に顔を出したり、政府相手にトンネル関係の利権や新組織の調整に奔走すること暫し。
ああ、そうだ、婚姻関係の手続きもあったね。
婚姻申請が無事に受理され発効すれば、私の名前は、『マックス・フォン・ハシシ=ミュンヒハウゼン』に改められるはずだ。
ハシシというのは、当然、ルゥルアさんとマリヤム女史の部族名である『ハッシャーシュ』のこちらでの読み方から取っている。
だから帝国貴族としては、ミュンヒハウゼン男爵家の分家として、ハシシ=ミュンヒハウゼン家を立てることになる。
権勢としては本家を凌駕する傍流となってしまうので、本家からは “ミュンヒハウゼン” の名は下ろしても良いのでは? と言われたけれど、これで結構愛着が湧いてしまったので、無理を言ってそのまま使わせてもらうことにした。
私が持つ魔導副伯の爵位は法服的な地位であり世襲爵位ではないため、当面はハシシ=ミュンヒハウゼン家としては世襲爵位は持たないことになる。
しかしながら、もし次代の魔導副伯の適格者を輩出できたのであれば、その時には継承も許されるはずだ。代官が事実上の世襲職となっているのと同じで。
あるいはトンネル方伯としての世襲爵位が与えられる方が早いかもしれないが。
順調に行けば、そう遠くないうちに、私の夜会での入来の際の呼び名は、『
うん、長いね!
とても長いね!
ついでに紋章官からは、名前もこれを機に “マックス” から “マクシミリアン” に変えてはどうかとか、洗礼名のような形で名前を増やしてみては、とか言われたけれど、流石に勘弁だね。
もしこの身に宿る三つの魂の破片の来歴でも思い出せれば、その名前を付けることも
ああ紋章官と言えば、家を立てるから紋章も新しく作らないといけないんだった……。
紋章を入れた
流石に専門職過ぎて、紋章関係はどうにもならないね。
ただ、私は新機軸染料の卸をやってるから、新しい色味で染めればそれで御家の特徴は出せるし、意外とデザインは楽な部類になるかもしれない。
そうやって春までに帝都でやるべき諸々をこなす間に、動死体兵器案件についてベヒトルスハイム卿からの沙汰も下された。
結局、落日派としては内々に出来る限りの始末をつけた上で、ベヒトルスハイム卿自ら皇帝陛下に奏上する方針に決まったようだ。
魔導副伯 → 魔導宮中伯 → 皇帝陛下のラインで報告される前に、自ら情報を上げることで少しでも心証を良くし、また自浄作用が働いていることをアピールする狙いだ。
こうなると必然的に、アグリッピナ氏が帰参する前に皇帝陛下に報告を行うことになる。
アグリッピナ氏が帝都に戻っちゃってると、職責の関係で、魔導院からの陳情は魔導宮中伯をまず通せと言われるからね。
ベヒトルスハイム卿としては、余計なノイズを入れずに直接、今上皇帝である無血帝マルティンⅠ世陛下に報告したい意向。
嘘か誠か、ベヒトルスハイム卿はマルティン先生の先輩らしいよ。我らが大ボスはいつの時代から生きてらっしゃるのかね?
「それで何でおかあさまが屍戯卿の尻拭いの手伝いまでしなくてはなりませんの?」
「ベヒトルスハイム閥全体の方針だから。私以外も駆り出されているし、私だけすっぽかすわけにもいかないよ。ま、それに所属閥と
「全く、お人好しですわねえ」
否定はしない。
そもそも、“全ての棄てられるべきモノに再起の手助けを”、というのは、私の中の邪神信仰者の魂が掲げるテーゼでもあるからね。
もったいないおばけの信仰者として、気に入らない相手であっても、落ち目のモノであれば助力するのは許容範囲さ。
相手のことが気に入らないからと言って見捨てるのでは、信仰に対する誠の奉仕とは言えまいよ。
「それで次は何処に誰を送るのでしたか?」
「あー、東の方の何とか言う子爵家で、館の警備用に導入したやつがあるとか。立哨の代わりだというやつかな。とはいえ回収に送る人員はまだ帰ってきてないから、そっちの帰還待ちだね」
確か次の対象は、屋敷内に配置した立像の頭部に動死体の頭部を仕込んで、複数のそれら子機から送られる映像を親機で統括するとかいうやつ。
東方征伐戦争のせいでごそっと兵士が減ったせいで、邸内の監視に手が回らなくなったのを補うため、だったかな。
親機は重厚な椅子の中に詰められていて人間椅子状態だとかで、そこの上に座った人間に各子機からの映像を見せることが出来るとか。
その
知らぬが仏、というやつかね。
「……普通に同じ機能を持った魔導具として作れそうなものでしょうに、なぜわざわざ動死体兵器として作ったのでしょう」
「んー、まあ
眼や脳に相当する機能を一から作るより、死体であってもアリモノを活用した方が安上がりだ。
もともとヒトがやっていた仕事なんだから、死体を動かして代替させられない道理は無し、だ。
で、結局、私の他、ベヒトルスハイム閥の魔導師が何に動員されているかと言うと……。
「まだまだ
「はぁい、おかあさま……」
「気が乗らないのは分かるが、虚空の箱庭で研究していた電子機器とのハイブリッド魔導具を広く実地試験できるいい機会だと考えようじゃないか」
──── お察しのとおり、東方征伐戦争の後に、様々な目的で屍戯卿から方々の貴族に納品された『
一番働いているのはもちろん屍戯卿とその弟子の一門だけれど、ベヒトルスハイム閥の他の教授やその弟子たちも動員されている。
特に私は、〈空間遷移〉を息切れせずに使えるということで、人員の送り出しや回収に携わるとともに、納品された動死体の相当品を、電子機器と魔導具のハイブリッドで用意して提供している。
かーなーり、重要なポジションだね。
私の〈空間遷移〉が使えなければ、ヒトの動きで流石に他閥に動きを察知されていただろう。
今回は私だけでは魔導封鎖まで手が回るか自信がなかったので、転移時の魔導反応を誤魔化すのは
あと代替品と入れ替えると言っても、これだけの短期間で代わりを用意できたのは、まあ、電磁気学を研究して西暦世界の技術を虚空の箱庭で再現しようとしていた私とターニャくらいだっただろうし。
ベヒトルスハイム卿も私の働きを大いに評価してくれているし、副産物として電子魔導具の実地試験も進むことになるから、それほど悪くない。
魔導副伯の立場としては不正の隠蔽に協力するのはマズイが、まあ、私は転移先に何があるかとか、納めた電子魔導具の使用目的は聞いていないことになっているから、なんとか言い訳は利くだろう。現場にも跳んでないしね。
ああ、そうだ。屍戯卿が納品したという動死体兵器群は、回収したあとは処分がてら私がいただけることになっている。
もちろん私の転移サービスや、代替品の緊急生産と提供だってタダじゃないのでね。
そのくらいの役得はないとね。もちろん現物支給で足りない分は、屍戯卿の個人資産で補填してもらう手筈だ。
屍戯卿の個人資産はかなり目減りしたようだね。
研究費の帝国政府への返上分も考えると、素寒貧になるんじゃなかろうか、あのひと。
さて、現物支給で貰った冒涜的で芸術的な
例に出した夜警監視用もあれば、対軍戦闘用もあるし、観賞用なのか護衛用なのか侍女タイプもある。
「流石は教授クラスの作品……。とっても勉強になるねえ」
「まあ、そればかりは認めざるを得ませんわ」
その屍戯卿の一門だが、今回の失態を受けて、ほぼ解体に近い扱いになった。残当。
抱えていた秘匿技術はその多くが搾り上げられ、悪用厳禁と付されたうえで、落日派ベヒトルスハイム閥内で広く共有されることになったし。
シュマイツァー卿の弟子たちは閥内の主だった他の教授の下へ、それら流出技術の扱いにかかる助言のための出向という
それを拒んだ者たちは、屍霊術を市井で使えないよう魔導誓約をかけた上で除名・放逐となった。
実質的には彼らをこの動死体兵器案件の首謀者として扱うことになるだろうから、皇帝陛下に報告した後の帝国政府の判断によっては、彼らは賞金を懸けられて指名手配されることになるだろう。
放逐された彼らはそれをすらも受け入れて、“非才の身ではあるが、自分たちが汚名を被ることで師の助けになるのであれば” と、殉教者のような奇妙な晴れやかさで魔導院を後にした。
……まあ、そのまま死なすにはもったいないので、彼らの
あるいは彼らの遺骸を屍戯卿に届ければ、それを使った作品を見せてくれるかもしれないから、そっちの方が良いだろうか……。
いずれにせよ、魔導副伯の職責としても、放逐された彼らの継続的な監視は行うつもりだ。
「あとはまあ、屍戯卿が暫くは大人しくしててくれれば良いんだけど……」
屍戯卿が……己の理想の実現のために信仰に身を捧げる者が、こうも動きづらくなった魔導院に残ることに執着するだろうか?
……見限りはしないだろうか。
あるいは、罪を被って市井に下り、やがては追手を掛けられて悲惨な末路を迎えるかもしれないかつての弟子たちを、そのまま放っておけるだろうか?
そのように割り切れるだろうか?
今上皇帝の任期が終わり、次の皇帝が就任するときにでも恩赦が出れば、また潮目も変わるかもしれない。
だが、それまで屍戯卿は待てるだろうか。
それが少し気がかりではあった。
というわけで動死体案件の仕置きはひと段落です。
中東地域の諸国への工作、『動死体なんて嘘さ、見間違えなのさ』作戦はこれからですが、マックスくんたちが大きく関わることではないのでまあ “ひと段落” と言ってしまって良いでしょう。
原作WEB版に比べると、帝国貴族の粛清規模や、屍戯卿一門のダメージが軽微になっています。
とはいえ火種は燻った状態であり、まだまだ予断を許さない状況のようですね。
落日派全体に屍戯卿の技術が行きわたってしまったという意味では、帝国政府から落日派そのものへの警戒感は上昇したかもしれません。
マックスくんは農作物の品種改良や、海水鉱山の献上や、大陸横断トンネルの造成など、色々と政府にも貢献していますが、逆に言えばそんなマックスくんも派閥の論理に従って動いてしまった実績ができてしまったので、それによって『いざというときにはマックス何某も派閥側に着くのではないか?』という懸念を政府側には抱かせてしまったかもしれませんね。