フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

109 / 160
 
◆前話
魔導師連中は腹黒い。そして人外化というか茸人間(マタンゴ)化が進行するマックスくん。落日派的には使徒取り込みによる上位存在化のアプローチは、神の奇跡寄りの方法なので、採点は(カラ)い。信仰心がないと施術に耐えられないのは魔導師的にはNGなのだ。
魔導戦闘機はマックスくんの子実体クローンが主機兼制御装置として乗り込む形だそうだ(五体無事とは言ってない)。
そんな一方で、共同作戦後なのでと少し心を許したナケイシャ嬢にその心の隙を突かれて白昼堂々誘拐されかける金髪従僕なエーリヒくんがいたらしい。

 


27/n 穏やかなる日々-1(真珠の花嫁 伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)のルゥルア・ハッシャーシュの場合)

 

 丘を模した数階層の巨大な石造りの神殿聖塔─── “ジグラット” と、この砂塵の地で呼ばれる祭祀場の、執務室にて。*1

 真珠甲殻の大蠍を背負ったような銀髪の美女であるルゥルア・ハッシャーシュは、この地を取りまとめる氏族の首長として、また、宗教的指導者としての執務をこなしていた。

 

 絨毯が壁に打ち付けられた部屋では、他にも複数人の伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の神官たちが、陳情の整理や各種案件の進捗の取りまとめと、必要な指示を行っていた。

 秘書官がひっきりなしに外からやって来る伝令の者へと指示書を渡し、また神官たち付きの祐筆が、神官たちの口頭指示を書面に起こしたり複写したりしていく。

 

 そんな中で、ルゥルアと同じ伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の神官の一人が口を開いた。

 伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の地に残っていた者たちの中でも、ルゥルアとは歳が近い数少ない者の一人だ。他はもっと歳が下で、幼年学校的な制度の中で研鑽中となっている。

 そんな幼馴染にして昔から補佐役として育てられた神官が、この地の言葉(ペルシャ語的な言葉)で、ルゥルア首長に話しかけた。

 

「……ルゥルア様」

 

「ん。何でしょう」

 

「ここには、()()は導入できないのでしょうか」

 

「ああ……、アレですか……」

 

 あまりに忙し過ぎて眩暈すらしそうな中で、補佐役の神官が話題に出した “()()”。

 気になる話題なのか、執務室に詰めていた他の神官たちも手を緩めて聞き耳を立てている。

 

「アレが導入できれば、書類作りも、伝令も、複写も、格段に効率的になります」

 

「私も導入したいのはやまやまです。効率化すればいま居る人員を他のところに回せるようになりますし」

 

「ルゥルア様、では……!」

 

「それはそれとして、アレは魔導の産物ですから……」

 

 ここは神殿。

 蠍の神を祀る場所。

 神の理を侵す魔導は、基本的に御法度だ。

 

 外郭の居住区域その他で使うならまだしも、複合神殿(ジグラット)の中でも神殿機能のど真ん中で使うのは、多方面に差し障る。

 

「しかし手書きの書類に、人の手による伝令は、非効率の極みです!!」

 

 まるでそれより効率の良いやり方を知っているかのように補佐役の神官が言う。

 

「ええ、ですので、蠍の神様には、いまお伺いを立てているところです」

 

 帝国の神群に “螫蠍神(せきかつしん)” として組み込まれた蠍の神であるが、そのお陰か、かなり融通が利く面も生まれてきている。帝国の神群は、ライン河の恵みがもたらす穀物生産量による余裕のお陰か、全体的におおらかで人間的な側面が強い。沙漠の地の神の多くが苛烈な性質を持つのに比べれば、それはなお顕著だ。

 天上におわすかの神(螫蠍神/蠍の神)の内心や、まつろう神群を乗り換えることに伴う存在の変質による辛苦は、一信徒の身としては完全に推し量ることはできないものの、今のところは堕神や神格分裂などの致命的な事態には至っていないようだ。

 今後もかの神にこれまでと変わらず仕えること、そして帝国の地よりもこの地において本流たる信仰が盛んになるように広げることこそが、いまの信徒に出来る唯一のことであろう。

 

 神の威光と魔導との関係は基本的には相容れず、非常に微妙なところがあるが、例外は無いわけではない。

 熟達した神官と魔導師が、お互いの術式を絡み合わせて厄介な遺物を封印したという逸話には、何処の地域でも事欠かないし。

 蠍の神が属するようになった帝国の神群においても、人々の発展や信徒の負担軽減のためにと、特別に魔導の産物が許された例はある。

 例えばそれは空を征く魔導航空艦であったり、遠くに瞬時に伝令を届ける魔導伝文機であったりだ。

 

 それを踏まえれば、この政務を効率化する “()()” とやらも、神殿政庁(ジグラット)に持ち込む目は十分にある。

 

「おお……それでは、ついにここにも導入されるのですね、アレが!」

 

「ええ。きっとそうなるはずです。我が夫、マックスさんも、最大限の便宜は図っていただけると約束してくださいましたから」

 

「ついにアレが……個人用高度演算機──── 通称 “ぱそこん” が!!」*2

 

 補佐役のギルタブルルの神官が、ヒト腕とハサミ腕を万歳して喜びを露わにした。

 そしてその喜びが執務室中に伝播していく。

 

「ついに “ぱそこん” が!」

ライン帝国系(婿様系列)の商会や大使館に入ってるの見るたびに、欲しいと思ってたんです!」

「数字を計算して、書類を書いて、刷って、写して、魔導で伝文を飛ばして……とっても便利になるはず!」

「……実際これが導入されないようなら、ちょっと信仰心が怪しくなるまでありましたからね……」

「あー。わかる。わかります。ホントはそんなこと思っちゃいけませんけど、でもわかります」

 

 ちょっと神殿のど真ん中でするには不穏当な発言もあったが、どうやら御目溢しされた模様。天罰はなかった。

 

 ルゥルア・ハッシャーシュは神官たちの浮かれっぷりに「まだ確定じゃないんだけどなー」と苦笑しつつ、内心で同意した。

 

 だって便利なんだもん。蠍の神には申し訳ないが。

 

 

 

§

 

 

 

「や、ルゥルアさん」

 

「マックスさん! そちらもお仕事は終わりですか?」

 

 神殿政庁(ジグラット)中枢での政務をこなし、居住区域のプライベートスペースに帰還したルゥルア・ハッシャーシュは、夫である帝国人マックス・フォン・ハシシ=ミュンヒハウゼンと合流した。

 彼の職場である帝国の大使館もこの複合神殿(ジグラット)の内部にあり、お互いに離れて執務しているのだ。

 

 ルゥルアは、いつものように自らの蠍の尾を、夫たるマックスの腰に巻き付け、物理的にまとわりつきつつ、プライベートスペースの食堂へと足を運ぶ。

 

 今日の食事は、丹念に下処理された山羊の肉を使ったシチュー(煮込み)がメインだ。

 他にも大皿に積まれた主食のナンやライスに、干し果物をアクセントに使ったサラダなどなども運ばれてくるだろう。

 

 席に着き、お互いに他愛ない話をしながら配膳を待つ。

 絨毯に置かれたクッションの上に座るスタイルだ。

 手掴みで食べるのが当地流。

 

 ……ちなみに、かつて一匹までに減った家畜の山羊(ココちゃん)は、生き残りであり、かつ、ルゥルアとマックスの出会いの場に立ち会った縁起のいい山羊として、神殿で大事に育てられているので安心してほしい。

 

「それでは食事にしようか」

 

「はい、貴方(あなた)との楽しいひと時のために」

 

 日々の糧に感謝をして、二人は食事を始める。

 

 特にルゥルアは、色々な料理に蜂蜜を追加でかけていく。

 この地の人々は総じて甘い味付けが好みなのだが……それにしても多くかけすぎではなかろうか。

 

「首長としてこの地で作られた蜂蜜を堪能するのは、責務ですから。ゴムタンポポの蜂蜜、美味しゅうございますわ」

 

「それは良かった。でもそれにしても胸焼けしそうなほどかけるよね」

 

「そうですか? 私はあなたがスパイスやハーブを沢山かけるほうが、見てるだけで舌が痺れそうになりますよ」

 

 出身地域の違いゆえか、はたまた種族特性か性差か、多少の味覚の違いはありつつも、それはトッピングでどうとでも調整できる程度。

 致命的なほどに好みの味が食い違っているほどではない。

 

「それにほら、お腹の子供()()の分も、たくさん栄養を摂らないといけませんから」

 

 幸せそうにルゥルアは自らのお腹を撫でる。

 そこは少しだけ膨らみが目立ち始めていた。

 新たな命が宿っているのだ。

 

 伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)は多産の胎生で、栄養状態が良ければ、一度の出産で十つ子まで産むことができるのだという。

 過酷な沙漠の環境で部族の数を保つために、食物が多いときには多くの子を産むようにできているのだとか。

 これから先、この地が発展するにしたがって、伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)はきっと爆発的に数を増やすことだろう。

 

「………ほどほどにしないと糖尿病(ぜいたくびょう)になるよ?」

 

「身体のことには一等詳しいお医者様(あなた)がついているのに?」

 

 妊娠糖尿病を心配する夫マックスに、くすくすと笑いながら返す妻ルゥルア。

 マックスは肩を竦めた。

 

「健康に保つ意思がなければ、医者は無力だよ」

 

「あら、そうしたら私も気をつけませんとね」

 

「まあ頼むよ。蜂蜜をかけるのは、今日はその辺にしておくといい」

 

 そうですね、デザート抜きは嫌ですもの。とルゥルアが言って、蜂蜜の入ったボトルを置いた。

 ちなみにそのボトルは、大陸横断トンネルの向こうの黒き海にある、石油化学プラントで製造された人工樹脂製の柔らかなボトルに、細いノズルが付いたものだ。

 握りつぶせるせいで勢いよく掛け過ぎるのが困りものだ、とはルゥルアの弁だ。

 

 

「そういえば、あなた。トンネルの駅周辺で、病人が多いとかいうのは?」

 

「ああ。どうもトンネルの向こうとこっちで流行り病や風土病が異なるせいらしいね」

 

 遠く離れた地を繋ぐことによる弊害。

 免疫を持たない未知の病原菌による病の流行*3や、異国の雑草・害虫による生態系の破壊。

 港になぜ検疫所があるのか、という話だ。

 

 まあ私には病は関係ないけれど、と、肉体改造が得意な落日派魔導師マックスは言う。

 しかし多くの人間は、冬虫夏草の使徒の菌糸に侵されても逆に調伏してしまうような彼ほど頑丈ではない。

 

「検疫の強化は行うけれど、とりあえず、この地の人々の免疫能力の強化も並行して、だね」

 

「……神の勘気に触れるようなやり方でなければ良いのですが」

 

「製造や保管に魔導は使ってるけれど、最終産品には魔導反応は残らないようにしてるから安心安全。一錠飲めば、多くの病に耐性を得られる経口ワクチンだ」

 

 なんとこの落日派魔導士は、注射ではなく、消化管からの摂取で免疫を得られるという経口ワクチンを開発し、量産しているのだという。

 しかも最終的なその錠剤では、魔導の作用は残っておらず、ただひたすらに高度に完成した組成で生体に働きかける薬品になっているのだとか。

 

「であれば、神官たちも安心して使えますね……」

 

「これも今は私の亜空間にある拠点でしか作れないが、やがてはこのハッシャーシュの地で作れるようになりたいね」

 

「遠い未来の話にしか思えません」

 

「人が集まって、研究開発を奨励していけば、まあ直ぐさ」

 

 帝国魔導院の分院の招致についても、調整が進んでいる。

 場所は帝国貴族たるマックスが租借している塩の荒野のど真ん中。魔導炉の臨界実験を行っていたあたり一帯だ。

 あの辺りを魔導炉製造や、その他魔導研究の中心地とし、知の集積地にするつもりなのだとか。

 

 帝国の租借地だから、このハッシャーシュの首長国とも言うべき領域への影響は限定的になると思われるが……。

 しかし、影響が全くないということはあり得ないだろう。

 そもそもからして、帝国貴族の隧道方伯にして魔導副伯たるマックス何某は、この地の首長であるルゥルアの入り婿でもあるのだから。

 

「……あなたの言う “直ぐ” は、魔導による無理押しでそうなるのか、はたまた、寿命を超越した大魔法使いの感覚としてそう言っているのか、分かりません……」

 

「急すぎる変化にならないようにはするさ」

 

「本当に頼みますね?? あまりにあんまりだと、行政や経済を司る私たち神官団が、忙しさに殺されてしまいますよ??」

 

 マックスはにっこりと笑った。*4

 その笑みに、ルゥルアは寒気を覚えた。

 

 

 

§

 

 

 

 夫婦二人で浴室で汗を流し、姉たる雙尾蠍(そうびかつ)のマリヤムが護衛として付き従いつつ時折夫に秋波を送るのを遮ったりもしつつ、夜も更けたのでとルゥルアとマックスは寝床にやってきた。

 

 抱きしめ合って、天蓋付きの大きな寝台に横になる。

 

「すぅー、はぁー♡ マックスさん、日に日にいい匂いになっていません……?」

 

「そうかなぁ」

 

「そうですよぉー」

 

 実際のところ、“冬虫夏草の使徒” との癒合が進んでいるマックスは、まあ、全身がトリュフのようなものなので、重度のフェロモン体質になっていると言って過言ではない。

 菌類は化学物質によって “おしゃべり” するのだから。

 音楽が和音や旋律で人の心を虜にするように、茸はいくつもの化学物質を組み合わせ、掛け合わせ、匂いによる和音と旋律を奏でるのだ。

 

「でもルゥルアさんもいい匂いですよ」

 

「そうですかぁ……?」

 

 そしてルゥルアの方も、お腹に宿る十つ子の胎児たちに影響されて、かぐわしい芳香を纏うようになってきている。

 胎児たちは、マックスの手によって若干の遺伝子工学的な調整が施されているが、それだけでなく、彼の共生菌である “冬虫夏草の使徒” の菌糸も潜在状態で細胞内に引き継いでいる。

 将来的に顕在化するかどうかは未知数だが、その影響で、胎児の段階から心地よい芳香を放っているのだ。

 

 それが胎盤や羊水を通じて母体であるルゥルアにまで影響している、ということのようだった。

 

「あなたに会えて、本当に良かった」

 

「こちらこそ」

 

 啄むような口付け。甲殻の隙間の柔らかな関節へフェザータッチ。お返しに腹の歩脚で擽るように引っ掻く。

 二人は睦み合いながら、まどろみの世界へ落ちていく。

 

*1
◆ジグラット:大きさは色々あるが、最も巨大なものは、バベルの塔で有名な絵画をイメージしていただければ良いと思う。

*2
◆個人用高度演算機『ぱそこん』:実態としては西暦世界のパソコンと複合機がセットになったような感じのデバイス。一人当たりの処理能力は上がるが、その分だけ仕事の密度が上がり、高速化するため、総体としては決して楽になるわけではないことを、神官たちはまだ知らない。魔法チート転生者マックスくんと極光の半妖精ターニャが中心となって共同開発したもの。純粋電子機械式のものもあるが、そのままでは故障の妖精グレムリンの餌食になるため基底現実では使えない。なおグレムリン除けを施すと必然的に魔導具化するので、基本的には神殿では使えないというジレンマがあった。命名はマックスくんがポロっと溢した発音をターニャが拾ってそのまま流用したもの。追記:妖精の作用はあるがままの自然的なものなので、神様的にも防ぎづらいのだと思われます。魔導師がハッカーなら、妖精はそこにある世界というシステムの仕様(あるいはバグ)そのもの、みたいにイメージしています。

*3
◆往来の活発化による病の流行:古くは黒死病たるペストの欧州での流行に、新大陸での天然痘や梅毒の蔓延。最近では新型コロナウィルスも。商業の発展とともに、ヒトや荷物の行き来の影で、招かれざる小さなものたちもまた、入ってくるのだ。

*4
◆神官団過労死ルート?:マックスくん曰く「だから、政庁に “ぱそこん” を導入してあげる必要が、あったんですね」との由。事務効率が上がったら、その分仕事が増えるってわけよ。働けど働けど楽にならざり。




 
子実体による同期分身のお陰でマックスくんは眠りを楽しむだけの余裕が生まれたようです。嫁さんの方としても過ごせる時間が増えて好評らしい。
ある個体が眠っていても、他の個体は別の場所で別のことをしているわけですが。
帝都で隧道方伯として隧道公団の立ち上げ(立ち上げたばっかりなので、総裁マックスくんの他には、アヌーク同期聴講生、ミカくんちゃん、屍戯卿の末弟子ゾフィとかの初期メンバーが幹部に居るのと、続々と各派閥から次男坊や三男坊や退役軍人とかが着任しつつあるくらい。あとその他大勢の人造人間(ホムンクルス)入替沼人(スワンプマン))とか、各地での社交とか、魔導院での研究とか、虚空の箱庭での研究とか、貴族街での合成染料や人工繊維の商いとか、各地の海洋鉱山のメンテナンスとか、黒海の氷床メガフロートの開発とか、各地のスラムでの “もったいないおばけ教” の布教伝道だとか、その他諸々を同時並行的にこなしています。
なお分身同士が会うことは特に問題はない模様。とはいえ、あまり一地域に過密に配置されないようには配慮されているので、鉢合わせることは少ないが。
周囲の人々は分身して遍在するマックスくんのことを「まあ落日派だしな」と思って諦念とともに受け入れているようだ。

 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。