フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

110 / 160
 
◆前話
アルビノ巫女な伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)のルゥルアさんとマックスくんは仲良し夫婦。
 


27/n 穏やかなる日々-2(黒曜の守姫 雙尾蠍(そうびかつ)のマリヤム・ハッシャーシュの場合)

 

 暗闇。

 

 赤く燃える列車。

 内側から開くようにひしゃげた油貨車。

 黒煙。白煙。

 

 そして灼熱と酸欠。

 

 隧道(トンネル)内部は地獄のような様相であった。

 ヒトが生き残ることのできる環境ではない。

 もしこの現場に巻き込まれた者が居たら、全員助かってはいないだろう。

 

 

 そこかしこで燃え爆ぜる列車や貨物の残骸によって隧道(トンネル)全体が不気味な軋みを上げる。

 周囲から吸い込まれる空気によって炎は燃え続けている。

 もはやここは隧道ではなく、巨大な焼却炉と化していた。

 

 

 しかし、そこに佇む二つの人影があった。

 

「うーむ、ひとたび事故が起こると大惨事だよね、やっぱり」

 

「消火にも時間がかかりそうだ。というか、中のものが燃え尽きるまで待たないと突入もなにもできないだろうな」

 

 後者の発言をしたのはマリヤム・ハッシャーシュ。

 ハッシャーシュの部族の戦士長にして、再誕者(リターナー)。“黒曜の刺客” などと呼ばれることもある女で。

 いまは、“もったいないおばけ” なる神の下で、自身に纏わりついた死の穢れを清めるべく、功徳を積む身だ。

 

 マリヤムはかつて外法の魔法使いの手により動死体に貶められていたが、先祖伝来の魔剣 “斬り拓くもの(チャプラハンディ)” と “運否均衡の指輪” の作用により奇跡的に意識を留めていた。

 しかしながら帰巣本能と破壊衝動がないまぜになって、動死体の軍勢を率いて故郷を破壊。そのせいで大きな穢れを負った。

 その後、妹にして神官であり首長でもあったルゥルアと、その婚約者であるライン三重帝国貴族のマックスの手によって凶行を止められ、そして “もったいないおばけ” の遣わした奇跡によって生まれ変わったのだ。

 

 今の彼女の身は、ただの伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)ではない。

 背部を覆う黒曜の蠍甲殻に二又の蠍尾、蜉蝣の如き薄羽を持った伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)亜種──── 雙尾蠍(そうびかつ)のマリヤムとなったのだ。

 

 

「マリヤム義姉(ねえ)さんの言う通り、何とかするにはこの設備じゃあ足りないね。リスクを回避するためにも、少なくとも可燃物や爆発物を運ぶのは、通常の貨物や旅客の往来とは別のトンネルを作るべきか」

 

 マリヤムと同じくこの燃えるトンネルに佇むもう一人の人影は、彼女の妹の夫……つまり義弟であるマックスだ。

 ライン三重帝国の隧道方伯(トンネル=ラントグラーフ)にして魔導副伯(マギア=フィーツェグラーフ

)。帝国魔導院の落日派魔導師。敬虔なる “終焉と再始の神(もったいないおばけ)” の筆頭信徒。マックス・フォン・ハシシ=ミュンヒハウゼンとは彼のことだ。

 

 

 二人がこの焼却炉と化した燃え盛るトンネルで無事なのは、マックスの卓越した魔導の力によるものだ。

 熱を遮断し、新鮮な空気を確保する結界を纏うことにより、この焦熱地獄のようなトンネル内でも暢気に会話できているというわけだった。

 

 ちなみにこのトンネルは、実際に使用されているものではない。

 事故再現実験のためにわざわざ新設したものだ。

 そのため犠牲者は実際には出ていないので安心してほしい。これは実際の事故ではなく、演習である。

 

「予防やリスク低減はそれで良いとして、仮に火が出てしまった場合の対応はどうするんだ、義弟殿」

 

 マリヤムがマックスに問いかける。

 

「そうだなあ……退路の確保のために避難壕を一定間隔で作ったり………他には火災を感知して発動する、熱を奪う術式を込めた魔導具を設置する、とか。爆発物の運搬の際には、鈍性化フィールドを発生させる魔導具を貨車に取り付けるとか。その辺かな。まあ、ある程度はもうやってるけどさ」

 

 確かにマックスの言うような対処は必要だろう。

 いま燃えるこのトンネルは事故再現実験用だったからよかったが、もし同様の事故が起こっていたら、大惨事となっていたところだ。

 

 まあ、既にこのような火災事故を見越して、大陸横断トンネルや、トンネル内を行き来する魔導車両列(トレーラー)には、ある程度は必要な対策装置が設けられている。

 マックスは類稀な先見性*1を持っているから、あらかじめ手配していたのだ。

 まったくもって底の知れない頭脳である。マリヤムはそのように感想を持ち、二つの蠍尾をぞくりと震わせた。

 

 

 そんなマックスが今回、自分には必要ないのにわざわざ事故再現実験用のトンネルを作ってまでデモンストレーションしてみせたのは、このトンネルを利用する者たちにトンネル火災の恐怖を見せつけるためというのがおおよそ半分の理由を占めるだろう。

 

 司令本部のような場所で首長たる真珠の巫女ルゥルアが対応しているはずだが、大陸横断トンネルを利用し帝国との交易に関与することを特にさし許された幾人かの大商人たちや、このトンネルの関連施設で働く予定の職員たちも、いまごろこの光景を中継映像として見せられて、冷や汗を流しているはずだ。

 もし大陸横断トンネルの利用ルールを守らなかった時にどうなるか、そういう、いわば教育用の資料なのだ、これは。

 

 ちなみにこの事故再現実験を行った理由の半分が利用者への教育であれば、もう半分は何かというと。

 実際の事故を限りなく再現した状況で、雙尾蠍のマリヤムを含むハッシャーシュの地の戦士団による救助救援活動について、そして後始末について、実地訓練を行うためでもある。

 

 マリヤムが率いるハッシャーシュの戦士団は、緊急時の対応をよろず請け負う組織でもある。

 領内の都市や街道の警邏巡察だけではなく、外敵との交戦や、魔物の駆除、ひいては災害救助までも任務の内だ。

 

 隧道方伯であるマックスはトンネル火災事故では何が起こるか、そして何をすべきかを概ね把握しているが……。

 実際にコトが起こったときに対応する可能性がある彼女たちハッシャーシュの戦士団の者たちは、やはり体験し訓練せねば分からないのだ。

 

 なお大陸横断トンネル内は、まさしく帝国の隧道方伯としてのマックスの領地そのものである。*2

 そこに一応は外国であるハッシャーシュの首長国の災害対応組織たる戦士団が介入するのはアリなのか、という疑問もあるが。

 仮に火災が起こった場合に、砂塵の地の商人たちの財産や首長国の人員が巻き込まれたかもしれないのに、救助のための人手を出さない方が名折れであるので、その点は問題ない。調整はついている。

 

 流石にイニシアティブはマックス配下の隧道公団お抱えの即応部隊が執ることになっているが。

 なので、今回の事故実験とその後始末に係る演習は、それら協力体制の確認という面もある。

 

 訓練は、絶対に必要だ。

 

 特に今後、ハッシャーシュの地で働いているマックスお抱えの人員(ホムンクルス)たちから、少しずつでも業務を委譲されることを視野に入れるとすれば。

 

 

「まあマリヤム義姉さんもこれで、無対策で火災が起こればどうなるか、イメージはついたということで」

 

「ああ、十分に理解できたとも。身に染みてな」

 

「そしたら適宜鎮火させて、楽しい楽しい後片付けの時間にしましょうか!」

 

 そう言ってマックスは、熱を奪う魔導を発現させる。

 

 

 

 熱量→魔力還元冷却術式(のどもとすぎればあつさわすれる)

 

 

 

 過剰な熱量を魔力に還元して消費し、その魔力を以てさらに冷却術式を発現する範囲指定型の魔導。

 それによって、灼熱のトンネル内の温度が急速に低下する。

 

 同時に、トンネル壁から、ピシリ、ビシリと破滅的な音が響く。

 

「………急に冷やしすぎて崩れるのではないか?」

 

「おっと、補強を忘れてた。……<構造体強化魔導>」

 

 とぼけた顔で構造体に強化魔導を走らせるマックス。

 それによって、急冷されたことによるトンネルの崩壊は防がれたようだ。

 

「ありがとう、義弟殿。いくら後片付けで功徳を積めると言っても、わざわざ崩落させなくてもいいからな。防げるものは防ぐに越したことはない」

 

「まあその通り。この事故再現実験用のトンネルは、まだ何回か使うつもりだからね。

 まずは復旧の演習に、復旧後の再火災耐久実験、そして最後には実際に崩落までさせた上での再建訓練とかも」

 

「崩れてしまった場合は再建ではなく新設した方が早かったりしないだろうか?」

 

「いやいや、信徒マリヤム。リサイクルできそうなものはリサイクルするのが、我らが神の示す道なのだよ」

 

 焼け焦げたこの実験現場から、使えるもの、使えないものを分類してリサイクルするのは大変だが……。

 

 マリヤムにとってはさらなる功徳を積んで穢れを祓うまたとない機会でもある。

 将来的に穢れを祓い落として、死後に、妹のルゥルアと同じく、氏族神たる蠍の神の御許に戻り、共にその傍に侍るためにも。

 

「確かに。微力を尽くそう」

 

 そのためであればマリヤムにも否やはなかった。

 

 

 

§

 

 

 

 雙尾蠍のマリヤムは、ハッシャーシュの氏族が治める首長国の領域を守る戦士団の長である。

 彼女の下には、急ごしらえだが、多くの戦士たちが集っている。

 

 それは数少ない伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の生き残りであったり。

 この地に方々から流れてきた褐色肌のヒト種(メンシュ)矮人(フローレンシア)であったり。

 あるいは、瘤馬人(カメルースニィ)蠍馬人(パビルサグ)のような遊牧民族出身の強者であったり。

 あるいは小鬼(ゴブリン)犬鬼(ノール)のような魔種(帝国で暮らす魔種とは細部の姿かたちに若干の差異があるようだが)であったり。

 

 

 戦士団は、衛兵であり、巡察兵であり、また消防士でもあった。

 組織がさらに巨大化し、成熟すれば、やがては専門性によって細分化が成されるのだろうが、今はまだ混沌としていた。

 その混沌もまた、黎明期にあるこの新興のハッシャーシュの領地ならではのものだろう。

 

 ハッシャーシュの神殿聖塔(ジグラット)が置かれている地を中心に、帝国による東方征伐戦争後に乱れていた砂塵の地の治安は回復傾向にある。

 マックス・フォン・ハシシ=ミュンヒハウゼンという強力な魔導師の後援を受けたハッシャーシュの氏族は、巨大運河の造成と、沙漠では何より重要な “水” という資源を握ることにより、周辺諸部族を糾合しつつあるのだ。

 

 水を握り、運河を握り、食料を握り……それ以外の様々なものの生産を倍加どころではない勢いで拡大しているハッシャーシュの氏族領域…… ホラーサーン(昇日)首長国” と将来名乗る、今はただ “カヴィール(塩沙漠)の蠍の国” と通称されるその国。

 

 その蠍の首長国が引いた巨大運河は近隣の既存の大河とも接続し、水運はますますの広がりを見せている。

 運河の流れは、物流という経済の血の巡りそのもの。

 つまりは富と繁栄に必要不可欠な要素(ピース)である。

 

 となれば、それを司る一族にとって替わるべく、この地の支配権を狙って攻略にやって来る者も当然出てくるわけで……。

 

 

 

「たいちょーさん、おかーさんみつけてくれてありがとー!」 「ありがとうございました……!」

 

「ああ、今度は迷子になるなよ」

 

「はーい!」 「本当にすみません。ほら、行くわよ」

 

 バザールの巡回中に、親と逸れた子供を見つけて親の下まで案内していた雙尾蠍マリヤム。

 彼女は沙漠の強烈な陽光を遮る外套を纏っていた。

 その外套のつくりは非常に上質なもので、見るものが見れば何らかの魔導が付与されていることが分かっただろう。

 治安維持に携わるものだと分かるようにハッシャーシュを象徴する蠍の模様を染め抜いたそれを着て、マリヤムは迷子だった親子を笑顔で見送った。

 

 彼女は治安維持部隊のトップとして、また、様々なものを回収して再生・再利用することで功徳を積むため、領内の色々な場所に顔を出していた。

 美貌と実力と、ゴミ拾いや汚泥浚いを厭わない献身の熱心さから、マリヤムは多くの人々から慕われているようだ。

 

「(暗殺密偵の影働きをしていた頃は、こうやって大っぴらに顔を売ることはできなかったが……。だが、感謝されるというのはいいものだな)」

 

 生まれ変わらなければ味わえなかっただろう感慨。

 彼女は再誕の奇跡をもたらしてくれたマックス何某に、大きく感謝しているのだった。

 

 

 

 

 そんな彼女に同じく戦士団らしき装いの者が近づいてくる。

 険しい顔をしているが、悪い知らせだろうか。

 

「ハッシャーシュ戦士長」

 

「む。なんだ」

 

「街門の方に、道中で襲撃にあったと商人が」

 

「ふむ……。魔物か? それとも匪賊か? このあたりの遊牧民とは、商人たちの護衛を条件に、こちらの首長政府から対価の物資を渡すという盟約を結んでいたはずだが」

 

「それが、その護衛のはずの遊牧民に荷を奪われた、と」

 

 その知らせにマリヤムの眉根が寄った。

 

「商人の被害は? 心付け程度なら良くある話だろう」

 

「それが “全て”、だと」

 

「全て? 荷を全て取られたというのか?」

 

「荷だけではなく、荷駄運びの駱駝(ラクダ)も全てだと。実際、街門に辿り着いた商人は、息も絶え絶えで、荷も何もなく、最低限の水くらいしか持っていませんでした」

 

「なんともまあ……。その裏は取れているのか?」

 

 戦士団の部下に、マリヤムは問いかけた。

 可能性としては、そもそも荷物を持っていない大ウソつきの詐欺師だというのも否定できないのだが……。

 

「はい。途中の街が同じだったという他の商人たちからの証言が取れています。途中まではきちんと荷を持っていた、と。また、こちらへも初めての商いではないようで、街門に詰めている者の中にも、商人の顔を覚えていた者がおりました」

 

「なるほど」

 

「それと……他にも同様の訴えをするものがチラホラ駆け込んできております」

 

 であれば確度は高いか、とマリヤムは頷く。

 

 そして街門の方へと歩き出した。

 知らせを持ってきた部下も、それに続く。

 

「他に街道の巡察隊からは何か知らせが入っていないか?」

 

蠍馬人(パビルサグ)の複数の部族が、集結しつつあるようだ、と。方角は、件の商人たちが逃げてきた方と一致します」

 

 部下が隣を歩きながら周辺地図に印をつけたものを広げ、斥候で得た情報から推定された、蠍馬人(パビルサグ)たちが野営地としているだろう場所を指し示す。

 

「……ここの街を脅かそうとしている、と? もうそういった無謀な輩はいなくなったと思っていたが」

 

「北か東か……どこだかの部族が欲を出して勢力を拡大しようとしてきたのかもしれません」

 

「ああ、また血縁だの血族だの話か。……こちらとの契約も、血族の縁を前には濡れた薄紙よりも儚い、か」

 

 沙漠の部族社会において、血縁の結びつきは、何よりも重視される。

 それは場合によっては、都市との間で結んだ契約よりも。

 血の繋がりこそが、窮地で同盟を保証する唯一のものであったために。

 

 縁戚関係にある力ある部族からの要請があれば、新興の都市と結んだ略奪禁止の護衛契約など、無視してしまってもおかしくはない。

 そうでなければ、逆に血族から爪弾きにされてしまい、繋がりを無くした結果、将来的に飢えて渇くしかなくなるからだ。

 

 

 (さか)しらな軍師気取りの誰かにでも吹き込まれたのか、どこかの氏族、あるいは国家による謀略に踊らされたのか。

 それは定かではないが、遠方の蠍馬人(パビルサグ)の部族が主導して、都市襲撃の計画を立てて攻め寄せてきているのは確からしい。

 現状は、手始めに商人たちの物資を奪い、こちらの都市を兵糧攻めするとともに、自らの補給を確立したあたり、というわけだ。

 

 愚かなことだ。

 まったくもって、愚かなことだとしか言いようがない。

 血縁ゆえに要請を断れなかったのであろう、近場の部族にとっても迷惑な話だったに違いない。ハッシャーシュの土地に手を出すなど。

 

 街をゆく人々とすれ違う。

 中には声援を投げてくれる人もいる。

 黒曜の守姫(もりひめ)などと、こそばゆい名で呼ばれることもある。

 

 この街を守らねば、という気持ちを新たにしながら、マリヤムは暫く歩くと、ようやく街門の外へと出る。

 

 ふと見上げれば、街門の上では、毛長の猫獣人(マヌルネコ系)の女が毛繕いをしているのが見えた。

 呑気なことだ。

 だがそういえば、巨蟹鬼のセバスティアンヌが敬意を払って礼をしていたから、あの毛長の猫獣人の女も、相当の戦力を秘めているのかもしれない。

 確か、“武を極めた末に、登仙した傑物” などとセバスティアンヌは言っていたか。

 

 

 

「それで、いかがなさいますか」

 

 部下の言葉に、我に返る。

 そうだ、蠍馬人(パビルサグ)の不埒者どもの件だ。

 

「無論、叩く。やつらを躾けてやるさ」

 

「いかほどの人数が必要で。すぐに動かせるのは確か ───」

 

「いらんいらん。私一人で十分だ」

 

「………で、ありますか」

 

「ああいや、回収部隊は必要か。あとから追いかけてくれれば良い。魔導車両の空きを確保して送り出してくれ。それかセバスティアンヌ殿の子蟹たちにでも連絡するかだな」

 

「了解です!」

 

「伝令よろしく。私はもう行く」

 

「はっ。ご武運を」

 

 部下に言伝(ことづて)して、マリヤムは外套を脱いだ。

 その下から黒く輝く甲殻があらわになる。

 背から生えるのはサソリのハサミと、そして、カゲロウのごとき薄羽だ。

 

 マリヤムがその薄い脈翅を広げ、震わせる。

 

 ビィイイインと、甲高い音が響き、彼女の身体が宙に浮く。

 

「まったく、面倒ごとばかりだ」

 

 脈翅の紋様が魔導のための補助陣を成り立たせ、生理的な風の魔法が巻き起こり、そして飛ぶ。

 魔晶を宿さぬ人類種なれど、再始の神の奇跡によって蘇ったマリヤムの身体は、有翼人(ジレーヌ)と同様に、本能で生得的な魔法を使う。

 航空力学的には飛べぬはずの身体が、装備や手荷物も込みで浮かび上がり、加速した。

 

 小一時間も飛べば、問題の蠍馬人(パビルサグ)の野営地も見えてくるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「あれか」

 

 眼下に見える野営地。

 人の上半身に、馬の下半身、そして蠍の尾。

 かつて “生きた滅び” とまで称された人類種の末裔たちのうちの一つ。*3

 

 かつての彼らはその機動力と衝撃力により都邑を蹂躙し、大陸に覇を唱えた。

 一方で、彼らの手は、物作りや農耕には向いておらず、身の回りの世話ももっぱら他種族の従者任せだ。

 

 マリヤムが上空から見る野営地にも、天幕の間を縫って動くヒト種などの姿があった。

 おそらく襲われたという商人たちや、その従業員たちも捕まって働かされているのだろう。

 

「確かにあれだけの人数を食わせるには、荷物も丸ごと奪う必要がありそうだ」

 

 ましてや正しく鯨飲馬食で有名な、馬の下半身を持つ系統の人類種であればなおのこと。

 猛禽より高い位置で滞空するマリヤムに気づいたのか、幾人かの蠍馬人(パビルサグ)が弓を手に天幕の外に出てきて、矢をつがえたのが見えた。

 

「届くものかよ。よしんば届いたとして、当たってなどやるものか」

 

 例えばあの射手の中に、妹ルゥルアが扱うような先祖伝来の魔弓持ちでも居れば危ういかもしれないが。

 いや、もしそうだとそうだとしても、矢を切り払うくらいは造作もないか。高所を取っているのはこちらなのだから。

 

 矢が飛んでくる前に、狙いを絞らせないようにフラフラと惑わせるように飛ぶ。

 その横を、勢いの落ちた矢が通り過ぎた。

 

 気づかれ、射掛けられたのであれば、もはやこちらからの攻撃を遠慮する必要もない。

 

「毒剣よ、我が毒を吸え」

 

 マリヤムは腰に帯びた二つの魔剣のうち、“斬り拓くもの(チャプラハンディ)” ……ではない方の剣を、器用に蠍の尾の片方で抜いた。

 柄に特殊な把持具を噛ませたそれは、蠍の尾で自在に扱うことが出来るようになっている。

 そしてさらに、その把持具を通して、蠍の尾の毒腺から剣へと毒を流せるような構造にしてあるのだ。

 

「痺毒変換。高浸透性。毒斬線、遠当て」

 

 マリヤムに合わせて調整された毒の魔剣。

 帝国から来た義弟、マックスからの贈り物。

 

 その権能は、マリヤムの毒を触媒にした、魔法の毒液の生成と操作。

 

 あらゆる毒を自在に調製可能で、さらにそれを剣身が触れる限りは操作可能。

 射出後の操作を放棄するのであれば、鏃や礫、剣線の形で毒液を切り離して飛ばすこともできる。

 必要な魔力はマックスから亜空間経由で魔剣そのものへ遠隔供給されているので、消費を気にする必要も無い。

 

「触れれば痺れる毒の剣線。蠍の系譜でもある蠍馬人(パビルサグ)とはいえ、果たして耐えられるやつはどれだけ居るかな」

 

 痺毒に耐えられる者が居なければそれでおしまい。

 制圧して、後続の回収部隊を待てば良い。

 

 天幕から出ずにやり過ごそうとするのであれば、天幕を溶かす毒を降らせて穴をあけてから、高揮発性の痺毒を撒けば良い。

 

 それでも倒れぬ、魔法の武具や神の奇跡の類で強化した強者が居れば望むところ。

 

 因果に綻びを入れる魔剣 “斬り拓くもの(チャプラハンディ)” によってご自慢の加護に綻びを入れて剥がし、毒の魔剣の魔毒で冒して徹底的に心を折ってやろうとも。

 

 黒曜の守姫、雙尾蠍(そうびかつ)のマリヤムは獰猛に笑った。

 

「容赦は期待してくれるなよ」

 

 

 

§

 

 

 

 全てが痺れて、動くものが居なくなった野営地にて。

 死屍累々(※死者はいないが呻き声はする)の中で、マリヤムは後続の回収部隊が来るのを待っていた。

 

「大したことはなかったな」

 

 都邑内の移動にも定期運行として供されている、大きな荷台の魔導車両を回して貰うよう、部下には手配させていた。

 それは、ここに転がる者たちをただで返す訳にもいかず、掠奪の被害者には癒しを与え、そして襲撃の首謀者には教育的指導を施さねばならないからだ。

 たが手当も懲罰も、いずれも都市に戻ってからだ。

 

 

 と、その時。

 

「やーやー、マリヤム義姉(ねえ)さん。ご苦労様」

 

「むっ、義弟殿! そうやって急に現れられると驚くのだが」

 

 文字通りに空間を裂いて現れたのは、マリヤムの妹の夫、義弟であるマックスだった。

 彼は〈空間遷移〉の魔法の使い手であり、神出鬼没。その上、最近は何らかの手段で分身しているようなので、何処にでも現れるのだ。

 

「義弟殿はどうしてここに?」

 

「ああ、彼らが何か良い魔導具でも持ってないかと思ってね。物色しに来た」

 

「そうか……だが大したものはないと思うぞ」

 

「まー、効果はともかく、こちらの地で独自に継承され、発展してきた魔導の様式を知る手掛かりにはなるからさ」

 

「それならご随意に、だ」

 

「じゃあ、そうさせてもらうよ」

 

 マックスは探査魔導を走らせ、野営地の中から魔導具を探す。

 その回収をマリヤムも手伝うことにした。

 

「………なあ、義弟殿」

 

 手を動かしながら、口も動かす。

 加護の掛かった鎧や、簡単な(まじな)いが込められた護符を、痺れて横たわる者たちから取り上げつつ、会話する。

 

「んー?」

 

「─── 今夜、私の部屋に来ないか?」

 

 会話というか直球で、夜のお誘いだった。

 

「んー、それはダメだねぇ」

 

「そこをなんとか! 分身の一人くらいこちらに遣わせくれても良いだろう?」

 

 マリヤムにとってマックスは、自身の命と妹の恩人にして、領地発展の大恩もある男。

 そして何より、伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の数が減っているこの状況では── 他ならぬ動死体時代のマリヤムのせいでもあるが、むしろそれゆえにこそ── 産めよ増やせよで一族を再興しなければならない。できれば強き者の血を取り込んで。

 それにマックスほど甲斐性のある男もそうそう居ない。たとえ今まだ髭も生えていない少年だったとしても。

 

 そんな状況なので、たくさんいるマックスの子実体クローンのうちの一人を “お持ち帰り” しても許されるのではなかろうか? とマリヤムは思った。

 戦闘の後で気が昂っているせいもあるかもしれないが。

 だが、慕わしい気持ちは本物だ。

 

「いやまあ、お誘いそれ自体はありがたいけどね。それには先ずはルゥルアさんの許可を貰ってからにしなきゃよね」

 

「それは、そうなのだが……」

 

「円満解決しないと痴情のもつれから早速この新しい首長国の体制が崩壊しちゃいかねないし」

 

「正論だ……」

 

 しばらく、マリヤム&ルゥルアの姉妹と、マックス何某の三角関係は、変わらなさそうだった。

 

*1
◆マックスくんの類稀な先見性:虚空の箱庭で基底現実エミュレート術式を走らせることによって、起こり得る事故などについて先回りして知見を得て、事故要因を潰すことができる。

*2
◆隧道方伯の領地:大陸横断トンネルが領地……というか、管轄として任せられている。実際は帝国直轄領として献上済みであり、マックスくんが総裁を務める隧道公団に管理そのほか一切が任せられている形。隧道方伯というのは、隧道公団の総裁職ということであり、官職としての貴族位となる。

*3
◆生きた滅び:馬肢人(ツェンタォア)系統の人類種。蠍馬人(パビルサグ)もそのひとつ。翼を持つ天馬人(ブラーク)の伝説もある。なお “生きた滅び” と呼ばれるものの中に複数種族が内包されるというのは当SSの独自設定。




 
なお蠍馬人たちを唆したのは、謀略好きの長命種ドナースマルク侯の手の者だったりしたりするかもしれない模様。

マックスくんとしては複数人と関係を持つのは別に否やはないし、実際既にマックスくんの肉体の方の生まれ故郷の女呪医とは随分前から関係を持っている(このたび残してきた分身体を子実体クローンとして同期させた)。ただ、めちゃくちゃ離れた拠点に現地妻をこさえるならともかく、至近距離で修羅場らないようにきちんと関係者に根回しは必要だろうというくらいは考えているのである。


===

◆そのころエーリヒ君
ウビオルム領の視察に訪れた先で、旅籠ごと燃やされるなど受難は続く。その他、順調に(?)拉致未遂回数や、毒殺未遂回数が嵩んでいっている。長いこと天領だったウビオルム領内では、監査が緩いのをいいことに汚職が蔓延していたのだ。痛い腹を探らせないため、現地の貴族や代官は、ウビオルム伯の視察にあたり暗然と反旗を翻した。そしてその巻き添えで標的になったのは、金髪の苦労人であったとさ。
金髪従僕(エーリヒくん)「ぜったいに成人したら(15歳になったら)従僕を辞めて冒険者になるんだ……!」

 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。