フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
◆前話
魔導航空艦アレキサンドリーネ号*1さんもエーリヒ君の荒ぶる道中表の餌食になったようです。
人類未踏領域で船体と乗組員を一晩守り通そう!*2 ただし孤軍奮闘で!
ウビオルム魔導宮中伯アグリッピナ氏に仕える金髪の従僕、ケーニヒスシュトゥール荘はヨハネスが第四子エーリヒは、主君であるウビオルム伯から不時着した魔導航空艦の死守を命じられた。
ちなみに不時着した魔導航空艦アレキサンドリーネ号は試作三号艦に当たり、強度不足を魔導で補っているという何ともロックな艦だ。
つまり船体に強化魔導を流す流路の何処かが破綻すれば、強度不足によってその船体は “倒壊” するということ。
ダメージコントロールの思想などあってないようなもので、メンテナンスさえもままならない技術者泣かせの機体である。
「……まずいな、さっそく魔獣が集まってきている」
既に主君であるウビオルム伯は、お得意の〈空間遷移〉で帝都の工房へと転移済み。
この場を従僕であるエーリヒに任せて去った。
信頼が重いというか、無茶振りが過ぎる。
エーリヒは専業の斥候ではないが、そんなエーリヒですら感じ取れるくらいに、魔導航空艦の近くまで敵意が迫っていた。
恐らくは魔獣。
体内に魔晶を持つことにより自然を超越した生態を有する不可思議生命体。
アレキサンドリーネ号が不時着したのは、いまだ魔獣蔓延る未開領域。
極秘実験で人目を避けたのがあだになった形だ。
魔獣が船に迫るのにも理由がある。
奴らの目的は、魔導航空艦アレキサンドリーネ号に試験搭載された量産試作型閉鎖循環魔導炉だ。
魔導師数人分── つまり魔導師数人で儀式を行って発動するような大魔法を恒常化できるレベル── の魔力を垂れ流すソレが、いまのアレキサンドリーネ号には6基搭載されている。
その魔導炉6基の同調不良によって出力に波が生まれて、それにより飛行系の術式が不安定になったのが不時着の原因だ。
あの俊英アグリッピナ氏の監修した機体で果たしてそのような不具合が起こり得るのかという微かな疑問を覚えたエーリヒだが、現実として起こってしまっているのは仕方ない。
今は命綱である船体の構造強化魔導を切らさないように、変に不安定化するのを避けるために1基の閉鎖循環魔導炉のみの出力によって強度を維持している。
それなら同期不良も発生しないし、新型炉はそれだけの高出力でもあった。
残りの炉は最低限の出力でアイドリングしながら同調術式の再見直し中だ。
完全に炉を落としてしまわないのは、再起動に数日は掛かるため。
もちろん出力を受ける側の飛行用の抗重力術式の安定化魔力源回路のチェックも並行して実施している。
過度な負荷で焼き付いていないかどうか確認が必要だからだ。
搭乗している技術者たちが徹夜で作業してくれているから、きっと明朝には間に合うのだろう。
アグリッピナ氏が去った貴賓室を出て、アレキサンドリーネ号の中を足早に進むエーリヒ。
船内は非常に慌ただしい。
すれ違う技術者や乗組員たちは、流石この秘密試験に抜擢されるだけあって優秀なのだろう。
船ごと魔獣に襲われてこのまま遭難するかもしれないという不安を、航空艦を再稼働させるという使命で塗り替えて働いている。
そんな彼らなら、きっと明朝までに間に合わせてくれるだろうと確信できる。
……邪魔さえ入らなければ、だが。
例えば今集まってきている魔獣の襲撃、とか。
「護衛を任されたからにはやるしかないか」
魔獣が集まってきているのは、本能的に多くの魔素が発生している地点に惹かれているからだ。
身体の維持に魔力を要する彼らは、魔素を求める生態をしている。
特に魔導炉から発生する無色の── 怨嗟や憎悪といった感情の色付けがないという意味── 魔素は澄んだ水のようなもので心地いいのだろう。
というわけで水場を求める野生動物かのように集まってくる魔獣たちを相手に防衛戦をやらなくてはならないのだ。
野生動物みたいにお行儀よく水場を共有してくれる紳士協定じみたムーヴをしてくれるならありがたいが、期待薄だろう。
独占するために魔獣同士の衝突も発生するだろうことは織り込んでおいた方が良い。
……というか、エーリヒや乗組員を魔素源の先住占拠者と見なして、積極的に排除しにかかってくるだろう。頭が痛い。
アグリッピナ氏は航行可能な程度なら船体へのダメージは許容範囲と言っていたが……。
この欠陥設計艦の許容範囲って、ほぼイチゼロでは? カス当たりでも魔導流路が破綻したらそれで全体がアウトなのだし。
「ダメージはそもそも避けなければ。であれば、流石にひとりでは手が足りないか」
本来であれば、アイドリング中の残りの5基の動力を流用して障壁魔法でも隠蔽結界でも恒常化してやり過ごすことも可能なはずだろうが……。
残念ながらまだ試験中であるアレキサンドリーネ号には、それらのオプション装備は搭載されていない。
というか、普通に開発が間に合っていない。
なにせ新型の閉鎖循環魔導炉による『魔導師数人分の魔力の恒常出力』というもの自体が、ここ数か月でやっと実現された新しい前提概念だからだ。
エーリヒとしても、アレキサンドリーネ号から余剰動力を引っ張って来れれば楽になったのだが……。
どうせアイドリング状態で垂れ流しにして魔物寄せになってしまうくらいなら、有効活用すべきだろうに。
だが、魔導炉出力の流用に関する知識はエーリヒは持っていないし、汎用エネルギー源化できるような装備もまだ搭載されていなかった。
アグリッピナ氏や、魔導院教授級の術者であれば己の身一つで魔導炉の掌握と出力流用もできたのだろうが……。
「無いものねだりをしても始まらない。いまできることをしよう」
アレキサンドリーネ号の昇降用の出入扉までやって来て、開く。
外には森の闇。
エーリヒが頭に着けている多機能魔導サークレットのお陰もあって、森の闇に潜む魔獣たちの姿が幾つか確認できた。
猶予はあまりなさそうだ。
戦闘態勢に移行する。
船内の明かりによって船体の外へと伸びるエーリヒの影から、帯状の触手が沸き上がる。
いや、触手ではない、革のベルトだ。
さらに言えば、それは剣帯であった。
ひとりでに動く剣帯に補助されながら、同じく影から飛び出してきた煮革鎧がエーリヒに装着されていく。
鎧下を着けていないが問題ない。
今着ているお仕着せのプールポワンに皴ができるが、まあもともとプールポワンは成り立ちからして鎧下のようなものだったのだから構うまい。
鎧が着用されれば、次には蠢く剣帯が腰に巻き付いた。
剣帯に引き連れられて、影から骸を捩ったような不吉な肉鞘が現れる。
魔剣 “渇望の剣” を納める肉鞘。
以前の魔剣の持主── かつては詩に歌われたこともある凄腕の冒険者で名をアンドレアスと言う。現在は冒険者志望のエーリヒのコーチも務める── の霊魂が宿る呪物にして、亜空間拡張された内部機構に魔導炉を内包する魔導具でもある。
影を媒介に装備や荷物を収納しているのも、この肉鞘に刻まれた魔導の権能だ。
鞘に収まるのは言わずと知れた不壊の魔剣、渇望の剣。
意思持つ魔剣であり、剣として担い手に愛を捧げ、強者との剣戟という愛を求める器物である。
エーリヒの愛剣 “送り狼” をライバル視してるとかしてないとか。
今は大人しく二刀並んで腰に帯びられている。
続いて魔導金属の鎖とともに影から現れるのは、豪奢な装丁の魔本。
内部に迷宮を折り畳んだこの魔本は、肉鞘に憑依するアンドレアス氏の記憶と、渇望の剣の記憶から創り出されている。
つまり、歴代の渇望の剣の担い手を……渇望の剣が惚れ込むに値する剣士たちと、その歴代の彼ら彼女らが斬り伏せてきた好敵手たちの記憶をも内包するものだ。
高名な複製師である樹人ファイゲ卿の手によりチューンナップされたその英霊召喚の魔本が、魔導金属の鎖によって剣帯に接続された。
燃費の悪い魔本だが、魔導炉を内蔵する肉鞘から剣帯を経由して魔力を供給することが前提なので、さして問題もない。
かくして魔導宮中伯の腹心であるエーリヒは完全武装と相成った。*1
その姿はまるで……呪われた魔剣士のようであった。
“これTRPGのセッションだったら、アグリッピナ氏の前座のミドルで出てくる中ボスだよなあ” などと完全武装形態になるたびに思う微妙な感想を抱きつつ。
しかし当然エーリヒはこの場での最善を志向する。
そこそこの高さのある出入扉から、タラップも降ろさずに飛び降りる。
エーリヒのしなやかな関節と卓越した体術、そして不時着用にアグリッピナ氏の魔法砲撃で耕された森の柔らかな地面のお陰で、着地音はしなかった。
しっとりとして冷えた夜の森の空気、掘り返された土の匂いが肺を満たす。
そして迫る魔獣たちの放つ、微かな獣臭。
「
まずは人手だ。
エーリヒ一人で〈見えざる手〉に追従する形で魔法で視覚を飛ばしてフライングソードにして広域をカバーしても良いかもしれないが、流石に並列処理が重すぎて脳が疲弊する。
できれば自律行動可能なユニットを召喚するべきだろう。
肉鞘アンドレス氏に内蔵された魔導炉から英霊召喚の魔本へと魔力が流れる。
その魔力を糧に、魔本に刻まれた記憶から戦士たちが魔力体として再現される。
魔本から流れ出た燐光が集まるようにして、エーリヒの前に実を結んだ。
現れた英霊体は3体。
『魔獣からの護衛、か』
最初に現れたのは生前のアンドレアス氏を再現した魔力体。
肉鞘に宿っている魂とはまた別だ。
実戦訓練により魔本から再現される魔力体を調伏し、心を通わせることで、彼らの助力を得られるようになるのだ。
アンドレアス氏の魔力再現体は、冒険者として高水準でまとまっており、どんな状況でも頼りになる。
『所詮獣では、のぉ』
次に現れたのは坑道種で示現流じみた一撃必倒の剣の使い手の男。
渇望の剣の魔力再現体は彼の身の丈よりも長く、しかしそれを無双の怪力で振り回して全てを薙ぎ倒す。
鍛えられた足腰による瞬発力も非常に高く、思ったよりも遠くから一瞬で飛び込んで必殺の振り下ろしをしてくるのは恐怖でしかない。
『それよりはエーリヒと斬り結びたいのだが?』
最後に現れたのは、魔力再現された渇望の剣が小剣にしか見えないような立派な体躯の
もう片方の手には非常に大きな盾を装備している。オーガからすれば単なる片手盾程度の大きさにしか見えないが。
彼らと彼女の3体が、いまエーリヒが呼び出せる英霊体だ。
訓練相手としてなら他にも呼び出せるのだが、戦場で助力を願えるほどに縁を深めた相手としてはこの3体だけだ。
できれば彼らが生前斬り倒してきた敵手たち── いつぞやに森の中で強制的に相対させられた凄腕ドルイドや矢を曲げられるほどの狩人の再現魔力体など── も駆り出せれば良かったのだが、無いものねだりをしてもしょうがない。
「事情は既に把握しているとは思うが、この船に奴らを近づけないでほしい。頼めるね?」
『宮仕えはツラいねえ、後輩。仕方ないから手を貸してやろう』
『おまんそしたら上等な酒ば供えとくこったいね。主人の酒棚からくすねてでも』
『あとで立ち会いを所望する。魔獣程度では闘争の炎は満たせぬゆえ』
しかも無条件で言うことを聞いてくれるとも限らないから扱いが難しい。
これで、エーリヒの技量がさらに上がれば、心服させて完全な配下に出来るのかもしれないが、現状はそうではない。
実際エーリヒは、彼らを上手く扱うためだけに〈カリスマ〉などの人心掌握系の高級技能を権能で取得しようとも思ったこともあるくらいだ。
『さてじゃあ行くかぁ。── 三方に別れようか、お歴々』
『酒、忘るんなよ小僧。──
『真剣の立ち会いもな。── じゃあアッチで』
冒険者と坑道種と巨鬼の英霊体は、森の夜闇の中へとそれぞれバラバラに駆け出した。
目にも止まらぬ速さで。
うっすら青い人型の燐光が駆け抜けていく様子は、ちょっとしたホラーだ。
しかも彼らと彼女の行く先で魔獣の断末魔と血の匂いがするのだから尚更だ。
「肉鞘からの尽きない魔力供給に支えられた、疲れ知らずの幽玄の英霊体。しかも〈神域〉の技量持ち。私も加わればこれ以上の物量で来られても持つはずだ」
肉鞘に収まったまま “ねえ斬らないの?” と思念を投げかけてくる渇望の剣をなだめつつ、エーリヒは夜の森を睨む。
まだ魔獣の数は少ない。猶予はある。
「やれることはやっておくべき、だな」
何せ今はこの魔導航空艦アレキサンドリーネ号と、そこに乗る技術者・乗員たち全ての命運が、エーリヒの双肩にかかっているのだ。
「………」
そのエーリヒが開いた掌の上には、何か干からびたキノコのような、あるいは小人のミイラのような、そういった物体が乗せられていた。
エーリヒは回想する。この人面干し茸を、深海のような瞳を持つ魔導師であるマックス何某から受け取ったときのことを。
「やーやーやー、久しぶりエーリヒくん。ウビオルム伯に魔導炉の設計や術式のレビューしてもらいに来たついでなんだけど、ちょっと試供品持ってきたから受け取ってくれたらと思ってね。
そんなに警戒するなよー? え? 忙しくってそれどころじゃないって? 疲れてるって? ほい <
ああ、ありがとう。で、これがその試供品。
え? まず呪われてそうな見た目が嫌? そこはまあ改善点だなあ。
そんなことよりこれの機能と使い方だけど。
まず機能な。これを使うとうちの商会の即席支店が出来上がるってもんなんだよ。ほら、ホイポイカプセル? みたいな?
あー、でもこれ自体を削って料理に入れて出汁を取ってもいいぞ、キノコだからな。食材 兼 アイテム。
それか、どうしても倒せない強敵に呑み込ませてやれば、味方にすることもできるし。ほら、ももたろう印のきびだんご、みたいな感じで?
使い方だけど、商店として使いたいときは、魔力を込めてから地面に置けばオーケーだ。しばらく待ってたらでっかいキノコのお店が生えてくる。
ほら、たまにあるだろ? ダンジョン内でショップメニューを使えるようにするような使い切りアイテム。いやセーブ機能だっけ? 拠点機能? まあ、そんな感じだよ。
それより “あなぬけのひも” とか “アリアドネの糸” が欲しい? あー、空間遷移の魔導具化ができればいけるか……? でも普及ラインには乗らないと思うな。いやソレでショップを生やした後に注文できる追加サービスとしてならいけるかもだが。
え、この呪われてるみたいな干し茸のアイテムは採算的に普及ラインに乗るのかって? どうせ商品転送するんなら似たようなもんだろって?
それがさあ、生きたまま遭難者を転移させるのと、別に生きてるわけでもない商品を転移させるのではコストがねー。それにこれなら買取と販売で利益も見込めるから本体価格は下げても良いわけだし。
色んなところでもしもの備えになるんじゃないかなー。寒村とかの冬の備えにとか、冒険者の非常用資材にとか。あ、貸付機能もつけるから手元不如意でも利用オッケーだよ。物々交換でもいいし。討伐した貴重な魔獣のサンプルとか、ね。
というわけで、はい、これあげるね。使ってくれたらそのうち使い勝手を聞きに来るから~」
だめだ胡散臭すぎる。
回想したエーリヒは率直にそう思った。
敵に食わせたら味方になるキノコで、地面に植えたらお店に出来るくらいの巨大キノコが生えてくるってお前それこの干し茸今も生きてるってことじゃん。
つまり敵を味方にってのも冬虫夏草みたいに菌糸が侵蝕してるやつだろ。
しかも料理にも使えるって、使っていいわけないだろ、そんな危険物!? 寄生されるわ!?
だが物資の補給ができるのはありがたい。
防衛戦なんて物資がなんぼあっても良いですからね。
現在進行形で、渇望の剣にかつて見初められた先輩方の英霊体が殲滅中の魔獣たちの死骸と引き換えに、食料や資材を購入するのは大いにアリだ。
魔法の触媒だってこの状況ならあればあるだけ良い。
有刺鉄線が何ドラムかあれば即席陣地を作るのに持ってこいだし。
しかもマックス何某の手掛ける商店だというなら、割となんでも手に入る可能性も高い。
周辺に長時間滞留する毒ガスを発生させるポーションだとか、魔素吸引の宝珠だとか、いっそのこと
あるいは提供サービスの内容によっては、巨蟹鬼のセバスティアンヌやマックス何某を傭兵として派遣してもらうことすら可能かもしれない。
そうでなくてもアレキサンドリーネ号の魔導炉から魔力を引っ張って広域結界なりを発生させるユニットが商店の特注ラインナップにある可能性もある。なにせマックス何某は閉鎖循環魔導炉の開発者の一人だ。
「使うべきか使わざるべきか……」
だが迷っている時間はもはやなかった。
「ん? 地震、いや地響き?」
あちらからこちらへ、足下を微かな振動が走った直後。
破滅的な衝突音とともに、エーリヒの背後で魔導航空艦アレキサンドリーネ号が突き上げられるように傾いたのだ。
下から来たぞ! 気をつけろ!
幸いまだ船体は崩壊してないですが、船体修理がタスクに追加されたので護衛任務期間が伸びます。残業だ!
エーリヒくん「あー!?!?」