フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
◆前話
不時着、魔獣の襲撃、一面火の海での撃退、菌糸による丸呑み捕食未遂………これだけの目に遭ってなお士気を崩壊させずに職務に邁進できる魔導航空艦アレキサンドリーネ号の乗組員たちはマジで精鋭!
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前話の脚注にアレキサンドリーネ号の与圧の有無(=窓開閉機構はOKか)の考察を追記しました。後継艦のクリームヒルト
翌朝。
「……夜明けか。なんとか……なったな……」
どうにかこうにか、エーリヒは魔獣たちの襲撃を
やはり魔導宮中伯アグリッピナ氏の目は確かであった。
彼女が配下に振る業務は難題はあれど、それはその配下が熟せるであろうという冷徹な計算の下に命じているのだ。
そして今回も実際にその通りになった。
神は乗り越えられる試練しか与えない、となれば、神の如き予測演算を行える頭脳を持ったアグリッピナ氏もまた神であろうか。
いいえ外道です。仕える側の身として、エーリヒはそう即答できた。
そも、『神は乗り越えられる試練しか与えない』というのは、単なる生存バイアスだと思っているクチである。
なお試練を与える神としての『試練神』が実在するこのライン三重帝国においては、この類の言説はうかつに口に出すと現実化しかねないとして、エーリヒの中では禁句の一つになっている。
俗にいえばフラグというものであるがゆえに。
ともかく、エーリヒはやり遂げたのだ!
そこに声をかけるものがあった。
どうにも耳に馴染むような、計算されたような、女性の声だ。
「お客様、御美事でございます。それでは早速清算と、次なる商談に移っても宜しいでしょうか?」
「あー、と。マイコニド・アルファ……さん、で宜しかったでしょうか」
声をかけてきたのは、家ほどの大きさをした巨大キノコのの側面に彫り込まれた、女性のレリーフだ。
それがあたかも人間のように見えるように、表面に映像を投影し、時にはレリーフ自体も若干動かしながら話しかけてきたのだ。
「はい。いつもニコニコあなたの御側に。“きのこのお店” の
「ええ、はい、ご丁寧に……マックス印のアイテムなのに対応がまともだ…… 「お客様、何か」 ああいえ、何でもないです。では、清算からお願いしても?」
「承りました。それでは清算からですね。周辺に無駄に放出されていた魔素、そして魔獣の斬殺死体各種多量、アリ型魔獣の焼死体がさらに多量ということで、時間もありましたので精査いたしました。さらに当該地点の位置情報のお値段を加え、当店の限定解除費用と魔導航空艦の放出魔素隠蔽サービス実施費用は引きますと、はい、まあこの程度ですね」
庶民ではちょっとお目に掛かれないくらいの金額が、マイコニド・アルファ嬢の隣に投影された。
明細をさらに聞くと、魔獣の魔晶がかなりいいお値段になっている。
そして単価は安いが、吸収された魔素も
「お、おぉ。……魔導炉から排出される魔素も査定に入っているのは? 特に私の持ち物というわけではないのだが」
「当店は可能な限り何でも買い取ることがモットーでございまして。垂れ流しの魔素は無主物でありますが、非常に “もったいない” ので査定に加えました。実際に、私どもは魔素勾配から魔力を回収する技術を持っておりますし、既に回収してしまいましたので収益は発生しておりますし……」
「もったいない、ね。なるほど確かにマックスの系譜ではあるのか……位置情報に値段が付いているのは?」
「先ほどまで襲撃に来ておりましたアリ型魔獣ですが、植物を操るという特異な魔法を使っておりました。これは非常に興味深いものでして、私どもとしても蒐集に値するものと考えています。また、その数から、ほぼ確実に、近隣に、女王アリを中心とする、あの節状の植物によって構成される巣があるものと思われます。それはすなわち魔晶の山でもありますし、場合によっては地脈の結節点であったり、あるいは魔宮化している可能性もございます。飼い慣らせば魔晶鉱山にできるやもしれません。というわけで、この情報は、非常に有用なものですので、是非、情報料をお支払いしてでも本店に繋ぎたく思います」
「なるほど……」
聞けば聞くほど妥当で誠実だった。
ちょっと今世では信じられないくらいに善良な店だ。
しかも一見の客に対してまでこの誠実さとは恐れ入る……。
明細から引かれている『本店との接続による限定解除(空間遷移魔法の極小規模継続使用)』や、『魔素吸収菌糸膜の広域展開(不要後撤去料込み)』あたりの代金は、結構な金額だが、それぞれが一流の魔導師の術式行使に匹敵するとなれば、妥当に思える程度の額でしかない。
やはり誠実だ……。
「(マックスの三分の一を占める日本人の魂の欠片がそう設計したのだろうか)」
これを渡してきたマックスの様子があまりにも胡散臭すぎたので身構えていたが、それを我ながら恥じ入るほどに、このマイコニド・アルファなる知性体はマトモだった。
「清算金額のご提示はこちらの通りです。個別の交渉も可能ですが」
如何なさいますか? と首を傾げたような動作がキノコの壁面に投影された。
「いや、内訳は納得しました。その額でお願いできれば。……まあ、購入希望する商品やサービスのラインナップとその値段によっては気が変わるかもしれませんが……」
「はいそれでも結構でございます。では次の商品の購入が終わるまでは、清算金額の確定は保留させていただきますね。確定前であれば交渉は受け付けます。
それでは次の商談に移ります。確か、医療品その他、遭難環境で必要なものをお求めであるとか」
「そうですね。どうも数日はここに釘付けにされそうですし、物資はいくらあっても良いですからね。日用品も医療品も、娯楽品も。それに私も相当量の魔法の触媒を消費してしまったので、その補充もしたいですし」
「あらゆるものを取り揃えておりますので、ぜひご用命ください。商品カタログもございますので、乗組員の皆様にも当店の取り揃えの一部をご覧いただいて直接選んでいただくことも可能ですよ? もちろん、商品の選定がご面倒でしたら、私どもの方から必要と思われるもの一式を提案することもできます」
「ではまずは一式提案いただきたく」
「かしこまりました、それでは────」
「……結局、査定金額をほぼすべて使い切ってしまった」
いまエーリヒの前では、ちょっとした祭りのような光景が広がっていた。
魔導航空艦アレキサンドリーネ号が不時着した際に強制的に広場として耕された森の一角は、未明までの魔獣との戦闘が嘘のように整えられていた。
そこに幾つもの竈のようなものが
乗組員たちは船から降りて、めいめいにその料理のもとへと集まっている。
「まさか森の中でこんな豪勢な料理に出会えるとはな」
上等に肥育された若牛を熟成させた枝肉が大胆に切り分けられて網の上で焼かれている。食肉にするためだけに育てられた牛など、贅沢どころの話ではない。
巨大な寸胴鍋には様々な具材が投入され、食欲をそそる匂いがしていた。色は赤く、
そして即席のパン窯まである。パンの焼ける匂いはもはや殺人的だ。地獄の防衛戦を耐え忍んだ乗組員たちが皆、ごくりと喉を鳴らしている。
多少は腕に覚えのある乗組員が、料理長の指示の下で忙しく動いている。
調理器具もまた必要分が提供されていた。
もちろん食器も全員に行きわたるほど潤沢に用意してある。
清浄な水も、酒も、黒茶もだ。
皇帝が狩りに行幸した際の贅沢な野営にも匹敵するか凌駕するだろう。
近衛出身の乗組員の誰ぞがそう言った。
この材料や資材の全てが、“きのこのお店” を通じて購入したものだ。
全くもって呆れるほどの物資調達能力であった。
「まあしかし、士気を保つための必要経費か。それにどうせ
物資の不安がないことは、非常に重要なことだった。
未踏領域に不時着し、魔獣に襲われながら、限られた物資が尽きないうちに航空艦を修理しなければならない──── それは幾ら乗組員たちが精鋭であるとはいえ、非常に大きなストレスとなっていたからだ。
それをケアできるのであれば、今のうちにケアした方が良いのは確かである。
一応、エーリヒは雇い主であるウビオルム伯アグリッピナに、魔導航空艦の防衛完了は報告している。
船体への攻撃を受けたことによる修理時間の延長についても、また、マックス何某に由来する物資調達手段を得ていることも、包み隠さず。
その上で、彼の上長である彼女は、引き続き『良きように計らいなさい』とこの場をエーリヒに任せた。
丸投げであった。引きこもり気質で窮極にインドア派なあの
それにどうやらこの不時着事故に、何らかの策謀の匂いを嗅ぎ取って、そちらの処理に回っているらしい。
「……そういう意味でも、料理は今のうちに堪能しておかなければ」
いつあの上司お得意の〈空間遷移〉で、その陰謀だか策謀だかのお相手のところに
反社組織の鉄砲玉だってもう少し丁重に扱われるだろうに。
絶妙な焼き加減の牛串を一口。
「あ、おいしい」
やはり美味しい食事は精神を癒してくれる。
さらにエーリヒは、徹夜で疲れた身体が、疲労回復の魔導を施された鎧の作用によって癒えていくのを感じていた。
これもまあ、ありがたいはありがたいのだが、二十四時間働けますか、どころか、七十二時間働けてしまうのは問題しかない気がする。
ただちに問題ないとしても、長期的にはダメなのでは? というかなかなか背が伸びないのって、この徹夜のせいもあるのでは? などと思いつつも、魔導ベルトや疲労回復の煮革鎧の使用をやめられないエーリヒであった。
ちなみに、盛大に炊事の煙を上げて、料理の匂いを森中に拡散させているが、それに釣られた魔獣の襲撃の心配はないのか? という話だが……。
「購入した魔導航空艦のオプション装備、大規模結界発生器も十分に稼働中。よきかなよきかな」
なんと “きのこのお店” のラインナップに、魔導航空艦向けの試作装備である隠蔽結界発生装置と、同じく大規模物理障壁発生装置があったのだ。
せっかく積み上げた残高が無くなってしまったのは、その影響が大きい。
とはいえ、それだけの大枚を
魔導航空艦アレキサンドリーネ号をすっぽり覆うほどの結界を発生させるそれらのオプション装備は、いまこうして暢気にバーベキューに興じることができる程度に安全な空間を提供してくれている。
さらに不要になれば食器からオプション装備から何から何まで下取りもしてくれるというので、後始末を考えずに済むのもありがたい。なんでもやはり “もったいない” からだそうだ。
エーリヒはかなり “きのこのお店” に対する評価を改めていた。
ちなみに今もマイコニド・アルファが看板娘を務める “きのこのお店” は魔導航空艦アレキサンドリーネ号の傍に
きっと魔導航空艦から放出されて無駄になっている魔素の吸収も続けているのだと思われる。流石に魔導航空艦全体を覆うような菌糸膜はもう展開していないが。
ふとエーリヒが見ているのに気付いたマイコニド・アルファが、にっこりと笑った顔を表面に投影して、こちらに手を振ってきた(ように見えるように投影映像を動かした)。
エーリヒも手を振ってそれに応える。
と、その手の中に、何かが触れる感触。
思わず手を閉じて握ってしまったそれを、改めて手を開いて見てみたら。
「……“きのこのお店” のミニチュアガチャフィギュア?」
マイコニド・アルファ嬢の方を見れば、ウィンクして『 お・ま・け・で・す 』と口を動かす
そして〈声送り〉の術でも使ったのか、エーリヒの耳元でマイコニド・アルファの親しみやすいよう調律がされた声も聞こえた。
『ぜひまたご召喚くださいませ、エーリヒ様。次回のご利用をお待ちしております』
それを聞いてエーリヒはピンときた。
恐らくは────
「次回召喚用の触媒、というわけか」*1
きっと召喚トリガーのアイテムの見た目に難があるというのを改善するために腐心して彼女が作ったのだろう。
なんとも心配りのできる店員であった。
なお魔導航空艦が修理され飛び立ったあと、買い取った座標情報をもとにマックス何某がオオタケヤドリアリの巣を攻略しにやってくるようです。きのこタケノコ大戦争だし、内部ではアリだー! 酸だー! とワイワイ大はしゃぎ。政務の息抜きというわけであります。
ちなみに今後、“きのこのお店” は、しれっと街角のタバコ屋さんみたいな感じで街中擬態バージョンに見た目を取り繕って、いろんな都市のスラムの隙間にいつの間にか出現したりするようになるかもです。よろず買取屋としてスラムの住人の小遣い稼ぎにでも使われる見込みだとか。人口密集地に出現する場合は、だいたい日曜神父として “もったいないおばけ教” の布教を行うマックス何某の姿がその隣にあったりします。そこでマックス何某は葬式も上げられないような貧した住人の身内の供養などを格安で行っていたりしますが、その遺体は遺髪くらいしか返してくれないそうです。一説にはその日曜神父は、後ろ暗い者たちの殺しの後始末を行う “掃除屋” の仕事も行っている、などという噂もあるようですね。
というわけで、エーリヒ君が成人してケーニヒスシュトゥール荘に帰る道中でも、しれっと背景に “きのこのお店(街中擬態バージョン)” が生えているかもですことよ(原作書籍版6巻以降への布石)。