フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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案の定結構いろんなコメントいただいた農政チート回(コメントありがとうございます!)。でも思いついちゃったもんは仕方ねーのだ! 使い魔技術があるから、それを作物の育種に応用すればえげつないことになるはず、と思ったので! というわけで今回は若干そのフォローもしつつ続きです。
(帝都道中はまったり日常編の位置づけです(あるいは内政パート的な)。……っかしーな、初期プロットでは4話目くらいで帝都に着いてたはずなんだけどな)


◆前話
やべー級改良品種の主食穀物の種苗ビジネスを突発的に落日派とかいうカルト連中に握られそうになっているライン三重帝国の明日はどっちだ
 


5/n 古本市-3(奇跡も魔法もある世界なので)

 

 魔法パワーで遺伝子的に改良した品種については、街の豊穣神の神殿に献上したりした。

 やはり出来が良いのは自慢したくなってしまうからね。

 その奉納の帰りにターニャと街を歩いていると、そのことについて意外そうにされた。

 ちなみにヘルガ嬢の容体は安定しているしここしばらく同じ宿に逗留して環境の変化もないので術式監視でお留守番だ。

 

「マックスおかあさまが神殿に行かれるとか、意外ですわね」

 

「そうか? そうか……」

 

 私は自分では結構信心深いつもりなんだがね(もったいないおばけ信仰)。

 それに……

 

「ただまあ必要なことでもあるしなあ。私は結構身体弄ってるし、ターニャは半妖精だし、普通の人間とはやっぱり違うだろう? 作ったものが毒にならないかってのは、誰かに確認したいからね」

 

 自分たちで問題なかったとしても、魔法で強化してる私(大抵の毒物やアレルギーは落日派の嗜みとして克服済み)と、そもそも生物としての相が異なるターニャじゃ、一般人としてのサンプルには不適当だもんな。

 

「豊穣神の神殿では、そういう判別の奇跡を賜れるのでしたっけ」

 

「そうそう。特にライン三重帝国は多種族国家だからね、食品ごとの耐性とか感受性なんて種族ごとにだいぶ違うし、豊穣神の神殿ならそのあたりを調べてくれるのさ」

 

 なのでお墨付きをもらう意味合いもあって、実際に奉納してお尋ねしてみた次第。

 結果としては食べるに当たっての注意は従来品種と変わらないよ、ということだった。

 急性毒性試験、慢性毒性試験、生殖毒性試験、変異原性試験なんかが全部、神判断(文字通りの意味)で片付くのは便利というか何というか。

 この判別を魔法チートで再現は……できたとしてもあれはイマイチ信用が置けないからやっぱり既存の豊穣神の神殿の新品種評価システムを使うのが安心だよな。

 

 特に害虫耐性つけた品種中の忌避成分が昆虫系の人種に影響しないか心配だったんだが、だいたい問題ないらしい。

 

 ああ、そういえば。

 

「知り合いにも種子を送って育ててもらったんだが、妖精のつまみ食いが多すぎてやってられないらしいぞ」

 

「あらまあ」

 

 呪医ねえさんのとこの方のマックス君のとこで育てたやつね。

 成長促進の魔法で育てたら根こそぎ妖精にやられたらしい。

 虚空の箱庭には妖精いなかったから知らんかった。よっぽど気に入られたらしい。

 

「外で育てるには妖精除けの魔道具もいるなあ」

 

 いろいろと実際に育ててみないと分からないことって、やっぱりあるよね。

 エミュレーション環境も精度は高いみたいだけど、計算量の関係かオミット(除外)しているパラメータもあるのかも。

 

「妖精が集る気持ちも分かりますけどね、革命的においしいですから。

 それで今日もこのあとは古本市ですの?」

 

 ターニャが完璧な淑女向けの宮廷語で尋ねてくる。

 どうにも脳波検知の術式で道行く人の記憶なんかも覗いて学習してるっぽいんだよな。まあ良いけど。

 

「そうそう。使い魔技術関連で探してるのがあってね。エールストライヒ公爵家のマルティンという方の書いたやつの写本でもないかと思って」

 

 このあいだ買った覚書の中で引用されてたんだよね。

 蟲系の使い魔の作成について非常に参考になりそうだったので、ぜひ原著に当たりたい。

 ちなみにその著者のマルティン閣下は、吸血種系の皇統家の当主で皇帝経験者でもあるが、魔導院の教授としても高名な魔導師だ。

 

 <占探術式(ダウジング)>で見つからなければ、気が進まないが、アグリッピナ氏の蔵書にないか聞いてみるか……。

 

 

 

§

 

 

 

 別の日の朝。

 私はエーリヒ君の稽古を眺めつつ、この間の品種改良のために虚空の箱庭で行ったエミュレートのレポートを読んでいた。

 エミュレータの中で一部再現された私が記載したものだ。

 ……まあ何というかプレイログと言うか、セーブ記録というか。

 

 例えば一部抜粋して紹介すると以下のような感じ。

 

 

 

 1年目

 まずは農業そのものに慣れるため、通常通りの育成を行う。

 病気や害虫の発生はナシ、天候も穏やかなものとする。エミュレート範囲は農場1個分から。

 

 2年目

 農芸書籍の記載と、元農民だった肉体の記憶をもとにそこそこ上手くいった。

 得られた種子のうち、まずは収量が多いもの、収穫対象箇所一個一個が大きなものを選別。

 食味については非破壊的な検査術式が必要か……と思ったが、時点セーブされたデータから再現できるのでエミュレータ内では気にしなくていいことに気づく。便利。

 

 3年目

 病害虫の発生、雑草との競合、地中の栄養素などの動態についての要素を解禁。

 早速病気が出て害虫にもかなりやられる。

 園芸書の記載によると一か所で育てていると、そこに病害虫が根付いてライフサイクルを形成してしまうため、休耕してライフサイクルを切ることが有効とのこと。なるほど輪圃制か。でも土地利用効率がなあ。

 

 4年目

 害虫・雑草対策として一定以上の大きさの生命体で害虫・雑草と判定されるものを電撃で消滅させる術式を構築。

 残骸が腐って土壌汚染したので後始末用の術式の必要性を痛感。せっかくなので電撃処理の後に<変成>の術により堆肥化することまで組み込む。

 また圃場を区切って魔法使用区画とそれ以外を分ける。

 新規区画も解放されたが、従来区画との生育に差があり。連作障害か?

 

 5年目

 病気対策として土壌燻蒸術式を構築。

 魔法使用区画でミミズなどの有用な生物も殺虫除草術式で殺してしまっていることが発覚。

 品種の改良自体は順調。品種改良をしたかっただけのはずだが、なぜ農法それ自体の構築に手を出しているんだ?

 空気中の窒素固定魔法を開発。施肥した環境とそうでない環境を分ける。

 

 6年目

 窒素肥料だけだと葉っぱばっかり育ちやがる。根張りには浸透圧関係でカリウム・ナトリウムのバランスが重要で、実をつけるためには細胞分裂関係でリン酸系が必要なのだと思われる。他にも微量要素の影響があるか……。

 基本的には窒素肥料で補えない部分は、害虫雑草の残骸からの堆肥で補うことに。将来的には鉱山開発が必要だろう。

 リン成分は下水からの回収も考えられる。都市部なら下水処理用の巨大スライムにそういったリンの集積結晶化機能を付加できないだろうか。リサイクルについて要検討。

 カリウムは……魔法で海水から抽出すればいい気がするが。ライン三重帝国に大きな外洋港がないとはいえ、何処かにプラントを立てるくらいはなんとかなるだろう。場合によっては山脈の貫通も辞さない。

 

…………

…………

 

 50年目

 環境の細分化が進んでいるが、熱帯から寒冷地帯まで任意に設定できるエミュレータの便利さを感じる。

 それはともかくとして昨年の蝗害イベントはまじクソだったので許せん。怒り再燃。というのも奴らの卵が孵って今年もひどいことになりそうだからだ。

 結局、魔法で害虫駆除結界を張っていたところ以外は巻き戻し処理するしかないかもしれない。いや、新規区画に蝗害に遭わなかったバージョンの派生をつくるか。

 貯蔵性、貯蔵時の防カビについても要素解禁。一つ言えるのはネズミは殺さねばならないということだ。

 

…………

…………

 

 100年目

 品種改良に終わりは見えない。

 塩害や鉱害などの厳しい環境の再現と、それに対する耐性の獲得を目指している。汚染物質除去用の植物も雑草から派生して品種化するか? 組換え用の遺伝子プールにも良いかもしれない。

 同時並行で各種類の品種のゲノム比較により、遺伝子座位の特定を開始。それ用の魔法を作る。

 見た目や味の好み、育成地域の気候ごとに最適な品種が異なるため奥深い。

 

 101年目

 竜(亜竜?)の襲来。マジかお前マジか。

 ぶっ殺して肥料にする。ちょうどリン酸分が足りなかったんだよォッ! お前を骨粉にしてやろうかァーー!!

 

…………

…………

 

 150年目

 ちょっと遺伝子のバリエーションに限界が見えてきたので、ランダム変異要素を強化した区画を用意。ラジエーション。

 

…………

…………

 

 200年目

 世代交代に時間がかかる果樹系も結構仕上がってきた。

 あと養蜂とかも品種改良は順調。もはや家畜化されてこちらの世話なしでは繁殖できない状態だ。

 魔法使用区画で育てているものは、魔力への親和性が上がってきている? 使い魔の素体になるかも。成長促進術式のみ有効で殺虫除草術式はオミットした区画は、害虫や雑草も含めて、系列の遺伝情報を格納する。

 毒性に関する試験についても環境整備。農の敵たるネズミよ、貴様でも役に立つことがあるのだ。

 

…………

…………

 

 300年目

 長かったが多くの野菜・花き・果樹・昆虫その他の品種を作り出すことができた。

 気候ごとの種まきや施肥のタイミング、その成分構成なども記録済みだ。

 このライブラリは非常にいい財産になるだろう。

 これにて試行を終了する。

 

 

 

 エミュレータの中は結構愉快なことになっていたようだ。

 もし基底現実世界で私が農業をすることになれば、300年分の経験をインポートしてもいいだろう。

 ……っていうかこのエミュレータ便利だな。

 

 物質は取り出せず、エミュレータと現実の間では情報のやり取りしかできないけれど、それだけでも十分すぎる。

 今回みたいに遺伝子変異情報を取り出したりとかもできるしね。

 他にも術式の改良だとか、論文の作成だとかにも使えるだろう。

 

 ……長命種(メトシェラ)連中は多かれ少なかれ似たような機能を持っているというのだから恐れ入るが。

 私が入力情報を精緻化するための術式を論文発表したら、長命者連中(あいつら)もっと強化されるんじゃなかろうか。

 この世界、本当に上には上がいるのだなあ。

 

 それで、エミュレータの時間加速だが、今後も便利に使わせてもらおう。

 特に今回の件の論文なんか、メンデルの法則の論証から始まり、エックス線回折かそれに類似の術式で二重らせん構造の発見だとかを一気に論じる必要があるかもしれないから、仮想空間で時間加速して作成できるのは助かる……。

 先行研究集めなきゃ……。

 でも魔力と遺伝の関係とか全然不明だから、あくまで魔力非介在の場合についてという但し書きは要るね。

 

 

 計算量が増えるから加速倍率は落ちるかもしれないが、文明それ自体のエミュレートにも使えるかもしれない。

 ……と思って試しにいくらか要素を絞って計算すると、どうにもどこかで破綻するのか、どの試行でも人類が滅ぶ。

 

 

 う~ん、私の何かのミスなら良いけど、そうじゃないならこの世界は滅びを確約されているということに……?

 

 長命種(メトシェラ)連中がいまいち世界の発展とかにやる気がないのも、実は優れた演算能力で遠い遠い将来の逃れえぬ滅びを悟っているからだとすれば?

 

 死を前にした者の反応は、否認・怒り・取引・抑鬱・受容(諦め)と移り変わると聞くが、彼らは既に全員この世界の滅びを受容し諦めているのだとすれば……??

 

 

 …………やめやめ。まさしくそれこそ杞憂というやつだ。

 

 杞憂だよな? ないよな? まさかね?

 

 

 

「マックス、ひとの稽古を見ながらなんて顔するんだ」

 

「ああエーリヒ君、気にしないでくれ。それより見事なものだな、君の腕前は。私も参考になる」

 

「まあ鍛えているからな」

 

 いつの間にかエーリヒ君の朝の稽古は終わっていたようだ。

 汗を<清拭>の術で飛ばすエーリヒ君は非常にサマになっている。

 声変りが来るかどうかの、ザ・ショタって感じは、きっとお姉さま方にバカ受けだろう。

 

 ちなみにお互いの口調はこういう気の置けない感じに落ち着いた。

 一行の中では数少ない同性同士だし、変に気を張っても疲れるだけだ。

 

「……ふむ。鎧につけた付与は正常に動いているようだね」

 

 私はエーリヒ君の鎧に付与したリジェネ術式の具合を透かし見る。

 問題なく周囲の魔力を還元して着用者の魔力回復を促進し、疲労・体力回復、負傷の超回復を行えているようだ。

 込められた魔力的にはあと100年は保つだろう。

 

「もちろんだ。むしろ鎧を付けていた方が身体が軽いくらいだからな……。しかしこんないいものを貰ってしまって本当によかったのか?」

 

「そう何度も聞くなよ。詫びの品だって言ってるだろう」

 

「だが……」

 

「気にするならその分は今眠っているヘルガ嬢やうちのターニャに良くしてやってくれればそれでいいさ」

 

 実際ねー、エーリヒ君の家事能力は貴重なのよねー。

 本人はちょっとした野営料理だと言ってるが、全くできない私やターニャからしてみれば驚嘆すべき腕前だ。

 

「というわけで早速、今日の昼にでも腕前を披露してくれよ。材料は提供するからさ」

 

「あのやたらと美味い野菜か……エリザが他の普通の野菜を食べたがらなくなって少し困ってるんだよな……宿の方にも提供しているんだろう?」

 

「HAHAHA、うちのターニャはもう手遅れだよ」

 

 だが後悔はない。クオリティ・オブ・ライフ!

 メシは美味いに越したことはないのだ。

 安全性は豊穣神に確認してもらったし安心して人にも勧められるし。

 そもそも苦味えぐみは有害だしな。

 

 稽古を終えたエーリヒ君とともに庭から旅籠の中に戻りつつ、ターニャに悪心を持って狙ってきた輩がいたことを教えたりする。エリザ嬢も気を付けてやりたまえよ?

 それを聞いたエーリヒ君が親身になって心配し憤慨してくれて、やはり善良だねえなどと感慨を抱くなど。

 

 ……街中じゃなきゃ人造人間(ホムンクルス)の素体獲得チャンスだったのに残念……などと思った私とは大違いだな。

 

 エーリヒ君はエーリヒ君で、そろそろアグリッピナ氏に出立を促すべきか迷っているようだ。

 そうね、定住しようとし始めなきゃ大丈夫じゃない?

 

 

 

 さてところで、エーリヒ君って異世界からの落人だと思うんだけど、お互いそれって共有した方が良いのかねえ。

 




 
エーリヒ君との距離感は、今のところ “妹の友人の兄” 程度。マックス君は誘拐の負い目があるし、エーリヒ君はヘルガ救済と鎧の付与魔術をむしろ借りだと思ってるから、変に遠慮しあってる感じ。

あと彼にマックス君の魔法チートを明かしたら、きっとヤバい使い方を開陳してくれるんじゃないかな。おおマンチマンチ。

===

◆使い魔
魔法的、魔術的に改造された強化生物のこと。
ただし近年のトレンドからは外れる。世話が面倒だったり、そこまで強化するのに何世代もかかったりするし、生物的な不安定さが厭われての流れ。伝令に当たっては魔導伝文機、採取にあっては自動人形などの方がスマートと見なされる。
だが旧い魔導師が従える使い魔は、強いものは本当に強いし、いろんな機能を詰め込まれて有用である。

◆農村が竜(ないし強力な魔獣)に襲われる頻度
百年に一度くらいは国のどこかで起こるのでエミュレータに乱数で実装されていた模様。シムシティで怪獣に襲われるようなもん。妙なところで凝り性な魔法チートさん謹製魔法。魔法チート転生者にとってはリン資源を獲得する救済イベとなったが、普通の農村だと……。
 

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