フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
◆前話
夜陰神聖堂の方から来ました!
※今回はセス嬢側の経緯です。ヘンダーソンスケール1.5までの共通ルート部分とも言います。
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※ AIさん(DALL・E-3)に出力してもらった挿絵あり
コンスタンツェ・ツェツィーリア・ヴァレリア・カトリーヌ・フォン・エールストライヒなる名を持つ、皇帝の一人娘であろうとも、出家して僧籍に身を置いていれば、ただの無位の尼僧のツェツィーリアでしかない。
実態はそこまで割り切れるものではないにしても、まあ、建前上は。
というわけで、夜陰神に仕える尼僧ツェツィーリア── 愛称は『セス』だ── は。
長年ずっと月望丘*1で祈りと奉仕を捧げてきた一方で、吸血種としては未成年であるためという理由で昇進を断ってきたゆえに、ただ一介の僧としての地位しか持たない彼女は。
継承関係で呼びつけられた帝都で、好ましい定命の金髪と出会ったこともあってか、帝都大聖堂を当面の拠点としつつ、これまでに手を出してこなかった分野にも修行として手を出し始めていた。
というのも、そのお目当ての金髪の
在俗僧とは、どの聖堂にも属さず、それらの援助も受けずに、まさに身一つで民に信仰を説き、また、信仰の体現者とならんとする者たちのための制度である。
まあ、最悪野に屍を晒すことになる覚悟がいる険しい道のりを歩むのが在俗僧というものだ。普通の巡礼者のように立ち寄った街の聖堂を頼ることもせず、石に枕し流れに嗽ぐのが基本である。
となれば、これまでのように静かな聖堂で祈りを捧げ、貧しい民のために奉仕活動をして、ときに教えを説きに説教台に立ち、聖堂内で勤労を務め、というだけではなく。
それ以上の “修行” が必要となるのは言うまでもない。生半可な覚悟で臨むべき道ではないのだ。
野を行くための知識。生存のための技術。方角を見失わず、水や食料を得て、悪天候に適応すること。
ナイフの扱い、火の起こし方、一般的な野営地でのルール。毒草や薬草の見分け方。
非暴力の誓いを貫くのであれば、危険を察知して遠ざかるという根本の護身を実践できなければならないし。それでも危地に赴かんと欲するのであれば、傷つけずに制圧する方法まで身に着けるべきですらあるかもしれない。
在俗僧として人々を救わんと欲せば、まずは己の身の安全は己で確保できねば話にならない。
己一人の身すら危うくして、行く道の途中で苦難に見舞われている人の分まで、その苦難という重荷を背負うことなど出来はしないのだから。
ゆえに。
「なるほど、それゆえに大聖堂座主ストラトニケ僧正殿は拙僧を紹介なさったわけでございますな」
「はい、ラドゥ律師様。かつて聖堂騎士団にて武勇を誇った貴方に手解きをいただきたく」
「………ツェツィーリア様にそう申されますと、拙僧としても断りの言葉は持ちませぬ」
人狼の律師*2はその精悍というよりは老獪な狼の顔を笑みの形にして、請け負った。
「まあ、ラドゥ律師様。私に様付けなんてよしてください、ただの凡僧なのですから。どうか私のことはセスと呼んでいただければ」
「いえ、まあ、はい。先輩がそうおっしゃるなら……」
「またそんな……」
なお人狼の平均寿命は50年かそこらであり、この律師ラドゥはもう30の後半。
彼は、馬蹄と槍にて信仰を語ると言われた聖堂騎士団にかつて所属していた身ではあるが、体の衰えもあってここ数年は現場を離れて久しい。
ちなみにいま夜陰神 帝都大聖堂の座主を務める
一方でツェツィーリアであるが、信仰の年季という意味では、この人狼ラドゥよりもキャリアが上だ。
なんなら授かっている奇跡の格としても、ラドゥよりも断然上であったりする。
そして、ラドゥにとってのツェツィーリアは、己が若く拙かったときの失敗談を覚えている頭の上がらない先輩でもある。
長命な吸血種の未成年(100歳以下)と、サイクルの早い小鬼や人狼などの老年(30~40歳)で、キャリアが逆転してしまうことはライン三重帝国ではまま見られる光景だ。
「(ストラトニケめ! 拙僧を巻き込みおって!!)」
樹皮色の肌を持つ森林地帯出身の小鬼、ストラトニケの小さな背を思い出して、人狼律師ラドゥは内心で悪態をついた。
非暴力の戒律を自らに課しているというツェツィーリアであるが、鍛錬しておくに越したことはないだろう。
自ら振るわないにしても、暴力を制するにも、逃げるにも、一通り学んでおくべきであろうから。
また、聖堂騎士団の流儀を知っておくことも必要だろう。
在俗僧としてどこでどの役職のものと袖振り合うかは分からないのだから。
だが何も、この政治的爆弾であり、制御不能な乙女を自分に預けずとも良いのではないか、
「(………はあ。まあ良い。これも老いぼれの役目というものだ。それにストラトニケが拙僧にセス先輩を付けた気持ちも分かる。
………この人、めちゃくちゃに危なっかしいしな)」
吸血種特有の危機感の薄さというのか。
あるいは未成年ゆえの好奇心の旺盛さと言えば良いのか。
ツェツィーリアはあっちにフラフラこっちにフラフラとまるで幼い
それにこの世界にはずっと聖堂で過ごしていた箱入りの尼僧には思いもよらない悪意も、脅威もあるのだ。
聖堂騎士として、僧会の槍先として、最尖峰を務めてきた
であれば、先輩であり後進でもある、この夜と月に愛されし乙女を導くのも、後輩にして先達たる己の役目であろう。
「オッホン。そうまでおっしゃるのであれば拙僧も腹をくくりましょう。セス、覚悟して、しっかりとついてくることです」
「はい、ラドゥ律師様!」
「良い返事です、セス。やるのならば徹底的に。私の持つ知識技能をしっかりと修めていただくとしましょう。容赦は、期待せぬことですな。在俗僧になるというのであればその程度はしてもらわねば」
「望むところです!
というわけで、ツェツィーリアことセスは、人狼の律師ラドゥの指導の下で、サバイバル知識はもちろん、奇跡を用いない実践的な応急手当ての方法や、徒手格闘術や捕縛術に逃走遁甲術についても修養することとなった。
もちろん聖堂騎士団を始めとする聖堂の諸組織についての座学に、俗世一般の常識について等も学ぶことも忘れない。
当然その中には、人狼の引退聖堂騎士ラドゥ律師の経験してきた異端討滅の実話についても混ざる。
一方で実践も欠かせない。
つまりは稽古だ。
日除けの奇跡で人化したツェツィーリアと、人狼の律師ラドゥが聖堂の裏手で向かい合う。
*3
「参ります!」
「存分になさい、セス」
「えいっ!」
人狼ラドゥと吸血種セスの訓練は、意外なことに膂力という面では拮抗する。
老いて下り坂にあるラドゥと、最も濃く尊い血を引く吸血種のセスでは、男女の差、体格の差があってなお、ラドゥが力で勝るとは言えないのだ。
だが経験や技量では、ラドゥ律師が
大聖堂の鍛錬用の裏庭で行われている組打ち稽古では何合か型の通りに行い、乱取りも行うこととしている。
そしてその乱取りにて、
「うむ、今日はここまでとしましょう」
「は、はいぃ~。あ、ありがとうございました、ラドゥ律師様」
「日に日に進歩していますよ、セス。
それであれば不測の事態にもある程度は対応できるでしょう」
「では……!」
「ええ、そろそろ、監査の実地研修をしてみても良いかと。適当に候補を見繕っておきますよ」
異端を見つけるための監査について、ラドゥ律師はセスの経験のために計画を立てることにした。
無難に、マックス何某のアトリエをターゲットに。*4
それがまさかあんなことになろうとは……。この時点では全く予想できなかったのです……。(次回こそはヘンダーソンスケールの予定)
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今回の話は、原作Web版で在俗僧のセス嬢が、陽導神のお孫さんに言い寄られたときに、顎に一撃入れて撃退したらしいというエピソードから、在俗僧になる前にこうやって前準備で護身術習ってグラップラー技能を生やしたのではないか、という妄想でした。