フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
◆前話
神前決闘の結果はマックス何某の反則負け!
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※ AIさん(DALL・E-3)に出力してもらった挿絵あり
今回は後始末の会話集です。ポンポンと場面が飛びますが御勘弁ください。
1.反省会@マックスくん陣営
マックス何某が亜空間に維持する都市級の拠点、虚空の箱庭。
汚染重霊地でもあるこの亜空間の魔素を浄化して、凡人でも魔種でも発狂せずに過ごせるように調整された結界内、その中心にある彼らの居館の、大食堂にて。
「反省会を始めます」 と神妙な面持ちで切り出したのはマックス・ロタール・フォン・ハシシ=ミュンヒハウゼン隧道方伯にして魔導副伯。
「む、何か問題があったか? 主殿」 その巨体に応じた専用の食卓── 食卓というよりは、機動兵器の整備デッキじみている。実際、決闘の際のダメージの調査と調整も並行して行うためのデッキやキャットウォークが食卓とは別に彼女の身体の周りに設けられ、整備係の
「ああ、やはり首級を挙げてこそというのは分かるが、もとからそういうルールでの戦いであったしな。そこに不満は言うまいよ、主殿」
そう、ルール。
事前に定めた決闘のルールに基づいて、関係者の奉ずるそれぞれの神の神威や呪術や魔導を混ぜ合わせて擬似使徒まで作って敷いたそれ。
マックス何某の敗因は、まさにそのルールにあった。
「あの、ターニャちゃんはどこに……? 彼女も関係者では」 おずおずと手(※ヒト腕の方)を挙げたのは、マックス何某の妻にして
確かに彼女の指摘の通り、この場にはもう一人の関係者であり彼ら彼女らの仲間である
「ああ、ターニャは寝込んでいてね……」
「──── 食
「いやそっちは無事に馴染んだんだが……。ほら、決闘の審判であった無貌の擬似使徒からも、私が権能を喰っただろう?」
マックス何某が言うのは、決闘の終盤にて太陽の神威で蒸発させられた彼が、審判たる使徒へハッキングを仕掛けたときのことを指している。結局マックス何某は、それも含むルール違反のペナルティにより弱体化を受けて敗北した。
そして勝敗確定後にペナルティが解除されて本来のパワーを取り戻した彼は、審判としての役目を終えた無貌の擬似使徒が消滅してしまうまでのロスタイムの間に、消えゆくその擬似使徒を掌握し吸収したのだ。恐らくはリサイクルに対して補正を発揮する “もったいないおばけ” の加護も大いに関与したことだろう。
「ええ。相変わらず無茶苦茶なさりますわね、と思いましたが」 呆れた表情のルゥルア。
「強さに貪欲なことは良い事だと思うぞ」 食事を猛スピードで口に運ぶ合間に器用に発言するスティー。
「まあ一旦は私の方で吸収してみたんだが、陽導神由来の権能との相性は正直悪くてね。ほら、キノコは暗くてジメジメしたところで育つだろう? 陰の属性なのよね基本的に。解釈を重ねて地面を適度に温める日差しの側面だけ抽出すればなんとかなるんだが、それだともったいないし。
それで、ターニャは極光の半妖精ということでつまり、光の権能を持ってるわけで陽の属性だし、これから妖精女王として統治に必要な主神系列の権能はいくらあっても良いわけだから────」
「だから?」
「だから擬似使徒から得た “契約と裁きと処罰” の権能*1についても、大部分をターニャに移行させてみた。
………そしたら、熱出して寝込んじゃった」
「何してるんですか貴方は!?」
「良かれと思って! 良かれと思ってぇ!」
妹分へのあんまりにも無思慮な仕打ちに白の蠍巫女ルゥルアが激昂したのも致し方あるまい。
『目』の権能付与で胃もたれ腹痛に見舞われてから、さらに太陽神由来の契約の権能の掌握のために発熱してしまってと、ターニャの
マックス何某から供給される無尽蔵の魔力と賦活術式によって、それらの権能を取り込んでより強力になって復活することが約束されており、かつ一つの次元世界の主として、死に瀕するというのはいわゆる黄泉の国訪問の類型であることからその神話的な見立てからもまたターニャの妖精女王としての権能の強化に繋がるとはいえ、まあ。やり過ぎ感は否めない。
救いは、ターニャ自身が少なからずそういった王権強化に前向きであることだろうか。
「ふむ。あれだな、主殿はきちんと考える
「ぐむむ……」 実際、基底現実を時間加速状態でエミュレートできる術式を抱えているのだから、本来であればそういった地雷的な障害は、ある程度は事前に
「そうですよ、貴方。先の聖者との決闘も、その方が丸く治まるからと、負けるのは始めから既定路線だったとはいえ、反則冒して自滅気味にというのはちょっと……」
「まあそれは大規模破壊魔導の禁止をルールに盛り込んだ、向こうの
「ぐぅの音も出ない……。どうにも戦闘というか、咄嗟の判断というのが苦手なままでね……。つい爆発してしまった。悪い癖だね、大技出して仕切り直そうとするのは。
実は
折角の再生持ち同士の戦いで、魂までは損なわれないように保険をかけていたんだから、もっと血みどろの持久戦に持ち込んでも良かっただろう。
例えば、散らばった血肉をこっそり動かして少しずつ整列させて魔法陣にして蘇生魔導で強化復活したりとか、他にも胞子ばらまいて吸入させて肺を腐らせたりとか色々と考えていたのだ、と述べるマックス何某。
それらの奇手奇策が通じるかどうかは、やってみなくては分からなかっただろうが。ただ、順当に行っても陽導神の『
「いや流石に審判掌握からの勝ち筋は止めておいて正解だと思うぞ」
「そうですよ。いかにも聖者の逆鱗に触れるやつでしょう、それ」
「あ、やっぱり? モロに不正だもんなあ、流石にダメか」
「それに、決闘に絡む禍根は流すということになっていますが、向こうは虎視眈々と辺境大乱の下準備に介入する機会をうかがっていると思いますよ」
“というか流れで私も密偵としての貴方のお仕事について知っちゃいましたけど良いんでしょうか?” とボソリと口に出すルゥルア。
「彼らもルゥルアさんも、口外法度の制約は生きてるから問題ないよ。でもまあ、折角事情を知った上位冒険者とのコネクションが出来たことだし、有効活用してみようか」
ニヤリと笑うマックス何某。
「向こうがそれを受けてくれると良いがな? 主殿」
「まあ最悪、ぜんぶ
「それはそれでどうなんですか、貴方。貴族としての矜持というものがあるでしょう」
「そんなものは犬にでも喰わせておけー」
2.屍戯卿(しざれきょう)シュマイツァー教授へのお誘い/謎肉生産工場長
さて、
そんな彼の前には、肉塊でできた要塞が、デンと鎮座ましましていた。
これは
主を失った、肉と目玉の魔宮の残骸である。
少しは寄食のザイナブ女史が肉を削って持って行ったが、それもたかが知れている。
大部分は街道脇の現出地点に残されたままだ。
「このまま放置すれば腐り果てる運命だが……」
それはなんとも 〝もったいない〟ことだ。
「というわけで呼んできたのはこの方。シュマイツァー卿です」
「………ゾフィに泣き付かれて来てみれば。ハシシ=ミュンヒハウゼン卿、これは一体?」
帝国隧道公団の初期メンバーである
魔導院の力関係的には一介の研究員に過ぎないマックス何某がシュマイツァー卿をこんな西方辺境の荒野にまで呼びつけるのは(空間転移で送迎したとはいえ)不敬に当たるが、そこはそれ、シュマイツァー卿の置かれた状況がそれを許すこととなった。
シュマイツァー卿は動死体兵器を以前から帝国貴族中にばらまいていた上に、その材料について後ろ暗いルートから調達していたことがバレてしまい、なんとか罪一等減じるために、派閥のボスであるベヒトルスハイム卿の計らいで、屍霊術を学ぶ己の研究室を解体することで反省を示し、さらに動死体兵器の回収と処分と口止めにかかったコストの補填のために私財を供出したのだ。聖者フィデリオとはまた違った方面での聖人の素質がある。
幾つかの役職も解かれ、過去の研究歳費も返還させられ……と、つまり彼(あるいは彼女。シュマイツァー卿の中にはアンリ・リアン・マーガレットの3名の魂が同居している)は、いま素寒貧だった。
そして一方で、今や国内有数の成金でもあるマックス何某。
落日派ベヒトルスハイム閥内でも存在感を増してきているこの若い研究員にして皇帝の寵愛篤き官吏である彼から、〝いい儲け話があるんですよ、屍戯卿の御助力がどうしても必要なのです〟 と請われては、なかなか断るのも難しい。弟子の中でも稼ぎ頭のゾフィ(※帝国隧道公団役員)の
研究を続けるには金が要るのだ。そのためには、東の沙漠に残していた動死体兵器の残党を学閥と政府に通報してシュマイツァー卿自身の没落のきっかけとなった、このマックス何某という異教の魔導師にも、従わなくてはならない。金貨袋は教授級の魔導師すら張り倒せるのだというは、何とも世知辛い話であるが、ある意味では世の真理であった。
さて、そして 〝儲け話がある〟 と言われてやって来たシュマイツァー卿が目にしたのが、件の肉と目玉を捏ね合わせたような要塞だった。
そう、邪視の魔宮である。
「それがですね、シュマイツァー卿。この肉の塊というか肉の城は、まあ、魔宮の主を退散させたので、そのうち機能を止めてしまうのですがね、このままにしておくわけにもいかないでしょう?」
今は獣避け・虫除け・人払いの魔術で余計なものを近づけさせていないが、それらの魔術の作用がなければかなり大変なことになるだろう。野生動物の肉祭りが、やがては腐肉祭りになって、そして疫病フィーバーに進化するのは確定的に明らかだ。
「私のキノコの苗床にしちゃうという手もあるのですが、それも 〝もったいない〟 なあ、と。でも………」
──── シュマイツァー卿なら、もっといい使い道を思いつくんじゃあないんですかぁ?
「つまり、
「まあそういうことですねえ。魔宮の主の権能を抽出した余禄で、この邪視の魔宮の肉塊を運用するノウハウも手に入れてますし、使用料はいただきますが魔導炉は私から提供するので、その魔力で増やして無毒化した肉を出荷していただければ、きっと帝国臣民の栄養状況もさらに改善するんじゃあないかと」
肉質の改良や、鮮度を保つ術式付与や熟成管理の術式、そしてそれらの魔導具化だって、シュマイツァー卿ならばお手の物のはずだ。
魔導炉からの魔力で増殖する肉塊を切り出して出荷する。
なんなら、適当に見た目を牛や豚のように整形して、魔力が抜けきらないうちは自ら肉に歩かせて出荷しても良いだろう。
屍霊術のエキスパートであれば、その程度は造作もないはずだ。
「私に食肉業者になれ、と」
「墓暴きよりはましでしょう? 世のため人のため。自らの技能を生かし、日々の糧を得る。存外楽しいものですよ?」
「卿はまるで払暁派のような物言いをする」
「よく言われますねー、それ。まああとは、魔導炉の出力の余剰でナニを作ろうが、それはご自由にですよ」
「ほう。例えば、人体と寸分たがわぬ肉人形でも、ということか」
「ま、そういうことです。屍霊術のネックは素材の入手難易度が高いことですからねえ。いえまあ、ヒトの死体なんてそこら中にあるものの、咎にならないルートで手に入れるのは難しいでしょう? その点、この肉の城から切り出して
ジェネリック人体というわけだ。
「ふむ………。なるほど………。ついでに食肉を売った代金で研究をする分には、帝国政府に何かと
「流石に前科があるので監視がなくなることはないでしょうけれどねー」
「それは致し方ないだろう。今は雌伏の時。嵐が過ぎ去るのを待つのみだ」
「ですねえ。それにこの謎肉の生産と加工で帝国に貢献すれば、恩赦もあるかもしれませんよ? シュマイツァー卿」
「………。………。………。*2………いいだろう。やってみようじゃないか。卿の口車に乗ってやろう。………どうせ暇だしな」
「そう仰っていただけると信じておりましたよ」
契約成立、と握手をすれば、マックス何某は早速、この肉の城を閉じ込める石棺のような外殻と、魔力供給用の魔導炉と、そして管理用の術式群について手配を始めた。
というわけで帝国の底辺ラインの庶民食に、
3.マルスハイム冒険者同業者組合長マクシーネの憂鬱
冒険者
組合長である女傑、マクシーネ・ミア・レーマン*4は、その白髪交じりの黒髪をビシッと決めて── 灰の髪は三皇統家の一つであるバーデン家の連枝の証。現マルスハイム辺境伯(マルス=バーデン辺境伯家の家長)とは腹違いの姉弟の関係。巷ではその髪色から、“灰の姫君” とも呼ばれる── 、すました顔で入室した。
「お待たせしましたかな、
組合長であるマクシーネは、ハスキーボイスの男性宮廷語(※仕事モード)で、中で待っていた客人に告げた。
「そんなことはありませんよ、組合長。こちらこそ早速お時間を取っていただき感謝申し上げます」
果たして貴賓室の中で待っていたのは、成人した程度に見える若い金髪碧眼の男だった。*5
彼こそはマックス・フォン・ハシシ=ミュンヒハウゼン隧道方伯にして魔導副伯。現皇帝の寵愛が篤いと噂される、ちょっとおかしなレベルで有能な男だ。
特に彼が方伯に任命されるに至ったという事業は
なにしろ一年にも満たない期間で東方の沙漠の真ん中まで大陸を横断するトンネルを掘ったというのだから、それはもう大変な偉業である。
そしてその技術は汎用化可能だったらしく、従来では考えられないほどの速度で帝国中の山々にトンネルを通し、あらゆる場所に運河を開削している。
〝あるいは魔導院の魔導師を文字通りに総動員して作業すれば可能かもしれない〟………という机上の空論、夢物語とされていたような速度での土地開発だ。頭がおかしい。
だがそれを可能にした功績で、実際にこのマックス何某は、帝国隧道公団の総裁として、方伯の位を賜るに至っている。
複数の領地に跨る隧道や運河の用地調整や利害調整を行う必要があることや、造成中のそれらに対して破壊工作を行った不埒者が領境を越えて逃げた際にスムーズに捕縛するために、領邦君主たる伯爵の権限を明確に優越する地位が必要だとして、無血帝マルティンⅠ世は彼を
大抜擢と言っていいだろう。
「それでは……改めて本日の御用件を聞かせていただきたい」
「直截な物言いで助かります、組合長」
──── 実は、聖者フィデリオの一党に、報酬を渡したいのです。
隧道方伯にして魔導副伯たるハシシ=ミュンヒハウゼン卿はそう切り出した。
「………報酬をフィデリオ氏たちに? しかし、閣下は何か彼らに依頼をしていたのですか?」
組合長マクシーネの認識ではそのような事実は無いはずだ。
貴族からの依頼で、しかもマルスハイムの冒険者の顔として高名なフィデリオ氏が受託したとなれば、少なくとも組合長である彼女の耳には入っているはずであったから。
「緊急時だったので、組合は通していませんがね。偶然にもとある魔宮の奥底で彼らとは共闘しまして。なかなか厄介な魔宮でしたので、その功績に報いたいのですよ」
そのためには、事実が前後してしまうが、依頼という形で組合を通すのが一番だ。
そう思って、ハシシ=ミュンヒハウゼン卿はマルスハイムの冒険者同業者組合を訪ねたのだという。
(なるほど)
冒険者へと貴族が私的な依頼を行うのは珍しくない。
いわゆるお抱え、その一歩手前というやつだ。
………どうすれば多忙な貴族家の当主が魔宮の奥底で冒険者と共闘するという状況になるのかは何も分からないが。
だがまあ冒険者の中にはお抱えのような形で貴族の色が付くのを警戒したり疎んじたりする者も居る。
組合というのは、そういう場合に仲立ちをする組織でもある。
あとは直接に貴族と冒険者がやり取りをすることで、礼儀がどうこうといった問題が発生しないようにするという側面もある。
また神代の頃の名残であるが、冒険者を対人兵力として運用したせいで肝心の魔獣の脅威からの人類圏の防衛がおろそかになったりしないように、と、冒険者同業者組合には独立性が求められ、また神の名のもとにそれが認められている。
貴族であればこそ、冒険者同業者組合には一定の配慮が必要なのだ。
ハシシ=ミュンヒハウゼン卿がこうやって冒険者同業者組合へと筋を通しに来たのも、そのような歴史を理解してのことだろう。
「というわけで、これを彼らの一党に届けてほしいのです。もちろん組合にも既定の仲介手数料は納めますよ」
そっとハシシ=ミュンヒハウゼン卿がどこからともなく貴賓室の卓の上に広げたのは、
・小柄な種族向けの大きさをした『地味な背嚢』
・瀟洒な細身の瓶に入った『青い薬剤』
・ところどころが焼け焦げた『血判状』
の3つだった。
何やら重い音のした貨幣入れの宝箱もあるが、それは置いておこう。
「これは………?」
「目録にするほどでもないかもしれませんが、まあ、形式は大事ですからね。こちらがこの品々の目録です。簡易な説明も付記していますよ」
「………拝見します」
ハシシ=ミュンヒハウゼン卿が魔法の力で浮かせてマクシーネ組合長のもとに飛ばしてきたのは、一枚の羊皮紙だった。
それがこの、フィデリオ氏たちに渡すべき報酬の目録なのだろう。
「ふむ。『亜空間リュック(容量実質無限)』に、『若返りの秘薬(頭髪特化版)』に、『神前決闘の血判契約書(陽導神の神威が染み込んでいる)』……」*6
マクシーネ組合長は、ふぅーーと長く細くため息を吐き、目元を両手で揉み込んだ。
なんてものを寄こしやがる! いずれも金貨で値段を付けられるような生易しい宝物ではない。3つのそれぞれが、大半の貴族家にとっては、家宝となるような代物だぞ?
この現実を呑み込むには、特製の薬湯が必要だ。
「フゥーー………。失礼。ああ、恐らく、事実なのでしょうな。この目録に書かれていることは」
「ええ、我が信じる神に誓って」
「そして事実だとして………いったい何があったというのです。ただの魔宮探索の現地協力だけで、このような破格の報酬を与えるというのは道理が合わない。うちの組合員に、
組合長である灰の姫君、マクシーネ・ミア・レーマンが尋ねる。
それを受けて、隧道方伯にして魔導副伯マックス・フォン・ハシシ=ミュンヒハウゼンがニヤリと笑った。
「知りたいですか? 知りたいですよね? 知らなければなりませんよねえ、立場的にも。私としても、彼らの功績について、組合にはきちんと把握してもらい、正当に評価していただきたいところですし。………
ハシシ=ミュンヒハウゼン卿の口から語られたコトの顛末は、〝灰の姫君〟 の心胆を寒からしめるに十分だった。
異次元からの窃視者? 人間を肉と目玉の塊に変える、感染する邪視? その橋頭堡たる邪視の魔宮?
このマルスハイム一帯を含む西方辺境が滅んでいてもなんら可笑しくはなかった。
世界の危機というのは、案外そこら中にあるものだとマクシーネ・ミア・レーマンは知識としては知っていたが、実際にそうであったのだと聞かされては、なかなか平静を装うのも難しい。
「まあそれらは終わったことです。危機は去り、世はすべてこともなし」
冷静に何事もなかったかのように黒茶を飲むハシシ=ミュンヒハウゼン卿が少し憎たらしく思える。
「では組合長、報酬の件はお預けいたします」
「………ええ、確かに承りました」
「そしてこれは別件なのですが」
そう言ってハシシ=ミュンヒハウゼン卿が、また何処からともなく取り出したのは、書類の束であった。
「こちらは改めて彼らか、あるいは相応の冒険者に依頼したい案件の候補です。私が独自ルートで調べて当たりを付けた、特に厄介そうな匂いのするものを持ってきました。ぜひ、地元の凄腕の冒険者にその詳細調査と、場合によっては解決をお願いしたいのです」
まあつまり、厄ネタの束であった。*7
灰の姫君は、思わず自らの胃を押さえた。薬湯はどこだ。
時系列的には原作小説7巻の途中、我らが金の髪エーリヒ君がマルギットと一緒にマルスハイムに向かってるあたりです(相変わらず道中表さんが仕事している模様)。