フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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◆前話
・対 聖者戦、反省会。なお極光の半妖精ターニャは寝込んでいた。
・屍戯卿に、邪視の魔宮の跡地(死骸)の管理を任せた。餅は餅屋だ。
・マルスハイム冒険者同業者組合の組合長は胃痛持ち。


===

今回は幕間的な会話集その2です。ポンポンと場面が飛びますが御勘弁ください。
 


34/n マルスハイム(?)の春-2(ちょっとしたおかえし/ヒルダとアリシア井戸端会議/工作進捗)

 

 

1.極光の半妖精(アウロラ・アールヴ)にして妖精女王たる〈みえざるひかり〉のタチヤーナの復活

 

「復ッ活ッッ!! です!!」

 

 ババーン!

 

 ぱちぱちぱち、と微小な静電妖精が拍手のように電荷を弾かせて快癒を祝福する。

 

 その中心で、ポーズをとる虹色に揺らめく髪色の少女。

 オーロラを固めて作られたジャノメチョウの(はね)を背負い、まるで星のように飛び回る微小な静電妖精を従えるその姿は堂々たるもの。

 

 彼女こそ、極光の半妖精(アウロラ・アールヴ)にして妖精女王たる〈みえざるひかり〉のタチヤーナ。

 

 新たに開拓された妖精郷の主であり、新米の妖精女王である。

 しかも彼女は変則的に受肉した── とある魔導師の脳髄のシナプス発火を目掛けて転移して、そのまま頭蓋を(はら)代わりに脳髄を血肉にして生まれた── 半妖精だ。しかも自我を得た際の妖精としての真名の名付けが、既存のどこぞの妖精女王からではなく、頭蓋で彼女を孕んで母体となった魔導師によりなされたこともあり、自然の化身である妖精としての規範(ルール)から外れて、我意のままに力を(ふる)うことができる(できてしまう)外道(イレギュラー)の妖精でもある。

 

 そんな彼女が女王として差配するのは、一兆度の火球の中心部から繋がった未発見の異次元だ。

 『電界25次元』*1と名付けられたその処女地には、まったく何もなく、未分化な空間に電子と電磁嵐が吹き荒れるばかりであったが、その平定を行ったのがこのターニャなのだ。

 

 何もないというのは、太陽もないということ。

 

 なので、彼女を脳髄で孕んだ魔導師は、彼女の妖精郷の開拓のために、〝一兆度の火球〟 を魔法で閉じ込めて自在にエネルギーを取り出せるようにした 〝魔導的ダイソン球〟 をプレゼントした。

 それは太陽の代わりであり、火球を閉じ込める魔導結界の透過吸収率を操作することで、必要な部分以外に放射されるエネルギー── だって妖精郷の大地がある方向と反対側に光が放射されていても無駄になるだけで 〝()()()()()()〟── を回収できるようになっている。

 回収された光と熱のエネルギーは、魔導的ダイソン球を譲渡されたときの契約によって、妖精女王たるターニャに流れ込み、彼女の権能領域である 〝光波と電子〟 の支配特性によって、全てが彼女の糧になっていく。

 

 新興の妖精郷であるため、彼女に従う妖精(こくみん)の数こそ少ないが、恒星ひとつの放射エネルギーを常に喰らい続けている彼女の、そのポテンシャルは非常に高いと言えよう。

 

 

 そしてそれだけではない。

 実際に女王としてふさわしい権能を、ターニャは身に着けつつある。

 

 これまでターニャは、歴史を重ねぬ()()妖精女王であるがゆえに、権能の引き出しがあまりなかった。

 すなわち、支配者として齢を重ねることで自然と会得するはずの、各種の王権とも言うべき技能や特性が不足していたのだ。

 

 だが、無ければ他から持ってくればよい。

 受肉して魔導師としての叡智を── 悪知恵を── 得たターニャは、年月の積み重ねを外付けの何ものかで埋めることに躊躇はなかった。

 

 そして母胎となった魔導師も、それを大いに後押しした。

 やはりどんな形で生まれたものであれ、娘は可愛いということだろうか?

 父性か母性か、あるいはまた別の愛か。いずれか定かならぬ複雑な情動から、ターニャの生みの親たる魔導師は、積極的に贈り物をした。

 

 

 例えば、とある魔宮の奥底に潜んでいた、異界の強大な生物の、その眼を贈った。

 異次元よりの(ゲイザー・フロム・ビヨンド・)窃視者(アナザーディメンジョン)の眼から抽出した、『目』の権能の移植だ。

 

 これは太陽という象徴を通じて発揮される監視の権能でもあるし、もちろん普遍的な『目』に係る全てを包含する極めて強力な権能だ。『目』というのは、非常に強力な概念の象徴(アイコン)であるがゆえに。

 もちろんターニャが、『目』に見立てた魔導的ダイソン球を通じて、彼女の妖精郷(おうこく)()守ることにも大きな力を発揮する。

 ()が届く、というのは、支配領域を確定させる概念であり、己の領域を強力に定める権能でもある。多くの神話で太陽神が主神とされることの、一つの要因でもあろう。

 

 

 

 そしてさらに魔導師が贈ったのは、この地域で信仰される主神たる太陽神(陽導神)の神威を折り込んだ 〝擬似使徒〟 の残骸だった。

 役目を果たして消えゆく定めのそれから抽出した、『契約と裁きと処罰の権能』の移植。

 これこそまさに、支配者の王権そのものである。

 

 『目』の権能に比べれば抽出元の位階がささやかであったために、現時点ではそれほど高級な権能ではないが、なあに、それはこれから育てていけばいい。

 種や苗(きっかけ)として考えてみれば、十分すぎる。

 

 

 

 それらの『目』と『契約と裁きと処罰』のふたつの権能を取り込む過程で、ターニャは凄まじい体調不良に襲われたりもした。

 しかしそれもまた、裏を返せば、神話的意義を付与することが出来る経験ではあった。

 槍を刺したまま世界樹で首を吊り真に力ある文字(ルーン)を得たという神の話は有名だし、他にも冥界に赴くことがトリガーとなって覚悟を決める、あるいは何かを会得するという類型の神話は多い。

 臨死を代償にして得られる力は、それほどに強力だということでもある。

 

 その証拠に、床に伏し、そして恢復したターニャもまた、ただ単に呑み込んだ権能を消化掌握したというだけではなく、それ以上に地力を増していた。

 

 

 金の髪を追いかけるために西に向かい、その過程で邪視の魔宮と出会い、そして太陽神(陽導神)の高位聖職者と成り行きで試合(しあ)う羽目になった辺境への旅路であるが、やはりあの金の髪は特異点なのだろうか、斯様に収穫は多いものであったのだ。

 

 

 

「だから許してもらえませんかねー、ターニャさん?」

 

「ダメですわ♪ おかあさま」

 

 

 

 というわけで。……というわけで?

 私ことマックス・ロタール・フォン・ハシシ=ミュンヒハウゼン隧道方伯にして魔導副伯であり、妖精女王〈みえざるひかり〉のタチヤーナ(ターニャ)を己の脳髄で孕んで産んだ魔導師は、絶賛(はりつけ)にされていた。

 ちなみに場所は、ターニャの差配する妖精郷である異相次元、『電界25次元』の電子吹き荒ぶ虚空である。

 

 

「私ばかり貰っていては不公平ですもの、おかあさま。きっちり、きっかり、ばっちり、ふくsh………ごほん、()()()()をいたしませんと」

 

「いまの 〝おかえし〟 のところ、復讐って言いかけたよね?」

 

「おかあさまのお陰で、いろいろとできることも増えましたのよ~!」

 

「聞いてる??」

 

 

 なんかこう×(バツ)字型の枷台に括りつけられている私の疑問を流して、ターニャがうきうきと飛んでくる。

 ぴぴるぴ~、とでも軽快な電子音が似合いそうな動きだ。

 ジャノメチョウのような模様が流動するオーロラの蝶翅から、電子の鱗粉が零れ落ちて軌跡を作る。うん、かわいいね。だから放して?

 

 

 

 にやにやと悪戯気な笑みを浮かべて、ターニャが私に顔を寄せる。

 唇同士が触れんばかりに。

 

 

「というわけで、加護をあげたいと思います! 権能を使う練習もしなきゃいけませんし。……あ、キスされると思いました?」

 

「違うのかい?」

 

 ターニャは答えず、ちらりと妖艶に舌を出す。

 妙にその舌が気になる。

 なにかが良くない気がするが、拘束されていて動けない。

 

 ターニャの手が、私の目元へ伸びる。

 左眼を見開かせるように、彼女の両手が。

 

 そして────

 

「れーーろっ♪」

 

 

 眼球を、舐められた。

 

 

「熱烈で倒錯的だぁ」

 

「れろっ、ちゅっ。まあ、随分な物言いですこと、おかあさま。必要だからやっているのですわよ?」

 

「あー、はい。痛くしない?」

 

「痛くします」*2

 

「わァ………」

 

 

 直後に、激痛。

 

 

 ぐぅうううう!?

 んぎぎぎぎぎ?!

 

 磔架に固定されたまま身をよじる。

 左眼が燃え落ちるように熱い。そしてそこから、何かが私の肉体に、精神に、魂魄に、侵入(はい)り込んでくる。

 そして、入り込んでくるナニモノかが、それ自身を私に強制的に理解(わから)させてくるのだ。

 

 

 妖精女王の加護。見えざる光、電子励起。

 『目』の権能。魔眼授与。

 そして『契約と裁きと処罰』──── 返報性の原則。

 

 与えられたものに報いを。

 加護には、加護を。

 でも同時に、苦しみには、苦しみを──── ちょっぴりね。

 

「あああああああああっ!?」

 

 左眼を起点に、身体が書き替えられていく。

 寄生する『冬虫夏草の使徒』の抵抗力を超えて。

 さらに恒常性維持の常駐魔導を貫いて。

 

 妖精は、人間を、変えるものだから。

 それが、この世界に定められた()()()ありようだから。

 そういう、もの、だから。ゆえに、抵抗は無意味だ。

 

 

 全身の細胞が燃えるように熱い。

 ははは、全ての子実体分身も、きっと同じ苦しみを同時進行形で味わっているはずだ。*3

 魂そのもの、クローン全てに共通するそれが、変質していっている。

 

 第一段階。まずは、これは、きっと、全身の電子励起化、か。

 

「〈みえざるひかり〉 の女王権能ですわ。放射線(みえざるひかり)の発生には、電子励起からのエネルギーの解放はつきもの。その権能の範囲の関係もあって、電子励起化をより上手に扱えるようになったのです。私の加護を浸透させることで、おかあさまの全身の原子の電子を励起させて、そこに大量のエネルギーを貯め込ませるわけですわね!」

 

「………本来不安定なそれを、権能で安定化させて永続化させている、ってこと、かい? でも、一歩間違うと」

 

「はい、まあ全身を電子励起爆薬にしたようなものなので……。制御を失うと全身からみえざるひかり(えっくすせん)を放射しながら超高密度エネルギーの塊になって吹き飛びますわね! あたり一帯ごと」

 

「わぁ」

 

「でもですね、おかあさま。これを制御できればもしこれから先、例えば次元隔離されて、魔導炉や虚空の箱庭とのバックアップが切れても、電子励起済みの全身の原子からエネルギーを汲み上げられるようになります。その莫大なエネルギーを使えば、危難からの脱出もお手の物のはず! つまり、サバイバビリティの向上ですわ!」

 

 全身爆薬化とか、ちょっと危険すぎやしませんかねえ?

 

 ま、まあ、ターニャの加護もあるし、専用の制御魔導を魔法チートの権能で組み上げれば何とかなるか……?

 もし仮に爆発したとしても、前に一兆度の火球を封じ込めた結界術式を自動展開すれば、最悪でも封じ込めはできる。はずだ。

 

「いでででで、今度は目が痛い! さっきまでの比でなく痛い!!!」

 

「第二段階ですわ。ご堪能なさいまし、おかあさま」

 

 次に、舐められた左眼の魔眼化が進行。

 これはターニャの『目』の権能によるものだ。

 魔眼化に伴い、脳の一部が変質。目とは、脳に開かれた窓であり、脳の一部なのだ。目が変わるということは、脳も変わるということだからね。

 

「この魔眼は、魔導の産物というよりも、自然の力に近いのです。ですからきっと、この眼であれば神の奇跡へも対抗できるはずですわ」

 

「それは、うギっ、ありがたい」

 

「まあ、機能は『目』そのもの。あの窃視者が持っていた宇宙規模の瞳を人体規模にダウングレードした、魔眼という『概念』。おかあさまなら使いこなせるはず」

 

 あー、そういう『目』全般みたいな大雑把な加護だから、こんなに痛いのね。

 人体規模に絞ったとはいえ、必要なキャパシティが膨大だから。

 

 まあこれで、少なくとも、戦闘に眼が追い付かないということもなくなるはずだ。

 よく見える眼というのは、それだけでありがたい。

 おそらく、聖者フィデリオ氏を相手に魔導術式の照準モジュールが無効化された現象も、うまくこの眼とリンクさせれば解決できるかもしれない。

 

 まあ、術者の使い方次第、腕前次第だね。

 ターニャに汎用性重視で植え付けた『目』の権能だけど、こういった形で宿題が返ってくるとは。

 

 しかし痛い。

 肉体が、とかじゃなくて、何かこう、精神とか、魂とか、そういう形而上のものが痛い。そんな感じがする……!

 

「ねえ、これ、こんなに痛くする必要、あったの、かい……??」

 

「ええ、これは『罰』ですもの。いただいた『契約と裁きと処罰』の権能の試運転でもあります。痛みは烙印。そして──── 愛の証」

 

 痛ければ痛いほど良いのです。そう言うターニャの目は曇り一つなく澄んでいた。

 

「そう、かい………」

 

 であればもはや私にできることは、耐えることだけしか残されていない。愛の試練だ。受け止めるのが甲斐性というものだろう。

 

 

 

 こうして極光の半妖精(アウロラ・アールヴ)にして妖精女王〈みえざるひかり〉のタチヤーナの燃えるくちづけを瞳に受けて、私はまたひとつ人間をやめたのだった…………。*4

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

2.キノコのお店 ケーニヒスシュトゥール荘支店

 

 

 

「行っちゃいましたねえ、マルギットとエーリヒ」

 

「いっちゃったねぇ~。冒険者になるんだ~、って」

 

「冒険者、ねえ」

 

 少女二人が、荘の井戸端で、共通の幼馴染の男女のことを話題にしていた。

 

 話題の主たる男女の名前は、エーリヒとマルギット。

 金髪のヒト種(メンシュ)の少年と、蠅捕蜘蛛種の蜘蛛人(アラクネ)の少女。

 自作農の四男と、代官許しの猟師の長女。

 

 二人は、冒険者になりに、西へと旅立った。

 西の果て。エンデエルデ。マルスハイムへと。

 

「「 もったいないわよねぇ~ 」」

 

 そんな二人を見送ったことを思い出してクダを巻いているのは、荘の有力な自作農の一人娘ヒルダヒト種(メンシュ)と、養蚕家の娘で矮人種(フローレシエンス)のアリシア。

 いずれも未婚で、18歳。帝国では嫁き遅れ一歩手前といったところだ。

 

 

「わざわざ冒険者になんかならなくても、エーリヒなら幾らでも働き場所はあるでしょぉに」

 

「帝都でお貴族様の祐筆……従僕? やってたんでしょう? 代官様を顎で使えるようなお貴族様の」

 

「宮廷語も綺麗だったよねえ。字もとっても綺麗だったぁ。それに自警団のぉ、ランベルトさんともいい勝負してたしぃ」

 

「帝国騎士にだってなれたりして? マルギットはマルギットで、家を妹に譲っちゃってさー」

 

 地に足つけて立つ農村の荘民としてみれば、まあ、冒険者なんてのは博打も博打。

 正気の沙汰ではない。

 そう思う。

 

 

 けれども。

 

 

「「 でも、憧れますわよねぇ~ 」」

 

 

 幼馴染。

 子供の頃に誓った約束。

 

 ──── 〝二人で冒険者になろう、一緒に〟

 

 魔導師になる妹エリザのために帝都へと奉公に出たエーリヒ。

 稼がなければならない金額は、金貨何十枚かあるいは百枚か、それでも足りないのか。

 引き裂かれた幼馴染の男の子と女の子。

 

 だがしかし、男の子はたった数年でそれだけの金額を稼ぎ終えて、ついに帰ってきた。

 女の子を冒険へと(いざな)いに。

 

「「 きゃ~~!! 」」

 

 ロマンスですわよね!

 ロマンスだよねぇ~!

 

 

 盛り上がる年頃の女2人。

 そこに声をかけるもう1人。……もう1人?

 

 

『ヒルダさんに、アリシアさん。ここは飲み屋でも喫茶店(カフェ)でもないんですけど』

 

 

 3人目の声、それは壁の方から聞こえてきた。

 

 というかそもそもヒルダとアリシアの二人が何処で話し込んでいたのか、ということだが。

 

 文字通りの井戸端だ。

 そして井戸の前には、掲示板、のようなものがあった。いや、立てられた戸板のようにも、あるいは壁のようにも見える。

 

 その壁から、声がしているのだ。

 

 壁の表面がレリーフのように盛り上がり、色づき、キノコの帽子を被ったような美女を浮き彫りにして形作った。

 その声は不思議と誰にとっても心地よいように聞こえる。

 

『ずっと居座られちゃあ、商売になりません』

 

 〝キノコのお店〟 の看板系看板娘、マイコニド・シリーズ。

 何でもそろう、便利なお店(コンビニエンスストア)のコミュニケーション・インタフェース。

 

 マイコニド・アルファ、と呼ばれる最初の看板娘。

 金の髪エーリヒ専属で、彼が帰郷している間は 〝キノコのお店〟 の受付に映っていたのは彼女だった。

 その間にアルファ嬢は荘民たちとも仲良くなっていたのだ。

 

「えー、そんなこと言わないでよ」

 

「そうよ、お客よぉ。ほら、頼まれてた内職の納品~」

 

 そう言って、アリシアが小さな背丈でよいしょっと何かが入った頑丈そうな紙の箱(ダンボールばこ)を持ち上げて、マイコニド・アルファ嬢に渡す。

 その箱は波打つように撓んだ壁面へと吸い込まれていく。次元門による流通だ。

 

『あ、これはこれは、どうもありがとうございます。いつも助かります。こちら手間賃です』

 マイコニド・アルファが〈手〉の魔法で代価の入った紙袋を渡す。

 段ボールも紙袋も、東の沙漠に拠点を置く 〝キノコのお店〟 のオーナーであるマックス何某が広めているものだ。

 かつて巨大竹と共生するアリの魔物から蒐集した、〝竹を育てる魔法〟 で大量のパルプを確保して竹紙を産物にしているというわけだ。

 

「こちらこそまいどぉ~」

 

「小遣い稼ぎに良いわよね。空いた時間の手慰みの割りに良く稼げるし」

 

 〝キノコのお店〟 が斡旋する内職仕事。

 それはケーニヒスシュトゥール荘に限らず、色々な荘で荘民たちの小遣い稼ぎとなっている。

 ヒルダとアリシアも、それに乗っかっているというわけだった。

 

「次は何の本を借りようかしら。農業経営学の概論はこのあいだ読んだし……」

 自作農の跡取り娘のヒルダはこれでも経営の勉強に余念がない。

 キノコのお店の貸し本サービス、というか、通信教育というか、そういったものに自分で稼いだ内職のお金を投資している。

 もちろん乙女らしくオシャレにも投資だ。

 

「私はそれより手紙が気になるわぁ」

 

 矮人種(フローレシエンス)のアリシアが手を伸ばして催促すると、マイコニド・アルファ嬢が、はいはいわかりましたとも、と言って、幾つかの手紙を虚空から呼び出してその中から一通を渡してきた。

 

 そう、〝キノコのお店〟 は画期的な郵便サービスもやっているのだ。

 

 

「あ! ねえアルファさん、私には!?」

 

『ヒルダさんにも来てますよー』

 

「やった!」

 

 

 そしてこの18歳女子2人。

 実はつい先日に、見合いをしたばかりである。

 

 富農の一人娘ヒルダは、親戚伝いで性格の良い優秀な男性を婿に取るために。

 矮人種のアリシアは、蚕農家として付き合いのある有力な商家の跡継ぎと。

 

 つまり文通のお相手は、そのそれぞれの見合い相手なのだった。

 

 お手軽気軽に出せる手紙。

 便せんや封筒だって、製紙業を押さえている 〝キノコのお店〟 ではとってもリーズナブルに手に入る。

 この郵便サービスを使った文通は、若い男女の間で静かなブームなのだった。ペンパル募集の機関紙(店頭でタダで手に入る)もあったりするくらいに。

 

「マルギットにもお手紙書かなきゃ!」

 

「そうよねそうよね、マルスハイムに届けるのだって簡単なんだし」

 

「「 そして惚気(ノロけ)返すのよ! 」」

 

 マルギット、ヒルダ、アリシア。

 蜘蛛人(アラクネ)ヒト種(メンシュ)矮人種(フローレンシア)

 種族は違えど、彼女たちは幼少のみぎりからの幼馴染だ。

 

 だがそれゆえに、負けられない、譲れないこともあるのだった。

 そう、女として……!

 

 マイコニド・アルファは、『処置無しですねぇ』と肩を竦める動作を投影した。

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

3.進捗報告:西方辺境への工作状況について

 

 

「進捗を聞こうか、マックスくん」

 

「はっ、陛下」

 

 いつも通りの空間遷移の応用による遠隔会談。

 

 議題はもちろん西方辺境について。

 小国家群を挟んで西の雄たるセーヌ王国と睨み合う、最前線。

 かつてそこにあった小国家群を併呑して拡張したという経緯から、マルスハイム辺境伯領では、かつての小国家群の上王や貴族であった土豪が蠢き、面従腹背、帝国に対して捲土重来の機会を伺っていた。

 

 当然、ライン三重帝国としては、そんな土豪連中にせっかくの好立地── マウザー河の水運と、その水量に支えられた広大な農地や工業── を占有され続けるのは腹立たしいわけで。

 かといって、絶妙に大義名分がないことから、内戦にも踏み切ることが出来ず、動乱を起こしてセーヌ王国に介入されても面倒だし、そうこうしてヌルい懐柔策を続けている間に第二次東方征伐戦争が始まってしまって軍の手が足りなくなって………。

 まあ、東方が落ち着くつい最近までは、なかなか西にまで手が回らなかったのであった。

 

 そんな状況下で、テコ入れのために西方に工作員として遣わされたのが私、マックス・ロタール・フォン・ハシシ=ミュンヒハウゼン隧道方伯にして魔導副伯(密偵ロタールのすがた)だ。

 

 密偵としての名であるロタールを無血帝マルティンⅠ世陛下から授かった私は、その新たな名を負う子実体分身を土豪領域にスパイとして潜入させている。

 

「進行中の作戦は、大きく3つです。他国の影響排除、物資・戦力供与による信頼獲得、そして、裏切りの調略」

 

「よろしい。それぞれ概略を」

 

「はっ。まずは他国の間者の排除ですが、こちらは捕獲した上で非魔導的に洗脳し────」

 

 小国家群やセーヌ王国からのスパイの排除は、なおも進行中。

 国境線に哨戒ラインを物理的に埋設して敷いたため、航空魔導師や飛竜で侵入されない限りはそれで感知できている。

 そして、空からの侵入者についても、時間の問題で対応できる。そもそも向こうがそんな大駒を動かせば寝返らせたスパイ連中が鳴くし。

 

 帝国政府と魔導院の肝煎りで進められている、要塞線の建設。

 その要塞には新型魔導炉が据えられ、探索波動を出す超広域感知魔導具が稼働して、国境線の全てを監視できるようになる予定だ。空からの侵入も見逃すことはない。

 そしてその情報はある程度の事情通であれば触れられる程度に意図的に漏らしている。

 

 国境要塞の建設や、新型魔導炉に、新型魔導具。

 スパイたちを誘引する撒き餌にはちょうど良い。

 向こうさんもまさか既に、埋設された有線の哨戒網が張り巡らされているとは思うまい。

 

 そして捕まえた者を洗脳し返して、二重スパイに仕立て上げる。奇跡で治されないように、魔導は使わぬ方法で。

 それを繰り返している。

 ………今後は、妖精女王ターニャからの加護によって得た『目』の権能で、魔導や奇跡でも解けない洗脳暗示を仕込むこともできるかもしれないな。

 

 

 

「承知した、このまま続けてほしい。次は?」

 

「物資と戦力についても順次供与しています。それぞれは小国家群やセーヌ王国()()()()ということで、潤沢に、じゃぶじゃぶと。それに伴って物資に仕込んだタグから、兵站や流通の流れをほぼ把握できています」

 

「ふん、横領のチョークポイントもか」

 

「はい、陛下。彼らの物資の動きから、誰が信用の置けない者なのかは一目瞭然です」

 

「よろしい。時が来たら優先的に潰してくれ。戦力の方は?」

 

「強化兵士については、下級冒険者の拉致のフェーズは終了させて、実証結果を以て土豪の志願兵を募り施術するフェーズに移っています。もっとも、志願兵への自我封印措置は基本的にはオフにしているという違いはありますが」

 

「ふむ。完全に機能自体をなくしているわけではないのだな? であればいい。いざというときのための抜け道と後ろ戸(バックドア)も抜かりなし、と」

 

「はい、問題ございません。仮に」

 

「仮に?」

 

「仮に、私のコントロールを逃れた個体があったとしても、跡は追えますし、始末もつけます」

 

 まあ私でなくとも、恐らくは近侍護衛の巨蟹鬼が嬉々として。

 

「よろしい。では次だ。調略については」

 

「流通の分析と人的情報(ヒューミント)から、親帝国派の分布は概ね裏付けが取れました。現在はそれぞれ穏便に接触を図っているところです。密偵ロタールとしての信用も十分積み上げられておりますので」

 

 例えば、夜陰神の神器 〝月明かりの額冠〟 を有する古豪ヘイルトゥエン家。

 他にも意外と小国家群に近い国境のそばにも、親帝国の家は多い。

 これから接触を深め、調略していくことになる。

 

 なぁに、都市マルスハイムと彼ら親帝国派の土豪の間に、反帝国の独立派の土豪どもの領地があったとしても問題はない。

 彼ら親帝国派の土豪が、それでもまだ帝国貴族ではなく()()と呼ばれるのは、周りを土豪に囲まれてしまっていて同調せざるを得ないからだ。

 親帝国派の土豪、ではなく、完全に帝国に臣従した帝国貴族と見なされたならば、周囲の土豪はそれを許さないだろう。

 

 そしてそうなったときに、帝国の援軍が間に合う見込みはない。

 ()()()()()

 

 

 だが、今は違う!*5

 

 援軍を送る道は、もはや地面の上だけではないのだ。

 

 

「大地掘削使い魔、穿地巨蟲(ヴュラ・ダォンター)による地下隧道(ずいどう)でも、あるいは魔導航空艦による部隊の展開でも、援軍を送る道はいくらでも用意できます」

 

「そのとおりだ。だが、隧道公団で動かしている大型使い魔の数や動向は、既に耳聡い者たちには知られているのではないかな?」

 

 ニヤニヤと嗤う無血帝マルティンⅠ世(マルティンせんせー)に、私もニヤリと笑って返す。

 確かに隧道公団として投入している穿地巨蟲(ヴュラ・ダォンター)は隠してはいない。

 

「誰もそれが全てだなどと言っていませんのにねえ」

 

「まったくだ。──── 魔導宮中伯からも、魔導航空艦の進捗について報告があった。3年以内には実戦投入できるし、是非させたいとのことだ」

 

「………あの、できれば決戦すら起こさせないために、私はこうやって丁寧に下準備をしているのですが」

 

「だが、どの道ひと当てして、土豪連中の心を折ることは必要だろう。不要な膿をそこで出し切らねばな」

 

「はあ、まあ、その方がいっそ後腐れはないですが……」

 

 でもなあ、消費される人的資源がもったいないよなあ。

 しかも魔導航空艦の戦場投入のお披露目で酷いことになるのは確定だし。

 ………まあ、仕方ない! ギリギリまで調整するが、そうなったらそのとき。これも戦国の習いじゃ!! 悪く思うな!!

 

 

*1
◆電界25次元:電気の吹き荒れるナンバリング25の異相次元、という意味、のはず。エレクトリック・ディメンジョン No.25 的な。元ネタはシューティングゲームR-Typeシリーズより。当作中においては(あやか)っているだけなので、実際に異相次元が他に24もあるというわけではない。

*2
◆加護を与えるときの痛み:痛くしないこともできる。そうでないと幼子に加護を与えられないからね。でも逆に、痛くすることもできる。

*3
※各地のマックス何某の子実体クローンが同時多発的に痛みにのたうち回っている!

*4
※燃えるくちづけを受けて、人間ではいられなくなったのだッ! 言うても既にかなり人外ではあったが。

*5
※ ギュッ




 
・眼球舐めは不衛生なので現実ではプレイしないようにしましょうね。
・地味に登場させたかったケーニヒスシュトゥール荘の(マルギットの方の)幼馴染さんたち。登場させられて満足。書籍だと7巻に登場したり、https://ncode.syosetu.com/n4811fg/64/のヘンダーソンスケール0.1に登場したり。登場時は大体酔ってるので間延びした口調の印象だが、たぶん素面の時はもっとしゃっきりしてるはず?
・わるだくみ。なお、もし決戦になったら、屍戯卿が操る『邪視の魔宮』の跡地の肉塊が巨大フレッシュゴーレムとして帝国側で参戦したりします。


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