フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
タイトル出オチ。
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◆前話
廃棄区画のマックス君「もったいないからぜんぶしまっちゃおうねぇ」
やがて “再生卿” と呼ばれるようになる彼の魔導院生活はこの穢れた廃棄区画から本格的に始まったのだ。
魔導院の地下、岩盤にくりぬいて作られた各魔導師の工房区画よりもさらに深い場所にあるのは、実験区画と禁書庫くらいだ。
そして私は先日の落日派廃棄物留置区画の整理の余禄を、ヨセフカ女史経由でノヴァ教授に提出した結果、その最深部のうちの片割れである実験区画に呼び出されていた。
あの汚染された魔素を結晶化させた宝玉の件だ。
なおターニャはパピヨン卿に呼ばれていってしまった。
パピヨン卿がターニャの月光蝶の羽を眺めてインスピレーションを得るためでもあり、ターニャに魔導院ならではのルールやお作法について教えるためでもあるとか。
若干心配であるが、あれでターニャは専門の権能領域では私より対応力があるから、仮に不埒な真似をされても防げるだろう。……まあパピヨン卿は紳士だから気を揉む必要はないか。
それより私は自分のことを気にした方が良いかもしれない。
「……随分と深いところにあるのですね、実験室は」
私の問いかけに、先導するノヴァ教授が答える。
隔離扉を開き、閉じる。それを幾度も繰り返しながら進む。重厚なそれらの扉には魔導的な保護が掛けられているが、全ては内から外に逃さないような構成になっている。
隔壁と隔壁の間の狭い硬質な空間に、私とノヴァ教授の足音と、何かの低い駆動音が反響している。
「そうなのだよ。ここまで深いと不便だが、それもまた仕方ない。そうならざるを得ない理由はマックス君も察しがつくでしょう?」
「それは……はい。むしろ閉鎖循環魔導炉の理論実験炉の設置が、大深度とはいえ
「万全の安全対策が為されているからこそですねえ」
万……全……??
ホントにござるかぁ~~??
「とはいえ、深部実験室の貸し切り期限も間近でしてね。何とか成果を……と思っていたところにマックス君が魔素遮断素材と、始動燃料に使える高純度の魔力結晶を持ってきてくれたわけです」
あー、なるほど。
ということは私がそれらのものを持ち込まなければ……?
ノヴァ教授は肩を竦めて答える。
「それは当然 “理論上は可能だが実用化までに課題がある” というよくありがちな結論になっていたでしょうね」
―― そして誰かがブレイクスルーをもたらすまで、論文のみが書庫に眠ることになるわけです。
ノヴァ教授はニヤリと笑う。
きっと書庫には、同じように “さらなる検討が必要” とされて久しい論文たちが眠っているのだろう。
そして閉鎖循環魔導炉の構想についても、それらと同じくお蔵入りになる可能性が高かったのだ。
「ですが今回はそうはならなかった……ですよね?」
「まあそういうことです。マックス君、幸いにも君のおかげでね」
「恐縮です」
「我らがベヒトルスハイム卿もお喜びでした。そこで本日マックス君には、実験炉の魔素漏洩箇所を魔素遮断素材によって目張りしてもらいたい、というわけです」
「それくらいでしたら喜んで」
「私も手伝いたいのはやまやまなのですが……。急いで君が論文を上げてきてくれたとはいえ、魔素遮断物質の生成を会得するには至っていなくて」
「むしろ指示出しと実作業者は分けた方が効率的でしょう。実験室の使用期限も近いとのことですから、ここは作業は私めにお任せを」
「頼もしいですね、よろしくお願いしますよ」
そう言ってノヴァ教授は最後の隔離扉を開けた。
大深度実験室の中に鎮座していたのは、あまりに異様な塊だった。
それは一見して巨大な生物の心臓のようだった。
全体のシルエットは丸みを帯びたハート型。
しかし至る所から太い管が伸び、さらにそれから枝分かれした細い管がまるで血管のように張り巡らされている。
光沢を帯びたその材質は見当もつかないが、あるいは希少な魔導合金によるものかもしれない。
機械のような、生き物のような。
あるいはこの元々の素体は、巨大な竜の心臓だったのではないか。
それでなくてもモチーフはきっと心臓であることに間違いないのだろう。
生物的な曲線と、非生物的な光沢の組み合わせが、奇妙な妖しさを醸し出していた。
「これが……」
「はい。閉鎖循環魔導炉の実験炉です。これから私が指示する順に、魔素遮断素材を巻き付けてくださいね」
「了解です。指示に従います」
「ゆっくり、やさしく。やわらかなプリンを扱うように慎重にお願いしますよ」
さて、では処置していきますかね。
私は触媒となる魔素遮断素材の結晶を取り出して、魔法を行使した。
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私の手先から放たれた魔素遮断素材の糸は、それぞれの先がまるで意思を持つように蠢いて、実験炉の姿を徐々に覆い隠していく。
その様子はまるで無数の小さな蜘蛛が獲物を覆い隠していくような情景だった。
「マックス君そうですその調子です。ああいえ、そちらの右の配管から先に。あ、こちらは覆い残しがあるようですよ」
「おっと、見えていませんでした。ご指摘助かりますノヴァ教授」
「いえいえ。こちらこそ口出しだけですみませんね」
多重並列併存思考のおかげで私の作業速度は十数人分には匹敵するだろう。
そのおかげもあり、四半刻もする頃には実験炉の魔素漏洩防止処理は完了した。
「いやぁ流石マックス君、早いものですねえ」 ノヴァ教授は感嘆して言った。「君を我らが閥に迎えられて良かった」
「恐縮です、ノヴァ教授」
「これで魔素漏洩は無いはずですよ。では最後に、始動燃料となる高純度の魔力結晶を投入してください」
ノヴァ教授が指さす先は、意図的に魔素遮断膜を緩めてある実験部の中心部だ。
そこに燃料の投入口がある。
「もう起動実験までやってしまうのですか?」
もう少し日を空けても良いと思うのだが。
魔素遮断膜自体は魔術により空気中の成分から紡ぎ出したものだし、既に成分や接着的にも安定させているが、それでも時間をおいて馴染ませた方が良いような気がしている。
「ああそれがですね。この大深度実験室を明け渡すのがもう来週に迫っていまして」
「それは……」
「この実験炉の解体運び出しを考えると、今日中に試験稼働させたいのですよねえ」
う、うーん。
スケジュールに押されて、っていうのは事故原因のあるあるパターンな気がする!
大抵ろくなことにならないやつだぞ!
「ノヴァ教授、そうやって強行するのはダメなパターンでは」
「ですよね、君もやっぱりそう思いますよね。でもこの機を逃すと次はこんな実験炉を組み立てたりできる大深度実験室を長期間押さえることも出来なさそうでして」
「しかし……」
「それに君も気になりませんか? この実験炉が上手くいくか」
「気になります!!」
そらーなぁー、気になるか気にならないかで言えば……当然! 気になるさ!!
「でしょう? じゃあ…………やってしまいましょう!」
「やりましょう!」
「ではマックス君! 始動燃料の投入と、投入口の閉鎖、魔素遮断膜の引き締めお願いしますね。私は計器類の準備をするので」
「了解です!」
ノヴァ教授が制御術式や観測術式の魔導具を起動させる間に、私は魔力結晶を実験炉に投入し、投入口を完全に封止した。
さらにお互いの仕事に抜け漏れがないように、最後にまたノヴァ教授と私で担当箇所を入れ替えてチェック!
さらにさらに、もしもの時のために偏執的なまでに重ねた術式による障壁で自分たちの身を守る。
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「観測術式ヨシ、記録術式ヨシ。機体チェック、オールグリーン。反応制御術式、促進側にボルテージ上げますね。マックス君も計器類の確認をお願いします」
「ノヴァ教授、承知しました。計器確認。内部魔力量、増大していきます」
「周辺に汚染魔素の漏洩ナシ。制御術式、影響ナシ。……おお、以前の実験の値を超えましたね」
「以前はここで魔素が洩れて周囲の術式に含まれる魔力それ自体まで燃やしてしまったんでしたっけ」
「ええそうです。ですが、すでに前回の状態は超えていますね。良い調子です」
「―― 出力なおも増大中。依然として魔素の漏洩は認められず」
「ふむふむ。プロセスは順調に推移中のようですね。若干早いくらいでしょうか。魔素遮断材の性能が想定より良かったのでしょうか」
「……それは大丈夫なのですか? ノヴァ教授」
私の問いかけにノヴァ教授は顎に手を当てて一瞬考えた。
そして結論。
「だめですね」
「えっ」
「増大する魔力のペースが速すぎますね。このままでは……」
このままでは……? どうなるんです??
「制御術式で反応を減速させることは……?!」
「すでに術式の介入を受け付けません。停止減速命令そのものが燃やされていますね。制御不能です」
いやあの。
なんでそんな冷静なんです?
なんか実験炉から甲高い笛のような音とヤバいくらいに周期の速い振動が伝わってくるんですけど!
「なるほどなるほど。いやあうっかり。魔力使用量の項を仮置きのまま計算していたようです。本来は取り出す想定だった分の魔力がそのまま炉内を循環していたのですね、まあどこにも出力を繋いでいないので当然ですが」
「あー。その分反応が加速度的に進んだ、と」
ところで悠長にしていて良いのですか?
「うん? 私は何とでもなりますから最後まで見届けようかと。これはこれで貴重な試行ですし。マックス君の方こそ大丈夫なのですか、逃げなくて」
「えっ、逃げて良いんですか」
「えっ」
「えっ」
えっ?
その直後。
増大し続ける魔素圧力についに限界が来た実験炉の魔素遮断膜が弾け飛び。
内に閉じ込められていた “全てを
全てを燃やし続ける概念級の魔法の炎は閉鎖循環魔導炉の中では、自身の燃えカスまで極限に燃やし続ける永久機関じみた作用をもたらすが。
一度その外に出れば、防護術式など全ての術式の魔力を喰って成長し拡散する爆発の術式と相違ない。
私が最後に認識したのは、実験炉内部から押さえきれずに漏れ出て私の張った障壁術式を喰らいながら広がる、白い光だった―――。
その日、帝城が揺れた。
物理的に。縦に。
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「おーい、マックス君、無事ですかー」
……ノヴァ教授の声が聞こえる。
「ぐぅ、ぉぁあああ、い、生きてる? 私生きてます?」
「ええ生きてますよ、間違いなく」
「はー。死んだかと思いました……」
「身体のほとんどが吹き飛んでましたけどね?」
「生き返って今生きてるならオールオッケーです……」
出現した熱量をなんとか自分の内蔵魔導炉に誘導して吸収して、被害を押さえることに成功したようだ。
同様の原理で魔力を燃やしている魔法チート製の内蔵魔導炉の制御術式を咄嗟に拡大してやれたのは正解だった。
それなら概念級の炎にも燃やされないと思ったのだ。
周囲を見れば実験炉はもはや跡形もない。
大深度実験室の壁面や天井も砕けてしまっているし、魔導保護がはがれてしまっている――― と思ったら徐々に修復しつつある。しかも保護術式ごと。
この規模の建造物に自動修復掛けてるとか、これすげえな……。
私が威力の大部分を引き受けたせいもあるのか、今のところ崩落はしていない。
私はというと、ほぼ全裸だ。
ノヴァ教授が言うには、ほぼ全身が焼失した後で、焼失部位を生やしながら復活してきたのだという。
あまり記憶はないが、内蔵魔導炉の制御用副脳や、虚空の箱庭からの遠隔操作によって修復できたのだろう、きっと。
すぐに予備の服やローブを虚空から取り出し、身に纏う。
ノヴァ教授はと見れば、その身には全く焦げがないし、それどころか観測機器などの記録すらちゃっかり確保している。
一体どうやったんだ?
「ああ “
意味が分からんです。そんなことできるんですか?
「それはともかく、片付けの手間が省けてよかったですね、マックス君」
あ、露骨に話反らされた。まあそう簡単に手のうち教えてくれないですよね。
それと確かに実験炉は灰すらも燃え尽きてますけど、まさか初めから片付けや研究内容秘匿のために暴走させてやるつもりだったんじゃないでしょうね……?
そういえば実験炉を動かすにしては人数が少なかったのもひょっとしてこれを見越して……?
マックス君、死亡確認! 13話ぶり3回目(甲子園出場みたいに言うな)。
ノヴァ教授の魔法はまあ、強制的に出目をクリティカルにする魔法だと思っていただければ。運命転変とかそういう系。量子力学的にボールが壁をすり抜ける確率が少しでもあれば、その確率を一発で引ける魔法、みたいな。おそらくなんらかの制限はあって
あと多分使うたびに、神様の眷属である使徒(めっちゃつよい)との遭遇表を振らされる感じだと思います。チーターはいねがー。
マックス君がこれを身に付けられるかというと、魔法チートの権能は術式そのものは教えてくれるけれど、改変すべき運命を見分けてしかるべきタイミングで望む風にピンポイントに改変するためには、因果律に関する深い洞察が必要なので、現状は勉強不足でまともに使いこなせない、みたいな感じになるかと思います。運勢強化くらいには使えるかも?
◆閉鎖循環魔導炉
落日派は今回の試験データをもとに改良した実験炉をまた作る予定。でも実験室を吹っ飛ばしかけたので帝国政府は暫くは新たな計画を認めないかもしれない。