フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
今回はやらかしの後始末です。
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◆前話
ノヴァ教授&マックス君「死人が出てないからヨシッ!」
他派閥&帝国政府「んなわけあるか!!!!」
竜騎帝「やっぱり一遍こいつら更地にすべきでは」
“まだ初講義にも出る前から帝城を吹っ飛ばしかけた私の話する?” ……という魔導院同期での鉄板ネタができたのはさておき。
まったく、あの後は後始末が大変だった……。
ノヴァ教授は暢気してたからこの程度は魔導院では良くあることかと思っていたんだが―― 実際のところボロボロになった大深度実験室を
割りと大ごとになっていた。
そりゃそうだ。
いくら魔導院でも限度というものがある。
帝城を吹き飛ばしかけるのは、ちょっとした失敗の限度を超えている。
だが、稀とはいえこのような事態が初めてではないことに、魔導院という存在の業の深さを感じざるを得ない。
実験室の修復をほぼ完璧に終えて―― 稼働中の修復術式をノヴァ教授の解説付きで観察できたのは得難い経験であったと思う―― 隔離壁を出たところで、出待ちしていた教授会からの遣いに
――― ノヴァ教授が。
いやだってまだ私はいち聴講生ですし?
入院入門を許されて数日も経ってない新参ですし?
教授の指示に従ってやったことには変わりないわけですし?
ノヴァ教授も 「責任者は責任をとるために居るのです」 とか言って余裕の笑みだったのできっと問題ないだろう。
それに観測結果は持ち出せているので、何なら 「こちらをご覧ください。計画の1000倍のゲインが瞬間的に発生したにもかかわらず、実質的な被害は無いに等しかった! これこそが安全対策の成果なのです」 とかいけしゃあしゃあと宣うと思うよ、ノヴァ教授は。
え? 馬耳東風? 蛙の面に小便? それを言っちゃあお
だいたい、責任取らせて魔導院から放逐した結果としてこの技術が他に拡散したらマジやべーので、帝国政府には引き続きノヴァ教授らを魔導院に
政府首班以下お役人さま方の胃袋の壮健なることを祈っておこう。
「まあ振り返るとあれだな。今回の失敗の大きい原因は、色々あるが……」
・魔素遮断材の性能が予想以上に高かったこと。
→ 反射して内に籠る魔力量の増大
・初期投入の燃料の純度が高すぎたこと。
→ 初期から短時間で大量の魔力が発生
・出力魔力を取り出さずに還流したことと、計算ミス
→ 急激な出力の上昇
・高出力域での停止減速命令の無効化
→ 緊急停止用の仕組みが多重化されていなかった
「計算ミスとか素材の問題は、計算式を修正すればいいとして。
それ以前に全体的に見て、制御不可能なほどの高出力になるのがそもそも問題だよなあ」
魔法チートの権能が吐き出すとても非効率的な術式はともかくとして、この世界の魔導師が使う魔法や魔術は効率化されているし、実験炉が吐き出した通常の魔導師何百人分もの出力は過剰と言っても良いのではないだろうか。
実際制御できていないし。
消費と釣り合わせるにしても、どんな術式を構築すればそれだけの魔力を消費できる?
もっとコンパクトというか、低出力でいい気がするな。
「始動燃料もあんなに高純度じゃなくしてやって、もっと少ない元手で始めてから、徐々に炉の出力を上げつつ、制御術式を慣らしてやる必要があるんじゃないかな」
カスゴミみたいな魔力を元手に増幅をかけてやれば、
そのくらいであれば、出力と消費を釣り合わせることも比較的簡単にできるだろうし。
「まあこの辺の考察はノヴァ教授が
――― 後から聞いたところによると、結局、落日派主導の閉鎖循環魔導炉の実証は一時凍結されたのだとか。
残念ながら当然のことであろう。
とはいえ帝国も夢の疑似永久機関に未練はあるのか、『主任研究者に他閥の者を付けて、さらに低出力だが比較的安定性が高い概念実証炉なら許可しても良い』ということを言ってきたそうだ。
なので学閥同士の話がつけば、きっと再開するのだろう。
あるいは、政府官僚と魔導院の学閥の間で利害調整ができる敏腕が間に入れば一気に話が進むかもしれない。*1
「あ。マックスおかあさま、そちらもちょうど終わりましたのね」
「ターニャ、そちらも帰りか。こっちは大変だったよ……」
「あらあら。ずいぶんお疲れのご様子ですわね。地揺れもありましたが大丈夫でしたか?」
「その震源地は私のところさ。聞いてくれ。なんと1回死んだ」
「それはまたおもしろ、ごほん、苦労なさったのですね。後でお聞かせくださいな」
「ああ、もちろん。そちらはどうだった?」
「単にパピヨン卿とお茶してただけですわよ。まあ、極光の蝶羽は出しっぱなしにしてほしいとだけは言われましたが」
「そうか……。魔導院のお作法とかは、私にも後で共有してくれるか?」
「構いませんわ、喜んで」
魔導院の受付ロビーで合流した私とターニャは、連れ立って正面玄関から外へ出ると、<空間遷移>の魔法で虚空の箱庭へと飛ぶことにした。
最近は虚空の箱庭にも、魔素的にクリーンな居室を設けており、ターニャも嫌がらずに入ってくれるようになったのだ。
そのため帝都に部屋は借りず―― 手紙のやり取りは私書箱を借りている―― 専ら虚空の箱庭に造った工房で寝泊まりしている。
虚空の箱庭も、細々と集積してきた浚渫土を加工して土地や建物を作ったりしており、かなり拡張できている。軽々と自慢できないのは少しだけ残念だがね。
<
そしてさらに別の日。
私は今度はヨセフカ女史の工房に呼び出されていた。
彼女も研究員なので、魔導院の工房区画に工房を構えているのだ。
ちなみにターニャは友人であるエリザちゃんのところ(=アグリッピナ氏の工房)へご挨拶に行ってしまった。
ターニャは私に気を利かせたつもりかもしれないが、絶対にそういう用件でヨセフカ女史に呼ばれたのではないだろう。
「
「ええ。入ってください」
「失礼します」
中は予想に反して美しく整っていた。
とはいえ液浸標本の臓器などが整然と品の良い飾り棚に収められているのは、人によっては気味が悪いと感じるだろう。
液浸標本をじっくり眺めたい気分が沸き上がるが、家主の許可も得ずにそのようなことができるはずもない。
「そこの椅子に掛けてくださいな」
「失礼します」
「お茶をすぐに用意させるわ」
パンパンとヨセフカ女史が手を鳴らすと、使用人と思われる魔種である
……いや、魔種ではない?
「これは……この彼女は魔種ではなく、魔物なのですか?」
「流石に気づくわね。結構うまく
私に給仕した
この給仕の小鬼はこちらに襲いかかって来ないが、魂を狂乱のうちに囚われた魔物のままなのだ。
……おそらくは、疑似的にヨセフカ女史を魔宮の主として誤認させている?
あるいは、脳を壊して、給仕のようにお茶を運ぶだけしかできないように、生体人形にしている?
何にせよ一般的に見て
落日派的には穏当な部類だが。
しずしずと戻っていく小鬼の女性を見送りつつ、ヨセフカ女史に向き直って黒茶に口をつける。
「ノヴァ教授に巻き込まれて大変だったんですって?」
ヨセフカ女史が世間話を切り出した。
直接用件を切り出さないのも、まあ礼儀の一つだろう。
「流石にご存じなのですね。学内で噂になっていますか」
「まあねえ。派手に揺れたもの」
「
死んでなければかすり傷。
落日派の魔導師に通底する感覚である。
「それだけ言えれば上等ね。面接の第一担当としても鼻が高いわ」
「恐縮です」
「とはいえ他派閥やましてや行政府はそういう感覚ではないみたいで、閉鎖循環魔導炉、あれ凍結されたらしいじゃない?」
「ええ。そのように伺っています」
「実はそれ、仕込みだって言ったら信じる?」
「……ありえないことではないかと」
ノヴァ教授のような天才的な人間が、単純な計算ミスなどするだろうか。
――― 否、である。
つまり、あの実験炉の暴走は、仕組まれたシナリオだったのだ。
本日ヨセフカ女史に呼び出された主題は、つまりはこのネタばらしだ。
「まんまと利用されたマックス君には申し訳ないけど、我らがボス、ベヒトルスハイム卿の政治感覚の成せる布石というわけね」
閉鎖循環魔導炉というライン三重帝国の根幹に多大な影響を与える技術を、落日派の一派閥が抱えることを危惧する動きが帝国政府にはあったらしい。
なので、私が魔素遮断素材を持ち込んだことにより、机上の空論から実現可能なラインに乗る予想が立った時点で、ベヒトルスハイム卿はこの革新技術の主導権を手放すことにしたのだという。
ついでに限界を超えて暴走したときのデータも取りつつ。
「それで落日派は、代わりに何を得たというのです?」
「それはもちろん、
「……過分な評価ではありませんか? 私はあの爆発に巻き込まれて死んでいたかもしれない程度の腕ですよ」
「そうでもないでしょう。現に生き残っている。まあ、ノヴァ教授が付いていれば君の実力が足りなくてもどうにでもなったでしょうけどね。
……それと謙遜はよしなさいな。だいたい、君にとって、魔素遮断素材なんて本当は大したものではないのは事実でしょう?」
「…………」
それは確かに事実である。
魔素遮断素材の生成法の論文は既に派閥に提出しているし、ノヴァ教授からは折を見て私とターニャの
論文のタマはそれ以上にもあるのだ。
「帝国政府とは内々に話を付けてあるそうよ。超極早生小麦に砂糖小麦。そしてその他の改良品種。その販売権について、落日派で握れることになったわ」
「……! 本当ですか!」
「ええ。行き詰りかけていた閉鎖循環魔導炉の主導権を手放し、関連研究費の当面の凍結を受け入れるだけで、私たち落日派は帝国の……いえ、世界の食を握ることができるのよ」
「おお。そうなれば……」
「ええ、そうなれば……」
「「 もはや研究費に困ることは無い!!! 」」
研究というのは金食い虫だ。
だから閥を率いる魔導師には、
落日派ベヒトルスハイム閥のトップに、その才能が備わっていないはずもなく。
「おお、素晴らしい……。私はてっきり、小麦種苗のビジネスは流石に帝国に取り上げられると思っていました」
「ベヒトルスハイム卿は、名よりも実を取ったということよ。魔導炉よりも生命操作系の術式の方が、我らの閥には似つかわしいしね。魔導炉の研究が再開されても私たちが閉鎖循環魔導炉の第一人者であることには変わりないし」
「我らがボスの深謀遠慮には感服いたします」
「同じく。では、我らの未来と我らが親愛なるボスに乾杯! そして改めてよろしくね、マックス君」
「ええこちらこそ。
いつの間にか戻ってきていた給仕の狂える小鬼の女性によって注ぎ足されていた黒茶のカップを掲げ、私とヨセフカ女史はニヤリと自閥の前途洋々たるを思って微笑んだ。
研究には金がかかるから魔導師たちは予算獲得に余念がない模様。
次回以降は、エーリヒ君と御用板の依頼でばったり会ったりとか、ミカくんちゃんと造成魔導系の講義で一緒になったりとか、ヘルガ嬢が目を覚ましたりとか、ライゼニッツ卿主催の着せ替え会に招待されたりとか、たぶんそんなイベントがあるはず。
◆超極早生小麦(独自設定)
通常の半分の期間で育って実をつけるので、日照の少ない北方の短い夏でも育てられる。南方では二期作が可能。
生存可能域が大幅に広がるし、国家の扶養可能人口が劇的に増える。
人口はパワーという基幹思想を持つライン三重帝国には非常に重要な位置づけ。
……ほんとに落日派にこの利権を握らせていいのか? 正気か?(おそらく農政部門と魔導炉管轄の商工部門で連携が取れていない隙をついて話を通したものと思われる)
とはいえ実際は、閉鎖循環魔導炉から発せられる余剰エネルギーによる肥料産業の推進や、農薬の開発、農業機械の普及、治水(水確保)、貯蔵技術の向上などなども行わないと片手落ち。NAISEIの道は険しい。