フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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◆クライマックスフェイズ
 TRPGのセッションにおける最終局面。大ボスとの戦闘。
 ちなみにマックス君はこれまでの投稿話でいくつかのクライマックスフェイズの戦闘を機転あるいは幸運によりスルーしています。例えば、ターニャとの初遭遇時に飢餓で狂乱したターニャと戦闘になって月光蝶の翅で電離分解されたり、ヘルガ嬢を眠らせるときに失敗して暴走した彼女と戦闘になって凍結粉砕されたり、落日派入門試験で実技試験が課されてバンドゥード卿の明星へ登る(ギャングウェイ)喰らって撃ち抜かれたり、巨大海蛇竜(ヨルムンガンド)戦で死霊化を阻止できずにエーリヒ君を転移で逃がすも自分は海水の檻に捕まって圧潰されたりなどなど……死亡回数がドンと増える世界線(ルート)もありましたが、それらは回避されています(運の良い奴め)。

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ヤンデる癒者がマックス君の魂の来歴のひとつ……その考えはなかった……! というか前話で関係者はもうみんな死んでるはずって書いたんですけど、このヤンデる癒者、普通に顔くらい変えて別人として(なんならヘルガ父を剝製にでもして)今も賦活術式で若さを保ちながら生きてる可能性高いんですよね……遭遇することはないでしょうけど。まったく落日派は無駄にしぶとい。

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◆前話
── 愛、それは狂気。
 


10/n 霜の妖精ヘルガと優しい世界-5(TRPGのセッションは(みんなでめざそう)GMとPLの協同作品だ!(だいだんえん)

 

 私たち4人は無言で最後の部屋を(あと)にした。

 私やターニャやエーリヒ君は擦れているから良いとしても、特にエリザちゃんには酷な話であっただろう。

 エーリヒ君(高身長)がそっと慰めるようにエリザちゃん(ナイスバディ)の肩を抱いた。

 

 最後の部屋にあったのはサイコな女の手記だけだった。

 私たちはそれを念のため回収して部屋を後にした。

 

 

 そして彼女はそこで、バクたち── この辺りでは見ないが遥か東方からの貢ぎ物に混ざっていた記録がある── に(かしず)かれながら待っていた。

 

 

「エーリヒ様……そして皆様も。見たのですね、お父様の手記を。そして、あの女の手記を」

 

 元の廊下に戻った私たちを待っていたのは、令嬢然とした衣装に身を包んだヘルガ嬢だった。これまでの記憶で邂逅した彼女よりも、成長しているように見える。

 私たち(主な演者はエーリヒ君だが)の手によって悪夢のことごとくを克服したヘルガ嬢は、自らの記憶の深層に設けられた手がかり(ハンドアウト)を読むことができたのだ。

 彼女は霜の妖精としての本分を思い出したのか、微かな冷気を纏わせている。

 

 また半妖精の成長は、精神の成長に大きく左右される。

 恋をして一つオトナになったヘルガ嬢の精神の成長が反映されたのは当然であった。

 

「フラウ・ヘルガ、これを」

 

「まあ。懐かしいですわ」

 

 エーリヒ君が書斎の暖炉の燃えカスから再生したぬいぐるみなど、ヘルガ嬢の所縁(ゆかり)の品を取り出して渡す。

 

 ヘルガ嬢はそれを眩しいものを見るように、あるいは懐かしむように目を細め、それを「ありがとうございます」と言って受け取った。

 受け取られたぬいぐるみやドレスなどは、温かい記憶の泡となって、ヘルガ嬢の周りを一巡りすると、彼女の胸に吸い込まれていった。

 祈るように両手を胸で組み、悼むように目を閉じたヘルガ嬢は、彼女の母を弔っているのか、それともあるいはこれから対峙するだろう父を──。

 

「……お母さま、お父様……。

 ……それでは参りましょう。その2つの手記が鍵に変わるはずです」

 

「ぉお、手記が……!」

 

 目を開けたヘルガ嬢が告げた途端に、持ち出した二つの手記が捻じれ曲がって融合し、一本の鍵となった。

 

「その鍵が封印を解いた先── 大扉を抜けた向こうに、お父様と、あの女が居るはずです」

 

 大扉から漏れ出ていた悪夢の黒い霧からヘルガ嬢を守っていたバクたちを彼女が撫でると、バクたちは小さく心配そうに鳴き声を上げて、夢に解けるように消えていった。

 

 もはや彼女の精神の幼年期は終わった。

 一人前の淑女として、自立する時が来たのだ。

 

「さあ、開けてくださいまし。エーリヒ様」

 

「準備は良いんだね? ヘルガ嬢」

 

「ええ。あなたが助けて(愛して)くれたおかげです」

 

 ヘルガ嬢がエーリヒ君に向けて初日(はつひ)のように微笑む。

 

 

「あなたは私に言ってくださいました。

 

 私は悪くないと。いつだって悪いのは、虐げる側なのだと。

 

 私は怒って良いのだと。平手のひとつも喰らわせてやるべきだと。

 

 私は幸せになって良いのだと。幸せになるべきだと。それを母も、父も望んでいたはずだと。

 

 エーリヒ様、あなたに守られているから……そしてエリザというお友達がいるから、フォン・ミュンヒハウゼン兄妹(ターニャとマックス)という新しい家族がいるから── 安心していいのだと。

 

 そうおっしゃってくださいました」

 

 

「そうだとも。私たちがついている」

 

「はい。エーリヒ様」

 

「“危地にて私を呼ぶと良い。そうすれば、きっと必ず、私は君を助けてみせる”……その言葉に、偽りなど何一つとしてない」

 

「ええ、知っています。この身に沁みて」

 

 

 エーリヒ君の力強い宣言に、ヘルガ嬢も強く頷いた。

 

 ……彼女は強くなった。本当に強くなった。

 ヘルガ嬢は、これまでに私たちに助けられたすべての記憶を覚えているのだろうか。

 彼女の凛とした顔を見て、そうであるに違いないと私は確信を持った。

 

「じゃあ、いこうか」

 

「はいっ!」

 

 そしてエーリヒ君はヘルガ嬢の手を握ると、逆の手に持った鍵で大扉の錠前を開けた。

 ── そこには、悪夢の黒い霧がまるで壁のように満ちていた。

 

「準備は良いかい? みんな」

 

「もちろんです、兄様(あにさま)

「いいですわよー、子猫の青(キトンブルー)の剣士様」

「いよいよクライマックスフェイズだな、エーリヒ君」

 

「ええ。この悪夢(ユメ)を終わりにしましょう。エーリヒ様」

 

 私たちは一歩踏み出し、悪夢の黒い霧の奔流へと分け入った……。

 

 

 

§

 

 

 

『うふふふふ、忘れられた(おんな)が今さら何をしに来たのかしら』

 

 霧を抜けた先に、ローブにフードの女が居た。

 フードによって影になった顔は、決して見えない。

 おそらくこれが、ヘルガ父娘の運命を決定的に狂わせた元凶── 落日派と思われる癒者の女だろう。

 

「お前が……ッ!」

 

 (まなじり)を吊り上げたヘルガ嬢のことなど歯牙にもかけず、癒者の女はしゃべり続ける。

 

『もう彼はあなたのことなんて忘れたわ。娘の肉を削ぐのと同時に、自分の中の思い出も削いでいったのだから当然よね?』

 

 “彼” と癒者の女が口に出すと同時に、霧の中から大きな気配が現れる。

 

 歪んで壊れた気配の持ち主は、()()()で覆われた騎士だった。

 その顔は、黒い影に塗りつぶされて決して見えない。

 ただ、その蒼氷色(アイスブルー)の双眸だけが、茫洋と輝いていた。

 

『ねえ。霜の半妖精、哀れな娘。あなたから剥ぎ取ったモノを、私はどうしたと思う?』

 

 ヘルガの父が癒者にやらせたのは── あるいは彼が癒者にやらされたのは── ヘルガから妖精の相を剥ぎ取る施術だった。

 

「まさか……!」

 

『うふふ。後ろのお仲間の魔法使いなら、分かってくれるわよね? 半妖精をヒト種に戻す研究をしてると、その逆の研究もしたくなるものよ』

 

「お前ッ! お父様に何をしたの!!」

 

『やぁだ。何で怒るの? せっかくあなたと()()()()にしてあげたっていうのにぃ』

 

 フードの影に覆われた奥でも分かるくらいに、癒者の女は口を三日月に歪めて嘲笑った。

 

『あなたも分かるでしょう? ヒト種(メンシュ)は老いさらばえていくの。

 時の流れに対して、あまりに脆弱ぅ……やんなっちゃうわよね?

 でも、半妖精はそうじゃないの。

 せっかくあの人をモノにしたなら、もっとずっと永く長く永遠に一緒に居たいと思うのは当然でしょう?』

 

「だからあの人(おとうさま)を壊したというの!?」

 

『いいえ、壊してなんていないわ。失礼しちゃう。──── “完成させた” と言いなさい』

 

 そして戦闘は始まる。

 

 

 

 蒼氷色(アイスブルー)の双眸を持つ霜の騎士── ヘルガの父だったもの── が騎士剣を抜いた。

 そしてそれを振るうと、周囲に霜柱が伸びるようにして、氷の兵隊が隊列を成した。

 

Angriff(アングリフ), Soldaten(ゾルダーテ).』

 

 兵士突撃の号令の下、霜柱の兵隊たちが盾を構え、剣を抜いて突撃してくる!

 

 

「そういえば若かりし日のお父様は、戦争に士官として従軍して殊勲を挙げたとか……聞いたことが……」

 

 ヘルガ嬢が朧げな記憶をたどって口に出す。

 なるほど、確かにかなりの練度の一隊のようだ。

 ヘルガの父だった霜の騎士は、かつての配下を己の霜の権能で再現したのだろう。

 

「だがこの程度の兵士なら物の数ではないな」

 

 エーリヒ君(高身長)の言うとおり。

 

 いまのエーリヒ君は、人類で最高峰の肉体を持った剣士なのだ。

 そこに神域に迫る剣の技量が合わされば、訓練した兵士を相手に囲まれたってどうにでもできる。

 

 と、そのとき極光(オーロラ)が霜柱の兵士たちを文字通りに薙ぎ払った。

 

 

「ふふん、露払いは任せてくださいましな。さあ <月光蝶の翅> よ、全部オーロラにしてしまいなさい!」

 

 自らの背から大きく伸ばした電離分解の極光の魔術 <月光蝶の翅> を振るって、ターニャが笑った。

 その後ろには、エリザちゃん(ナイスバディ)を庇っている。

 庇われたエリザちゃんはというと、電離分解された霜柱の兵隊の粒子を素材に、霜柱の兵隊の再生や生成を阻害する魔法を付与した香り(ガス)を周囲に展開していた。

 

「私だって兄様(あにさま)のお役に立って見せます! 阻害魔法 <いらだたしきかおり>!」

 

 <月光蝶の翅> によりプラズマ化した同胞だったものが変質した <いらだたしきかおり> により、霜柱の兵士たちの動きが鈍る。

 そこをさらにターニャの <月光蝶の翅> が薙ぎ払う。

 それに対して蒼氷の霜の騎士は、さらに兵隊の数を増やすことで対抗しようとするが、そもそも過剰出力の <月光蝶の翅> には全く対応できていないし、<いらだたしきかおり> によってその生成速度も遅々として上がらない。

 

 

 無双ゲーのような光景が繰り広げられる中で、エーリヒ君はヘルガ嬢を連れて、蒼氷の霜の騎士(ヘルガ嬢の父だったもの)の方へと駆けていた。

 

「どぉれ、いざ一太刀、手合わせ願おうか!!」

 

『!!』

 

「平手の一発くらいは覚悟してくださいな、お父様!」

 

『!?』

 

 エーリヒ君が抜剣し、霜の騎士へと躍り掛かる!

 

 

 

 

 そのあいだに私は何をしていたかって?

 

 そりゃあ残った癒者の女の相手だよ。

 どーせ落日派なんだからその身体はロクでもない術式で賦活強化し、再生術式をかけているんだろう。

 

「だからそれを全部剥ぎ取る」

 

 

 

 魔法魔術相殺減殺術式(B A N ! B A N ! B A N!)

 

 

 

「許さぬ。禁ずる。許可しないィイイイイ!!」

 

『なぁんて馬鹿魔力!!?』

 

「力押しで勝てるなら、それが一番スマートなのだよ! そこで魔法のひとつも飛ばせぬまま、指を咥えて見ているがいい!」

 

 妨害術式や対抗術式は極夜派の十八番(オハコ)だが、魔術戦の基礎でもある。

 魔導院で学んだことが生きて、かつてよりもこれでも効率化されているのだよ!

 

 だが私の長所は人並外れた魔力出力と、その持続力。

 ゆえに魔力量で封殺する! 長所で勝負するのがセオリーゆえに!

 そして効率化により効力は前よりさらに倍加しているのだ! 簡単に破ることは出来んぞ!

 

 

 

§

 

 

 

 私が魔力量の優越で癒者の女を押さえている間に、霜の騎士の方は決着しようとしていた。

 

「お父様のバカッ! アホッ! おたんこなす!! ええと、ええと……ど、どてかぼちゃ!!

 私が、私がどれだけ怖かったと思うんです!?」

 

 ヘルガ嬢はトラウマに震える身体を押さえて、動揺する精神を奮い立たせて、視界に入るエーリヒ君の勇姿を支えに、ありったけの闘志をかき集めて、父だった霜の騎士へと立ち向かおうとしていた。

 トラウマに必死に抗う淑女(レディ)の姿がそこにあった。

 

 霜の騎士の技量は高く、対するエーリヒ君の技量はそれ以上に高かった。

 まるで予定調和の剣舞のように互いの武器を振るう彼らへと、ヘルガ嬢は当初の宣言通り、平手打ちを決行しようとする。

 

「反省してください! <霜の巨人(よとぅん)のてのひら>!!」

 

 ヘルガ嬢の構築した魔法によって、地面から()()()()()()が聳えて生えた!

 霜で出来た巨人の腕は、その掌を大きく開き、勢いをつけて水平にスイングする!

 

『!!』

 

「おっと、逃がすわけにはいかないね」

 

『!?』

 

「可愛い娘の癇癪のひとつ、黙って受けたまえよ」

 

 氷でできた巨人の腕 <霜の巨人(よとぅん)のてのひら> を避けようと示し合わせたように跳ねようとした霜の騎士とエーリヒ君の2人。

 だが、エーリヒ君の一閃により、ヘルガの父だった霜の騎士の両の爪先(つまさき)が断ち分かたれた。

 足先がなければ、十分に踏み込むことはできない。

 つまり、巨人の平手打ちからは逃げられない。

 

『?!』

 

「何をどうしたか不思議か。なに、単なる<見えざる手>(ちょっとした手品)だとも」

 

 その場から跳んで離れるエーリヒ君の手には、さっきまで霜の騎士と打ち合っていた剣がなかった。

 その剣は空中で一人でに振られ、不意を打って霜の騎士の爪先を切り飛ばしたのだ。

 <見えざる手>による斬撃は、ここまでエーリヒ君が見せずに伏せていた甲斐もあって、美事に不意打ちの一撃となった。

 

「よそ見していいのか? そら来るぞ!」

 

『!!!?』

 

 機動力を失った騎士に、氷の巨腕を避けられるはずもなく。

 激烈な衝突音とともに、巨人の平手打ちを喰らった霜の騎士は、水平に吹き飛んでいった!

 

 

 

「ふ、ふふふ。案外……いえ、思った以上に、気分が悪いものですのね、家族に手をあげるというのは……」

 

「フラウ・ヘルガ……」

 

「ですが、何故かとても晴れやかですわ。これで、お互い様だからでしょうか」

 

 ── お互い様なら、きっとお父様を許せるはずですわ。

 ヘルガ嬢は、そう言って、震えながら泣きそうに笑った。

 

 エーリヒ君は何も言わずに、ヘルガ嬢の頭を撫でて、抱きしめた。

 ……チリリと咎めるようにエーリヒ君のピアスが鳴った。

 

 

 

 

『あーあ……やられちゃいましたか……ああなると()()の大変そうですねえ』

 

 水平に吹き飛んで地面の上をバウンドして転がって、まるでガラクタのような有様になった霜の騎士を見て、癒者の女は嘆く様子も見せなかった。

 やはりこの女の愛は歪みきっている。

 

「案ずる必要はないさ」

 

 どうせお前も同じようになるのだから。

 私はすぐそばでヘルガ嬢の魔力が再び渦巻くのを感知した。

 

「<霜の巨人(よとぅん)のてのひら>。そこの女、いえ。蟲を潰して」

 

 零下の凍てつく声で、ヘルガ嬢が命じた。

 そしてその命令に応えて、再生成された氷の巨人の腕が振るわれる。

 今度は横ではなく、縦に。

 

 

 ピャッという奇妙な断末魔とともに、癒者の女は()()()()()()

 

 

 

§

 

 

 

 最後の敵を打倒したせいだろう。

 悪夢の世界が薄らいでいく。

 

 周囲で生成されていた霜柱の兵隊も溶けて消える。

 潰れた癒者の女の血肉ももう残っていない。

 

 そんな中で、ヘルガ嬢とエーリヒ君は、吹き飛ばされた霜の騎士の下へとやってきていた。

 転がる途中で捻じ曲がった手足が悪夢の目覚めとともに消えゆき、蒼氷色(アイスブルー)の眼をした騎士には、もはや胸から上しか残っていない。

 

「お父様……」

 

『……Viel Glück(幸あれ)……────』

 

 霜の騎士は腕を組んだヘルガ嬢とエーリヒ君の2人を視界に収めると、絶息の最後の呼気を費やして、2人の前途を祝福した……。

 

 

 ──── ああ、いよいよ夢が明ける……。

 




 
悪夢討滅完了( H U N T E D N I G H T M A R E )




次回はこの後日譚(アフターセッション)と、エーリヒ君たちが魔剣の迷宮に行ってる間の話かなぁ。
渇望の剣ちゃんも大好きだから早く出したいなあ……。
 

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