フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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悪堕ちした魔法使いは質悪いから専用の討伐部隊が要るかな……と思ったけど、そのための高位冒険者だろうし、本当に手に負えなかったら魔導院の教授連が動員されるんだろうなあ……。

魔剣の迷宮編はやっぱりエーリヒ君とミカくんちゃんの2人で攻略してこそだと思うので、攻略終わるまではマックス君は手を出しません(でも巻き込まれないわけではない)。

===

◆前話
 君に幸あれ。
 


11/n 不運の道連れ、世は無情-1(もう一回遊べるドン!)

 

 目を覚ますとそこは寝室だった。

 部屋の中央にある天蓋付きのベッドには、ヘルガ嬢を中心にして、ターニャとエリザちゃんが眠っている。

 そして、私とは逆のベッドサイドには、エーリヒ君が。

 

 私がイの一番に起きたのは、夢のシナリオの中でも意識を保った明晰夢状態だったからだろうか。

 

 そして部屋にはもう一人── いや一体の死霊(レイス)

 

「すばら、すばらしい夢の協演でした……!」

 

「こちらこそ、楽しめました。そしてマスタリングありがとうございました」

 

 対アリです。

 

「まばゆいばかりの意思の輝き。高まる恋心、強まる絆……! はぁぁん、尊い……」

 

 ── 生き生きしてんなこの死霊。

 感涙にむせぶライゼニッツ卿を眺めつつ、まあ確かにいいセッションだったし無理もないなあ、と思う。

 

 それに夢の世界での冒険は、ヘルガ嬢を目覚めさせるための禊の儀式としての役割も十分果たした。

 ヘルガ嬢に初恋を経験させて精神的に成長させたり、彼女の中のあらゆる悪夢の結末を塗り替えたり、父親を赦すことへの言い訳としての仕返しの平手打ちと黒幕の打倒や、その父親を看取る際に受け取った祝福の言葉……。

 

 完璧(パーフェクト)だ……!

 

 ライゼニッツ卿もゲームマスターとして、私たち5人の夢を繋げて舞台を整え、魔法チート製の術式を利用したハンドアウトを深層に残して、エリザちゃんやヘルガ嬢に余計なトラウマを増やさないように演出をマイルドにして……と、獅子奮迅の大活躍だったのだ。

 夢の中で好みの子供たちの冒険活劇を特等席で見て記憶に焼き付ける程度の役得は必要経費として認めるべきだろう。

 

「ご自分も適当な役柄で登場なさればよかったのに」

 

「それは解釈違いなので」

 

「そうですか……」

 

 そういえばライゼニッツ卿は、美少女美少年を着飾らせて悦に入るけれど、侍らせはしないのだよな。

 一歩引いて愛でる感じが多い。

 このライゼニッツ卿の屋敷にある数々の美少女美少年の肖像画にも、彼女自身が一緒に描かれる構図はないものな。

 

 

「んぅ……エーリヒ様……」

兄様(あにさま)ぁ……エリザもぉ……」

「……おかあさま……また死んでおられますの……?」

 

 

 おっと、半妖精の眠り姫たちが起きそうだ。

 

 そしてターニャ、君の夢の中での私の扱いには異議申し立てをしたいのだが。

 まあいい。

 

 ああ、おはようお嬢さんがた。

 

 ……さて、エーリヒ君も起こすか。

 え? まだ起こすなって? ああ、そうね、私が起こすのも締まらないか……。

 って、わざわざ寝台の上に移動させるのかい? ああいやいいよ、君らに文句をつけているわけじゃないんだ……。

 

 

 

§

 

 

 

 ──── あれ、私は何をしていたのだったか?

 

 確かヘルガ嬢を目覚めさせるということで、マックスらミュンヒハウゼン兄妹に連れられて、ターニャと一緒にライゼニッツ卿のお屋敷に来て……。

 寝ていた、のか? ここはどうやら寝台の上のようだ。

 

 だが何か、とてもゴキゲンな、爽快な、痛快冒険活劇みたいな、ワクワク心躍る夢を見ていた気がするのだが。

 

「おはようございます。エーリヒ様……♡」

 

 ん……?

 この声は、ヘルガ嬢?

 

「はい! あなたのヘルガです」

 

「エリザもいますよ! おはようございます、兄様!」

 

 二人の可憐な少女が、私の顔を覗き込んでいた。

 

 ヘルガ嬢、もう起きていたのか。良かった……。

 実際に声を交わすと、あの廃館から彼女をきちんと助け出せたのだという実感が湧いてくる。

 

 そしてエリザもおはよう。

 ……私はどれくらい寝ていたのだ?

 

「大して時間は経っていないさ。今は、そうだな。日は沈まない程度の時間だよ」

 

 その声はマックス……いや、結構眠っていたのではないか、それは。

 急に寝落ち(?)してそれだけ眠るということは、疲れていたのかな……。

 眠り病だとか、そういう妙な病気でないと良いのだが。

 

「気にすることありませんわ。私たちもみんな眠っていましたもの」

 

 ターニャ嬢が言うにはそういうことらしいが、ということは起きたのは私が最後ということか。

 

「エーリヒ君、ごめんなさいね。はるか昔に失伝したといわれる珍しい方式の “眠りの雲” の魔法書を見つけて、皆さんが起きるまでにヘルガちゃんを眠らせておくのにそれを使っていたんですが、ちょうどそこに皆さんがやってきたみたいで」

 

 申し訳なさそうな顔を作るのは、半透明の死霊── ライゼニッツ卿だ。

 

 

 ……というか家主の前で病気でもないのに寝台に横になったままはマズい!

 

 

 慌てて、しかし無礼にならない程度に丁寧に起き上がり、ライゼニッツ卿に礼を述べた。

 

「お気になさらず。それよりも、もう遅い時間ですし今日はこちらで夕飯はどうでしょう? ヘルガちゃんとも親交を深めた方がいいでしょうし」

 

「エーリヒ様、私からも是非にお願いいたします」

 

 断りづらい立場から提案してくるライゼニッツ卿に加え、ヘルガ嬢からも頼まれて無下にできるはずもなく。

 本日はライゼニッツ邸にて、私たち兄妹(とエリザ)と、ヘルガ嬢が加わって3兄妹になったミュンヒハウゼン兄妹のささやかな── ライゼニッツ卿基準での “ささやかな”── 夕食会となった。

 

 

 ── でもライゼニッツ卿……食事中くらいはその写真術式とかいうのは止めてください……。

 

 あとヘルガ嬢は病み上がりだからと少なくしか配膳されなかった病人食を食べ終わってしまったからって、私に近づきすぎではないかな。

 

 マックス、戸籍上とはいえ、仮にもヘルガ嬢の兄なんだから少しは止めたらどうだ。

 年長者として淑女のなんたるかをだな……。

 

 ……? エリザが私に纏わりつくのは良いのかって?

 妹だから良いに決まってるだろう。

 

 なんだマックス、これ見よがしに溜息をついて。

 言いたいことがあるなら言うがいい。受けて立つぞ?

 

 

 

§

 

 

 

 ── 知らん。そんなこと(君の修羅場)は私の管轄外だ。

 

 

 無自覚タラシで女難察知機能摩滅済みの転生者(エーリヒ君)のことなんて知らん知らん、と感想を抱いた── というかエーリヒ君の故郷の自慢話を聞くに蜘蛛人の年上幼馴染(正妻のマルギット)さんが強すぎるから他の女性が彼の眼中に入ってない気がするが── ヘルガ嬢の目覚めの日から数日。

 

 

 ヘルガ嬢が目覚めてからのこの数日は、結構忙しかった。

 

 

 私は一応戸籍上は同じ一門に連なることになっている(よしみ)で、ヘルガ嬢と一緒にミュンヒハウゼン男爵家の帝都屋敷に一緒に顔を出したり。

 

 エーリヒ君らと一緒にヘルガ嬢の母が埋葬された墓地に<空間遷移>してお墓参りしたり(エーリヒ君が泣いたヘルガ嬢に胸を貸してやったりしていた。そういうとこやぞ天然ジゴロ)。

 貴族籍から抹消されて行方も知れぬヘルガ嬢の父の弔いと区切りに、こじんまりした葬送の儀礼を行ったり。

 

 ヘルガ嬢を正式にライゼニッツ卿の弟子とする手続きをしたり(ついでに3兄妹揃ってコスプレさせられたり)。

 

 もちろん講義の受講や、実習・実験、使い魔系講義の一環としての使い魔血統の鳩の世話に、ミカ君やアヌーク同期聴講生との研究会での研究などなども、いつも通りこなしたさ。

 

 

 とまあ、そんな感じで過ごしていたのだ。

 忙しいは忙しいが、平穏無事というのは素晴らしいね。

 

 

 他には、いよいよ私とターニャの魔導師見習いとしてのお披露目の日が決まったくらいか。

 ライゼニッツ卿にもせっつかれていた写真術式*1の論文(アヌーク同期聴講生と連名)を提出しに落日派のノヴァ教授を訪ねた時に告げられたのだ。

 

 時期としては、少し先。

 いまは秋の年貢集計に教授や研究員までも投入されているので、その集計がひと段落してから、ということらしい。

 

 まあ秋のこの時期は、帝国中から年貢が集まるため、官僚でもある魔導師たちも、徴税されてきたものの集計作業に当然容赦なく駆り出されるらしいからね。

 写真術式がその際の複写の手間を減らすのに役立てばいいのだが……。

 

 まあそんなわけで多くの講義はこの時期は閉められてしまう。

 

 

 

 そういえば、エーリヒ君とミカ君は、アグリッピナ氏のお遣いだとかで、高名な写本造りの職人の下へと馬に乗って出かけていったのだったか。*2

 早ければ一週間ほどで帰ると言っていたが、行く先を聞けば往復でもそこそこ日数がかかるところな上に、どうせエーリヒ君のことだから道中でトラブルに引っかかりまくるんだろうし、帰りの日はスケジュールどおりにはいかないだろう。

 

 

 ……え? 私は誘われなかったのかって?

 

 

 いやそれがアグリッピナ氏から直々の指名で、私は連れてっちゃいけないと言われたらしい。

 名指しで同行を禁止されるというのは、それはそれで気になるが……。

 

 まあ敢えて問いただすほどのこともなかろう。アグリッピナ氏を無駄に怒らせてもいいことは何も無いし。

 エーリヒ君は私の<空間遷移>で路銀を節約できなくなってガッカリしていたが、君の雇用主の一存なのだから仕方あるまいよ。

 ミカ君と水入らずでの初の遠出。親睦を深めると良いさ。

 

 

 あ、そういえばエーリヒ君はミカ君が中性人(ティーウィスコー)だとはまだ知らないんだっけか。

 ……これはハプニングの予感……!!

 

 

 ふふ、あとで何かあったか聞かせてもらうことにしよう。

 楽しみだ。絶対に面白いことになってるはずだからね。

 

 

 さて、じゃあ私は私で、御用板の依頼だとか、写真術式の使用希望者への術式レクチャーだとか、虚空の箱庭での研究だとかをこなしつつ、お披露目会に備えましょうかね。

 

 

 

§

 

 

 

 それから数日後。

 私が虚空の箱庭で自分の研究を進めていた秋のある日のこと。

 

「うーむ。穿地巨蟲(ヴュラ・ダォンター)をもっと簡単に大きくするためにはどうしたらいいだろうか」

 

 今や人の胴体ほどもある太さに育った巨大化因子投与済みのミミズの成育槽を見ながら、私は思案していた。

 周囲では、いろいろなものをベースにして作った人造人間(ホムンクルス)やゴーレムが働いている。

 

 ここは虚空の箱庭。

 元の魔法チートの持ち主がエーリヒ君を襲った際にアグリッピナ氏に<空間遷移>で投棄されたどことも知れない、世界の狭間だ。

 

 その亜空間を切り取って自分に隷属させたのが、この虚空の箱庭というわけ。

 

 元は何もなかったのだが、今は落日派の廃棄物置き場からのリサイクル品だったり、適当な街に<空間遷移>してドブ浚いしたときの排泥土だったりを持ち込んで、さらに凝集させて固めることで、足場となる地面や建材にして、居住可能な拠点を作っている。

 イメージ的には、虚空にぽっかりと研究所らしき建物が地面の一部ごと浮かんでいるような感じだ。

 

 ちなみに隷属空間の維持には次世代型の魔導炉を魔法チートの権能で作り、この空間を魔力のゴリ押しで無理やり維持させている。

 

 さらに上空── 虚空の箱庭に上下の区別をする意義は薄いが、便宜上、上を定めている── には、巨大な円盤が幾つか超高速で回転しながら浮かんでいる。

 いわゆる弾み車(フライホイール)であり、あれらは魔法によって常に加速させられ続けているのだ。

 このフライホイールに保管した運動エネルギーを原資に、私は様々な物理的な作用を持つ魔法を使うことが多い。便利に使わせてもらっているので良い発明だったと思う。

 

 話を戻そう。

 

「うーむ、穿地巨蟲(ヴュラ・ダォンター)の成長……いや、あれだけ巨大にするなら、促成栽培するにはむしろ群体にした方がいいのか?」

 

 海綿動物なんかは、役割分担した個体が相互に協力して大きくなっていったはず。

 そんな感じで、いまある人の胴体ほどの太さのミミズ1匹を1つの細胞に見立てて、<変成>させながら融合させて巨大化……。

 ある意味3Dプリンタみたいなもんかも。それかキングスライム方式? 煉瓦を積み上げる建造物的な方法と言ってもいいかも。

 うーん、新機軸だし、エミュレータで研究してからの方が良さそうだな。

 

 とりあえず1つでいいからトンネルシールドマシンサイズのもの── 最初は直径2mサイズからでもいいかな── を、まずはを試作品で作ってみたい。

 そいつを運用しながら量産型に繋げるときの問題点を洗い出したいし……。

 

 

 うんうん唸って考えていたそのとき。

 

「うん……? なんだ、侵入された……??」

 

 虚空の箱庭に張り巡らされた、内外を隔てる結界を貫いて、何かが突入してきたのを私は感知した。

 ここは虚空とはいえ、私が漂っていたように、極々稀に何かが浮かんでいることがある。

 これまでにもそういう何かのゴミが虚空の箱庭の結界にぶつかることはあった。おそらくはアグリッピナ氏だとかの()()()()()()()使()()()()()()()()()が由来だろうかね。

 

 それなりに似た事例はこれまであったとはいえ、しかしそれでも、結界を破られるような事態は初めてだ。

 

「一体、何が……?? って、うわっ!!!??」

 

 訝しがる私だったが、しかし悲鳴を上げてしまう。

 飛来落下物に反応してか、いきなり自動迎撃の障壁が張られたからだ。

 幸い、飛来落下物は障壁で弾くことができた。まあそのための自動障壁だ。

 

 同時に周囲にまるでスツーカの急降下爆撃を受けたかのような衝撃が走り、土砂が噴き上がる。障壁に弾かれた跳弾による被害だ。

 そしてそこに一瞬遅れて、“ぎぃいん” という金属が削れる音が上空から響いた。音より先に着弾したか!

 

「超音速の砲撃!? マジで何が!?」

 

 そして上空を見て戦慄した。

 はるか遠くに浮いている超巨大フライホイールのひとつが、切削音とともに切粉(きりこ)を撒き散らしている!

 巨大なコイル状の切粉が、“ぎぃいん” “ぎぃいん” “ぎぃいん” と超巨大フライホイールから削られて弾かれては、そのフライホイールの回転による運動エネルギーを保ったまま下の研究所(ラボ)へと飛んできているのだ!

 

 それが超音速の砲撃の正体か!!!

 

「うわあああああ、私の研究所(ラボ)がぁあああああ!!??」

 

 超音速の巨大切粉が、虚空の箱庭を破壊していく……!!

 なんたること! せっかく造ったのに!?

 作業用ホムンクルスも妖精の薄暮の丘で消費したのが漸く充足してきたというのに巻き込まれて血煙に!?

 

「ひどい……こんなのってないよ……」

 

 ううぅ……あァァァんまりだァァアァ!!

 

 一瞬だけ大いに嘆き、冷静になる。

 ……はあ。素材はリサイクル可能とはいえ、かなり堪えるな……。

 

「くぅっ、だけど切り替えていこう。元凶が何か確認しないと」

 

 恐らくは先ほど結界を破って侵入してきた()()が超巨大フライホイールにぶつかったせいだろう。

 だがそもそも一体何がぶつかって……?

 

 

 

「ん? あれは──────に゛っ゛!!??」

 

 原因と対策を考えようとした私の視界の端に、漆黒の大剣が映ったと思った次の瞬間。

 

 

 私はフライホイールに弾かれて加速したと思しきその禍々しき魔剣によって、頭部を粉砕されていた……!

 

 

 

 なんでや……障壁が薄紙みたいに──

   ──── この剣、こんな如何にも魔剣みたいなナリしといて──

──奇跡系統の存在────??

 相性差で  抜かれた  ? ??

     弾み車(フライホイール)にぶつかって

歪みのひとつもないとか

  どんだけー

 

 

 でもさ、

何十層にも障壁張ったよね??

  いやまあ、音速超過の

    魔導徹甲弾 相手に

原形留めてるだけ、障壁くんも

 がんばった方ともいえなくは、ない……??

 

 

 っていうか……

  この魔剣……

私のこと

   端末化してない??

 

 

    肉体の制御が

 全然

  戻ってこないんですけど

 

 

   ぐえっ

 

 

   あの

    私の身体は肉の鞘じゃないので

 潰れた頭部からケツの先まで

  串刺しにするのは

      やめてもろて……

 

 

  うええ

     権能(魔法チート)まで乗っ取られたし

   意志ある器物?

 まじどんだけー

 

 

     これ

ひょっとして

  より上位の

 権限持ち………?

 

 

 まじなんなん

    なんかわたし

  わるいことした?

 

 

 

 

 空間遷移術式(すぐにもどるわ、いとしいあるじ)

 

 

 

 

  空間遷移……

 いったい何処へ?

 

 

   あっどっかの部屋に出た。

 

 

    って、エーリヒ君?

 それにミカ君も

   満身創痍やん

 

 

  あっ(察し)

そっかぁ

 

 

 これは君の厄ネタかぁ、エーリヒ君……!

    きみはほんと

  人外によく好かれるねえ……

 

 

 

§

 

 

 

 

 魔剣とその元の持ち主の冒険者の未練が、魔剣の後継者候補を誘引し選別するために創り出していた迷宮……そこを命からがら踏破した私とミカだったが、ここからさらに帰る必要がある。ボロボロになった身体を引きずって、だ。

 現実はゲームと違って、帰還用のワープポイントなど準備してくれない。

 なんとも気が滅入る話だ。

 

「それにしても最後のは肝が冷えた……まさか魔剣それ自体がカッ飛んでくるとは」

 

 おかげでなけなしの魔力のさらに底を浚って<空間遷移>のための綻びを作って、飛んできた魔剣をそこに飛び込ませる羽目になった。

 流石にどことも知れぬ虚空に放逐したなら、呪われし魔剣といえども、もう帰ってくることはあるまい。

 魔力を使い果たしたことによるダメージは、この自動回復特性が付与された鎧のおかげで随分マシだが、それでも限界まで魔法能力を酷使したためか、ひどい頭痛がする……。魔力枯渇の症状だ。

 

 ともあれ、魔宮は踏破した。

 ただ気になるのは、魔剣を抱えた冒険者の動死体(ゾンビ)(おそらくラスボスだったはずだ)をバラバラにしても、この魔宮がいまだに崩壊していないことか……。

 本来は、核を失った迷宮は元の様相に戻るらしいと聞くが……。

 

 

 気になるが、魔力の使い過ぎで昏倒した我が友ミカを介抱するのが先だ。

 魔力の使い過ぎは、脳が煮崩れると聞くからな……。重篤な後遺症が残らないと良いのだが……。

 私が誘ってついてきてくれた冒険で、友が再起不能になるなど、私が耐えられない。

 

 

「ありがとう、ミカ。我が友よ。きっと君を無事に送り届ける」

 

 さて友のために担架でも作るか、と動き始めた私の背後から、しかしまだ終わりではないのだと知らせるように、禍々しい瘴気が溢れた……。

 

「勘弁してくれ……今度は何だ」

 

 魔力が尽きかけた疲労まみれの身体に鞭を打ち、愛剣・送り狼(シュッツヴォルフ)を構えつつ振り向く。

 

 

 そこに居たのは、頭の代わりに、首の上に魔剣の柄を生やした、ローブ姿の男だった。

 そしてその背格好、着ているローブには見覚えがある。

 

 ──── って、マックス!!? 何故ここに!!?

 

 

 『これ ぬいて』

  『からだ のっと』

『られ』 『られれ』

 

 

 この件の黒幕はお前か!? と思いかけたが、普通なら明らかに死んでるはずの有り様と、途切れ途切れの<思念伝達>で大体察した。

 たぶん私が<空間遷移>させた先に、不幸にもマックスが居たのだろう。

 ……なんかすまん……。

 

 というかやっぱり生きてるのか、頭部粉砕されて魔剣に上から下まで串刺しにされて。

 こいつもこいつでどうやったら殺せるんだか……。

 

 

 油断せずに愛剣・送り狼(シュッツヴォルフ)を構えたまま数瞬経過。

 マックスを串刺しにして乗っ取ったらしき魔剣から、ガラスをひっかくような不快感を起こす強烈な思念波が放たれると、同時に回復の波動が広がった。

 

 

 

 回復復元術式(ばんぜんであいして)

 

 

 

 ………! 失った魔力や細かい傷や疲労が消えた……!

 はっとしてミカの方を見れば、彼の様子も落ち着いたように見える。

 マックスの魔法能力を使っている? だが一体どうしてこんなことを……。

 

 

 

 魔宮回収折畳凝縮術式(もっとこころおどるたたかいのために)

 

 

 

 マックスの身体を操っているだろう魔剣は、いつの間にか、そもそもの発端である魔剣の前の持ち主である冒険者のその手記を魔法で引き寄せたのか、自らが操るマックスの身体に拾わせ、その手に持たせていた。

 そしてマックスの権能で、さらにまた禍々しい魔法を発動させると、魔宮を構成していた歪んで増殖した空間や、そこに誘引されて囚われていた一廉(ひとかど)の使い手たち── まあ負けて魔宮に囚われて生前の技量を保った動死体にされてしまっていたのだが── を吸い寄せ、その『冒険者の手記』に吸引させ折り畳んで喰わせていく。

 明らかに体積を無視して瘴気や動死体を吸い込み続ける手記は、もとの紙束を纏めた状態から、豪華な装丁が施された()()()()な魔導書のような装いへと変貌していく。

 

 ……これは、この魔宮のリソースをあの本の形に凝集させたということか……?

 

 そして魔剣に串刺しにされて操られた魔法使い(マックス)は、片手に持つ魔本にさらに魔力を込めた。

 加えて魔剣からもどくどくと何かがさらに注入され、魔本がさらに厚みを増していく……!

 

 人外の魔力を持つマックスの本気の魔力に、呪われているとしか思えない魔剣の因子の組み合わせ!

 いやな予感しかしない……!!!

 

 

 

 幻体戦士投影再現術式(わたしのことをもっとしってほしいの)

 

 

 

 魔本が開かれると── そこから濃密な魔力が渦を巻いて飛び出し、驚くべきことに、さきほど倒したはずの、魔剣の前の持ち主の冒険者の姿を取った。

 半透明の、魔力で構成された、だがしかし、先ほどの動死体とはまた違う、恐らくは彼の全盛期の姿で……。

 迸る剣気に、思わず鳥肌が立った。

 

 マックスの身体を操る魔剣は、マックスのその腕を動かさせ上へと。

 そしてマックスの頭部を挿げ替えたように鎮座する己の柄をその手に握らせると、ずるりと彼の自身の身体に埋まった魔剣自らの刀身を引き抜かせた。

 

 ぞっ、と気のせいか、魔剣に見初められたかのように感じて、私の肌が粟立った。

 直後に、マックスの身体が権能を行使した。いや、させられたのか、魔剣に。

 

 

 

 転移交換戦場整備術式(もっとあいして、たくさんあいして)

 

 

 

 魔宮が折り畳まれて魔本に凝縮されたため、いつの間にか空間の歪みは正され、周囲は元のただの冒険者の庵の一室に戻っていた。

 しかしそこは魔剣を振るうには狭すぎる。

 

 だからだろう。

 私と、冒険者の幻影体が転移する。

 

 ずっしりとした重みに手を見れば、愛剣・送り狼(シュッツヴォルフ)の代わりに、私の手には漆黒の魔剣が────!! いやお前さっきまでマックスの手にあっただろ!? ちょっとした恐怖体験だぞこれは!?

 

 それはともかく、と周囲を見れば、どうやら場所は庵の前。

 そこは周囲の森が切り拓かれ踏み固められ、まるで練武場のようになっていた。

 

 相対する魔剣の前の持ち主である冒険者の幻影体の手には、私が手に持つのと同じ形をした魔剣の幻影体があった。

 冒険者の幻影体は、明らかにやる気だ。立ち合いは避けられないだろう。

 

 

 ──── どうやらここからはエクストラステージらしい……。

 

*1
写真術式:紙の方の耐性を下げて普通の光でも露光に応じて紙の表面が炭化するようにする術式。光の収束はレンズではなく術式で行う。写真や複写の用途に使えるため、帝国の事務組織に革命を起こすポテンシャルを秘めているが、魔法使いの少なさがネック。帝国政府が魔導具化を切に要望している。

*2
魔導書の写本:魔導書の写本は単に写せばいいというものではない。材料や手順、込める魔力によってオリジナルの魔導書に記された効果をどれだけ再現できるか、それが職人の腕の見せ所である。職人の腕によっては、真作を超えた贋作が作り出されることも。




 
不法投棄ダメ絶対。マックス君死亡確認!(7話ぶり5回目)
サブタイトル後半は、ウッキウキの魔剣・渇望の剣ちゃんの心境ですの。

渇望の剣ちゃん「旧い主に握られて新しい主を選定するのはやったから、次は新しい主に握られて旧い主たちと戦うとかとっても素敵だと思うの! もっと愛して(振るって)、たくさん愛して(斬って)!」

魔剣の迷宮を封じた魔本は、ある意味ワン・フォー・オール方式。魔剣の記憶から再現された歴代の魔剣の担い手(元カレ/元カノ)たち+彼らが戦ったかつての強敵たちと戦えるドン!


※(渇望の剣について+マックス君がやられた時の描写を少し追記しました)

◆渇望の剣(独自解釈含む)
渇望を意味する古語が刻まれた漆黒の大剣。この世に存在する大抵の物よりも古いかもしれないという(下手すると自己主張が激しくないだけで、この世界のさらに上位の世界から落ちてきたものの可能性があるのでは)。少なくとも闇夜の妖精の一体であるウルスラより年上らしい。禍々しい気配に反して、この世の法則側である奇跡寄りの存在であり、世界を曲げる魔法や魔導に対して圧倒的なアドバンテージを誇る。剣という概念を極めた存在であり、折れず曲がらず(こぼ)れず、必ず担い手の下へと帰還する特性を持つ、意志ある器物。禍々しくて魔剣としか認識されないが、実態としては神剣というか、積み重なった神秘の歴史的にはもはや神が剣の形になったものというか……。さっさと昇華して神にでもなればいいのに、あくまで剣として振るわれることに執着して現世に固着している筋金入りである。ただし担い手を自ら選ぶ性質があり、他の魔剣のような持った者に超越級の剣の腕を与えるという性質は無い。下駄は履かせない主義。担い手に相応しくない者は握ることはおろか触れることすら出来ず、その拒絶能力はアグリッピナ氏の障壁を一発で抜くほど(マックス君は便利な鞘扱いなのだろう)。この剣は、至上の技量を持った剣士に剣として振るわれることを愛されることとして定義しており、それに対して己は剣としての機能を極めることが愛を示す道だと考えている。
 

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