フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
前話のあとがきの脚注に追記しております。
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◆魔宮顕現テロによる首都直撃亡国判定パラグラフ
1.どこからか現れた呪物により都が魔宮化した。
あなたはn人目の攻略者だ。2へ進め。
2.前の所有者の幻影体+(n-1)人目までの攻略者の動死体(撃破済みのものを除く)に勝利可能か?
2-(1) 勝利した場合は3へ進め。
2-(2) 敗北した場合は14へ行け。
3.あなたは魔剣の迷宮を見事攻略した!
褒美にこの渇望の剣(肉鞘・魔本付き)の主となることを許そう!
…………
……
13.都は魔宮に占拠され、国は衰退し隣国に呑み込まれて滅んだ。
14.あなたは敗北した。
あなたの魂は魔宮に囚われ、次の攻略者の行く手を阻む駒となるのだ。
次の攻略者に都の命運を託す場合は再び1へ戻れ。
その際、幾つかの動死体を撃破済みの場合はその分出現数を減らすこと。
あなたが最後の攻略者である場合は13へ行け。
(小国の首都だと強者不足で占拠が長期化し、実質首都陥落状態になって国が終わる可能性がある。帝都なら近衛や魔導師が居るし多分最終的に何とかなる……けど、まかり間違って文官や市民がごっそり巻き込まれてねずみ算式にゾンビ化したりすると戦後復興的な意味でしんどいかも。ただ神殿や魔導院による対抗封印が早期に間に合えば被害は抑えられるだろう(いやそもそも予防可能な結界が敷かれているか?)。ダンジョン経営モノは初動が大事ってはっきり分かんだね)
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◆前話
エーリヒ君に冒険者の
12/n 『失名神祭祀韋編』【正気度ポイント喪失:1D8/2D8】-1(彼が彼女になった日)
樹海の中。
転移から振り落とされたエーリヒは一瞬呆然としたが、すぐに気を取り直して警戒した。
饐えた匂い、生命の気配のない蠢き。
ここ数時間で何度も経験した悪寒が背筋を走った。──
肉鞘に憑いたアンドレアス氏が、影の中から現れつつ、動死体の気配を捉えたエーリヒに
『まずは樹海の中で高位の野伏とドルイドと戦い、これを討伐してもらおう。
前衛として
貴公が渇望の剣と呼ぶそれは、うまく振るえば魔力の命脈を絶つことが能う。
ゆえに、貴公が
……だがエーリヒの権能は己の全てを意のままにする── つまり手動で成長させるというもの。
自らを己の意のままに成長させられる権能は、反面、ごく自然にスキルを取得し成長することを許さない。
つまり戦いの中で特性を馴染ませてより高い次元で上限いっぱいまで使いこなせるようになることはあっても、自動的に技量の上限が伸びるということはあり得ない。
上限を伸ばすためには権能を立ち上げて成長させるしかないが、戦闘中に悠長にスキル一覧からコンボを探して考えるような時間はない。
しかしこの肉鞘によるスパルタ試練では、成長しなければ生き残れないのだという。
ジレンマだが、さあどうする?
悠長に考えている暇はない。既に状況は始まっている。
エーリヒは迫る動死体の気配を感じ、それとは別方向から様子見のように飛来した矢を避けて……それで終わりではなかったのに気付き、慌てて飛び退いた。
牽制と思われた狙いの緩い矢の後ろに、隠れるように、似通った軌道で飛んできていた隠し矢があった。それは魔法のように曲がって軌道を変えると、エーリヒの
だがその矢は、肉鞘の中から転移して現れた渇望の剣によって阻まれた。
我を握れという思念が、魔剣から這い寄る。
一方で魔弾のような矢の連射は止まず。
慌てて起動した<見えざる手>でなんとか矢をいなし、ドルイドの術のせいか鋼や刃物のようになった木々の枝を、その不可視の力場で掴んで折り曲げて無理やり道を開いていく。
だが比較的進みやすいと感じたルートの先には、動死体が槍衾で待ち構えていた。
このままではジリ貧。
……エーリヒは決断した。
「くっ、今の構成じゃ対応できなさそうだ……背に腹は代えられん、か」
並列思考で権能起動。
細かく見てる暇はない。
「それならとりあえず自己ステータス欄から既存技能をピックアップして純粋にスケールアップだ!」
選んだのは現状方針を維持した手堅い成長。
技能<戦場刀法>を<神域>に*1。
ステータス<器用>を<寵児>に。
それでもなお余った熟練度は敵を見つけるための探索系技能と、魔力視関係にぶち込んだ。
これで熟練度のストックはからっけつだ。*2
さらに魔剣掌握─── 握られた渇望の剣が歓呼の叫びを上げ、影の中から伸びてひとりでに巻き付いてきた剣帯を通じて肉鞘が魔力供給を強め、自動回復術式が刻まれた煮革鎧が身体を最適な状態へと保つ。
権能に割いていた並列思考を解除し、<見えざる手>を6本最大展開。
「さあ行くぞ!!!」
高度な連携で行く手を塞ぐタフな動死体たち。
魔弾と呼ぶべき軌道の野伏の矢。
要所で選択肢を狭めるドルイドの阻害魔術。
だが今ならその全てを斬れると確信がある!
行く手を塞ぐ一切を斬り伏せんと金の髪のエーリヒが叫ぶ。
ヴストローの街門から離れて、樹海をミカ君とともに引き返すこと暫し。
探査術式の反応を頼りに、魔剣の迷宮からヴストローの街へ転移する途中で落っことしたエーリヒ君を、無事(?)に発見。
到着するころには戦闘は終わったようで、きちんと五体満足な彼を回収できた。
「無事に見えるか? これが」
「矢鴨(笑)」
「わ ら う な」
「きちんと処置はしてやってるだろ?」
あちこちに矢が突き刺さって落武者みてーですね!
まあ、言ってる場合でもないので、合流した樹海の中で早速ミカ君と一緒にかいがいしく傷の処置をしているところだよ。
こういうとき幻影体の矢だと体内に残ったりしないからいいね。
術式を分解して、刺さった矢(幻影体)を消失させる。
そして即座に治癒と賦活。血糊は清拭の術式で消す。
……エーリヒ君、あまり痛がらないけど、こりゃいつの間にか<苦痛耐性>あたりの特性を取ってるな。
それと治癒術式の通りがいいから、<療養上手>とか<治癒適性>あたりの回復効果を高める特性もか?
このまま生残性を上げていけば、
そうしてすっぱり治療してやれば、エーリヒ君は疲労困憊で満身創痍……であるべきところを煮革鎧に付与された自動回復術式で戦闘中からずっと癒されてたせいで、あとは気疲れだけが残るだけの状態となっていた。
見たところ、傷痕も後遺症も残るまい。魔導院できちんと学んだこともあり、私の治癒術式の精度も上がっているのだよ、ふふん。
「あー、しんど……」
処置のために形成していた担架替わりの魔法の力場を消してやると、その上に載っていたエーリヒ君が地面に降りた。
そのままエーリヒ君がどっかりと地面に腰を落ち着け── ようとしたところにミカ君の造成魔法が周囲の地面や木の枝から即席の寝椅子を作り出したので、その上に彼は座る。
「まあまあエーリヒ君、収穫もあったんだからいいだろう?」
「マックス君が言う
ミカ君が辟易した目を向けるのは、静かに空中浮遊する『魔剣を納めた肉鞘と、そこに剣帯で繋がった魔本』のセット。
合流するときに垣間見えた、<見えざる手>を踏んで宙を駆けて敵ドルイドの幻影体の首を刎ねたエーリヒ君はとてもカッコ良かったとミカ君も見とれてたが、それはそれ。
むやみやたらと友人を危難に曝したこの魔剣とその眷属を、ミカ君は快く思っていない。まあ当然か。
だが私が言った収穫というのは、その魔剣
それらが提供する高度な実践訓練の環境と、そこからもたらされるだろう莫大な熟練度も含むのだ。
こればかりは転生者同士にしか分からない事情であるから、ミカ君が思い当たらないのも無理はないが。
恐らくエーリヒ君は、戦闘中にも<多重併存思考>を一つ費やして権能を立ち上げて、リアルタイムで手に入った熟練度を片っ端から必要な特性に注ぎ込んだのだろう。
そのせいか、テレポート中に
私は剣士ではないので詳しくは分からないが、エーリヒ君から感じられる脅威度の上昇は察せられる。
確実に強くなっている、と、肌で分かる。
あるいはひょっとするとエーリヒ君は、私の残機を無視してこの魂そのものにすら届きうる刃を備えたのかもしれない。それはきっと<神域>の技量、魂に届きうる
「あ、そういえば動死体は? 森に残っていた魔宮の残滓たちは結構な数だったはずだが」
「ああ、あれか……。それが私が核を斬ったら勝手に魔本が吸い込んでいったんだよなあ……」
エーリヒ君に問えば、予想していた答えの一つが帰ってきた。
魔宮の中に居た動死体は、魔本が魔宮を折りたたむときに取り込んでいたから、それと同じ作用で吸い込んだのだろう。
何に使うかは知らないけどね。
「よし、処置終わりっ。……じゃあ街に帰ろうか、我が友」
「そうしようか、我が友」
「あ、転移で送っていくか?」
私の申し出に、エーリヒ君とミカ君は顔を見合わせて言った。
「「 いや、もう結構。歩いて帰ろう 」」
ハハッ。ですよねー。
ヴストローの街に入り、エーリヒ君たちは馬たちを預けて投宿もしている旅籠へ。
魔剣
著名なる複製師である年経た樹人ファイゲ卿へのアポイントメントも必要だから、きっと宿に戻ったら先ぶれの手紙でも宿の丁稚に持たせて走らせるのだろう。
私はというと、虚空の箱庭の後始末と資材の仕分け、そのリサイクルのためにと空間遷移。
いやまあね、散らかってるって言葉では言い表せないくらいの有り様だからね。
ちょっとした災害復興だ。
しかし瓦礫の山を前にすると、こう、心躍るのは何故だろうね。
これもひとえに “もったいないおばけ” の加護なのだろうか。あるいは性分か。
何にせよ苦にならないのは助かる、気が楽だ。
これが行きつくところまでいくと、
<
瓦礫を素材に作業用のゴーレムを製造。
片づけをさせてヨシ、単にその場から自分の脚で移動してくれるだけでも十分ヨシだ。
ゴーレムたちや、生き残りのホムンクルスたちに指示をしつつ、自分でも魔法を使って崩壊場所の探査と記録、新たな建造計画の策定を行う。
スクラップ&ビルド。んっん~、いい言葉だ。
「あれ、おかあさま。これは一体どうしたんです?」
「ターニャか。うーん、上空のフライホイールに、亜空間漂流物がぶつかってな」
いつの間にか虚空の箱庭に帰ってきていたのは
崩壊した箱庭を見て目を丸くしつつ、片付けに伴って発生している工事音が耳に障るのか眉根を寄せている。
私は彼女に軽く経緯を説明した。
「まあ。するとその余波が飛んできてコレという訳ですか……。夕飯と寝る場所どうしましょう?」
「直ぐに仮設住宅でもでっちあげようか?」
「……いえ、折角ですから、ヘルガのところにお邪魔することにしますわ。ライゼニッツ卿のところなら、この時間からでも歓迎してくださるでしょう」
「……まあ事情が事情だし、あの方なら急な来訪でも歓待してくださるだろうが、礼儀は欠かさないようにな」
「もちろんですわ。
あ、何か土産話にできることはありません? ほらヘルガの想い人の話題ですとか」
ライゼニッツ卿の弟子として住み込みで庇護を受けている霜の半妖精であるヘルガは、エーリヒ君にホの字だからねえ。
しかし土産話となると……。
「じゃあエーリヒ君と、その親友のミカ君が成し遂げた、魔剣の迷宮攻略の話を聞かせてやろう」
「まあ素敵! きっと素晴らしい活躍をなさったのでしょう?」
「勿論だとも、きっとヘルガ嬢も気に入るさ」
そうして私は虚空の箱庭の片付けの傍ら、ターニャは
時には空間投影術式を使って動きを再現してやったりもして。
先触れの返事が、蝶のような形で折られて羽ばたく手紙として返ってくる頃には、大筋は聞かせ終わっていた。
「じゃあこれ、手土産の自慢のキャベツ。ザワークラウトに最適な品種」
「手土産が野菜ってのも仮にもフォンを戴く者同士でどうなんですの?」
「
「それは、そう……なんでしょうか?」
たぶん大丈夫だよ。実際、名産品で自慢の逸品には違いないし。
明けて翌日。
結局興が乗ったため徹夜で虚空の箱庭の片付けをしていた。
まだ十代の身体だし、賦活術式・恒常性維持術式があれば一徹くらいどうってことはない。なんならかなりの長期間眠らずに起きていられる。
その寝不足もエーリヒ君たちが待ち合わせ場所に来るのを待つ間に、数分の睡眠を高効率化する術式を使って立ったまま寝れば解消されるしな。
<
ZZZZzzz……ぅん……、清々しい目覚めだ!
そしてちょうどエーリヒ君たちも来たようだ。
「や。おはよう、2人ともよく眠れ……あれ、ミカ君?」
んん?? いつにもまして美人だねえ色っぽいねえ、ミカ君。
しかしこれはひょっとして……。
「おはよう、マックス君。……あー、分かるかい?」
「分からいでか!」
ミカ君の体つきを見ると、昨日よりも明らかに腰つきや関節は細く、肌の色が若干抜け、胸元が膨らんでいる。声も高くなっている。
まるで女性になったようだ……というよりも実際にまさしく女性になったのだ。
おめでとう!
魔法魔術では不可能な、自然な性別変更を行う
幼いころは無性で過ごす彼らは、第二次性徴の頃には性転換が始まるのだ。
確か一説によると、往々にして精神的な衝撃が初めての性転換のきっかけになるという。
例えば、命の危機を乗り越えた経験。
あるいは例えば───
そういえばエーリヒ君、まさか女性体のミカ君と同じ部屋で寝たんじゃないだろうね?
「いやなんで分けるんだい? わざわざ友人同士で宿を取って部屋を分けるのは無駄だろう。なあ、我が友エーリヒ!」
そしてミカ君は、エーリヒ君の肩を抱くと、まるで詩でも歌うように言の葉を紡いだ。
─── 姿かたちがどうなろうとも、君が私の親友のミカであることに何ら変わりはない。
─── 性別ひとつで壊れてしまうほど、我らの友情は安くはないだろう?
─── 男だから、女だから。そうじゃなくて、君が君であるからこそ、友誼を結んだんだ。
─── そう口にした言葉は、今でも何も変わったりしていないさ、美しく麗しい我が友。
おお。歌劇の歌姫もはだしで逃げだすほどの美声。
美人は声まで美しいのだなあ。
で、それは誰のセリフだい?
ははは、まあ分かってるけどね?
どうせそこの天然ジゴロのセリフでしょ。
……。ああ、やっぱり。
初めての性転換で、受け入れられるか不安に思っていたミカ君の手を握って目を見つめて、さっきのセリフを真摯に語りかけたわけだね。
なるほどなるほど。
「被告エーリヒ。弁明は?」
「ちゃうねん」
ちゃうねん。今回こそ『失名神祭祀韋編』の説明とかに
じ、次回こそ!
◆
……あとはずっと無性のまま年を重ねた