フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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前話の後書きに独自設定の補足として次の事項を追記しております。
◆<再建(リビルド)の奇跡> について
◆マックス君の素養(センス)に関する個体値

……代償に、前話はあとがきパートだけで2,000字超えましたが。ま、前書きが1000字超えるよりはマシかなって……。

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◆前話
天上にて
夜陰神「風雲神(むすこ)に張り合って軽卒に奇跡を下ろすなッ! 格が下がる!」
陽導神「だ、だってあいつばかりチヤホヤと……天はオレの領分でもあるのに……!」
夜陰神「言い訳無用! 喰らえ、三日月蹴り!!」
陽導神「グワー!!」
夜陰神「そもそも自分の子供に嫉妬するな! 主神なら()()と構えていろ! さあ喝を入れてやろうッ!! 月面水爆(ムーンサルト・プレス)!!」
陽導神「グワーッ!!!!」
(この2柱による夫婦喧嘩(というか夜陰神による折檻)は天上ではよく見られる光景だとか。そしてそれ以上に2柱がイチャイチャしている光景もよく見られるらしい。ケンカップル??)

帝都にて
巨大海蛇竜(ヨルムンガンド)討伐による北海新航路解放記念パレード開始!
 


14/n 北海新航路解放記念パレード-2(パレードを観る人々)

 

 あっという間に晴れ渡った帝都ベアーリンの青空と、そこから燦燦と降り注ぐ陽光。

 新年の厳しい寒さがこの瞬間は(やわ)らぎ、天候操作により導かれた季節外れに温かな風が上空から吹き込んできて、文字通りの小春日和となった。

 天に投影されていた曼荼羅(マンダラ)が消えても、信心深い幾らかの帝都住民はまだ空を拝んでいる。

 

 その前を、帝城前を出発したパレードの列はゆっくりと進んでいく。

 

 

 先頭を行くのは、帝都へ搬入するのにも苦労したほど大きな、巨大海蛇竜(ヨルムンガンド)の頭部だ。

 どのくらい巨大かというと、開いた形で躍動感を持たせて固定した上顎の先が、街の建物の(いらか)の上から覗くほどだ。

 しかも、魔導院の落日派で死霊術の流れを汲む魔導師の手により鮮度維持処理が施されているそれは、まるで生きているかのようなド迫力だ。

 

 頭部を載せた山車を曳く飛竜に比べてもなお大きいという対比も相まって、ヨルムンガンドの強大さを帝都の民に印象付ける。

 

 

 いかにも恐ろしい怪物の生首だが、それを迎える帝都民の間には、怖れよりも歓びの色が強い。

 

 それも当然。

 

 この怪物は、帝国の勇士の手により既に討伐されているのだから!

 もはや何も怖れることは無いのだ!

 

「「「万歳(ハイル)! 万歳(ハイル)! 万歳(ハイル)!」」」

「「「帝国に勝利を(ジーク ライヒ)!!」」」

「「「皇帝陛下万歳(ハイル カイザー ディァ)!!」」」

 

 ラインの黄金を抱く帝国に栄光あれ!!

 

 パレードの中ほど、山車に乗せられ、熱狂する帝都民に迎えられたマックス・フォン・ミュンヒハウゼンは、自らが魔導師だと分かりやすいように幾つか見栄えの良い魔法を絶え間なく周囲に浮かべつつ、穏やかに手を振り続けた。

 

 ── 一方そのころ、マックス主役のパレードの列を観る人々はというと──。

 

 

 

§

 

 

1.エーリヒとミカの場合

 

「……まったく大した擬態だ……。そう思わないか? ミカ」

 

「言ってやるなよ、我が友よ」

 

 マックスの普段の様子、頭のネジの飛んだトラブルメーカーっぷりを知っているエーリヒとミカは、乾いた笑いを漏らして絢爛なパレードを観ていた。

 

 遠くから見る分には、マックスはまるで、魔法の達人で愛想のいい美少年にしか見えない。実際沿道からはご婦人方の黄色い声援が飛んでいる。

 その彼が実は、生命倫理のタガが外れた落日派所属で、しかも異教に傾倒しているなど、余人が窺い知ることは不可能だろう。

 

 

 エーリヒとミカの二人は、山車(だし)が走る大通りから少し離れたところからパレードを観ていた。

 飲食店の軒先に床几(しょうぎ)が置かれ、即席のテラス席のようにされているところに座ってのんびりと。

 あれだけヨルムンガンドが大きければ、遠くからでも十分よく見える。わざわざ人混みを掻き分けてまで近づくこともあるまい。

 

 

 日が差すようになったとはいえ、まだ寒さが残る帝都の昼前の空気。

 その対策に、二人は簡単な障壁と保温術式を組み合わせて張り巡らせ、凍えないようにしていた。

 

 そして寒さ対策として、身体の中から温めるために、さらに一工夫。

 

「じゃあ、もう一人のヨルムンガンド殺しの勇士に。乾杯」

 

「それでは私は、得難き我が友に。乾杯」

 

 ミカとエーリヒの二人は、手に持ったマグカップ── 青みがかった陶器のカップで、ヨルムンガンドを模した飾りが飲み口の下あたりからぐるっと1周して途中でその背の部分が離れて取手になって底の方でまた1周巻き付くようになっているという凝った作りだ── を軽く持ち上げるだけの上品な乾杯の動作をした。

 

 凝った意匠のマグカップに注がれているのは、グリューワイン。

 ワインにシナモン等のスパイスや果物を入れて蜂蜜を混ぜたものを温めた、冬の定番だ。

 冬の催し物では、催しに合わせて作られた特製のカップとともに売り出される。それをカップごと購入して、友人や恋人と乾杯し、飲み終わったあとのカップを記念に持ち帰るのが流行り始めているとかなんとか。

 

 今、二人が持っている、ヨルムンガンドを模した取手と飾りがついたカップも、その記念の類。

 討伐報酬でちょっとした小金持ちになっているエーリヒが奢ると言って聞かず、「どうか私の青春の一葉に、君という友人との思い出を加えさせてはくれないか」と殺し文句でミカを説き伏せたのだ。

 ちなみにミカが、エーリヒも巨大海蛇竜(ヨルムンガンド)討伐の立役者の一人だと知っているのは、何のことは無い。今パレードで手を振っているマックスから、「ヨルムンガンド討伐はエーリヒ君にも手伝ってもらったから彼もお金持ってるし、存分にタカってあげると良いと思うよ!」と知らされていたからだ。

 

 実際のところ、エーリヒはタカるまでもなくミカに奢ったりなどしてくれる。

 折に触れてミカのことを(金銭的な面でもそれ以外でも)甘やかしてくれる友人(エーリヒ)がいるおかげで、ミカは講義や研究に専念できている面もあり、大変ありがたいのは確かなのだが……。

 それはそれとして「これはヒモというやつでは……?」などと思うこともあるのだ。

 

 なお、マックスはマックスで物流ネットワーク研究会に出資し、所属メンバーであるミカやアヌークが実験や研鑽を行う際に要する触媒の類を、経費として肩代わりしてあげたりもしている。

 

 もちろんエーリヒもマックスも、ミカに対して、それを恩に着せるようなことも、返済を迫るようなこともしていないし、今後もするつもりはない。

 だがミカは、それを良しとしない。

 いつか魔導師として大成することでこの恩を返そうと考えている。

 

 本当は直ぐにでも恩を返したいのだが、考えれば金銭的な援助については、そもそも故郷の代官から推挙されて奨学金を貰っている時点で今更ではあった。

 それに「気にするなら尚更に学業に専念して魔導師としての腕を磨くことの方が重要ではないかな?」と出資してくれている当人たちから言われてしまえば、返す言葉もない。

 

「しかし君、良かったのかい? 功績をきちんとマックス君と山分けにしていれば、騎士叙勲もあり得ただろうに」

 

「ミカ、別にいいんだ。私は貴族になりたい訳ではないよ」

 

「だが……」

 

「それにもし名乗り出ていたら、ここで君とグリューワインを飲むことも出来なかっただろう? 名誉よりも君と過ごす時間の方が万倍も価値がある」

 

「……。まったく君は……」

 

 ミカは湯気が上るマグカップを両手で包むように持って、そっと口に寄せる。

 グリューワインを飲んだのとは別の理由で火照って赤くなった顔を隠すために。

 

 

 

§

 

 

2.半妖精三人娘(エリザとターニャとヘルガ)の場合

 

 功労者の親族として、ミュンヒハウゼン男爵家には特別席が割り当てられていた。

 通常の席次からは考えられないほどの上座に座らされ、皇室や上級貴族から挨拶を受ける当代ミュンヒハウゼン男爵の顔色は悪い。

 マックスを養子として受け入れたのは、家としては大正解だったが、男爵当人にとっては胃痛の種でしかなかった。

 

「家格相応で良かったのに……貧乏籤(こんなの)ばっかりだ……」

 

 シクシクと痛む胃を抱えて、ミュンヒハウゼン男爵が嘆いた。

 何でも彼は、家督を継ぐのを嫌がった兄たちが他家に婿入りするなりして揃って家を出ていったため、望まずして男爵位に就いたのだとか。

 外道の長命種(メトシェラ)の策略が辿り着いた末端としてマックス、ヘルガ、ターニャの三兄妹を養子にとって家系図に加えさせられたのも、他家から押し付けられたところを諸々の事情で上手く逃げられずに、という面が大きい。

 貴族社会のしがらみというやつだ。

 

 

 

 

 

 ……まあ苦労性のミュンヒハウゼン男爵のことはさておき。

 

 

 貴族街に設けられた観覧用の席は、寒くないようにコンパートメント化されて、暖房の魔導具も完備された豪華仕様になっており、十分な広さが確保されていた。

 

「もう、おかあさまったら! あんなにサービスしちゃって! そんなだから与し易しと官僚どもが調子に乗るんです!」

 極光が揺らめくような髪色の少女が頬を膨らませる。

 

「まあまあ、ターニャちゃん。マックスさんも、貴族たるものとして、見栄え良くしないわけにもいかないのよ」

 それを自らの瞳と同じ蒼氷色の装いを纏った、極光の少女より少し年上の、茶色に霜が降りたような髪色の令嬢が窘めた。

 

 ミュンヒハウゼン男爵の胃痛の種であるターニャ(極光の少女)ヘルガ(蒼氷の少女)、その半妖精の義姉妹は、未だに貴族籍には復籍できていないため地下の者と同じ扱いとなり、本家の面々とは隣り合っているものの、隔てられた区画が割り当てられている。

 まあ具体的には従者用のスペースだ。

 ミュンヒハウゼン男爵家の従者たちも当然同じスペースに居るが、もともと大貴族向けの区画であるため、完全に持てあましており、そこにターニャらが居てもまだまだ余裕があった。

 

 ターニャとヘルガは、身分は地下(じげ)の者……というかそれ以下の、 “半妖精” という臣籍を剥奪された存在である。

 とはいえ、ターニャは己の半妖精としての権能絡みで、電磁気に係る何編かの論文を既に仕上げているため、聴講生から研究員に昇格して貴族に復籍するのも秒読み段階と見られているし。

 ヘルガも払暁派のトップ学閥の長(フォン・ライゼニッツ)の直弟子に納まっているため、こちらも復籍は時間の問題と考えられている。

 さすがに貴族区画には入れないが、従者用のスペースに招かれる程度は問題ない。

 

 

 そして彼女らに加えて、ターニャより幼い金髪の少女が、宙にふわふわと浮いている。

 物理の相から切り離された振る舞いは、まさに半妖精のもの。

 この場における3人目の半妖精、ケーニヒスシュトゥール荘のエリザだ。

 ターニャとヘルガが、男爵にも許可を取り、親しい友人としてこの場に招待したのだった。

 

「……兄様(あにさま)はいま、何してらっしゃるかしら」

 

 エリザが空中で器用に頬に手をつき溜息をこぼした。

 エーリヒの妹である彼女は、昔から面倒を見てくれて、帝都までついてきてくれた兄のことを大層慕っている。

 折角のお祭りだから兄と一緒に居たかったという妹心だ。

 

「あらエリザ、私たちと一緒はお嫌?」

 

「そうだとしたらお姉さん、悲しくなってしまうわ」

 

「そういうわけじゃないけどぉ……」

 

 ターニャとヘルガがからかうように微笑みかけると、エリザはバツが悪そうに顔を背けた。

 

「春には天覧馬揃えもあるのだし、その時こそいっしょに連れて行ってもらえば良いじゃない」

 

 ターニャが言った天覧馬揃えは、春になって雪が解けて領邦に帰る前にということで、各貴族の自慢の精鋭騎士団が勢ぞろいするパレードだ。

 数年に一度は開かれ、皇帝臨席で執り行われる。

 今上帝である “竜騎帝” アウグストⅣ世は自ら飛竜を乗り回すほどの武人であり、天覧馬揃えの際は、彼が率先して予算を注ぎ込み鍛え上げて充足させた竜騎士たちが見事な編隊飛行を披露してくれるだろうと、既に気の早い帝都民の間では期待されているとか。

 

 

「ここに寄こされたのはエリザちゃんのお師匠様からのお達しでもあるのですし、諦めて一緒に楽しみましょう? それにそれを言うなら私もエーリヒ様とご一緒したかったですわ」

 

 今回は功労者席ということで、かなり上席に招待されたため、貴族関係の空気を知るためにちょうどいいだろうと、社会科見学も兼ねた息抜きに、エリザの師匠(アグリッピナ氏)がエリザの派遣に乗ってきた側面もある。

 

 また、ヘルガも、廃館に封印されていた自分を打算なしに助けてくれた大恩人であるエーリヒのことを慕っている。

 ヘルガにとってのエーリヒは、まさに白馬の王子様であった。

 

 

 

 女三人集まれば姦しく。

 

「ああ、エーリヒさんと言えば、実はこの巨大海蛇竜(ヨルムンガンド)の首を落としたのはエーリヒさんですのよ?」

 

「あら、そうなんですの? 流石ですわね、エーリヒ様」

 

「……なにそれわたしきいてない。くわしく」

 

「エリザ? 目が怖くてよ?」

 

「くわしく」

 

 冷静さを欠こうとしているような顔でエリザがターニャに迫る。

 心配かけないためか情報漏れを恐れてか、エーリヒはエリザには話していなかったか、過少申告していたようだ。

 これは迂闊なことを言ったかな、とターニャが後悔しかけるも、まいっか! と妖精寄りの楽天思考で放り投げた。どうせ苦労するのは自分じゃないし。

 

「百聞は一見に如かずですわね。 <投影術式>」

 

「ターニャ、これは?」

 

「“他の極光の妖精(おともだち)” の目を介して記録した、おかあさまとエーリヒさんが巨大海蛇竜(ヨルムンガンド)を討伐なさるときのご様子ですわ」

 

「そうなんですか、器用ですね」

 

 ヘルガが感心する前で、ターニャはいつぞやに記録した “電子励起爆薬搭載弾頭の運用試験” かつ “強大化した変異亜種のサンプル採取” の様子を、目の前の空間に立体投影する。

 光波と電子の妖精である極光の妖精(アウロラ・アールヴ)の面目躍如というところだろう。

 

「あなたのお兄さんはいつもいつも兄様(あにさま)を危険なところに連れていく……」

 

 仄暗い情念がこもった声でエリザが呟くのを聞かなかったことにして、ターニャは記録映像を再生する。

 

「まあまあ。でも冒険する貴女のお兄様はカッコいいんですのよ? ほら見てごらんなさい」

 

兄様(あにさま)は別に冒険しなくてもカッコいいですーぅ」

 

「ちょっと待ってくださいターニャ、どうやってあれだけ大きな巨大海蛇竜(ヨルムンガンド)の首を落としたのかと思いましたが、いまもの凄い爆発の中でエーリヒ様が巨大化しませんでした??」

 

「あ、巨大化するところ(変身バンク)だけ拡大して再生します? 流石ヘルガ、目の付け所が良いですわね」

 

「いえそうではなく。え? 気にする私がおかしいんですか?」

 

 いつの間にかターニャが虚空の箱庭から召喚したお茶と茶菓子を摘まみながら、半妖精の少女たちは賑やかな時間を過ごした。

 




 
◆グリューワインについて
ドイツのクリスマスマーケットでグリューワインを特製カップで飲むとかするようになったのが何時からかは分からなかったですが、まあうちのSSではそういう流行が帝都では見られ始めるようになっていたということで。え? 陶器の大量生産がまだできてないだろって? ……なので多分ホントはカップ込みだとえらく値段が高い品で、最先端のおしゃれで粋なデートコースなんだと思いますよ。エーリヒ君はそういうことを無自覚にする。
ライン三重帝国の世界では、まだ大航海時代は来ていない(=ジャガイモがまだ入ってきてない)ですが、それでも最古の香辛料と言われるシナモンならあるはずだし、グリューワイン自体はあるでしょう、きっと。

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次回は新春かくし芸大会 魔導院の技巧品評会の様子ですかね。
(ヨルムンガンドの鮮度維持を死穢卿の末の弟子ちゃん(原作WEB版でエーリヒに斬られて焼かれた子。セリフは不意を打たれて斬り込まれた時の「え……? あ……?」しかない)がやっていたことにして登場させようと思いましたが尺も足りないので今回は保留。)

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竜騎帝を何故か誤ってⅧ世にしてたのをⅣ世に正しく修正しました……。
 

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