フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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前話の最後の “慣性モーメント” の用法が間違ってました……。正しくは “角運動量” と言うべきでしたので修正しています。あとは前々回、オーガの雌性体が “雄叫び” という言い回しもおかしいので、 “戦吠え” に修正しております。


◆単為生殖系の生態を有するキャラについて
なんといっても個体数はパワー! 真社会性昆虫って興味深いですよね。平成ガメラ2のレギオンも良き。単為生殖といえば平成ガメラ1と3のギャオスも。
数はパワーということであれば、クローン(テクノロジー式、ファンタジー式どちらも)とか量産機も良き……。シン・ゴジラの第五形態(人型)とかも。ショッカーの戦闘員である半人間とかもそうか。
敵として出して良し、そして味方にすると扱いに困るところまでがテンプレ。
いままで自覚してなかったですが、“(ヘキ)” かと問われると、“(ヘキ)” ですとしか言えない(嗜癖かつ手癖)……。身の回りのことやらせるなら子蟹を産ませなくても <見えざる手> を魔晶に刻めばこと足りる中で、わざわざ子蟹を産ませるチョイスしてるわけなので……。

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◆前話
巨蟹鬼(クレープス・オーガ)のセバスティアンヌ女史「うーまーいーぞーーー!!!」
 


16/n カニ・スタンピード-4(カニ無双(ふぁいとくらぶ) ~海を割り蟹を砕け~ )

 

 この世界には魔法があるが、それに対して世界は常に、基底状態に戻そうとする弾性作用を働かせている。

 詳細な検証は完ぺきではないが、基底状態の物理法則というのは、概ねマクロ的には西暦世界で言うところのニュートン力学に従っているように思われる。

 故に()()()()()、運動量も角運動量もエネルギーも保存するのだ。

 

 ……神の奇跡や、魔導が介在した場合はその限りではないが。

 

 

 なぜこのような話をしているかというと。

 

 朝日が昇り流氷に光が反射する中で、巨蟹鬼(クレープス・オーガ)のセバスティアンヌ女史が美事な演舞を披露してくれているからだ。

 二匹の子蟹も、同時操作の練習か、ちょこまかとその辺りを動き回っているぞ。

 ちなみにいまは蟹尽くしの晩餐から明けて翌日の早朝だ。

 

 セバスティアンヌ女史は、巨鬼(オーガ)の上半身の二本の腕に身の丈と同じほどの長さの金属の棒を持って振り回し、朝の凍えるような空気を切り裂いている。

 彼女が持っているのは、私が徹夜(よなべ)して作ったシンプルな魔導武器で、【頑強】と【強靭】と【伸縮】の概念を、非常に高強度で詰め込んだものだ。

 折れず、ほどよく(しな)り、曲がらず、そして持ち手の意に応じて多少の伸縮をする。そういう武器だ。銘は仮に、【如意鉄棍】と呼んでいる。

 一応、先端につけるアタッチメントも幾つかバリエーションを作った。使い易いのは短剣兼用の穂先だろうか。他にもハンマーヘッドなどいろいろと。

 

 

 止まることなく運動し続ける十二肢*1と棒の動きはなかなか優美なものだ。

 特に鉗脚と遊泳脚を要所で振ることで角運動量を保持してそれを体節を通じて別の腕に伝達させることで、あるいは四つの歩脚による安定性を生かして甲羅を振り子のように揺らしておくことで、思いもよらぬ緩急を実現している。

 

 蟹の下半身についている複眼と、それを支える柔軟で長めの眼柄(がんぺい)もうまく機能しているようで、ピコピコと忙しなく動いては、前後左右の死角を確認している。これも闘いながらの情報処理の訓練として、わざと大きく無駄に動かしているのだろう。

 触角もゆるぅりと探るように動いて、空気の流れを鋭敏にとらえられているようだ。

 

 舞うように、踊るように、片時も止まることなく演舞が続く。

 

 巨蟹鬼(クレープス・オーガ)はその巨体ゆえに、一度止まると再び動き出すのは難しい。

 基底現実における運動量・角運動量・エネルギーの保存則がそれを強いる。

 

 ならば完全に止まることなく、胴体が止まったとしても鉗脚や遊泳脚や手持ちの武器【如意鉄棍】の回転という形で運動量を保存して、あるいは足が止まっても胴体は振り子のように揺らしておき、次の始動がスムーズにいくようにする。

 おそらくはそういう術理のもとに構成された体術なのだろう。

 

 

「ふむ。マックス殿には珍しいか?」

 

 当然、私が見ていたことには気づいていたのだろう。

 呼吸用の鰓室(さいしつ)と、発声用の肺が独立しているため、息継ぎも必要なく平静な様子で語り掛けてくるセバスティアンヌ女史。

 

 見慣れぬ武術に見惚れていたのもそうだが、それよりも。

 

「それもあるが、蘇生・再誕の翌日によくぞそれほど動けるな、と」

 

「そうでなくては巨鬼(オーガ)は名乗れぬし、“大嵐(たいらん)” の二つ名にも恥じようさ」

 

「そういうものか」

 

「そういうものだ。だがまあ、思った以上に身体が自然に動くというのもあるな。二本足だったころと比べても遜色ない」

 

 我が神による祝福── 熟練度の振り直し(リビルド)── が大いに効いているということだろう。

 セバスティアンヌ女史の100年を超える研鑽(と食道楽)と、二対神銀の巨大蟹が蟹軍の陸上分遣隊指揮官として作り込まれたゆえの特性群が合わさり、振り直しの原資になった熟練度は(いくらかロスが生じたとしても)膨大な量に上るはず。

 

 我が神はおそらく、その相当量の熟練度を最適化する形で振り直して下さったのであろうから、生前の技量を維持するくらいは問題ないのだろうと思われる。

 熟練度の最適化については、転生者仲間のエーリヒ君を見れば、その凄まじさは言うまでもない。

 

「我が神に感謝したまえよ?」

 

「ああ、もちろんだとも」

 

「うむ。新たな同志に、再生の光が在らんことを」

 

 手指でくるりと簡易に印相を切って、“もったいないおばけ” に祈りを捧げる。

 

 ……それはそれとして、セバスティアンヌ女史の独特の体術も気になっているところだ。

 巨鬼は “武の種族” と言うが、セバスティアンヌ女史の体術には、確かに明らかに何らかの体系化された流派の術理が透けて見える。

 感覚派なだけではなく、理論派でもあったのだろうか。

 

「そういえば、その武術。セバスティアンヌ殿がいまの身体でも武術を揮えているということは、基本術理のようなものは広く応用が利く流派だったということかな?」

 

「うむ、いかにも。我がウラガン部族の伝統的な武術であり、遥か昔に東方の武芸者を部族に取り込んだのが始まりだとかも聞くが……。もはや最長老も伝聞でしか縁起を知らぬから定かではないな」

 

「ずいぶんと古い謂れがあるのだね」

 

「最初に伝わったのとは今はもはや別物であろうがな。だがまあ、我が部族がウラガン(大嵐)の名を冠するのも、元をたどればこの武術による、嵐のごとく円弧を描いた剣閃が、驟雨の如く襲い来ることによるのだ」

 

「ほほう。いわば部族の誇り、とでも言うわけかな」

 

「ふっ、そこまでの思い入れはないさ。単に幼少期から馴染んでいて、なおかつ強いから使っているだけだ。もっと強いものがあればそれを取り入れるに否やはない。そうしてこの流派は変遷してきたのだしな」

 

 あ、そこはドライなのね。

 

 しかし円転運動か……そして東方生まれの武術で……。

 ルーツは中国武術的なアレかな?

 いやまあ、大剣使いとかモーニングスター遣いとかも結局は同じ術理に収束しそうだけど。

 

 でも円転運動をメインとするのは好感が持てるね!

 リ()()()()って感じで!

 

 

 

§

 

 

 

 さて、朝稽古がひと段落したあたりで、一悶着があった。

 

 昨晩セバスティアンヌ女史が帰らなかったことから、彼女を(正確には巨鬼を弑するほどの脅威を)心配して港町から物見が来て、セバスティアンヌ女史の変わり果てた姿に腰を抜かしたのだ。

 さらにそのあと、彼女の脇に建つ、私が作った小神殿から滲み出る禍々しさにあてられて卒倒したりもした。

 だが、まあ、最終的には何とかなった。

 

 具体的にはヤバめな小神殿は基礎ごと虚空の箱庭に送って証拠隠滅して見間違いだと強弁し。

 異形の姿となったセバスティアンヌ女史については、 “倒したボス蟹に呪われて蟹になりかけた” ところを、ちょうど魔導院からスタンピードの調査に来た私が “一部解呪して呪いの進行を止めた” ということにしておいた。

 その方がまだ通りが良いだろうからな。魔導院から来たのに神官でとか言い出すとややこしいし、折角隠した小神殿の件がぶり返されかねないし。

 

 ──── まったく! これも全部、魔宮の瘴気が悪いんだ!!

 

 まあそんな感じで少し騒がしかったものの、物見に来た港町の人も納得してくれたから問題ない。

 ……おそらくは、やりとりの最中で私が貴種だと知ったから、というのもあるだろうけど。

 触らぬ神に祟りなし、というのは、地下(じげ)の者の処世術だからね。「あっ……(察し)」って感じであからさまに退()いていったよ。

 

 

 

「じゃあやりましょうかねー」

 

 私とセバスティアンヌ女史は、流氷が浮かぶ海に向かって並び立つ。

 私はローブに巨大海蛇竜(ヨルムンガンド)の竜骨の杖(エーリヒ君に斬られたので再生品)を持ち、セバスティアンヌ女史の足元に立っている。

 傍らのセバスティアンヌ女史は、オーガの手に握った如意鉄棍を肩に乗せ、私が昨日プレゼントしたぴっちりした素材の服で上半身を覆っている。神銀の切っ先を持つ四つの鉗脚(ハサミ)は閉じられて、ブルドーザーのブレード代わりに体前面に構えられている。ブチカマシの体勢だ。

 子蟹たちはと見れば、如意鉄棍のアタッチメントである穂先やハンマーヘッドを抱えて、セバスティアンヌ女史の甲羅の上にしがみついている。必要に応じて如意鉄棍の先端を差し替える準備をしているというわけだ。

 

「ふふふ、腕が鳴るし、腹も鳴る。倒した分は回収してまた美味い料理にして喰わせてくれるのだろう?」

 

「もちろん。そうしたら護衛契約を結んで、今後も私についてきてくれるのだよな?」

 

「ああ、当面の間はな。そして定期的に強敵か美食珍味を得る機会を提供してくれることを期待しておく」

 

「そこんところは期待しておいてくれ。何せこの半年で、海竜殺しに、この蟹の魔宮の大暴走(スタンピード)だ。今後も似たようなものだろうさ」

 

「そいつは重畳。貴公の悪運に乾杯、だな」

 

 それに虚空の箱庭での料理研究や、品種改良の研究もあるからな。

 美食珍味には事欠かないだろうと思うよ。

 十分にセバスティアンヌ女史の希望に沿えるはずだ。

 

 あとはまあ、私の護衛として貴族の付き合いに顔を出せば、向こうさんたちの護衛の凄腕とも知己を得て、上手くいけば手合わせも出来るだろうしね。

 命のやり取りまではいかない軽い手合わせに留まる場合は、据え膳を前に “待て” 状態になってしまうから、かえってフラストレーションが溜まるかもしれんけど。

 それでもまあ、神域剣士のエーリヒ君を訓練相手にあてがうなり、彼の持つ英霊召喚の魔本から肉鞘(フレッシュショーテ)のアンドレアス氏の御同輩を召喚すれば良かろうし。

 

 うむ、職場環境的にはセバスティアンヌ女史も満足してくれるだろうと思っておるよ!

 

 それに、海中の魔宮まで露払いしたあとに転移で呼びに行く予定のバンドゥード卿も、かなり体術を使()()っぽいからね。

 セバスティアンヌ女史への報酬の一環として、私からバンドゥード卿に、手合わせの交渉をしてやるくらいはしてやってもいいだろう。

 多分だが、子蟹の一匹二匹を研究材料に差し出したら、対価に模擬戦の一回くらいは受けてくださるんじゃないかと思うし。

 

 

 

 さて、それでは絶賛大暴走(スタンピード)中の蟹の魔宮の場所についてだが、既に昨日、巨大蟹の身体を弄っていた時にその中枢神経節から情報を取得している。

 迷うことはない。

 問題は海底にある魔宮までのアシと露払いをどうするかだが……。

 

 

「マックス殿、どうするつもりか? 泳いでいくのか?」

 

「まさか。そもそもセバスティアンヌ殿のその金属混じりの身体は浮かばず沈むだろうに」

 

「その時は海の底を歩けばよい。こちらの甲羅の中には鰓があるから溺れぬしな。貴公も溺れる程度の()()な身体はしておらんだろう」

 

「然り。だがわざわざ相手の本領である海の中に乗り込んで争う必要もない」

 

「ならばどうする?」

 

「こうする」

 

 セバスティアンヌ女史の歩脚の足元に立って彼女に話す。

 ちなみにお互いの口と耳が物理的に遠すぎるので、常に <声送り> の術を使っている。

 いやだって大声出すの疲れるんだもの。

 

 まあそれは置いておいて、海中の魔宮までに(ひし)めいているであろう蟹の魔物の大軍をどうするか、ということだが。

 

 解決策は単純で、海中が相手の本領で、自分たちは基本的に陸の者であるというなら……。

 

 

 海氷割断海水排斥術式(まるでモーセのように)

 

 

 海を割って海底を露出させればよかろうなのだ~~!!

 

 

 

§

 

 

 

「ほほう、これはまた凄まじいな!」

 

「ま、私にかかればざっとこんなもんだとも!」

 

 セバスティアンヌ女史に感心されて、私は得意げに胸を張る。

 目の前には海が割れて露出した海底が、一直線に魔宮の中枢まで伸びている。

 

 除けられて轟々と渦巻く海水と、互いにぶつかり合って砕ける流氷。

 海底には取り残された生き物たちが跳ねており、海藻が力なく横たわっている。

 無数の岩が組み合わさって敷き詰められた海底は、不安定な岩山が連なって起伏に富んでいる。

 

「だが敵はまだ出てきておらぬようだが?」

 

「心配めされるな。今から呼ぶのだ」

 

 

 思念放散刺激分泌物散布術式(けいかいフェロモンとアラートテレパシー)

 

 

 二対神銀の巨大蟹を弄った時に、その精神リンク術式と警戒フェロモンについては分析済み。

 それを魔導によって再現することで、魔宮の周囲に散らばっている人間大の蟹たちを誘き寄せる!!

 

「おお、来おった来おった、うぞうぞと来よる」

 

「もはや海底は見えないし、蟹同士がお互いの甲羅の上にどんどんとお構いなしに積み上がってるな。まあもうちょっと集まってほしかったが、こんなもんだろう」

 

「大漁、大漁! 喰ってやるのが楽しみだな!」

 

 

 セバスティアンヌ女史は舌なめずりして、如意鉄棍を肩慣らしに回転させだした。

 

「じゃあ私はトドメを刺された蟹を虚空の箱庭に収納するのに集中するか」

 

「ああ、それは貴公に任せた。こっちはこっちで暴れさせてもらう!」

 

 セバスティアンヌ女史は四つの鉗脚を前方に伸ばして四角錐の衝角のように構えた。

 蟹の甲羅の上に乗った胴体ごと身を屈め、大地からの十分な反作用を得る。

 そして四本の歩脚を最大限に躍動させ、大きく跳ねた!

 

 

 重機並みの質量が空を飛び、そのまま、露出した海底を覆い尽くした蟹たちの上に着地し、バキバキと砕く。

 

 だが止まらない。

 衝角のように突き伸ばした四本の鉗脚の最先端は、不壊の金属とまで謳われる神銀製。

 そこに恐るべき突進力を維持し続けられる心肺機能が加わり、蟹たちの抵抗などないかの如く群れの中を突っ切っていく。

 

「ははは、私が海を割れば、彼女は蟹の大軍を割るか。いいじゃないか!」

 

 快哉を叫ぶ私の声に応えてというわけではないだろうが、セバスティアンヌ女史が方向転換をした。

 それも地面に突き刺した如意鉄棍を支点にして、ポールダンスのように大回転!

 勢いを殺さず、しかし進行方向を反転したのだ。

 

 そして横合いから邪魔をしようとする敵の個体を如意鉄棍で撃砕しながら、再びこちらに戻ってくる。

 

 

 

 ドドドドドドド、と地響きとともに帰ってきたセバスティアンヌ女史は、息切れひとつなく(鰓と肺は別建てだから当然だが)いよいよもって意気軒昂。

 

「いい運動になりそうだな」

 

 そう言って彼女は金の瞳を細め、犬歯を剝き出しにして恐ろし気に笑った。

 

*1
巨蟹鬼(クレープス・オーガ)は12本の手足を持つ:オーガの腕2本、カニの10脚(鉗脚4本、歩脚4本、遊泳脚2本)。合計12本。




 
次回はカニ無双(後半戦)の予定。雑魚だけじゃなくてフィールドボス(海中領域維持用管制機体(仮))も出せるはず。

===

マックス君はセバスティアンヌ女史の稽古相手にエーリヒ君をぶつけるつもりだけど、エーリヒ君はガルガンテュワ部族のローレン女史の “つばつけ” を受けてるから巨鬼の掟的には手を出せないんだよなあ。(他人の予約済みの獲物を横から搔っ攫う真似はひどく恨みを買うため。例えば「冷蔵庫のプリン、ちゃんと名前書いてたでしょ!? 食べたの誰!? ぶち殺す!!!」みたいな)
じゃけん英霊召喚の魔本から、神域剣士の再現体を呼び出してあげましょうねえ。きっと滅んだ巨鬼の部族の戦士とかもかつての渇望の剣の持ち手なり敵手なりとして記録されてるはずだし、相手にとって不足はないでしょう。
 

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