フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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今回は春までの小ネタ集その1って感じです。
時系列的にはエーリヒ君13歳の冬から春にかけて。前話から数日後~2・3ヶ月の間の出来事という感じですね。

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◆前話
極光の半妖精(アウロラ・アールヴ)ターニャ「お師匠ったらひどいんですのよ。魔宮の核を掌握するのに3日要るから、そのあいだ雑魚を近寄らせないように守れだなんて。……まあ周りの海水を電解して毒ガスにして溶け込ませたりして一網打尽にしてやりましたけど。それでも適応したり無効化したりして突破してくる蟹も居て面倒でしたわ……」
 


17/n 冬来たりなば春遠からじ-3(巨蟹鬼の始まりたるラーン部族の開祖  “津波の” セバスティアンヌ)

 

1.巨鬼の髪を()かすには魔導合金製の櫛が良い

 

 

「スティー、スティー。こんな感じでどうかしら?」

 

「ああ、いい感じだぞ。ターニャ」

 

 虚空の箱庭の清澄化された屋敷(成体の巨蟹鬼(クレープス・オーガ)サイズ)にて、極光(オーロラ)の蝶翅を生やしたタチヤーナ(ターニャ)が、風呂上がりで深い青に上気した肌のセバスティアンヌ(スティー)の頭の近くを飛び、特大の櫛でその髪を()かしていた。

 サイズ差を見れば、ターニャが普通にいわゆる妖精のような大きさに見えるが、それは錯覚でスティーが大きすぎるだけである。

 

 風呂上がりの二人はここ数日ですっかり仲良くなっていた。

 体組織に魔導合金をふんだんに含むスティーの近くは、光波と電子を司る妖精であるターニャにとって居心地がいいようなのだ。

 また、逆もまた然り。ターニャが放つ魔導波長は、スティーにとっても心地よいものであるらしかった。

 

「綺麗な髪ですのねー……。これで金髪でしたらもっと良かったですのに」

 

「さて。そのような金の御髪(おぐし)を持つ部族もかつては居たらしいが、本当かどうか」*1

 

「あら、少し期待しましたのに。居ないのは残念ですわ」

 

 巨鬼(オーガ)ベースの上半身を持つスティーの髪は、細い針金で出来ているようなものだ。

 もちろんただの針金ではなく、髪の毛ほどに細く、それでいて生物由来の繊維としての柔軟さも失わない非常識なものである。

 そのため、普通の櫛では物の役にも立たない。櫛が負けて直ぐにボロボロになってしまうのだ。

 

 だから特別製の櫛が重宝がられる。

 

「それにしても雇い主殿が作ったというその櫛。使い勝手が良いな。できれば100ほど我がウラガン部族の下へ贈りたいくらいだ」

 

「頼んでみてはどうですの? きっとその程度なら聞いてくださいますわよ」

 

 ターニャがスティーの髪を梳かすのに使っているのは、魔法チート転生者であるマックスが作り上げた魔導合金製の櫛だ。

 と言ってもマックスも大して労力をかけたわけではない。

 元となっているのは普通の櫛で、それを、有り余る魔力による <転変> の魔術で魔導合金に置換しただけだ。

 

 置換対象になる櫛と、それに見合った質量の魔導合金があれば量産も可能となる。

 マックスは気を利かせて <強靭> や <修復> といった概念を込めて魔導具化しているが、彼の力量的には大した労力でもない。

 お願いすれば百や二百は直ぐに作ってくれるだろう。

 

 丁寧に(くしけず)るターニャの動きに気持ちよさげに目を細めつつ、スティーは頷いた。

 ターニャの電界を操る魔法による刺激も心地よく、実際に巨鬼の髪のコンディションを整える作用があるのだとか。

 

「そうだな、部族会議宛てにもこの身体(クレープス・オーガ)になった顛末を送らねばならぬし、お願いしてみるか……」

 

「引き換えに何かお願いされるかもしれませんが」

 

「ふむ。そこの大きな傘のような骨組みをつけて腰巻を巻くくらいなら構わんが」

 

 スティーがチラリと目線をやった先には、衣装部屋の扉があり、多くの騎士風の衣装(胸部分がそれとわかるほどに立体的に裁断されている)の他に、大きな籠か笊をひっくり返したような骨組みが吊るされていた。

 それは西暦世界でクリノリンと呼ばれた、スカートの中に入れて大きく膨らませる骨組み状の下着に酷似していた。

 ただその大きさだけは規格外で、スティーの下半身の蟹の甲羅と、畳んだ脚を覆い隠せるほどに大きかった。

 よく見ればそれに見合うような長さのスカートを備えた、少し前に流行したスタイルで作られたドレスも目に入る(従者の服はわざと流行遅れにすることでその身分を分かりやすく示させる慣習がある)。

 

 スティーの整った顔と、均整の取れたプロポーションであれば非常に映えるだろう。

 そのときは、下半身は歩脚を畳んでもらい、重力制御でホバー移動でもさせるつもりかもしれない。あるいは何匹かの子蟹に担がせるか。

 さすがに鉗脚(ハサミ)までは隠せまいが、それは毛皮(ファー)でも巻いて威圧感を減らすつもりだろうか。

 

「ふふ。それは、おかあさまもお喜びになるかもしれませんね。苦心して作ってらしたようですもの」

 

「とはいえ、この身にいかにも侍女風の服装を着せて偏執的に身体を隠させるのは度し難いとも思うがな。護衛であるからには武威を晒してこそであろうに。あの騎士風の装束は良かったが」

 

 そう言いつつも、スティーは満更でもなさそうな顔をしていた。

 それはきっと、ターニャの優しい櫛使いによるものだけではないのだろう。

 

 おそらくそれは、騎士風装束だったりクリノリンを仕込んだお仕着せだったりを纏って、マックスの護衛として夜会に参加し、そこで饗される美食をお裾分けされることを楽しみにしてのものか。

 あるいは、そこで出会うだろう他の護衛たちとの手合わせを予期してか。

 はたまた、マックス(そうぞうしゅ)に望まれて装束やお仕着せを着ることそれ自体に、無意識的に何かしらの感傷を抱いてか……。

 

 それはスティー自身にも分かっていないのかもしれなかった。

 

 

 

§

 

 

2.帝都の冒険者同業組合に寄せられたご意見の一部とそれへの回答

 

 

 Q1.うちの護衛の腕が錆びつかないように、何度か冒険者同業組合から人を派遣してもらって手合わせをお願いしていたのですが、最近は依頼が受諾されません。何故でしょうか。報酬額が足りませんか。

 

 A1.巨鬼でも上位の技量を持つ戦士に化け蟹を合わせたような方とそう何度も手合わせしていては帝都に集まるような精鋭の組合員であっても身が持ちませんし、致命の依頼を斡旋するのは組合の信用に関わります。これは報酬の問題ではありません。

 それに何をしてもそちらの用意した護衛とやらの体勢もまともに崩せないうえに、矢弾や剣戟を摘まめるほど器用で速いハサミと、尋常ではない棍捌き、それらのコンビネーションを掻い潜り接近するのは至難の業だと報告を受けています。

 しかも接近したとしてもその脚に蹴飛ばされ、うまく脚に鎚を当てたとしても甲殻に凹みすら作れず、次の瞬間には上から甲羅に押し潰されるか、跳んで距離を離されて仕切り直しというのは、組合員の士気を下げています。そもそも本案件のリピート率はゼロですが。あと、魔剣すら通じないとはどういう理屈ですか。……斬撃の瞬間に刃筋が立たないように身体を細かく動かしてずらしている? 意味が分かりません。

 第一、脚や甲羅に飛び乗った斥候が身じろぎ一つで吹き飛ばされたというのはもはや意味不明です。……寸勁? 少しでも隙間があれば威力を出すのに足りる? 意味が分かりません。

 

 

 

 Q2.分かりました。報酬額を上げます。

 

 A2.報酬の問題ではありません。ご依頼者様は魔導院所属と伺っています。そちらの御用板にでも依頼を出してみてはどうでしょうか。

 それと、そちらの依頼を終えた冒険者たちですが、明らかに装備が全壊しているのに、なぜか肉体は無傷だったのはおかしいですよね。何をしましたか? 冒険者たちはこの件について口を噤みますが、本当に何をしたのですか? 装備の弁償はしたから良いだろうとかそういう問題ではないのです。四肢再生は政府の許可が必要ではありませんでしたか? 信用の置けない依頼人からの依頼を斡旋することは同業組合としてできません。

 

 

 

 Q3.そこまで言うなら、もっと報酬額を上げます。これでよろしいでしょうか。

 

 A3.再三申し上げておりますとおり、依頼料の問題ではありません。こちらといたしましては既に義理は果たしたと認識しております。生体兵器だかなんだかのこれ以上の試運転は、魔導院の中で完結させてください。冒険者同業組合を巻き込まないでいただきたい。

 

 

 

§

 

 

3.巨鬼の部族連合との書簡のやりとり(マックス君開発の空間交換ポスト使用)

 

 

『ウラガン部族は “大嵐(たいらん)の” セバスティアンヌである。

 諸事情あって同封した写真のような姿になったためここに部族会議の判断を仰ぐものである。*2

 なおこの形質は子孫に引き継がれるものである。

 新たな部族として立つべきであれば、荒波を司る女巨人に由来する “ラーン部族” と名乗りたいが如何か。

 

 また我が武技の冴えに衰えがないか確認する必要があれば、ライン三重帝国のベアーリンまで来られたし。

 天地神明に誓って、我が武に陰りなし。

 

 ついでに伝えるが、ガルガンテュワ部族の “勇猛なる” ローレンが “つばつけ” した相手である、ケーニヒスシュトゥール荘のエーリヒを帝都にて確認した。

 あの小娘にはもったいないほどの垂涎の戦士に育っている。

 部族会議の掟により手を出せないのが残念でならない。

 

 ─── 追伸:同じくして贈る100個の魔導合金製の櫛は、今の雇い主の厚意によるもの。逸品なので是非使い心地を確かめられたし。

 なおこの書簡を納めた函は雇い主の魔法により、中に入れたものについて距離を越えて瞬時にやりとりが可能となっているので利用されたい。』

 

 

 

『部族会議からの決定を伝える。

 セバスティアンヌは、ウラガン部族より独立し、新たに “ラーン部族” を名乗るべし。

 二つ名の定めについても、希望を聞こう。

 

 また、冬の間、帝都ベアーリンに滞在している同胞がいるはずなので彼女と試合をし、貴公のいまの技量を証明すること。

 仲介の文を添えるのでそれを見せれば良いだろう。

 

 なお、ガルガンテュワ部族の “勇猛なる” ローレンに、ケーニヒスシュトゥール荘のエーリヒの動向を伝達すべく文を出した。幸いにして近くに居るようなので返事もすぐ届くだろう。

 何にせよ、佳き戦士の誕生は喜ばしい。

 

 

 ─── 追伸:櫛は非常に評判がいい。貴公の雇い主を職人として部族に取り込むことは可能か。検討されたし。

 

 本当にこれはすぐに届くのか?』

 

 

 

『ウラガン部族は “大嵐(たいらん)の”、改め、ラーン部族の開祖たるセバスティアンヌである。

 部族独立の旨、承った。

 ラーン部族が部族会議に席を持てる新たな有力部族として認められるよう今後も尽力する。

 

 二つ名については、荒波の女巨人にちなみ、下から、“波濤(はとう)の”、“重波(しきなみ)の”、“鯢波(げいは)の”、“津波(つなみ)の”、“災渦(さいか)の” とすることを許されたい。

 

 試合の結果については一筆もらっているため、それを同封する。

 

 

 ─── 追伸:今の雇い主については恩もあり無理強いできない。時間をかけて長い目で召致することとしたい。また、追加の櫛を同送した。受け取られたい。』

 

 

 

『部族会議からの決定を伝える。

 ラーン部族の二つ名についてはこれを認める。

 

 また同封された一筆により、貴公の技量についても確認が取れた。

 

 改めて、貴公について、ラーン部族は “津波の” セバスティアンヌと名乗ることを認める。

 異形となろうともその武に陰り無きこと、まことに喜ばしい。

 

 なおガルガンテュワ部族は “勇猛なる” ローレンからの文の写しを同封する。

 くれぐれもケーニヒスシュトゥールのエーリヒを(たい)らげないように。

 

 ─── 追伸:貴公の雇い主という優れた魔導職人の取り込みについても、吉報を期待する。』

 

 

 

 同封された写しより。

 

 ───『手を出したら殺すぞ、いかもの喰いの大年増(おおどしま)め。』*3

 

*1
“金” の髪を持つ巨鬼の部族:妄想設定。巨鬼の肌が食物に含まれる成分に影響されるか分かりませんですが、でも金鉱山の下流とかに生息してそうじゃないです? 黄金の髪を持つ巨鬼の部族。

*2
写真のような姿:二対神銀の巨大蟹の下半身を持つ姿。巨蟹鬼。クレープス・オーガ。ファンタジー世界に現れた多脚戦車。魂を抜いた状態で施術したことにより、肉体や魔晶にかなり無茶な魔導改造が施されているが、神の奇跡と祝福により齟齬なく纏められている。

*3
“津波の” セバスティアンヌ女史と、“勇猛なる” ローレン女史の年の差について:概ね倍くらいセバスティアンヌ女史の方が上という想定(今後変動あり得ます)。でも位階は両者とも上から二番目。これはセバスティアンヌ女史に才能が無いわけではなく(そもそも才能がないと上から二番目の二つ名は与えられない)、ローレン女史が超天才なだけ。




 
御家騒動編に入るはずとはいったい……。いえその、思った以上に閑話が長引いたので分割です。つまり次回も春までのアレコレです。
次はマックス君の海水溶存資源回収工場の件とか色々。

なお巨鬼の部族会議とのやり取りまわりは独自設定マシマシです。原作(書籍、web )やルルブの片隅で掘り下げられたらそれに従うよう辻褄を合わせると思います。

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原作web版最新話きてれぅー♪ → https://ncode.syosetu.com/n4811fg/228/
本来は多人数の魂を積載する……ということはこれはネクロニカ式戦車道…!? あっち(ネクロニカ)のシステムになぞらえると、積んでる改造は熱線(レーザービーム)中に仕込まれていた鋼の縄(ワイヤーリール)ファンネルじみた金属三角錐(リモートアタック)あたりになるのでしょうか。まあ、他にも扱いきれなかっただけで色々積んでるのでしょうから、次回更新も楽しみですね…!

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追記 2022/03/08
◆精鋭たる帝都冒険者の実力について
Lv15相当がゴロゴロしている修羅の巷。
ただ今回は手合わせ模擬戦だったので消耗品の使用を縛っており、それが大きな敗因。
あと別にセバスティアンヌ女史の方も全ての攻撃を防げてるわけでもなく、無事に済んではいない場合も多い。マックス君の治癒技能が光っているだけだったり。
セバスティアンヌ女史は、マックス君に頼んでリピートして依頼を出すくらいに、帝都冒険者たちの実力を買っており、非常に気に入っている。
ただ実力者が多いため、他の部族の “つばつけ” 相手も多く、それによってノーゲームになったり、冒険者側が前衛抜きで手合わせすることになったりということもあったようだ。
何にせよ無事に済まないことがほぼ確定した依頼であり、冒険者的にはその後の療養を考えるとあまり美味しい依頼とは言えない。また、同業組合的にも、依頼者の誠実性に疑義が生じており(こいつうちの精鋭をワザと潰そうとしてねえか?)、同様の依頼は出せなくなってしまった。
 

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