フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
◆航空航宙艦の実用性あるいは必要性について
……大航海時代も来てない(=未開の地はまだ地上にたくさん残っている)のに宇宙に行くようなモチベーションあるかしら、とも考えたけれど、真なる竜の縄張りの広さと脅威度によっては宇宙に行く(あるいは宇宙経由で遠方に行く)方が簡単だったりするのかも…………?
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◆前話
「ぬわぁあああん! またドラゴンに撃ち落とされた!! 地平線の向こうから偏向された放射熱線が来るとかどうしろと言うんです!?」
内閣総辞職ビームかよー!?
「ぷぷぷ。もう諦めたら~? 高速化一本のアプローチは無理なんじゃないかしら。ちゃんと
「高速で飛ぶと竜種に目を付けられやすいのだな。まあ、高速飛翔で体当たりすれば大抵の竜種に致命傷を与えられるということは、それだけ相手からしても脅威に映るということ。魔導反応も垂れ流しで高空を飛んでおれば、“念のため” で撃墜しておこうという気になるのも、分からなくはない」
ぬぐぐ、ドラゴンめぇ……!!
歯軋りする私を、アグリッピナ女史とマルティン先生がにやにやと笑って見ている。
言うてあなた方の設計した航空艦も、コスト度外視で結局量産ラインに乗せられなかったり、船の代替としての低速大量輸送に拘ってるうちに他の空飛ぶ幻獣にやられたりしてるでしょうが……!
さて、時間は少し(※非定命感覚で)遡る。
その引き換えに、お二人に術式の監修をしてもらったおかげで、このシミュレーション術式の精度も向上した。
シミュレーション術式がお二人の御眼鏡に適う完成度になったところで、ようやく実際に使ってみようということになった。
三者三様それぞれで航空艦の設計と、それを社会実装したときの世間の動きをシミュレーションするのだ。
私は推力と剛性一本伸ばしのアプローチを選んだ。
まさしく矢のように飛んでいく航空艦……というかICBMじみた何かは、世界を縮める発明だと自負している。
……だが、私が設計した超高速航空艦第1号は、突如として空中で爆散した!(※シミュレーションの話です)
最初のそれは見えない何かに斬られ──。
「なにっ!? 強度計算は完璧だったはずだぞ!? 何故空中分解する? システム、プレイバック、スロー再生を! ……爆散の直前に、これは……見えない何かに機体を切断されている!!?」
「おお、これは……」
「マルティン先生! ご存じなのですか!?」
「おそらく、“竜王爪” と伝承に謳われる攻撃ではないか? 空間を超越した斬撃の転移現象。真なる竜の爪は距離を超えるという」
「な、なんと……!(エーリヒ君の上位互換かよ! そりゃヒト種に出来ることが、竜に出来ないわけもないですよね~~!!)」
このシミュレーション術式は、組み込まれた未来視の術式により、演算結果の答え合わせをするようになっている。
ボトムアップ/ミクロ視点で積み重なるズレが大きくなりすぎる前に、占術による未来視/マクロ視点がトップダウン式に補正することで、精度を向上させているのだ。
今回の1号艦の切断は、おそらくマクロの未来視術式が「切断された」という結果を感知し、その結果から逆算された原因として、竜の攻撃というのが、最も
「ち、ちくせう……。次は、次こそは、竜にやられない機体を……!」
という感じで、悔しさをバネに機体を再設計し、技術を研究し、仮想工廠で製造し、飛ばして、改良し、量産し………また竜に墜とされる。
そして “あと1ターンだけ……” とやるうちに、私の推力・剛性極限強化路線は、なぜか真なる竜との軍拡競争に突入し、どういうわけか竜たちとの絶滅戦争一歩手前の冷戦状態に陥っていた。
状況は、高所── すなわち月── を押さえた方が勝者だという暗黙の了解のもと、こちらは宇宙を目指し、竜たち── なんと孤立主義の竜たちが同盟を組むに至っている── はこちらの宇宙進出計画を妨害している状態だ。
地平線の向こうから偏向して放つことでわざわざ発射点を悟らせないようにした放射熱線も、協定違反にならない最低限のアリバイを確保するためだろう。下手人が竜であることを確定させないための言い訳なのだ。
くっそ、竜どもめ、月を押さえたあかつきには、障壁無効化弾頭を載せた質量攻撃でロックオンして屈服させてやる……!
よし、次のターンだ…………あと1ターンだけ…………!!
なお、マルティン先生もアグリッピナ女史も私も、三者三様に航空艦を発展させ、三者三様に壁に行き当たっては、ときにやり直し、ときに技術研究でごり押しし、もののついでに世界征服したりして、楽しみつつも熱くなっていた。
副産物として新技術のアイディアが積み上がり、それに附随する問題点も洗い出され、辿るべきでない行き詰まりの歴史が反面教師として紡ぎ出される。
千金にも
銀髪銀眼の吸血種の大公は、この成果を見て、内心で喝采を上げていた。
思った以上に優秀な者たちだ。
なんとしてでも政府幕僚に取り込み、娘の── スタンツィの補佐につけたい。
となれば、スタール卿は、教授位に推薦の上で、魔導を司る宮中伯にするのはどうだろうか。
マックス君は貫目が足りぬが、研究員に昇格させた上で、スタール卿の補佐ということで、
魔導宮中伯と、魔導副伯。
ふむ。なんとも頼り甲斐がありそうな組み合わせではないか?
むしろスタンツィの配下ではなく我の配下に欲しいくらいだが……そのくらいに優秀であればこそ、初政務にして公爵家当主で皇帝となる娘の補佐にはふさわしい……!
無血帝と呼ばれた彼が……謀略と暗闘のベテランである彼が、そのような邪悪な計画を練っているのを、今はまだ、誰も知らない。
が、そのうち、ぽろっと口を滑らすだろう。彼は興が乗るとつい内心を独言してしまうのだ。
その癖が故に、何も知らせず呼び寄せた娘が、当主位を押し付けられようとしているのを既に知ってしまって、衝動的に逃げ出そうとしているのだが、彼は知る由もない。
「お嬢様! おめでとうごっざっいまーーーす!! 当主を継いでしかも皇帝になられるそうじゃないですかー!! わー、パチパチパチパチ~~~♪」
「えっ」
「えっ?」
「なにそれしらない」
「えっ。あっ。……これ私、もしかしてまたやっちゃいました?」
帝都のエールストライヒ公爵家が持つ別邸の一つにて、エールストライヒ公爵家の一粒娘で、敬虔なる夜陰神の信徒であるコンスタンツェ・ツェツィーリア・ヴァレリア・カトリーヌ・フォン・エールストライヒ*1は、
エールストライヒ公爵家に仕える従僕家系の
……実はすべて計算ではないか、という疑惑もあるが。
「イミツァ。それは確かな情報ですか?」
「え、えーとぉ。私も風の噂でしか……」
「イミツァ」
「はい。こちらにお嬢様を召喚なさる際に、旦那様がポロっと零されているのを聞きました」
「そうですか……お父様が……。そう……」
“またメヒティルトさんに叱られるよう……” と顔を青くする長命種の侍女見習いに対して、ツェツィーリアは決然として告げる。
「逃げます」
「えっ」
「当主など、ましてや皇帝なんて、荷が勝ちすぎるというものです。私の一生は、既に夜陰の神に捧げていますし、これからもそうです。いまさら……」
「そ、そりゃあ私も “いまさら” ってのは同意しますけどぉ、でもお嬢様も、けっこうイイ線いくと思いますよ。旦那様は身内の贔屓目でそんな大事な決定される方じゃありませんし。それに私としても旦那様のご意向から外れるわけにも……」
「イミツァ」
「……はい、お嬢様」
「私は逃げます。まさか、止めたりはしませんね?」
「うー、あー、えーと。……あっ、いっけなーい。本邸から書類が来てたんでしたー、メヒティルトさんに見てもらうものとか仕分けしないとー」
ぱたぱたと、イミツァが来た時と同じ唐突さで去っていった。
そして、意を決して、ツェツィーリアはせめてこれだけはと外套を纏うと、窓から飛び出した。
まだ日のある時間帯。
僧衣の上からフード付きの外套を被り、神より賜った “日除けの奇跡” で己の種族の見た目を偽ることで陽光による責めを無効化し、彼女は窓枠から庭木の枝へと吸血種の身体能力で飛び移ってその勢いで別邸の壁を超えると、帝都の街並みへと駆けだす。
イミツァがとりあえず何もせずにあの場を去ったということは、出奔するのは止めないということだろう。
そして出奔するときに侵入者検知用の結界が反応しなかったということは、それもイミツァが無効化してくれていたのかもしれない。
だがイミツァは、“誰にも知らせない” とは言わなかった。
であれば、悠長に準備をしている暇は無い。
財布を持ち出したり、着替える時間さえも惜しかった。
あるいは検知結界も、少しでもツェツィーリアが躊躇していれば再び稼働していたのかもしれなかった。あの侍女見習いには、そういうところがある。
とはいえ、情報を漏らし、ましてやこの場を見逃しただけでも、イミツァの厳罰は避けられないだろう。
そんな彼女にこれ以上を望むのも酷なことだ。
幸いにして行く当てはある。
南のエールストライヒ公爵家の本領であるリプツィへ行けば、父も頭の上がらない相手である大伯母がいる。
ツェツィーリアを可愛がってくれている大伯母を頼れば、きっと父を一喝して、当主位の継承や皇帝戴冠などという無体な企みは取り消してくださるはず。
それに今では建前だと分かるが、もともとは、“航空艦の帝都到来、およびリプツィへの試験航空” を口実に呼び出されたのだ。
リプツィへの足は、その航空艦にでも忍び込めれば……。
ツェツィーリアは世間知らずなれど聡明な頭脳を回して、吸血種の身体能力で駆けながら、即席の逃亡計画を立て始めた。
もちろん箱入り令嬢が立てた穴だらけの計画だ。
このままでは直ぐにでも捕まってしまうことだろう。
─── だが結論だけを先に言ってしまえば、そうはならなかったのだ。
月の乙女は、金の若狼と出会ってしまったのだから。
◆竜の強さについて(独自設定含む)
竜王爪とかいう空間超越攻撃や、放射熱線については独自設定。でもまあ、人類種に出来ることを竜種ができないってこともあるめぇよ、ということで
◆エールストライヒ公爵家の侍女見習い:イミツァ嬢(独自設定)
原作では侍女たちの囁きを聞いて出奔したことになっているが、当作世界線ではうっかりメイドの大暴露で知ってしまったということに。というわけで設定が生えてきたうっかりメイド長命種、イミツァさんじゅうろくさい。ツェツィーリア嬢より少し年下の未成年。なお、セス嬢の大伯母フランツィスカ付きの侍女であるクーニグンデ女史の血縁として想定している。名前はアルデンヌ=ルクセンブルク家の家系図から目についたやつを借用。……ホントにうっかりか、あるいはすべて計算ずくのことかは、本人のみぞ知る。
たぶん予知術式の使い手。
???「この時間に出奔することでお嬢様と金髪のあん畜生とのフラグが立ちます。だからこのタイミングで、お嬢様にお知らせする必要が、あったんですね」
セス嬢出奔後だが、イミツァ嬢は、ほんの少しだけ時間を置いて、さも「夕暮れも近くなったのでそろそろご起床かとお嬢様の様子を見に行ったら、そこで初めて居なくなったことに気づきました」と言わんばかりに演技して、メヒティルト女史の居る本邸へと魔導伝文機で報告。
なお報告を受けたメヒティルト女史の胃痛はめでたく再発した。