フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
……まあ重力操作ですっ飛んでくる質量8㌧の
◆前話
猫は月に跳ぶし、九つの命も持つ(
(※ “猫の君主” の特殊能力は妄想設定になります)
青空市場ではそろそろ店仕舞いを始める者たちも多い時分。
日が傾いてきた帝都ベアーリン。
計画都市として、建物の軒の高さすら揃えられた街並みは、整然として乱れなく。
しかしその日常を乱して、その上を跳ぶ逃走者と、追跡者たちの姿があった。
「お待ちください! お嬢様!」
「………!! ごめんなさい、メティヒルト!*1 捕まるわけにはいかないのです!」
追いかけるのはメヒティルトが率いる、エールストライヒ家の護衛たち。
鍛えられた彼ら彼女らは連携によって御令嬢を追い込むが、
それでも、箱入り娘が、プロの武人から逃げ切れるはずもなく。
「カールとラルスはそっちから回れ! ルイトポルドは着いてこい!」
「くっ……!」
焦りに眉を顰めるお嬢様もかわいいな、と護衛の者たちが思ったかどうかは定かではないが、彼らは御令嬢を的確に追い詰めていた。
(また、先回りされてしまいました……! でもどうしてこうも的確に!?)
まるで鳥の眼で逃げ道を把握しているかのような追手の動きに、御令嬢── エールストライヒ公女にして目下最有力の女帝候補であるツェツィーリア── は理不尽さを覚える。
ツェツィーリアは知らぬことだが、追手であるメヒティルトらは、まさしく空からの眼による支援を受けていた。
ただし、鳥の眼ではなく、蟹の眼によるものだが。
「かーにー」 「かににっ」
午睡にちょうどいいくらいの緩やかな日差しの中、空に浮かぶものがあった。
あれは鳥か? 有翼人か? 蝙蝠か? インベーダーか? ──── いいや、蟹だッ!!
制作者である
子蟹は重力制御術式で宙に逆さまに浮かび、自らの複眼で得た情報を、親機であるセバスティアンヌに送信している。
セバスティアンヌは、魔導的なラインを通じて複数の子蟹からの情報を受け取って統合し、それを双方向に <声送り> できる魔導具(マックスの虚空の箱庭から提供)を用いて、追跡小隊の指揮官であるメヒティルトに送信しているのだ。
『御令嬢は西へ向かって逃走中。4ブロック先の路地へ一旦降りたあと、さらに西へ。以上』
『了解した。以上』
ツェツィーリアが追手を撒こうと、屋根の上から路地へ、そして再び走って別の屋根の上へ跳び、あるいは大通りの人ごみに紛れてまた路地へ……と激しく逃走して視線を切ろうとするが、その全ては空に浮かぶ子蟹たちの視界に映っていた。
まるで詰め兵演棋のように、メヒティルトたちは追い込みをかけていく。
しかも、もしも空の子蟹が見失ったとしても、帝都に散開した子蟹は他にも潜伏しているし、猫たちとも協力関係を築いているから、逃げ場はない。
鼠一匹すらも逃がさない態勢を構築できている。……はずだ。
メヒティルトたちが追い詰めていくほど、御令嬢の動きはそれでも逃げ延びんとして、どんどんと無茶なものになっていく。
空からの子蟹の眼による支援を受け、高度に連携して追跡してくる精鋭から、箱入りの御令嬢が逃げるためには、種族特性を生かした身体能力によるゴリ押ししか活路がないからだ。
そして必然、吸血種としての平均以上に運動に慣れているわけでもないツェツィーリアが、そんな無理な機動を取り続ければどうなるかというと……。
「あっ……!!?」
「お、お嬢様ァァああッ!?」
──── 親方! 空から女の子がっ!!?
という憧れのシチュエーションが、まさか異世界転生したとはいえ自分に降りかかるとは思ってもいなかった。
今日は、友人である
雇い主であるアグリッピナ氏から、しばらくの暇を申し付けられてから時間に余裕が出来たため、これまでにも何度も青空市場で店を広げていて、兵演棋の対戦の常連もぼちぼちできてきた。
今回は、ミカにも造形の練習がてら手伝ってもらった、私が彫った木製の駒に金属で被覆して着色した特製── 被覆も着色も造成魔術による産物── を引っ提げての初参戦。
売れ行きは完売御礼。……悪乗りして作ったお色気駒シリーズが秒で
中性体のミカにジト目で見られつつも── 男性体のときは君だってノリノリでアイディア出していたじゃないか! そこはかとなく理不尽だ── 銅貨と銀貨を呑んで重くなった懐に気を良くして、少し奮発していつもより上のグレードの恩賜浴場にでも二人で繰り出そうかと相談していたときだった。
ミカと二人で進む路地の脇に迫り建つ建物の屋根から、補修の甘い屋根瓦を踏み砕いたと思われる誰かが墜ちてきたのは。
あからさまな厄介ごと。
屋根の上を走ることは帝都では厳しく禁じられている。
それを押してまで屋根の上を通るということは、相応の理由を抱えた者だということ。
盗賊か、あるいはそれを追う者か、裏組織の暗闘か……。
関わるべきではない。
しかし、私は自然と動いてしまっていた。
そのままでは真っ逆さまに転落して、つぶれたトマトみたいに頭を弾けさせたであろう誰か。
それを思わず <見えざる手> の術式を伸ばして落下体勢を整えて支えてやれば、術式にアドオンで付与した触覚から伝わるのは、女性特有の柔らかさ。
支えた場所が場所だけに “ちゃ、ちゃうんや、これは不可抗力で!” と誰にでもなく脳内で言い訳しつつ、墜死しかけていた彼女を捕まえた <見えざる手> を上手く操って、そっと路地の地面に降り立たせる。
「え、あれ……?」
「ん? 貴女は……」
そして助けた相手をよくよく見てみれば、なんと駒屋の常連の、夜陰神の尼僧ではないか。
何度も対局した客で、知らぬ相手ではない。
鍔迫り合いで剣士が相手の
その感触からすれば、この常連の少女は、間違いなく善良な婦女だろうと判断できた。
無事に地面に降りることが出来て混乱するその彼女が、ようやくこちらを捉えた。
フードの尼僧の眼が、驚きに開く。落ちるときに外れかけたフードは、彼女の容貌を隠す暗闇の加護を薄れさせていた。
「って、貴方は駒屋の……。どうしてここに、いや、魔法で助けてくださったのは貴方ですか?」
「ええ、まあ。というか貴女こそ、どうして屋根の上から」
「助けていただいてありがとうございます。って、あっ、そうでした、逃げないと……!」
先ほどまで袖を引いて翻意を促していたミカも、外れかけたフードの奥の彼女の容貌を見てそれをやめた。
薄れた加護の隙間から微かに垣間見れる範囲でも察することが出来るほどの美しさの片鱗がそこにはあったからだ。
流石は我が友、ロマンを解する者。
おお、同志よ。
追手に追われる美少女を助けるなどという、こんな英雄譚のようなシチュエーション、男子たるもの逃してなるものか。
それに、ここまで関わった相手を、ハイさようなら、では後味も悪いし、昔からよく言うだろう?
──── 困ってる美少女は助けろ、ってね。
「さあ、こちらに」
「えっ、あの!」
「ミカ、説明を頼む。こちらは誤魔化しておく」
「はあ。まったく君は……」
事情の説明は、きっとミカがしてくれるだろう。頼んだぞ、我が友。
二人を扉の中へと押し込むと── ちらりと中を見た感じだと行政府が設けた籠城のための物資保管庫のようだった── 私は甍の上から降りてきた彼女の追手へと、できるだけ自然に目を向けた。
その一部始終を見ていた
「少年。そこを退きなさい」
屋根の上から壁や出窓を蹴りながら勢いを殺してほぼ無音で地面まで降りてきた
身に帯びた短剣を見せながら。
帝都で帯剣を許されるのは貴種とその護衛のみであるから、
「えっと……?」
「抜かねば分からないか?」
「は、はいっ」
メヒティルトが険しい顔をさらに険しくさせて短剣を鞘から少し滑らせれば、
航空偵察をしていた巨蟹鬼セバスティアンヌからの遠話連絡で、ツェツィーリアが墜ちた路地の位置を把握していたメヒティルトは、この路地に愛しのお嬢様が墜ちたことが既に分かっていた。
そして路地の出口は子蟹が監視範囲に納めていることを考えると、あとの選択肢はそう多くはない。
路地に面した幾つかの扉。
そのうちのどれかに入ったのだろう。
さらに、いち早く路地裏の猫の存在に気が付くと、その猫の目線から、さらに絞り込んだ。
── 猫の手も借りたい、という慣用句が異国にはあるそうだが、なるほど確かに猫の手は役に立つ。
含蓄の深いことを言う者も居るのだな、と異国の賢者に思いを馳せるメヒティルトは、たまたま通りがかったのだろう少年が事態についていけずにもたもたと動いているのを待てずに、引き剥がすように強引に彼をどかすと、短剣を抜いて少し扉の隙間に切り込み、目的の扉を塞ぐのであろう
幸いにして行政府の物資保管庫は、緊急時に鍵がなくても中身を取り出せるように、ちょっとしたコツがあればこのように開けられるようになっていた。関係者だけが知っている、いわゆるマスターキーである。
鍛えられた彼女の技量を以てすれば、その門外不出のマスターキーの効力を発生させることも容易いことであった。
大きな音を立てて壁の扉が開いた。
蹴り開けられた扉からわずかに差し込む日の光が、舞い上がった埃を可視化する。
素早く見回せば、入ってきた物資保管庫の搬入口とは逆側に設けられた、管理用に建物側から人が出入りするための扉が、開いて揺れていた。
「そちらですか……!!」
メヒティルトは直ぐに追いかけようと、積み上げられた物資が崩れるのもいとわずに奥の建物側の扉へと走り出した。
(
御猫様の加護が
メヒティルトは、<声送り> の魔導具を介してセバスティアンヌに状況を報告しつつ、この “キツネとガチョウ” を終わらせるべく、気合を入れ直した。
そして、『物資保管庫に積まれた木箱が、なぜ奥に行こうとするだけですぐにぶつかるほど密集していたのか』、『本来であれば、積み出しやすいようにそれなりの通路スペースが残っているべきところ、何故それが無かったのか』……メヒティルトは疑問を覚えなかった。
メヒティルトの認識では、ここは、扉を開けっぱなしにするような、管理体制が杜撰な場所なのだ。
……お嬢様の善性を信じているメヒティルトは、公共物をお嬢様が自分から破壊することなどないと思っているから、
帝都の役人も完璧ではない。そういうこともあるだろうと思って、違和感を覚える前に、焦燥に駆られて追走を再開してしまった。
もしもメヒティルトが冷静だったならば、所狭しと積まれた物資と、
そして、一方の壁が、妙に新しいことにも気づけたはずだ。
……だが、そうはならなかった。
メヒティルトが建物内に消えて間も無く。
外にいたエーリヒが、物資保管庫の中に入って保管庫内を見渡した。
そして彼は
少し狭くなった保管庫。
本来壁があるべき位置よりももっと手前にある、妙に新しい壁。
慣れ親しんだ友人の魔力波長を頼りに、<声送り> の術を発動させる。
「(ミカ? 聞こえるかい?)」
「わっひゃ!?」 「ど、どうされましたか?!」
すると思った通りに、壁の向こうから親友の声が聞こえてきた。
どうやら優秀な造成魔導師見習いは、咄嗟に物資を壁際から通路側に押し出すと、その分空いた壁際のスペースに造成魔法で張りぼての薄い壁を形成し、その向こうに隠れてやり過ごしたらしい。
流石はミカだ、と誰かに自慢してやりたい気分になりながら、エーリヒはそれは後回し、と <声送り> で話を続ける。
「(追手はとりあえず向こうへ行ったよ、ミカ)」
── 私が咄嗟に <見えざる手> で管理用の出入り口を開けてやったら、上手いことそちらへ誘導できた。と、エーリヒが付け加えた。
だが、いつ戻ってくるとも知れないし、後続も来るかもしれない。
早く逃げる必要があるだろう。
「……急に耳元で囁かれると心臓に悪いよ、エーリヒ」
私の <声送り> に応じたミカは、張りぼての壁を崩して姿を現した。
魔術ではなく魔法で作られていたそれは、やがては基底現実の復元力によって痕跡を残さず消え去るだろう。
現れたミカの傍らには、追われていた尼僧の少女の姿もある。
「それでこれからどうするんだい? 表に戻ったら、追手の増援と鉢合わせそうだ」
ミカの疑問に、私は床を指し示しながら答えた。
「屋根の上も通りもダメなら、あとは決まっているだろう? ──── 地下だ」
幸いにして、この物資保管庫には地下下水道への点検口まで設けられていた。
素早くここに潜り込んで、その点検口の上にそこらの物資を <見えざる手> で動かして乗せて塞いでやれば、十分な偽装になるだろう。
御令嬢を下水に連れ込むのは気が引けるし、我々を信じて尼僧の彼女が付いてきてくれるかという問題はあるが、逃げ
さあ、【説得】判定のダイスを振ろうか……。
ミカくんちゃんマジ優秀。
あと実はエーリヒ君がセス嬢を助ける一部始終を空から子蟹の眼を介して見ていて、また下水道にも眷属を撒いているため彼らを追跡可能なセバスティアンヌ女史ですが、
「(これは上手く転がせば、あの “勇猛なる” ローレンの “つばつけ” 相手のエーリヒと、ローレンにはそれと知られることなく全力で戦えるのではないか?)」
とか思ったので、意図的にメヒティルト女史には報告していません。
皇統家のお家騒動に関わったとか、平民であるエーリヒ君が吹聴できる話じゃないから、ローレン女史には伝わらないって寸法よォ!
◆マックス君チームの現在の状況
マックス君:アグリッピナ女史とともに、マルティン先生の魔導航空艦談義に巻き込まれている。シミュレータを提供したことを発端に、魔導技術を何十年何百年も先に進めるアイディアがどんどん積み上げられており、話題は全く尽きない。外部からの連絡不可。
ターニャ嬢:
セバスティアンヌ女史:どうにかエーリヒ君とタイマンできないかと画策中。
◆エーリヒ君の装備について
肉鞘アンドレアス氏が影に潜んでおり、愛剣 “
この世界線では、エーリヒ君は “全財産を持ち歩く系冒険者” になっているのです。
これは帝都地下下水道逃走編もイージーモードですね?(そしてにわかに投入される
===
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