フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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◆ <声送り> の術について
思春期帝都暮らし時代のミカくんちゃんとエーリヒ君が夜中に魔力貯蔵量訓練がてらに毎日決まった時間に窓を開けて <声送り> の術で魔力が良い感じに減るまで離れたお互いの下宿まで囁き声を飛ばし合って通話が切れた後にそれぞれのベッドの上で直前までの相互ASMRを反芻して身悶えしたりとかありそうですよね!! ね!! と、私の心の中のライゼニッツ卿が叫んでいる……。

◆1枚の銀貨について
あの伏線すごい好きなんですけどちょっと話の流れ的に入れられなかったのでオミットしました……(苦渋の決断)。といっても、今作のエーリヒ君は、実は、神聖否定や再生阻害の魔剣を、試供品としてマックス君から提供されておりまして、そのため不死者相手にも特効を取れちゃいます。マックス君はマックス君で、自分で作った魔剣を自分に刺して、その効果を確認して耐性を得たり(「覚えたぞ!」したり)しているので、試供品というよりは中古品の有効活用(リユース、リサイクル)感覚でエーリヒ君に提供しているみたいです。つまりどういうことかって? エーリヒ君が不死者特効魔剣持ちってことは、仮面の貴人(某吸血鬼大公)が初手からナメプ無しのフルスロットルで襲い掛かってきてくれるって寸法よォ!

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◆前話
垂直落下式ボーイミーツガール。
※『クエスト:家出令嬢を連れ戻せ』は、彼女が運命と出会ったため、自動失敗しました。新たなクエストが生成されます。…………。── 『地下水路に潜む怪』を開始してください。

そして <遠見> の術式で現場を見つつ因果をかき混ぜる不思議な踊り(らんすうちょうせい)をしてたイミツァ嬢曰く、「よーし、上手くいきましたね! 第一関門出会い編クリアです! 正史よりも金髪のあん畜生は魔力関係含めてステータス伸ばしてるぽいから血の仕上がりも上々のはず! つまり、一度でもお嬢様がその血を口にすれば、その虜になるのは確実! これはもう勝ちましたね、はっはっは!(勝ったな、ガハハ!) あ、汗かいたのでお風呂入ってきましょう(風呂入ってくる)
 


19/n 地下水路に潜む怪-1(逃避行中の三人)

 

 駒屋の常連であった尼僧 ── 簡単に自己紹介をしたところ『夜陰神潔斎派のツェツィーリア』との名乗りを受けた。なお、フードを取り去った彼女は、月のような清冽な美貌の少女だったことを申し添えておこう。── を助け、成り行きで彼女の逃避行に手を貸すことになった私とミカだが、無事に彼女の説得を済ませ、新たな逃走経路である帝都の下水道に3人で降り立っていた。

 

 

 帝都の地下には下水道が張り巡らされている。いや上水道区画もあるし、浄化済みの水の一部が還流しているから下水道と言うと語弊があるか。

 ともあれ、この複雑な地下水路網は、衛生観念に一家言あった開闢帝リヒャルトの指針を受け継いだものであり、また、外交都市として整えられたその性質故のものであった。

 そしてこの地下水路には、魔導院が開発した強アルカリ性の巨大粘液体が住んでいる。その地下の主宰たるスライムが常に水路を巡回して汚物をこそぎ落として分解し、水を浄化することにより、地下水路は常に清浄に保たれているのだ。病を媒介する鼠も虫も、巨大粘液体の餌食になるからほぼ見かけないほどだ。

 

 ゆえに、ここ帝都にあっては、いわゆる中世的な不衛生さとは無縁となっている。

 帝都でない他の街では、街中で豚が放し飼いにされているところもある── さらには街の路地やそこらで屠殺されていたりもする── らしいが、外交用の都であるここベアーリンにおいては、肉屋も店を構える市場(いちば)区画はともかく、居住区の路地においては、そのようなことはない。

 “見栄の都” とはよく言ったものである。

 

 つまり何が言いたいかというと、下水道へ下りると言っても、字面で想像するほど不潔ではない、ということだ。

 さすがの私も、汚物が浮かび脂がこびりついて雑菌の膜(バイオフィルム)でヌメヌメして衛生害虫が蔓延るようなところに進んで入りたくはないから、この清潔さは非常にありがたい。かつての世界では、写し身(プレイヤーキャラ)たちに肥喰らいが陣取る下水道を攻略させたことも、城のトイレから城内に侵入させて宝物を盗み出させたこともあるが、PCにやらせるのと自分が実際にやるのはまた別だからな。

 ましてや人類の至宝と言っていいほどの美貌を誇る親友(ミカ)や、明らかに育ちのいいご令嬢を連れて潜るのだから、ある程度清潔でなければ、地下水路を使って逃げるなどそもそも提案しなかったとも。……よほど切羽詰まっていれば、たとえ本当に汚物まみれになろうとも死ぬよりはマシ、と提案した可能性は否定できないが。

 

「わぁ、ここがそうなのですか。下水道に入るのなんて初めてです」

 

「ツェツィーリア嬢、絶対に我々から離れないように」

 

「エーリヒの言うとおりです。(はぐ)れて迷うと、合流することはおろか、地上に出ることすら危ぶまれますからね」

 

 上水の配管と下水の配管が複雑に絡み合い、浄化槽を通じて一部が還流することもある帝都地下水路は、まるで迷宮のようになっており、長年にわたる増改築と修繕により、その全容は行政府ですら正確には把握していないと噂される。

 私とミカは魔導院の御用板依頼(アルバイト)で、“汚濁の主宰者(きょだいスライム)” への魔石の給餌のために何度も地下水路を行き来したこともあり、主立った道筋には馴染みがあるからまだマシだが、ツェツィーリア嬢はそうもいかないだろう。

 私たちだって知らぬ区画に迷い込んでしまえば、遭難する可能性はあるため、他人事(ひとごと)ではない。

 

 実際のところ、帝都における行方不明者のいくらかは、この下水道の闇に消えていっているのだといわれる。

 事故で地下水路に迷い込み、あるいは謀略の果てに骸をここに投げ込まれて……ということだ。

 “汚濁の主宰者” は非常に優秀な魔導生物だが、消化するものとそうでないものを区別できるほどに知能が高いわけではない。

 何が地下水路に落ちてこようとも、一切合切を区別なくこそぎ取り、そして消化する。

 獲物の生き死にすらも、“汚濁の主宰者” には関係がない。

 だからこそ、後ろ暗い者たちにとって、この地下水路は死体の処理にはもってこいというわけだ。……もっとも、自分がそのままスライムのエサの仲間入りをしなければ、だが。“汚濁の主宰者” は、死体も、それを運ぶ者も、区別してはくれないのだから。

 

 遠くから、低く重い水音が響いてくる。

 “汚濁の主宰者” が己の仮足(からだ)を伸ばして原形質を送り込むことで、汚れを感知した水路の空間を、水路両脇の点検路も含めて全てみっちりと自らの一部で埋め尽くして掃除しているのだろう。

 つまり聞こえる重低音はその余波だ。

 巨大スライムの体によって押し出された水の一部が激流となって周囲に流れ、水音を生じているのだ。

 

「……近いね」

 

 巨大スライムが清掃を開始した区画が近いのだろう。

 その証拠にすぐ傍の水路の流れが波立ち、水面が上昇しているのが見て取れた。

 

 ミカが神妙に呟いた言葉に、私も同意する。

 増水の具合からすれば、一つか二つかの分岐の向こうを掃除中なのだろう。存外に近い。

 

「早く移動しよう、ミカ。……ここもすぐに呑み込まれるかもしれない」

 

「ああ、そうしよう。それでどっちに行くんだい?」

 

「とりあえずは私の下宿の方に行こう。ひとまず落ち着ける場所にお連れしたい……ツェツィーリア嬢、こちらに。……ツェツィーリア嬢?」

 

 返事がないのを疑問に思ってツェツィーリア嬢の方を見れば、先ほどまで彼女がいたはずの場所には誰も居ない。

 

「あれっ」

 

「ツェツィーリア嬢、どちらに?!」

 

 視界の確保のためミカと私の二人して魔法の明かりを宙に浮かべているが、その光源が照らす範囲以外はまさしく地下の暗闇に囚われている。

 そして明かり魔法の範囲には、先程まで居たはずの尼僧の姿はない。

 

 ──── まさか、落ちたか!?

 

 ミカとお互いの顔を見ずとも、きっと青ざめて血の気が引いた顔をしているのだろうと分かる。

 

 いや、だが水音はしなかったはず。

 流石に私たちも、人間大の大きさのものが水に落ちたのであれば気づく。

 たとえ水路の奥で轟々と水が押し出されて流れる音が邪魔していても、だ。

 だからまだ近くに居るはず。私は五感を研ぎ澄ます。

 

 さらには、肉鞘アンドレアス氏が維持する影収納の魔法から、様々な付与が施されたサークレットを一つ吐き出させて、それを頭に装備する。愛剣 “送り狼” はまだ要らないだろうが、こちらもいつでも影から取り出せるように意識しておく。

 このサークレットは、感覚強化に、短時間の酸素確保、高温や低温からの防御、不可視の障壁による飛来物の防御までも出来る魔導具で、私がマックスから買ったものになる。

 ……マックスと模擬戦するときに、あいつが毒ガスと真空と酸欠空気と輻射熱で縦深を取って近づかせない畜生戦術を多用してくるようになったから、やむを得ず購入したのだ。

 でも実際重宝しているから悪い買い物ではなかったと思おう。高い買い物ではあったが。

 

 

 さておき、魔法のサークレットによって強化された感覚に引っかかるものがあった。

 女性のものと思われる軽やかな足音の残響。

 

 ……いた。

 

 慌てて足音の方を見れば、ツェツィーリア嬢が見つかった。

 彼女はどうやら、壁の装飾(レリーフ)やかつての職工のメモ書きが彫られているのを見ながら、壁沿いに地下の闇の中を歩いていくところだったようだ。

 その様子はまるで、遠足に来た子供みたいだ。

 

 いやほんと、勘弁してくれ……。

 確かにさっき地下水路に降りる途中も、彼女は見慣れぬものを目にして興奮しているようだったけども、いくらなんでも好奇心旺盛すぎるでしょ!?

 小学生男子かよ! ってくらい落ち着きがないな!

 

 というか、あんな暗い中で、よく壁の模様が見えているな?

 私も <猫の眼> の特性を取得しているおかげで夜目は利く方だが、それでも細かな装飾までつぶさに見るにはツラい光量だぞ。

 ツェツィーリア嬢の見た目は普通のヒト種(メンシュ)だったから*1、種族特性ってこともなさそうだし……。夜目の利く奇跡でも夜陰神から賜ってるのかも知れん。

 

 って、それはともかく、捕まえないと! このままだと本当に逸れてしまう!

 私は慌てて駆け寄り、彼女の僧衣の裾を掴む。

 御無礼を!

 

「ツェツィーリア嬢! 離れると危険です!」

 

「あっ、すみません、気になったもので……つい」

 

「気を付けてください……。迷ったりスライムに呑み込まれたりすると、無事では済まないんですから」

 

「分かりました。……あ、そういえば、さっき()()()蟹を見かけたんですよ! 先ほどの話からすると、生き物がいるのは珍しいのですよね?」

 

「蟹、ですか。ええまあ、それは珍しいですね」

 

 虫や鼠はスライムの格好の餌食だから、普通はこの地下水路には存在しない。

 だが、生き物が全くいないかというと、そうでもない。地上や上流から紛れ込んだりすることもあるからだ。

 そして迷い込んでから“汚濁の主宰者(きょだいスライム)” に喰われるまでの短い時間であれば、それらの迷子たちは儚くも生存できるのだ。

 

 恐らくはツェツィーリア嬢の見つけた蟹というのも、その類なのだろう。

 あるいは、石の蓋がついた巣穴でもこさえて住み着くことができれば、たかが蟹でも長く生き残れるのかもしれないが……。

 とはいえ、造成魔導師たちの手により偏執的なまでに精緻に敷き詰められた煉瓦はそうそう欠けるものではないし、保全の魔術も掛けられているから、巣穴をこさえるのは至難のはず。その蟹とやらの命運もそこまで長くはあるまい。

 

「ではこちらです。付いてきてください。お願いしますよ……?」

 

 私はそう言ってツェツィーリア嬢に念押しすると、先頭を切って灰の乙女(グラウ・フラウ)が住まう自らの下宿の方へと先導し始めた。

 既に現在位置は、壁の装飾── 一定の規則で彫られているため知識があれば現在位置を読み解ける── によって割り出しているし、迷うこともない。

 隊列は前から、私 → ツェツィーリア嬢 → ミカの順番だ。

 これはあっちへフラフラ、こっちへフラフラと好奇心に駆られて順路を外れようとするツェツィーリア嬢(おてんばおじょうさま)を逃がさないための陣形だ。

 

 なんなら迷子紐(ハーネス)でも付けたいところだ。

 絵面がアブノーマルになりすぎるので無理だけれど。

 でもそれくらいに、彼女は未知なるものが気になる性分らしい。

 

 そういうわけで、進む途中もツェツィーリア嬢からの質問が繰り返された。

 

「あ、そういえば鉄格子なんかは溶けずに残っているんですね。其処此処(そこここ)にあるようですし」

 

「ええ。ここを清潔に維持する巨大粘液体は、肉や脂は溶かしますが、金属は溶かさないのですよ。かの地下の主宰は、酸ではなく塩基(アルカリ)の体液でここを清掃していますので」

 

「噂では、下水道に落ちた硬貨や金属類を巨大粘液体が回収すると、それを決められた金属回収槽に溜め込むのだとか。窃盗を恐れて……というよりは、窃盗に入ろうとする者が殺到してそのまま粘液体(スライム)のエサになるのを嫌厭してでしょうね、その回収槽の場所は伏せられています」

 

「まあ、よく考えられているんですね! ── そういえば、この地下を築いたのも、お掃除スライムさんを作ったのも、先ほど私を助けて下さったのも、全て魔法なのですよね。……あのひとが熱心になる気持ちも分かるかもしれません

 

 末尾の呟きはよく聞こえなかった。

 

 まあ、僧会はその性質上、魔法には明るくない。

 ツェツィーリア嬢にとっても、魔法は珍しいのだろう。

 魔法使いのことを、“神の恩寵を不正に歪めて掠め取る下衆” として忌み嫌う聖職者も居るくらいだから、それに比べれば、ツェツィーリア嬢のこのフラットな反応は正直ありがたいくらいだ。

 

 分岐に差し掛かるたびに好奇心に駆られて順路から外れようとするツェツィーリア嬢のお守りをしながら、私たちは魔導区画のあたりの地下水路を目指して歩を進めた。

 

 

 

§

 

 

 

 帝都に巣食う犯罪組織のうちの一つ。

 他称で “多頭竜(ヒュドラ)” とだけ呼ばれる彼らは、あえて名を持たないことを選んだ組織である。

 密輸や人攫いといった利率の高い商売に手を出しつつ、この地下水路の複雑さと、巨大粘液体の習性を最大限に活用することで、衛兵の目が厳しい帝都でもいまだに存続している彼らだが、旗印となる組織名を持たないことで、彼らは自らの構成員にすら、その全容を悟らせないことに成功している。

 

 数人の班からなる “多頭竜(ヒュドラ)” の構成要素のそれぞれは、パートタイマーの犯罪者であり、表の仕事もしっかりと持っている。

 班が違えば面識もない。雑貨を買いに来た客とその雑貨屋の店主が、それぞれに違う “多頭竜(ヒュドラ)” の班員だったということは十分にあり得る。

 そして、まさしく “多頭竜(ヒュドラ)” のように、幾つかの構成要素(あたま)が潰れようとも、全てが滅びることはないようになっている。

 

 今回は、都市行政にしがみつく小物の汚職役人からの小遣い稼ぎとして、僧衣の少女を捕縛するように依頼された形だ。なんでも衛兵を動員してまで探されているご令嬢なのだとか。

 ゆえに “多頭竜” は、その小物からの依頼を切り捨てて、少女を捕縛した暁には、そのさらに上の連中へのカードに使う気でいた。

 街全体での捕り物すら厭わないほどの大物が探しているということは、さて、その少女から引き出せる利益はどれほどになるだろうか。小物を切り捨てて余りあるリターンが見込める案件だった。

 

 俄かに活発になった地上の衛兵たちの動きを避けるように、“多頭竜(ヒュドラ)” の面々は、帝都の地下で蠢き始める……。

 

 きっとそのうち彼らは、僧衣の少女と、その手引きをする金髪と黒髪の二人の少年と出会ってしまうだろう。不幸なことに。

 

 どちらが不幸か、って?

 

 得物を持った <神域> 剣士を相手に、パートタイマーの犯罪者ごときが、束になったって勝てるものかよ。つまりはそういうことだ。

 

 

 彼らの命運は潰えたも同然だった。

 

 

 

 

 さらに悪いことに、彼ら “多頭竜(ヒュドラ)” の包囲よりも外側から、 “多頭竜(ヒュドラ)” の構成員ごと、金髪の <神域> 剣士一行を囲い込む者たちがあった。

 

 

 それは10本の手脚を持っていた。

 それは金属の甲殻を持っていた。 

 それは鋏を持っていた。

 それは犬よりも大きな身体を持っていた。

 それは脚先の爪で縦横無尽に水路の壁も天井も駆けていた。

 それは鰓を持ち、水中で呼吸ができて、水の中に潜むことも厭わなかった。

 それは一対の鰭脚を持ち、水を掻いて素早く泳ぐことが出来た。

 それは一つの意思に統率された群体であった。

 それは(ひし)めいていた。

 

 

 つまりそれは、蟹であった。

 大勢の蟹であった。

 数え切れないほどの蟹の群れであった。

 帝都地下水路の配管を幾つも埋め尽くして封鎖できるほどの蟹の大軍であった。

 

 

 

 蟹たちは、己たちを統括する親機からの号令を今や遅しと待っていた。

 

 

 

 その巨蟹の軍勢(クレープス・レギオン)の統括個体である、ラーン部族が戦士 “津波” のセバスティアンヌは、二対神銀の鉗脚をキキキキンッと鳴らして舌なめずりした。

 彼女の傍らにも随伴歩兵の役割を果たす子蟹が(はべ)っており、彼女がボスであることを如実に示していた。

 戦いにおいては、子蟹が死角を埋めるのだろう。

 

 彼女は(たかぶ)っていた。

 無理もない。

 彼女はこの数か月、極上のエサ(神域の剣士)を目の前にぶら下げられたまま、おあずけを喰らっていたのだ。

 もはや我慢の限界だった。

 英霊召喚の魔本から飛び出す使い手たちとの戦いも心が躍ったが、あの金の髪の使い手との戦いを求める心は満たされなかった。

 

 オーガという武の種族としての本能が疼いて疼いてしょうがなく、もはや決壊寸前であった。

 部族の掟を破ってもバレない状況が来たときに、それに飛びついてしまうほどには。

 それほどに、あの金髪の剣魔法士には、何か惹かれるものがあるのだ。

 

 オーガの上半身と巨大蟹の下半身、それぞれの身に納められた魔晶が、戦いの予感に熱を持つ。

 それはあるいは、ヒト種(メンシュ)にとっての恋の情熱にも似ていた。

 オーガにとっての戦いの欲求とは、ヒト種の三大欲求に匹敵するのだから。

 

 

 

 待ち遠しく熱に浮かされる彼女が陣取るのは、重量約8トン、全高3.6メートルの己の巨体をして、十分に暴れられるほどに広く大きな空間だった。

 そこかしこに瓦礫が積み上がっているのを見れば、どうやら彼女は複数の廃棄済みの地下水路を自慢の鋏で切り壊して崩すことで、上下に層を為す水路を縦に抜いて繋げ、この巨大な空間を作り上げたようだ。

 

 標的(金の若狼)に気取られないように離れて遠巻きに、薄く広く散開してその標的を包囲していく己の子機── 巨蟹の軍勢(クレープス・レギオン)の兵士個体たちに対して、セバスティアンヌは魔導的な繋がりを辿って指示を飛ばした。

 

 

「さぁて、追い込み猟と行こうじゃないか」

 

 

 ──── 総員、行動を開始せよ。

 

*1
ツェツィーリア嬢の見た目: <日除けの奇跡> により、吸血種に特有の血の色の瞳や、牙などの特徴を隠している。今の見た目は栗毛の髪を持つ、ごく普通のヒト種。ちなみに栗色の髪は、メヒティルト女史と同じ髪色なので、かつてこの奇跡を賜った時か何かのタイミングで、幼いメヒティルト女史に対して「これでお揃いですね! これからは昼も一緒に遊べますよ!」とかやって好感度を爆上げしたイベントを発生させたに違いない。




 
巨蟹の軍勢(クレープス・レギオン)(独自設定)
子機の蟹たち「「「 我が名はレギオン。我々は大勢であるがゆえに。……かにっ! 」」」
これまでコツコツ産んで帝都に忍ばせていたセバスティアンヌ女史の子蟹たち。中型犬くらいの大きさから、もっと大きなものまで、大きさは色々。一番大きな個体は、そろそろ次の脱皮でオーガの上半身が生えてきそう。基本的に全部メス。帝都下水道では、巨大粘液体に出会わないようにカサッと逃れたり、出会っても自分の脆弱部位に物理障壁を張りつつ生体金属の甲羅の耐性頼りに突き抜けたり、幾らか溶かされても再生力に任せて再生したりして生き延びている。なお、やはり子蟹の何匹かは逃げ切れずに巨大粘液体の餌食になっているらしい。

◆エーリヒ君の魔導サークレット(独自設定)
マックス君が作った魔導サークレット。便利な魔法の詰め合わせ。それが展開する魔法によりもたらされるのは、不可視のヘルメットであり、不可視の暗視ゴーグルであり、不可視の防塵防毒マスクであり、不可視の空気呼吸器でもある。全環境適応を目指した逸品。

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次回は、セバスティアンヌ女史とエーリヒ君たちとの交戦までいきたいですね。
 

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