フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
◆前話
地下空間は崩れるもの
今回は普段前書きに書いてるような小ネタを集めて1話として独立させた形です。(普通に前書きに納めようとしたらそれどころじゃない文量になったため)
原作書籍版6巻の【特典ダイス2D6付き】が出る、だと!?(予約は2022/6/12まで)
1.水路崩落の後始末 / 魔法チート転生者の使い魔
ツェツィーリアとミカの2人を奪還したエーリヒが、彼女らを連れて戦いの場から去って、暫くして。
崩落し、巨大粘液体が引いたあとの地下空間にて、蠢き始めたものがあった。
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それは砕け千切れ、瓦礫に紛れために放置されていた、
千切れた脚、割れた鋏、砕けた甲羅、巨鬼の上半身になるはずだった内骨格……。
別々の個体のそれらの残滓が、まるで糸に引っ張られるかのようにして、カタカタと震えながら瓦礫の下から引きずり出され、一箇所に集まっていく。
集まりながら、それらの破片は、ひとりでに組み上がり始めた。
まるで出来損ないのジグソーパズルのように
出来上がったのは、肉が抜け落ちたハリボテでツギハギの、仔馬ほどの大きさはある巨蟹の外骨格標本だ。
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しかし、そのハリボテでツギハギの蟹の標本に肉が満ち始める。
集まった外骨格の何処かにこびり付いていた肉片が増殖しているようだ。
空っぽの甲殻に肉と臓器が満ち、その内にあった僅かな内骨格を取り巻いていく。
甲殻に肉が
甲羅の中に納められた、
やがてツギハギの甲羅の背が再びひび割れていく。
成長し続ける肉による圧力に屈したのだ。
「ぷはっ!」
甲羅の中から現れたのは、青い肌に角の生えた幼女の上半身。
すなわち、
そして同時に、“もったいないおばけ” の眷属であり、
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「あっ……!?」
微かに残っていた使い魔としてのパスを辿って行使された再生・再誕の奇跡により新生したツギハギの幼いキメラに、遠方から魔力供給者の思念の一部が宿る。
生まれたばかりの茫洋とした定まらぬ瞳が、急に胡乱気な意思を宿し、色が揺らぎ、変化する。それは深海のような昏く澱んだ青をしていた。
「あぅ、ああ。んんっ! あーあー。マイクテス、マイクテス。ん、接続同調は良好だな」
一時的に上塗りされた意思の欠片。それは誰あらんマックスその人のものだ。
エールストライヒ公邸から、巨蟹鬼セバスティアンヌとの魔導契約による
何のために?
「あーあー、これまた派手に壊したなあ。──── ゆえにこそ功徳の積み甲斐がありそうだ!」
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それはもちろん、この崩落した地下水路を直すために。
異教の神官としても、眷属の主の監督責任としても、造成魔導の講義を取っている学徒としても、これを放置する選択肢はなかった。
彼女の身体に宿ったマックスは、円環のような手印を切って、神の奇跡を請願した。
復元し再建する奇跡の作用により、あたりを埋め尽くしていた瓦礫が重力に逆らって浮かび上がり、時を巻き戻すように組み上がっていく。
砕けた瓦礫は継ぎ目なく元通り。
流れた土砂や欠片は魔導の作用が補填する。
……数瞬後には、そこはもとの寂れた廃地下水路……ではなく、経年劣化から保護する術式も含めて新築以上に新しくなったピカピカの水路が現れていた。
「うむ。これで良しっ」
幼い歪な巨蟹鬼に憑依したマックスは、そう呟くと、用は済んだと接続を切った(本体の方での魔導談議が佳境なのだ)。
残された躯体に、“地下水路の子蟹たちを統括せよ” という指令を残して。
「…………? えと……。そうだ、“蟹の妹たちを見つけて、お世話しないと”」
2.
帝都で誘拐や密輸に精を出す、慎重派の裏組織。
名もないその組織は、数人の分隊、分隊をまとめる班長、班長を束ねる幹部、その幹部からなる連絡会にて構成される。
彼らは地下水路を隅々まで知り尽くしており、地下の地理に関する知識は行政府を上回るほどだという。
分隊同士での面識はなく、一つの頸を潰しても大部分は生き延びる。
すべての頸を一度に切らねば死なぬ、ゆえに“
そんな彼らの下に、今回、何段もの偽装を嚙ませて舞い込んだ依頼は、ご令嬢の誘拐だった。
まあ、これは無い話ではない。
帝都には大店もあれば、貴族だってわんさかと館を構えている。
商戦(実力行使)や、政治暗闘は日常茶飯事でもある。
だが、そんなご令嬢の誘拐のために地下水路で移動している最中に、黒詰襟の連中を見たとなれば、話は変わってくる。
帝都で黒詰襟の連中と言えば、精鋭中の精鋭である近衛猟兵だ。
そして、近衛が出張ってきているとなれば、彼らが捜しているであろう “ご令嬢” とは……。
手勢を率いる班長の脳裏に、冷や汗とともにそんな言葉が翻る。
裏稼業の者どもが帝都で長く生き残るために、触れてはいけないものは幾つかある。
その一つが、言わずもがな、帝室関係だ。
「引き上げだ」
リスクとリターンが釣り合わない。
“黒喪の詰襟の軍人を見た”、そんな報告を受けた班長は、即座に撤退を決めた。
それは闇に生きるものたちなりの処世術の発露であった。
だが、班長は疑うべきであった。
“黒喪の詰襟の軍人を見た”?
それなのに、なぜそいつは、近衛猟兵に見つからずに報告に戻ることができたのだ?
いくら地下水路が、
いかにも怪しい時期に、魔導院関係者や政庁関係者のような正当な理由もなく地下水路に潜り込んでいる人間どもを、近衛猟兵が逃してくれるのか。あの帝国でも最上級の斥候たちが。
そんなわけがない。
つまり答えは、“報告したそいつは、そもそも近衛猟兵を見てもいない” だ。
しかしかといって、報告がまるっきり嘘というわけでもない。
何故なら、そいつは見てなくても、地下水路中に散らばり、巨大粘液体を避けて徘徊している蟹は見ていたからだ。
黒詰襟の凄腕たちを。
そして、報告したそいつは、既にその
元になった人間を素体として改造されたそいつは、同じ
今は不在の主人に代わり、彼らは考えた。
近衛との遭遇戦闘で、
おそらくはそいつらの主人の思考傾向を忖度して、彼らは組織の損耗を避ける方向に舵を切ったのだ。
なあに、焦ることはない。
ゆっくりと、じっくりと、この
分隊員から班長、班長から幹部、幹部から別の幹部へ……。
そうやって病が蔓延るようにゆっくりと組織を塗り替えていけばいいのだ。
そのノウハウと、組織そのものを吸収しながら。
そして全ての
それはもはや
同じ形をした、何か別の
役割の異なる全ての
無限に再生する
帝都臣民を兼ねる薄ら暗い場所の住人達は、表の顔をそのままに、成り代わられていく。
名もなき組織は、静かに、しかし確実に、侵食され始めていた。
3.エリザの憤慨
兄の下宿に遊びに来たが不在だったので、その軒先に座って、兄の帰りを待つことにしたエリザは、己の友人たちを思い出す。
エリザには半妖精の友人がいるのだ。
それも2人も。
ターニャはその生まれの経緯からして、妖精の思考をそのまま残しており、エリザやヘルガに比べても自由奔放で欲望に忠実だ。
いつも極光の蝶翅を煌めかせて、何かの実験をしたり、空を飛んだりしている。
最近は、いつも何か小さな妖精と、バチバチパチパチと追いかけっこしていて忙しそうだ。
そのグレムリン、とかいう電気の小妖精たちを集める香りの調合も頼まれているが、一方でグレムリンの方からは “やめてー” と頼まれているから、協力は迷っている……。
なんでなかよくできないんだろう??
やっぱりターニャが “
ヘルガはエリザにとってのお姉さんみたいな少女だ。
一緒に夢の世界で冒険したり、お茶のマナーを教えてくれたりもした。
そして、エリザと同じで、エーリヒのことが大好きなのだ。
……まあ最近、あのおっかないライゼニッツ卿に少し似てきているが。
ああいや、生命礼賛主義に染まったわけではなく、ライゼニッツ卿から冷気の魔法の手解きを受け始めたせいで、纏う空気の色が似てきた、ということだ。
この2人のことを思い出すと、必然的に、その2人の兄であるあのひとのことを思い出すことになる。
マックス・フォン・ミュンヒハウゼン。
金髪に、深海の昏い青の瞳。
妖精好みに
──── エリザは憤慨した。
「(むぅううううう!! あのひときらいぃいいい!! いっつもいっつも、あにさまに大ケガさせるしぃいいい!!)」
ぷくーっと頬を膨らませて、荒ぶる内心を足をじたばたさせて表現する。
彼女の兄であるエーリヒはバレてないつもりだが、エリザの “目” には、マックスの奇跡により修復された怪我の痕がくっきりと視えていた。
いやエリザにも分かってはいる。彼女の兄が、半ば望んで、冒険の修羅場に身を投じ、またギリギリの死線を彷徨う訓練を行っていることを。
“なんであにさまはそんな危ないことをするんです?” と尋ねたこともあった。
ちなみに返ってきた回答は、
「……うーん、マックスがトチ狂ったときに備えて鍛えてないと危ないだろう?」
だったので、エリザも深く納得するほかなかったのだが。
まさしく今そこにある危機である。
マックスにはそういう、いろんな意味で紙一重な危うさがあるのだ。
あにさまも早く縁を切ればいいのに、と思いつつ、自分もターニャやヘルガと仲が良いのでそのオマケでマックスとの縁が深くなっているのが悩ましいところだ。
それにあのひとがいるせいで彼女の兄は大ケガするような危険に親しくなっている一方で、あのひとのお陰で彼女の兄の大ケガも綺麗に治るのだし……。
というか、どんな大ケガをしても治せる安心感はあるのだけれど……。
あれで兄は絶対に無茶は止めないに決まっているし、それでなくても色々と巻き込まれるみたいだから、むしろあのひとが居なくなるとそれはそれで不安が……。
それにおいしいお菓子もくれるし……。
あのひとのところのお野菜ならおいしく食べられるし……。
なんだかんだであのひとと悪巧み(装備作成相談)しているあにさまは楽しそうだし……。
「むぅぅう。でもきらい!」
ただこの時点では、兄が下宿に帰ってくるまで── しかも
彼女は大変に心細い思いをする羽目になる。
その兄が帰ってくるまでのあいだの心細さを和らげたのが、ポケットに忍ばせていたマックス印のはちみつたっぷりのお菓子だった。
…………ま、まあ、今後もお菓子は受け取ってあげてもいいかもしれない。
でも! 私は
4.おや、航空艦の様子が……?
アグリッピナは、ようやく、航空艦談議から解放された。
エールストライヒ公爵家の家宰の命で遣わされた侍従が、流石にすっぽかせない予定があるからと、緊急時用に与えられた魔導鍵で入ってきて、主たる当主を連れ出してくれたおかげで。
まあ、最終的に仮想小世界運行の術式を手に入れられたのだから、アグリッピナにも全く収穫がなかったわけでもない。
うまくやれば、この世界では思いもよらない書物を生み出せるような世界を運行できるかもしれない。
無限に書物を生み出す、自分だけの世界。
悪くはない可能性を得た、と言えよう。
多少の研究と、魔力リソースの確保と熟成のための演算時間が必要だろうが。
さて、航空艦談議を終えたあとのアグリッピナは、帝城の北大露台 “
しかも、エールストライヒ公爵自らのエスコートで、だ。
こういう場では、誰の招待で参加したかというのも重要なステータスになる。
というわけで、アグリッピナは
もちろん、その人外じみた美貌はそれでなくても人目を惹いていたが。
めんどくせーなんで皇帝臨席の夜会なんぞに……、と内心を悪罵で満たしながら、アグリッピナは外面にはそんなことおくびにも出さずに、如才なく対応して見せる。
かつて祖国セーヌで培った貴族的なスキルは健在だ。
何やらあの元中天派の魔導院教授にして大公には、己を相応の地位に引き上げたい思惑もあるようだ。
今回の夜会へのエスコートもその布石。
顔見せというわけだ。
だが、果たしてこの怠惰の化身であるアグリッピナが、そのような立身出世を望むであろうか。
否。否である。
研究員という立場にのらくらと留まり、書物に耽溺することこそ本懐。
教授になる? なって何になるというのか。義務が増えるだけで何の得もない。
名誉? 予算? それが何か? そんなものはもう十分足りている。
教授推薦は適当にお茶を濁して惜しい線で落選、次回に期待あたりが落としどころだろうか。
夜会が終わってリフレッシュしたら、そのための対策も練らなければ。
なお、面倒な応対を表面上は愛想よくこなすアグリッピナの傍に、エスコートしてきたエールストライヒ公爵の姿はない。
なんぞ急用とやらで姿を消したのだ。
せめて連れ出したなら風除けにでもなれというのに。
そういえば、一緒に連れ出された
まあ、アレはあの大公教授に心酔していたようだし、立身出世も望むところなのかもしれないが。
それに大公教授の気持ちも分からなくはない。
部下にして存分に使い倒せば、使う側としては楽になるだろう。
と、その時、周囲がどよめきとともに空を見上げた。
釣られて見上げたアグリッピナの目に入ったのは、彼女の “眼” を灼くほどの膨大な魔導術式を纏った巨大な笹の葉型の航空艦が、その煌めく術式陣の翼を広げて帝都上空に滑り込んできた姿だった。
だが……あの航空艦の魔導術式、妙に乱れていないか?
静電悪戯妖精グレムリン「おっ、いいおもちゃ見っけ!」(航空艦ロックオン)
極光の半妖精ターニャ「もー! 全部調伏するの間に合わなかったですの! 一匹逃しましたわ! しかも術式食って殖えてますわ!?」
次回、突発的航空艦守護ミッション。
しかも出来るだけ来賓に不自然に思わせないようにリカバリーしないと帝国の権威が失墜するぞ! っていうか失敗すると帝都に墜落して大惨事だぞ!
がんばれマックス君! 妖精を視認できる眼を持ってて空飛びながら妖精を追い払う術式使えて最悪の場合航空艦を支えられる出力の術式使えるような魔導師は君くらいしかいないぞ!!
マックス君「え」
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書籍6巻の特典付き予約が始まってるとのこと。予約しよう! 今回特典はキャライラスト入り
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