フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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というわけで、エーリヒ君 VS. マルティン先生です。

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◆エーリヒ君に未来視術式はどこまで効くのか
参考: https://twitter.com/schuld3157/status/1543470582699724800
なかなかエーリヒ君の未来は見えないっぽいのですが、じゃあ当SSの慈愛帝ルート過激派のイミツァ嬢は何を経て慈愛帝ルート推しになったかというと、イミツァ嬢が趣味でセス嬢の未来を見ているとある時期(=エーリヒ君が帝都に来たくらい)から、未来が大きくブレて混沌としだして、そこで慈愛帝ルートのワンシーンを垣間見たのだろうと思われます(そして尊みに脳を焼かれた)。まあエーリヒ君が居ない世界線では、セス嬢はマルティン先生の企み通り、エーリヒ君抜きの体制で皇帝就任してるでしょうから、それよりは楽しい幕僚(きんぱつのあんちくしょう)が増えた慈愛帝ルートのセス嬢の方が、万倍は幸せそうにイミツァ嬢の目には映ったはずです。あとは長命種(メトシェラ)の演算スペックでゴリ押しして慈愛帝ルートへの布石を何処に打つべきかを割り出していったのかと。
 


 別幕:金の若狼 VS. 仮面の貴人

 

◆前回までのあらすじ

 エーリヒはツェツィーリアを夜陰神の聖堂に送り届けるも、彼女の捜索をしていた近衛や衛兵に見つかってしまう。

 妖精に加護を願ってツェツィーリアを隠す一方、自らは囮となることを決意するエーリヒ。

 ツェツィーリアから目を逸らさせるために、帝都の街を走っては、衛兵たちの得物を奪っての大立ち回り。

 かつ、最後の一線を超えないように殺さず無効化するという神域の技量の剣士に、帝都は震撼する。

 近衛魔導兵が放った、竜鱗さえ貫く熱線術式を何の変哲もない警棒で斬り。

 そしてまるで麦藁を刈るように衛兵たちを薙ぎ倒していく、人型の嵐のごとき彼を捕らえることは、誰にも叶わない。

 隙を縫って近衛猟兵による狙撃の太矢(ボルト)が空を走るも何のその。

 エーリヒは機を見計らうと、それらの狙撃を剣で受けつつ、適当な1本に被弾したように偽装して水路へと落ちた。

 

 

 ──── 計画通りっ! これが我が逃走経路だ!!

 

 

 だが、その先に待ちうける理不尽を、彼はまだ知らない……。*1

 

 

 

§

 

 

 

 上空で、航空艦から飛び出した飛竜の編隊が幻影を背景に大暴れし、大盛況となったあと。

 少数の魔導的に優れた眼を持つ者が、その後に始まった帳の向こうの妖精少女たちの弾幕ごっこを酒の肴にしながら大露台に残っているころ。

 

 帝都地下水路の、洪水対策の治水用巨大スペース*2にて、彼らは相対した。

 

「……!?」

 

「ようこそ、少年」

 

 方や金髪の少年剣士。

 認識阻害が込められたサークレットを着けている。

 不穏な気配を察知して、影から独りでに這い出した肉鞘が剣帯を器用に触手のように操って、回復魔導が込められた煮革鎧を装着させていく。全力戦闘態勢へ。

 

 方や銀髪紳士の魔導師。

 仮面舞踏会にでも出るような上等な夜会服。顔の上面を覆うマスクを着けている。

 その手には一目で上等とわかる大粒の赤い宝玉を付けた魔導杖を持っている。魔導増幅にも格闘にも使える、魔導院教授クラスの本気装備でも可笑しくないほどの逸品だ。

 

 

 金髪の剣士は、友人となった夜陰神の尼僧を、彼女曰くの “望まぬ結婚” から逃すために帝都の夜を駆け。

 

 銀髪の魔導師は、家出した娘の魔導波長の残滓を色濃く纏わせた金髪の剣士に、愛娘の手掛かりを尋ねるために、彼の逃走経路に巨大スライムを割り込ませて、自らが待ち構えるこの地下空間へと誘導した。

 

 

 

「まあとりあえず、駆け付け一杯、どうかね?」

 

 

 銀髪の魔導師が手にした長杖を軽くかざすと、一切の淀みなく魔力が流れ、術式を為した。やはり魔導院の教授クラスの使い手か。

 開戦の狼煙にしてはささやかなほどに音がなく、しかして致命的な、“空間それ自体の破砕” による攻撃が、金髪の剣士を襲った。

 

 

 

 だが、対する金髪の剣士も只者ではない。

 両手を上に掲げ、神代の魔剣*3 “渇望の剣” を召喚。

 漆黒の刀身を持つ両手剣が、歓喜の咆哮を上げた。主よ、いざ私を振れ! 敵を斬り果たさせてくれ! 私の愛を示させてくれ!

 

 

「『次元斬』!」

 

 

 三次元概念を斬る絶技であれば、この神域の剣士も身に着けている。

 魔力すら消費することなく、ただ己の技量のみで三次元空間を斬断する。

 彼にはそれが可能であった。

 

 次元を斬る彼の技量により、空間それ自体の破砕が、さらに斬り分けられた。

 空間破砕の嵐は中央から分割され、剣士に道を開ける。

 

「おお!? なんだそれは! 竜王爪!? 人の身で! その齢で!? よくも定命の身で練り上げたものだ! 貴公の腕前なら近衛に教導だってできるぞ!」

 

 だから何だ、と金髪の剣士は銀髪の魔導師へと向かって駆け出す。

 先ほどの空間破砕攻撃は、手加減などされていなかった。

 殺意は薄かったが、“死んでも良いや”、くらいの心持ちで放たれていたのは確実である。

 

 出会い頭に致死の攻撃を放り込んでくる相手に対して悠長に言葉を交わすほど、金髪の剣士は博愛主義ではなかった。

 

 強烈な踏み込みの音が、地下空間にこだました。

 その返礼たる反動を得て、金髪の剣士は大いに加速した。

 

「絢爛にして質実剛健たる魔導装備! 魔剣に肉の鞘、魔導の鎧に、額冠! さぞや名のある剣士だろうに、知らぬ雰囲気だ。流れ者か? ……いや、覚えがある魔導波長、これは品評会前の魔導院で────」

 

 剣が拓いた破砕空間の残骸を通過。

 金髪の剣士が脇構えで突っ込む。

 

「おっと、貴公の剣は怖いな。魂にまで届きそうだ」

 

 銀髪の魔導師が長杖を前に出して構えつつ、軽やかに後退。賦活魔法か、種族特性か、明らかに常人を超えた身体能力。

 金髪の剣士の間合いから離れるその様子は、彼も決して素人ではないことを示している。

 もちろん、極まった専業剣士には及ぶべくもないが。

 

「だから頼りになる前衛を呼ぼう。おいで。ガウナ(いたずらっこ)シュフティ(おちびちゃん)

 

 それゆえに魔導師は前衛戦士を壁として前に置き、自らは後衛として立ち回るのがセオリーだ。

 どこからともなく現れたのは、帝国が誇る魔導生物の傑作、三頭猟犬(ドライヘッツヤークトフント)

 しかもこの2頭は、ただの三頭猟犬ではないのか、まるで獅子か虎かのような巨大な体躯を誇っている。

 

 何が “いたずらっこ” に “おちびちゃん” だ。

 断じて、そんな可愛らしいものではありえなかった。通常品種の倍は体高がある。

 しかも、もしもこれが原種への先祖返りを起こしているようなやつであれば、三ツ首でそれぞれ魔法を使い始めかねない。

 

 両脇から迫る巨体の三頭猟犬を視界にとらえ、金髪の剣士は、しかしなおも突撃を止めない。

 左右から迫る、猟犬の(アギト)もなんのその。

 たかがそんなもの(子犬のじゃれつき)で止められる歩みではないと誇示するようにさらに踏み込む。

 

「魔本よ我が手に! 『英霊召喚』!!」

 

 金髪の剣士の影から、豪奢だがしかしそれ自体を凶器にできそうなほど頑丈な装丁の書物が飛び出した。

 間を置かずに、魔導合金の鎖が剣帯から接続される。

 肉鞘に内蔵した魔導炉から魔力が供給され、魔本が()()()

 

「出でよ(ともがら)、“渇望” の名のもとに!」

 

 起動した英霊召喚の魔本から溢れた魔力が(こご)り、人の形を取る。

 現れるのは、金髪の剣士とまったく同じ漆黒の両手剣を持った魔力形成体。

 この魔本は “渇望の剣” の記憶を刻んだものであり、魔宮を内に折り畳んだ特別製。

 さらに高名な写本師の手により調律されたそれは、かつての歴代の魔剣の担い手たちの再現体を呼び出すのだ。

 

 呼び出された英霊体は2体。ヒト種(メンシュ)の冒険者と、坑道種(ドヴェルグ)の戦士。

 いずれも神域かそれに迫る技量の剣士であるが、それゆえに気位も高く、そう簡単に従ってくれるわけではない。

 金髪の剣士は、鎬を削り肉を裂く()()で以て、彼らに認められ、助力を請えるまでの信頼関係を築いたのだ。

 

 

 英霊体の剣士たちが、三頭猟犬たちを堰き止める。

 金髪の剣士は止まらない。

 

 銀髪の魔導師までは、一挙手一投足の間合い。

 後衛である魔導師がここまで接近されれば、もはや絶死。

 

 脇構えで突っ込むと、鋭く斬り上げ、全身の勢いを切断力へと転換する。

 

 

「む! 七重の魔導障壁が薄紙のように……! いや、これは抗魔導術式を纏わせているのか……?!」

 

 どうせ魔導障壁くらい張り巡らせているだろうと思っていた金髪の剣士は、己の並列思考と演算能力を注ぎ込んで、障壁に綻びを作るように魔導を練っていた。

 渇望の剣が銀髪の魔導師の障壁に衝突する直前に、練っていた抗魔導術式を刃先に乗せて展開。

 完全に障壁を除去することがかなわずとも、少しの綻びが出来れば、神業的な剣技によって突破が可能と踏んでのことだ。

 

 この瞬間まで金髪の剣士自ら術式を練らずに、装備頼り見せかけていたことも良いカモフラージュになったのか、不意打ちの一撃となった。

 魔導戦では、銀髪の魔導師が圧倒的有利。

 だが、魔法剣士としての総合力で見ればどうか。

 

 斬り上げが、全ての障壁を裂いて、銀髪の魔導師の脇腹から逆の肩に向けて、逆袈裟に入った。

 

 だが、命にまでは届かなかった。

 金髪の剣士にとってはある意味慣れ親しんだ、薄い手応え。非常識な生命力を持つ不死者を斬ったときの感触だ。

 どっかの同郷人な魔法チート落日派と模擬戦したときにさんざっぱら味わうアレである。

 

「ええい、また不死者か!」

 

 恐らくは吸血種(ヴァンピーレ)か。

 逆袈裟に真っ二つにしたが、その程度で死んでないのは分かっている。

 

 即座に斬り返す。斬り返し、斬り返し、そして斬り返していく。

 17分割してもどうせ死なないのだろうから微塵にしてやるぜという心持ちで刃を振るう金髪の剣士。

 

 ついでに不死者殺しの魔剣を複数、影収納から取り出して、<見えざる手> に握らせ、剣閃を追加。

 先の空間破砕攻撃を、意趣返しに剣撃でもって再現してやり返してやるつもりで繰り出した、濃密な斬撃結界。

 

 だが案の定、『銀髪の/魔導師』状態に二分割され、さらに細かく分割された魔導師は、それでもなお生きていた。

 

 

 自らの杖から衝撃波を出すと、斬撃結界から胸から上の部分をエスケープ。

 相当に細かく断割されていたが、杖を握った利き手と、頭部・心臓や魔晶を含むバイタルパートだった箇所が弾き出される。

 その直後、金髪の魔剣士により切り刻まれ、もはやミンチかペーストか、となった胸から下も、血の河となって追従して逃れた。

 

「ちっ、しぶとい……不死殺しの属性剣で斬ったのに効いていない? いや影響が他に波及する前に直接に刃が触れた部分だけ除去したのか」

 

 それとも不死殺しの影響が波及しないように、細胞単位でダメージコントロールする術式でも仕込んでいる?

 何にせよ、銀髪の魔導師を殺しきることが出来ていないのだけは確かだった。

 

 

「これほど微塵にされたのは、はて、いつぶりか……」

 

 悠長な声が、広大な地下空間に響いた。

 

 離れた場所に逃れた銀髪の魔導師は、バラバラの肉片状態から、既に再生を果たしている。

 しかもどういう理屈か、肉体のみならず、着ていた夜会服までも元通りだ。

 多少目方は減らせたかもしれないが、吸血種(ヴァンピーレ)の始祖が陽導神からくすねた不死の力はそれを補うだろう。

 

 金髪の魔剣士は、遠見の術式を浮かべて、地下空間を俯瞰する。

 

 三頭猟犬は、召喚した英霊が押さえている。

 あちらは任せて良さそうだ。

 

 銀髪の魔導師をフリーにするのはマズイ。

 今も術式を練っているようだ。

 恐ろしいまでの魔力の流れが見える。

 

 妨害のため、複数の<見えざる手> に対不死者用の構成の魔剣セットを握らせて、突入させる。

 たとえ治るのだとしても、吸血種のリソースは無限ではない。

 殺し続ければ、再生速度は落ちる。それも、派手に肉体を損壊させればさせるほどに。それが道理だ。

 

 金髪の魔剣士は、自らの手札を確認する。

 焼夷テルミット術式を刻んだ棒手裏剣、燃料気化爆発術式の触媒、油脂焼夷術式の触媒、それぞれ貯蔵は十分だ。

 ただ懸念は、いずれも影の中に沈めているため、影空間から取り出すことそのものを阻害されないか、という点か。魔導による妨害は、銀髪の魔導師の方が上手(うわて)だ。念のため、あらかじめ幾つかを手元や懐に引き出しておく。

 

 

「ふむ、単純な <見えざる手> の術式だが、かなり手を入れているな。構築も早い。魔導的な防御も考慮されている。何より己の生身の技量を <見えざる手> においても十全に発揮できるまで練磨したのは驚嘆に値する。A評価(優等)をあげよう」

 

 そこらの聴講生を余裕で上回る金髪の魔剣士の魔導の腕前を、銀髪の魔導師は、上から目線で講評する。

 しかも魔剣の群れを障壁と衝撃波でいなしながら。

 いや、それだけではなく、金髪の魔剣士の <見えざる手> を分解してもいる。まあ分解されても即座に再構築するのだが。

 それらをこなす銀髪の魔導師の多重併存並列思考の数は、少なく見積もっても、金髪の魔剣士の倍はあるのではないだろうか。

 

 その証拠に、金髪の魔剣士は悪寒を覚えた。

 まるで虎口に飛び込んだかのような死の予感。

 

 咄嗟に、直感に従って、渇望の剣を振り回す。

 周りの空間を切り取り、自らを隔離するように。

 

 果たして懸念は正しかった。

 周囲の空間は、既に歪められていたのだ。知覚できぬうちに。

 ズレた空間が戻る際の衝撃が金髪の魔剣士を襲うが、辛うじて耐えられる程度に収まった。

 

 致命傷にならずに済んだのは、おそらく完全発動前に対処できたためだろう。

 

 悪辣な攻撃原理に、金髪の魔剣士は眉を顰める。

 

 魔導には常に世界の弾力が働いている。

 この攻撃は、世界が元に戻ろうとするときの作用を利用しているのだ。

 

 恐らく術式の過程はこうだ。

 近接位相空間をめちゃくちゃにずらした後、基底現実空間との間で位相のずれ具合を入れ替える。

 ズレた空間は、当然、世界の弾力により戻ろうとする。── ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 めちゃくちゃにずらされたルービックキューブをキャンバスにしてそれぞれの面に絵を描いたあと、ルービックキューブの面を揃えなおしたら、描かれていた絵はどうなるだろうか。

 それが現実空間で起こるのだ。

 

 しかも、この攻撃は原理的に、回避も抵抗も不可能だ。

 空間それ自体を対象にしているし、その空間は弾性によって元に戻ろうとしているだけなのだから。

 自然な状態に戻ろうとすることに対して、抵抗も何もない。抵抗の結果として、元に戻ってズタズタになるのだから。

 あるいはむしろ、強固な抵抗力を持っているほどに、ダメージは大きくなるのかもしれない。

 

 そして金髪の魔剣士は、空間のズレが大きくなる前に対処できたからこそ、耐えられる範囲のダメージで済んだのだが……。

 三頭猟犬と戦っていた英霊体たちは、最大威力のソレを喰らう羽目になった。

 

 

 断末魔も残せずに、魔力により形成された戦士たちが霧散した。

 

 三頭猟犬たちがフリーになる。

 

 金髪の魔剣士が再度、魔本から英霊を召喚しようとしたときに、耐えがたいほどの()()が彼を襲った。

 神経を直接糸鋸で挽くような大激痛が集中をかき乱す。

 なぜ? 傷を負ってはいないはず……。

 

 金髪の魔剣士が原因を探れば、<見えざる手> の一本が、銀髪の魔導師によって、まるでピンでとめられた標本のように宙空に固定されているのに気付いた。

 そしてそこから術式が侵食されている。

 <見えざる手> に触覚を与えるアドオンを突破口として逆用し、痛覚情報を叩き込んでいるのだろう。

 

 金髪の魔剣士は、即座に <見えざる手> の術式を霧散させ、再度の侵入を許さないように防壁(ファイアウォール)を組み替える。

 高位の魔導師との戦いにおいては、魔導的な防御にリソースを割く必要がある。 “ひとのいやがることをすすんでやりましょう” というのは、魔導戦の基本であるがゆえに。

 

 だが対策を組んでも、痛覚介入による攻撃── 幻痛術式(ファントムペイン)とでも呼ぶべきか── を完全に防げるわけではない。

 卑近な例えで言えば、まるで冬場にいつ静電気でパチッとやられるのか戦々恐々としつつドアノブに手を出すような心持ちで、金髪の魔剣士は <見えざる手> を再度展開する。

 英霊も再召喚。こちらに迫ってきていた三頭猟犬を、もう一度押しとどめてもらう。

 

 とはいえ、どうも相手の手数の方が上回っているように思える。

 

 金髪の魔剣士としては、ここでひとつ大きく相手のリソースを削りたいところ。

 

 懐から <燃料気化爆発術式> を込めた触媒を取り出す。

 威力が漏れないように改良したそれを投ずれば、大ダメージが望めるだろう。

 

 ふと見れば、銀髪の魔導師はさらに増援を呼び出していた。

 あれは……蛾の群れか。巨大な白い蛾が、空間の裂け目から次々と飛び出してきている。使い魔か。

 どうせ碌なものではあるまいが、だがちょうどいい、範囲攻撃で焼き払い、一網打尽にするべきだろう。

 

 金髪の魔剣士は <見えざる手> に掴ませた、液体酸素入りの <燃料気化爆発術式> の触媒を投じ、発動句を高らかに唱えた。

 

 

「“散れ! 雛菊の花!!”」

 

 

 

§
 

 

 

 

 数秒にも及んで持続する強烈な爆発が銀髪の魔導師を包み、その配下の白い蛾の使い魔を蹂躙し、三頭猟犬たちも巻き込んだ。

 

 だが、それでもなお銀髪の魔導師は復活した。

 不死性は健在。

 しかし再生速度は遅くなっているようなので、効果がないわけではないようだ。

 

 幸いにも、配下である蛾の使い魔や、三頭猟犬は沈黙した。

 いやそれでもまだ蛾の使い魔は在庫があるだろうし、三頭猟犬も英霊たちに傷をつけられて爆発術式に巻かれた割にはまだ息があるから、まだ油断はできない。

 

 金髪の魔剣士が畳みかけようと、持てるリソースを展開する。

 

 一方の銀髪の魔導師も、なりふり構わず空間破砕の魔導を連射し始める。

 

 

 炎と爆発が地下空間を()き、空間が捻じれて壊れる破砕音と衝撃がそれを上書きする。

 

 

 持久戦の様相を呈してきたが、そうなると有利なのは、銀髪の魔導師である。

 

 金髪の魔剣士は、自動回復特性を持つ鎧を着こんでいるが、触媒の数には限りがある。

 

 それに対して、銀髪の魔導師の空間破砕攻撃は、空間を掻き乱すほどに、次の攻撃の発動コストが下がる特性がある。

 折り目のついた紙が、その折り目に沿って折れ曲がりやすくなるように……、空間も乱すほどに、その軌跡が刻まれるほどに、その後の同じ擾乱を受け入れやすくなるということだ。

 

 空間破砕攻撃のコストが軽くなり、銀髪の魔導師の手数が増える。

 やがて復元力を利用した抵抗不能の攻撃がその中に織り交ぜられるようになり、その割合が増えていく。

 

 

 

 極めて順当な帰結として、金髪の魔剣士の敗北は迫りつつあった。

 

 

 

 

 そして、ついに破局が訪れる。

 

 金髪の魔剣士が一手誤り、位相が限界までずらされた空間に踏み込んでしまった。

 そうなれば末路は明白。

 引き絞られた空間の(ネジ)れが開放され、反動によって金髪の魔剣士の身体が弾けた。

 

 だが剣士もただでは終わらない。

 

 不壊の魔剣 “渇望の剣” と、空間遷移障壁の理論の応用で、重要な臓器と、機動力のために脚は守った。

 腕が片方吹き飛んだが、なぁに、初めてというわけではない。

 普段の訓練でもこの程度は慣れている。片手が残れば十分だ。

 

 死が迫っているせいか、今までになく意識が冴えわたる。

 勝機はまだある、最短で肉薄して、一度殺し、そして殺し続ければいいのだ。

 不死殺しの魔剣が効きづらいとはいえ、弱らせれば効くだろう。死ぬまで殺せば殺せる。それは払暁派の戦闘魔導師が掲げる真理であった。

 

 

 そこに唐突に、乱入者があった。

 

 深紅の霧が何処からか流れ込み、凝縮し、実体を得る。

 その実体は、美しい女の形をしていた。そして、白魚のような細腕で、銀髪の魔導師の頸を掴むと、そのまま握りつぶした……。

 薔薇を手折るよりも軽い程度の力しか込められていないように見えたが、確かに頚椎が砕ける音が響いたのだ。

 

 極まった吸血種──── エールストライヒの血脈に君臨する女帝が、かわいい又姪の頼みを受けてやってきたのだった。

 

 そしてそれで終着であった。

 

*1
◆待ち受ける理不尽:そうは言うがエーリヒ君もたいがい理不尽。『理不尽 VS. 理不尽』の形になるな……。

*2
◆地下の巨大空間:イメージは首都圏外郭放水路 → https://gaikaku.jp/

*3
渇望の剣は、神代の魔剣?:原作では闇夜の妖精の1個体であるウルスラよりは年上らしいですが、正確な製造年代は不明(闇夜の妖精も自我を得た時点は個体によりピンキリだろうと思うので)。当作では、少なくとも神代から在る魔剣として扱います。また不確定情報として、別天地から飛んできており、天地開闢前から存在している解釈を提示しています。器物型プレインズウォーカー?




 
こんな感じで大まかな流れは変わりませんで、このあとセス嬢による治療を受けますが、その前に感極まったセス嬢による涙の抱擁を受けます。
原作との違いは、比較的損害が軽いのでエーリヒ君の意識が割とはっきりしていることでしょうか。皇帝云々のやり取りは、地下の者を巻き込むのを良しとしないテレーズィア様が気を利かせて聞こえないようにしてくれましたので、「やっべ皇室関係者に刃を向けちまった!?」というSAN値喪失イベントは回避されています。
セス嬢による治療も受けますが、ダメージ移しの奇跡だったため、セス嬢の腕が代わりに捥げて、エーリヒ君はたいそう焦ることに。吸血種の特性で回復したから安堵したものの、痛みまでは緩和されていない様子は見えているので、原作よりもさらに恩義に感じたんじゃないかと思われます。

ちなみに、慈愛帝ルートの分岐点はやはりここです。エーリヒ君がつらそうなセス嬢を気遣って、「血、吸いますか?」と冗談半分に持ち掛けて、セス嬢が「……はい」と恥ずかし気に頷くという経過をたどり、吸い始めてみるとあまりに美味い血に忘我して吸いすぎてしまうという感じです。うっかりすぎる上に、親族が近くにいるところで破廉恥にも直接血を吸うとか、ちょっと慈愛帝様、堪え性がなさすぎる(ポンコツメイドのイミツァ嬢の介入が大きく影響している模様)。
なおマルティン先生はそれどころじゃないので幸いにしてその様子は見えていませんが、テレーズィア様はがっつり目撃。彼女自身の過去の定命の思い人のこともあって、止めはしませんでした。むしろ内心では『吸えー! 吸うのじゃー! がぶっといけー!』くらい思っていたかもしれません。
 

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