フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
◆グレムリンちゃんのその後
「何もしてないのに壊れた」の化身たる彼女ですが、そのお眼鏡に叶うような複雑な機構や術式を備えたものって、作中時間軸の世の中だとそれほど多くないのですよね……。あるとすれば、魔導院やそれに類する他国の研究所、そしてどこかで稼働中の古代魔法王国の遺跡くらいでしょうか。
そのため、自身の
◆前話
吸血種大公のお宅にお見舞いに行こう!
エールストライヒ公爵邸を訪問した私ことマックス・フォン・ミュンヒハウゼンは、先触れで望んだとおりにマルティン先生が臥せっている私室に通された。
従者としてついてきた巨蟹鬼の
「お伺いするのも何ですが、
「これは異なことを。先日の魔導談議の際にお忘れ物があったということで屋敷をご案内しているに過ぎませんよ。その途中で、少し寄り道をするかもしれませんが」
家宰殿が片目を閉じてそのように言った。
どうやらそういうことになっているらしい。
まあ本来であれば同格の三皇統家の当主ぐらいでなければ、臥せっているマルティン先生には面通りは出来ないだろう。
血の力を消耗し尽くして、再生もできないほどに弱って、銀の
素性の怪しい者など通すことは出来ない。
であれば、なぜ、私が面会できるよう取り計らって貰えたかといえば。
「なるほど。では慣れない屋敷で、私が少しうっかりと手指を傷つけて、血を流してしまうこともあるかもしれませんね」
「ええ、そのようなこともあるかもしれませんね。飛び散った血が、寝台に着いてしまうこともあるやもしれません」
「ふふ。その時は、洗濯代くらいは出しましょうか」
「いえいえ。それには及びませんとも。今、
まあ、そういうわけだ。
どうやらマルティン先生は、エールストライヒ公爵家において先生自身よりも上位の者── マルティン先生はエールストライヒ公爵家の当主だが、非定命の御家では御隠居方が存命であり、形式上はともかく実態として逆らえないということは往々にしてあり得る── に折檻され、再生すらもできぬほどに痛めつけられたらしく、さらにその折檻の延長線上の仕儀として、回復のための温血の摂取も禁じられたということのようだ。
使用人たちも、その御隠居の
そこに、粗方の事情を察した上で、血の一滴に込められた魔力や生命力が膨大な、魔法チート転生者の私ことマックス・フォン・ミュンヒハウゼンがやってきたので、是非ともご協力願おう、という運びになったわけだった。
もちろん、公式な記録に残すわけにもいかないので、いろいろと言い訳が効くようにはしてくれている。
私の方がその
もちろん、マルティン先生も存じ上げないことだ。
……というか、相当に状態が悪く、それどころではないらしいが。
「今が昼間というのもありますが、相当に消耗なさっておいででして……」
「それはなんと御
というわけで、私の血をマルティン先生に飲んでいただくというのは、使用人たちによるある種の独断であるということだ。
なお、私の血の毒見であるが、屋敷に到着した際に既に済ませてある。
まあ聴講生とはいえ落日派の魔導師の血など、いったいどんな毒物劇物を仕込んでいるか分かったものではないから毒見は当然だ。
内包魔力を見てもらって御見舞を許可してもらうためにも、先触れの手紙には試飲用の血が入った小瓶を付けて提出してあったし、先ほども直接その場で採った血のテイスティングを受けた。
……どうもマナが強烈に香りすぎるらしく、テイスティングを受け持った
だがそれで敬愛する心の中の師匠── マルティン先生は魔導生命の
「到着いたしました。ではこちらに。くれぐれも、
おっと、多重併存思考の一つで回想をしているうちに、いよいよ到着だ。
お静かに、というか、余計なことは何もするな、ということだというのは勿論わかる。
この家宰殿も腕が立つようだし、マルティン先生が臥せって寝かされているだろう部屋には、護衛らしき者の気配も複数ある。
もともと何もするつもりもないし、何かしても普通の聴講生なら即座に鎮圧されるだろう。
私は家宰殿の後に続き、その夜をそのまま切り取ったかのような一室に足を踏み入れる。
部屋の中央の豪奢な寝台に、人型の何かが寝かされていた。
いったい何をすればこのようになるのか。
全身の骨という骨を砕かれ、肉という肉を丹念に潰され、内臓は破裂して圧壊したそのヒトガタ。
外皮は破綻しておらず、それがゆえに、そのヒトガタは、まるで放られた水袋のように、重力に潰されて寝台のシーツの上で平らになってしまっている。
……人の皮の中身が完全にペースト状になってしまっているのだろう。
全身を非常に強力な力で殴打し尽くされたのか、手先か足先を持って何度も何度も地面に叩きつけられたのか、あるいはその両方か。
恐るべき暴力によって成されたのだろう凄惨な仕打ちだ。
そして、さらになおも恐るべきは、この有様になっても “生きている” ことだろうか。
この推定マルティン先生らしき、平らになった人皮の水袋は、それでもまだ死んでいないらしかった。
なんと惨い……。吸血種でなければ、“全身を強く打って死亡” しているだろうに、死ねないというのもまた難儀なことだ。
「では」
「はい、分かりました。っん」
私は寝台から幾分か離れた地点にて立ち止まると、家宰殿から手渡された刃物にて自分の掌を切った。
身体恒常性維持術式による再生を限定閉止。
瞬く間に血が滲み、ひと掬いほども掌の上に溜まる。
「
「ええ。こちらに」
溜まったそれを、続けて家宰殿が差し出した病人用の吸い飲みへと注ぐ。
大した量ではないが、恐らくは十分だろう。
私は吸い飲みへと血を注ぎ終えると、閉止していた術式を再開させ、傷を癒し、血を <清拭> の術式で
「では私は失礼します」
「はい。しばらく外でお待ちいただければ」
そして即座に踵を返し、瀕死の主人の下へ血を運ぶ家宰殿の声を背後に、部屋を出る。
三重帝国において、吸血種が血を飲むところは、隠すのがマナーとされて久しい。
半ば医療行為とはいえ、外に出ておくのが礼儀だろう。
扉を閉めた直後、私の知覚が微かに、マルティン先生の身体が回復する気配を捉えた。
どうやらつつがなく私の血は効力を発揮したようだ。
流石に身体が修復されても、負ったダメージが甚大で本調子ではなく、しかも昼間だったこともあり、マルティン先生との面会は叶わなかった。
私は “過日の魔導談議の際の忘れ物” として……まあ実態は治療のための血の提供の謝礼として、相応の品と今後の便宜を約定してもらい、エールストライヒ公爵邸を辞した。
うむ。
良いことをしたので私は非常に気分がよろしい。
「さてスティー、それではことの顛末をミュンヒハウゼン男爵家の本邸の方にも伝えに行くとしようか」
「うむ、承知したぞ、
私の後ろを、大きく広がったスカートの
格式的には馬車ででも訪れるべき場所だが、まあ、こちらは聴講生だし、歩きで問題ない。
流石に従者くらいは付けた方が良いが。
「返礼として約してもらった “便宜” の中には、スティーの相手が出来るような戦士の紹介も含まれているし、君も期待しとくといい」
「そうだな、楽しみにしている。あとは主は、遠方の珍味やこの辺りでは見ない野菜なども頼んでいたか。礼金よりも伝手や情報といった便宜の方が良いという判断だな?」
「そういうことだね。正直なところ、金には困っていないし」
金はともかく、組織力や人脈といった、権力に付随するものは、まだ私には遠いものである。
頑張って “
そこに食い込む伝手を得られたのは、望外の幸運である。帝城での情報収集が役に立った。
貴族との伝手を深めるのは諸刃の剣だが、帝国の物流改善をお題目に全土に穴をあけて、その残土を “虚空の箱庭” にある己の拠点の拡大に利用したい私からすれば、どこかで帝国政府上層部に食い込まなければならなかったのだ。
それが、魔導師として尊敬できる相手で、かつ、内政に熱心ということで高名な “無血帝” ということであれば、これ以上ない相手だ。
ここで恩を売って、有用性をアピールしておけば、大抜擢もあり得る。大抜擢は専制君主国家の強みであるしな。
「まあ相応に後ろ暗い目的の
「それこそ望むところだな。このラーン部族、“津波の” セバスティアンヌの武を見せつける良い機会だ」
暗殺だのなんだのときな臭いことに巻き込まれる頻度も増えるだろうけれど、ま、それは巨蟹鬼のセバスティアンヌも居るし、まったく心配していない。
「あ、でも本邸の方はそうもいかないかもしれんね」
「それについて注意喚起するために、これから本邸に行くのだろう?」
「それはそうなんだけどね」
まあ、何とかなるでしょう。
私はあの幸の薄そうな戸籍上の父たるミュンヒハウゼン男爵の壮健なることを、
さて、余談であるが。
私ことマックス・フォン・ミュンヒハウゼンは、落日派における師匠たるノヴァ教授やバンドゥード卿の推薦、そしてマルティン先生の推薦もあって、聴講生から研究員に昇格するための試験を受けられる運びとなった。
これまでに仕上げた論文の質と数も十分だし、魔導の技量も十二分。
落日派ベヒトルスハイム閥の研究員であるパピヨン卿やヨセフカ女史にも昇格試験の傾向と対策を聞いていたこともあり、何の波乱もなくあっさりと、筆記・実技・論文・口頭諮問を潜り抜けて、教授会にも認められて、私は魔導院研究員昇格試験に合格した。
ちなみに審査用に提出した論文のテーマは『
ちなみに、昨年の夏に魔導院に迎え入れられてから一年足らずで聴講生身分を脱するのは相当に異例とはいえ、ない話ではない。
ま、これも魔法チート転生者の面目躍如といったところか。
私と同程度には論文を仕上げている
魔導航空艦に関する議論や、あの航空艦お披露目の夜の墜落阻止といった功績も加味されたのだろうか。
ともあれこれで、私も晴れて【
「おめでとうございます! おかあさま!」
「めでたいな、主よ!」
さあ先ずはささやかだが、この虚空の箱庭で、ターニャとスティーに囲まれての祝賀会を堪能するとしよう!
時系列的にはマルティン先生の皇帝就任より前なので、エーリヒ君13歳の晩春にあたります。マックス君はまあ、15歳そこらへんですかね。一応、成人はしてる程度、16歳になったかも? みたいな(肉体年齢可変な落日派なので年齢不定)。若干必修単位が足りなかったりしたのは、追加試験で乗り切ったっぽいです。
マルティン先生「魔導副伯に上げるためにも、マックス君にはせめて研究員には上がってもらってないとねえ」
というわけで、今後は原作小説5巻の時系列あたりに突入していきます。マックス君が魔導副伯に叙任されたり、そのせいで政治暗闘に巻き込まれたり、無茶振りされたり、NAISEIヒャッハーしたり、無茶振りされたり、無茶振りされたり、そんな感じになれば良いなあ、したいなあ……という気持ちです。
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ところで『ヘンダーソン氏の福音を』*1原作小説6巻、大変 良うございました……。道中表が相変わらず仕事をしたせいでろくでもない案件に巻き込まれるエーリヒ君が、大変愉快……失敬、お疲れ様って感じですので皆さん読みましょう! → 公式サイト:https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824002396&vid=&cat=BNK&swrd=