フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
◆東方交易路の諸国について(妄想設定)
きっと設定はあると推察されるものの原作WEB本編的にエーリヒ君が
東方征伐関連は、続刊の加筆で触れられる可能性もありますし(なので買い支えましょうー)、ケーニヒスシュトゥール荘の自警団長ランベルト氏だとか巨鬼ガルガンテュワ部族のローレン女史だとかの過去編スピンオフ的な感じで東方征伐戦記をお出しいただける可能性もある(この二人が実際従軍していたかは不明ですが……)のでそれを待つ手もあるのですが……ひゃあ! アイディアを思いついたからには書かずにはいられないぜ!(今回の話ではまだ東方に行かされる話は出てきませんが)
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◆前話
貴族街に自前のアトリエを開いたよ!
秋になり若干過ごしやすくなってきた今日この頃。
私ことマックス・フォン・ミュンヒハウゼンは充実した日々を送っていた。
まず、帝都北方の貴族街にオープンさせた、巨蟹鬼モチーフの看板を掲げたアトリエについて。
私のこのアトリエは、新奇で高機能な繊維と、これまでにない鮮やかな染料を売りにして、目論見通り上流階級を中心に流行の兆しを見せ始めている。値段設定諸々を高級志向にしたのも正解だった。
それにやはりライゼニッツ卿のサロン(生命礼賛主義者の集い。派閥を超えてメンバーを抱えている)でお披露目させていただいた影響が大きい。
……私と、妹たる
一方で同時進行形で、子爵級の官職である『魔導副伯』の叙爵の件についても準備が進んでいる。
もちろんその衣装には自分のアトリエで扱ってる鮮やか極まる染料を使うつもりだ。
そういう意味ではやはりアトリエのオープン時期が良かった。
自分用の衣装だけでなく、秋から冬にかけての社交シーズン前はもともと衣装作成の注文も多いから、その波に乗って私のアトリエも大繁盛。
特にうちでしか手に入らない鮮やかな新しい染料となれば、物見高い上位貴族はこぞって食指を伸ばすものだからね。
実際、侯爵家や伯爵家といったところのお抱えの仕立て工房からの問い合わせはひっきりなしだ。
まあ卸して欲しいなら “そっちの雇い主とのコネ寄越せ” と言って業者の方はまずは追い返してるが。
一見さんお断りなのだよ。
いやー、うちでしか扱ってないものだからと強気で出れるのは良いな。爽快だ。
お断りしたことで気分を害す使者も多少は居たが、巨蟹鬼のセバスティアンヌを護衛として隣に置いていれば、向こうも滅多な行動には出ないからね。少なくともその場では。
そうなると、高級繊維や新奇染料を手に入れるためには私とコネを結ぼうと、社交シーズンの本格化前から夜会にサロンにと招かれる機会が増えるわけだ。
ああ忙しい。
忙しいが、まあ、許容範囲内だろう。
ついでに密偵に狙われることも増えたが── 企業秘密狙いの産業スパイから、商売敵の暗殺に、無下に断られて面子を潰されたと思った貴族による報復まで色々── 逆に私としては『人的資源の提供ありがとう!』という感謝の言葉を投げたいほどだ。
“死して屍拾うものなし” な暗部の人間たちなら、魔導院に正式に献体授受の届出をせずともその肉体を頂戴(ある意味横領)できるし、それによってお咎めが発生する恐れも低い。
しかも密偵や暗殺者であれば、素体としても一般人より優秀だから、なおのことウマ味がある。
そこらのチンピラや僻地の群盗山賊などとは及びもつかないほど上等に練磨された者たちを暗闘で磨り潰し続けているという、ある意味で贅沢極まる帝都の貴族社会には辟易するが、まあこちらは得をしているから良いことにする。
密偵どもの脳味噌を覗いて手に入れた諸々の弱みの情報も手元の閻魔帳にストックして増え続けているし、ボーナスステージであることだな。
それはそれとして、我がアトリエの顧客リストに載るためのステップとして正規に招かれた夜会では、アトリエの宣伝だけでなく、前々から行っていた砂糖小麦や超極早生小麦の普及のための根回しなども着々と進めている。
落日派諸賢の出資により回し始めた種苗ビジネスを拡大するための布石だ。
もちろん、自分のアトリエで取り扱う染料や繊維といった品々のアピールも欠かさないのは前提だが。
着飾って私自身が広告塔になるのはもちろんだが、様々に染めた布の端切れを綴じたカタログを持参して、その場で参加者たちの間で回し見てもらったりというのも好評だったな。
そういうわけで経営的な黒字ももちろんだが、そもそもの目的として定めていた上位貴族とのコネクションの確立も果たしつつあり、アトリエ開店は大成功と言えるだろう。
他にもエーリヒ君の14歳の誕生日を祝ってやったりもしたかな。
と言っても、あっちも俄かに忙しくなりそうらしいので、自動回復特性付き煮革鎧のダウングレード版で、似たような特性を付与した普段使いできる革ベルトを贈ってあげたよ。
傷を癒すまではいかないけど、体力や魔力の弱回復、疲労軽減の作用を付与したものだ。恒常性維持術式も組み込んでいるし、
制作テーマは『二十四時間働けますか』だ。
ふっ、それを告げた時のエーリヒ君の顔は見ものだったね!
君が忌避しようとも役に立つ日がきっと来るだろうから、ぜひその時はプレゼントしたそれを使ってブラック労働に勤しみたまえよ。
きっと私に感謝する日が来るだろうとも。
他には、研究室を活動用に開放している『ライン三重帝国物流ネットワーク研究会』で東方交易路のあたりを中心に航空地図の作成を進めたりもしている。
どうやら、公爵家のうっかりメイドなイミツァ嬢曰く、
検地というほどではないが、現地の詳細な地図はあって困らない。
手順としては、航空特化型かつステルス性能を高めた巨蟹鬼幼生体(
このカニUFO編隊から送られてくる情報を私が光学術式で映写し、それを同期のアヌーク・フォン・クライストが写真術式で大きな紙に焼き付ける。
出来上がった写真から、造成魔導士志望で
膨大な作業だが、必要なことだし、従来の地図作りよりは効率も段違いであってその手法の検討自体が論文のネタにもなるということもあり、物流ネットワーク研究会の目下のテーマである。
上手くまとめられれば、きっとアヌーク君の研究員への昇格も近づくのではなかろうか。研究会の成果もあり、アヌーク君は最近、中天派でも期待のホープとして注目されているとか聞くし。
ミカ君? ……ああ、ミカ君は彼の師匠から、もっと基礎をみっちりやらないと昇格推薦は出せないと言われているそうだ。要は下積み。まあそれだけ期待されているってことだろうね。ほら、可愛い子には旅をさせよ、的な。
まあそんな感じで私ことマックス・フォン・ミュンヒハウゼンは、なかなかに充実した日々を送っていたのだった。
「それでノヴァ教授。何やらご要件があるとか」
私は自分の研究室で、恩師であるノヴァ教授にプリンと黒茶を振る舞いながら、そう尋ねた。
「ええ。まあそうなのですが……折角ですし、まずはお茶をしてからにしましょうか」
「そうおっしゃるのでしたら」
「少々込み入った話になりますからね」
応接セットで優雅にプリンを食べるノヴァ教授。
教授は一通り食べ終わると、黒茶を入れたカップに口を付けて飲み干した。
マイペース、というよりは努めて冷静になろうとしているような空気だ。
さて、何があったのだろうか。
……確か今日は、教授昇格者を決める教授会があったはずだが、そこで何かあったのだろうか。
「非常に美味なプリンでした。あなたのところの職人は、また腕を上げましたね」
「恐縮です」
虚空の箱庭では、職人ホムンクルスが腕を磨いているし、卵を産む鶏や乳を取る乳牛の改良も進めている。
養鶏場や牧場といった量産のための設備もかなり整ってきた。
虚空の箱庭のホムンクルスたちの数も相当に増えてきて、彼らの食事や嗜好品の生産のために必要だということもある。
虚空の箱庭は、既に一つの都市経済圏を築き始めているのだ。
ホムンクルスたちによる小規模な魔導研究都市。
製造年月が古いやつは自我が相応に発達してきていることもあり、嗜好品や娯楽を与えてやった方が効率的に、かつ自発的に働いてくれることが分かってきた。
……一瞬、リセットした方が良いかも、と思わなくもなかったが、経験の蓄積というのは馬鹿にできない。
私の精神をベースに転写しているホムンクルスたちが大半だが、エミュレータで熟成された知識のインストールに、虚空の箱庭での職務経験や、そもそもの素体の違いによって個性がある程度は生まれるようだった。
それに根本原理に私を指揮命令者として従うように刻んであるので、まあそこまで酷いことにはならないだろう。
世界エミュレータによる各種職業の経験値蓄積とそのフィードバック、そして新技術開発。
虚空の箱庭は日進月歩なのだ。
「それはともかく、ノヴァ教授。そろそろ本題が気になってまいりました。
この度は、
「プリンも重要なんですがね……。まあ良いでしょう」
ノヴァ教授は真剣な表情に切り替えると、手持ちの革鞄から一編の論文を取り出した。
「マックス君、こちらを」
「……これは……? “非幾何学平面上における効率的魔力伝達” ……?」
西暦世界で言うところのユークリッド幾何学的ではない幾何学、ということかな。
えーと、確か西暦世界でも、非ユークリッド幾何学(曲面上における幾何学)が提唱され確立されるまでは、ユークリッド幾何学(平面上における幾何学)こそが唯一の幾何学だったというから、この “非幾何学平面上における効率的魔力伝達” なる論文の著者の発想は、かなりぶっ飛んでると言わざるを得ない。
えーと、著者は──── “アグリッピナ・デュ・スタール” ……??
あっ(察し)。
「この論文は払暁派の “研究員” 、いえ、この度、教授会の満場一致で “教授” への昇格が認められたアグリッピナ・デュ・スタール卿により記されたものです」
「はあ。非常に興味深いタイトルではありますが、これが何か問題なのでしょうか」
私の疑問に、ノヴァ教授は重々しく頷いて答えた。
「端的に言うと、このタイトルは偽装です。この論文の真骨頂は、魔力を負の時間軸に載せる、時間遡行魔法の基礎理論についてなのです」
「時間遡行魔法?」
なるほど。
タイムマシン的な。
確か時間遡行魔法は、これまで魔導院の論壇では不可能だと見られていたのだったか。
「今までも数多の俊英がこのテーマに挑み、そしてその才能を蕩尽させて散ってきたテーマです。しかし」
「……この論文は、これまでのものとは一線を画す、と」
「そうなります。悔しいことに、私ですら完全に理解したとはとても……」
これまで時間遡行魔法に最も近いと見られていたのは、未来視を専攻とする
確実な未来視の行きつく先は、未来情報の過去への送信と、過去における受信に他ならず、それはつまり、情報要素の過去転送であるからだ。
我が師たるノヴァ教授の来歴は私も詳しく知らないが、運命因果について造詣が深く、確率改変による絶対防御を確立していることは知っている。
今でこそ生体改造を主軸に置く落日派ベヒトルスハイム閥に所属しているが、恐らくはかつては東雲派であったのではないだろうか。
つまり専攻としては、ノヴァ教授も時間遡行魔法について相当に深く検討したことがあったはずだ。
「先の教授会では、私含め歴戦の教授たちがスタール卿の語りに圧倒されてしまいました。賞賛すべきことに……そして、圧倒されてしまった己を恥ずべきことに」
そのノヴァ教授ら魔導院の教授位を戴く極まった天才たちをして『難解だ!』と言わしめた論文。
いま手元にあるこれがそうなのだという。
よくよく見ればこの論文は、意地の悪いことにまるで騙し絵のように、元の論文に幾つかの口頭補足で補助線を入れれば全く違う理論が浮かび上がるように構成が練られているようだ。
ノヴァ教授が紙上に入れたメモがあるのとないのとでは、まったく印象が異なってくるように仕組まれている。
この論文を書いた者は、相当に性格が悪いに違いない。
……未だかつて魔導院の教授で善良な性格の持ち主が居たためしがあったかと言われれば、おそらく口を噤まざるを得ないが。
なにせ、教授位への昇格に当たっては、人格的側面は考慮されないがゆえに。そして天才的な魔導師というのは、どこか頭のネジが吹っ飛んでいるものと相場が決まっていた。
ひたすらな能力成果主義。帝国の国風の粋を煮詰めたのが魔導院の教授たちであった。
まあそれはそれとして。
私個人としては、時間遡行魔法については、その存在自体は予期していた。
といってもそれは、魔導師としての直感ではなく、“もったいないおばけ” に仕える神官としての直感であったが。
まあ敬虔な神官であれば、どの神を奉じる神官でも同じ直感を持つであろうが。
だって、神というのがまさか、
故に、神の位階においては、時の流れの方向が絶対であるなどとは、神官たちは考えていない。
そしておそらく、その直感は正しい。
つまり時間遡行現象は、存在する。
現象として存在するのであれば──── それは、魔導によって実現可能なのだ。
魔導とは、神の権能を簒奪する人類の試み。
であるがゆえに、あらゆる現象は、究極的には魔導によって再現可能である(原理的には。難易度は知らん)。
であるがゆえに、私は、神官としての直感と、魔導師としての理性を以て、時間遡行魔法が存在すると断ずることができるのだ。
…………あとまあ多分、私の持つ魔法チートの権能自体が、時間軸を無視して未来過去現在のあらゆる情報を参照して術式を吐き出してるっぽいし。
だからまあ、今時点でも私は時間遡行魔法自体は、魔法チートの権能任せで使うことはできると思うよ、うん……使うだけなら……。
理解できるかは別だけど。
「マックス君、この時間遡行魔法の基礎理論に関する論文は、この論文だけでは “極めて実現性が高いものの理論的には不確か”、というレベルに抑えられています」
「……そのよう、ですね。流石に流し読みできるレベルではないですが」
意地の悪いことに、この論文だけでは、実践に足りるだけの理解度には到達できないだろう。
いままで存在確率ゼロパーセントだったものが、そうではなかった、と論じているに過ぎないのだから。
実際の公理公準定理にまでは、踏み込んでいない。
著者の性格が出ている、というと、穿った評価に過ぎるだろうか。
「
なるほど、道理だ。
「落日派としても、早急にこの理論をモノにする必要があります。恩のある次期皇帝マルティンⅠ世も、魔導院が荒れるのは望みませんし、この技術は早急に陳腐化し、普及させなければなりません」
「……確かに、このままでは払暁派が力を持ちすぎるのは明白……」
「研究成果の奪取のために非合法な手段に訴える輩も、必ず出るでしょう。そうなれば、かつての学閥紛争の再来です。帝都が吹き飛びかねません」
「……というか、時間遡行理論の何かしらの実験に失敗しても、帝都が吹き飛びかねないのは変わりない気が……」
「だからこそ、です」
ノヴァ教授が力説する。
「
そして、我らが領袖たるベヒトルスハイム卿が白羽の矢を立てたのが──── 君ですよ、マックス君」
「…………」
「もちろん私をはじめとする教授陣も、全力で取り組みます。ですが一方で、君の奮闘にも大いに期待します。君のその
──── 引き受けてくれますね?
そう問うた恩師の言葉に、弟子としても、魔導師としても、なにより魔法チート転生者の矜持として、私は “是” の言葉しか持たない。
……まあ見返りに、下水掃除の『地下の主宰』の術式や運用についてのデータを貰うくらいはしたいが。マルティン先生も噛んでるならそっち方面の報酬もいけるだろう。
まあ、時間遡行魔法の研究は私にとっても有用で実利があるし、報酬として何か見返りも望めるのであれば言うことなしだ。
「お任せください、ノヴァ教授。きっと成果を出して見せますよ」
マックス君「できらぁっ!!」(虚空の箱庭のエミュレータ内で時間加速して研究)
おそらくアグリッピナ氏の発表による衝撃は、量子力学であったり相対性理論であったりが論壇に登場した時のソレに匹敵するのだと思います。そしてのその理解のための難易度も。
なおマックス君が時間遡行理論の解説書なりを作ったとして、結局、魔導宮中伯アグリッピナ氏と、魔導副伯マックス君のラインが、時間遡行魔法研究のトップランナーなのは変わりないため、帝国政府の権威権勢が強まるのは確定の模様。
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原作WEB版も新章突入! 在俗僧になったセス嬢がマルスハイムにエントリーだ!
漫画版2話もマルギットが妖艶で……いいぞもっとやれ。エーリヒ君がこの後帝都に行っても身持ちが固いのは、これ絶対に故郷にいる間にマルギットに調教完了されたからでしょ……。
落日派のキャラを動かしている身としては、マルスハイム辺境編の後始末のやり取りが非常に興味深かったです → https://ncode.syosetu.com/n4811fg/245/ 。これを鑑みると、マックス君が札付きを魔導院通さずに検体としてホムンクルスやらスワンプマンやらに転生させているのは、割とギリギリアウトを攻めてるっぽいですねえ(それはそう。知ってた)。まあ本来であれば、『盗賊捕縛 → 行政府に引き渡し → 魔導院に検体として配付・登録 → 審査された研究計画に沿って各研究員に配布 → 実験・施術 → 後始末の確認・報告』という流れなのを、『盗賊/暗殺者捕縛 → 実験・施術』とショートカットしてるので、人的資源の横領というか、ヤミ検体というかそんな感じなのですが、そりゃアウトよ。でもまあ、バレなきゃいいのだ(とか言ってると、これ関係の弱みを握られて別途シナリオが発生するやつですが)。後腐れない人的資源として、魔物としてのゴブリンが無限湧きする人工
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次回はマックス君がいよいよ魔導副伯(子爵級)に叙爵されて、さっそく東に飛ばされる話になるかと思います。
んん?? 魔導宮中伯の補佐はどうした??
アグリッピナ氏「だってわざわざ人手不足で弱みを
エーリヒ君「いや私の被る過重労働を考えていただけませんかねえ!?」