フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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◆前話
密偵に襲われるようになってはじめて一端の貴族という風潮、ありますねえ!
そして魔導院の派閥バランスのために『時間の秘密』についての研究を依頼されたマックス君だが……。
 


再東行 編
23/n 沙漠(まで/から)愛をこめて-1(時間の秘密に触れる者には猟犬の牙を)


 

 時間遡行魔法理論の研究をして解説書作ってたら、時間の(かど)から現れた捕食生物(わんちゃん)に襲われたんですけど!!??*1

 

 まあ何とか封印しましたけどね!!

 この私、マックス・フォン・ミュンヒハウゼンが!!

 

 

 真球結界封印術式(かどを まるめよ)

 

 

 いやマジで完全に死ぬか(消滅するか)と思った。

 かつての西暦世界の記憶を持った “異世界人の魂” の助言に半信半疑、イチかバチか賭けてみたが、それが当たって良かったよ。

 マジでマジで本当に。

 

 積層障壁がふっつーに無造作に砕けていったからね。

 ヤツの生態に角度が関わっているという助言に従ってなかったらどうなっていたことか。

 本当に肝を冷やした。……確認したら残機減ってたし。

 

「死闘だった……っていうか久しぶりに死んだ……。だけどこれどうしたもんかね」

 

 私は過日に襲ってきた “角度の猟犬”── 私の中の異世界人の魂曰くの “ティンダロスの猟犬”── を封じた、指先ほどの大きさをした真球の封印魔導具を机で転がしながら悩んだ。

 その内部では、薄柳色が渦巻き流動して、妖しい光を放っていた。

 封印されてもその不定形の飢えて穢れた猟犬は生きているのだ。

 

 ……しかしこの薄柳色のような流動色、どこかで似た色味を見た覚えがあるような。

 

「ま、時間遡行魔法理論の解説書自体の出来に不満はない」

 

 虚空の箱庭の世界エミュレータに精神を突っ込んで時間加速して研究してフィードバックしたから、私自身も時間遡行魔法理論の理解はそれなりに深められたものと自負している。

 

 時間遡行魔法理論、チョットワカル。

 

 そんな感じだ。

 時間の秘密は深淵すぎて沼すぎて、極めたなどとは決して言えないが。

 それでもある程度の理解を深められたのは、この魔法チートを授けられた肉体には独力で <空間遷移> に辿り着けるくらいに時空属性への素養があったから、というのもあるかもしれない。

 

 ちなみにだが早速幾つかの利用方法を考案したので、我が身に組み込んでいる。

 具体的には、内蔵魔導炉の全開出力を未来から過去に送信することで、瞬間出力を高める術式とかね。

 例えば、5秒間に渡って放出されるはずの出力を、最初の0.1秒に向かって時間を遡って送信すれば、炉の出力は変わらなくても50倍の瞬間出力が得られるわけだ。出力の前借りだな。

 代償として、本来出力を持続させるはずの5秒間は、その出力が過去に送られる関係から使用不能になるわけだが、クールダウンと考えれば特に問題はない。

 

 

 まあそうやって応用実践も交えつつ深めた自分の理解をかみ砕き、初心者向けの表現を心掛けたこの解説書は、大部にはなったが自信をもって提供できる力作だ。

 一定程度の魔導の力量がある魔導師がそれを読めば、理論への初級理解程度なら問題なく得られるだろう。

 

「むしろこの場合は、出来が良すぎるのが問題か」

 

 魔導師の論文というのは、余人には分からないように暗号や比喩で真意を隠して書くものだ。

 その点、私のこの解説書は、そのような高位魔導の秘匿という風潮に真っ向からケンカを売っている。

 魔導の秘匿を旨とする黎明派激怒不可避な代物だ。……自信作なんだがねえ。

 

 で、その読めばわかる……という内容が、時間の秘密に触れているものだからさあ大変。

 この解説書を読み進める者は “角度の猟犬” の嗅覚にも引っかかってしまうという訳だ。

 

 うーむ、何という厄い魔導書……。

 これは禁書庫逝きですね……。間違いない。

 

「一応フェイルセーフとして、魔導書を開いたときに自動で真球結界を展開して、猟犬の嗅覚に引っ掛かりづらくする機構を付けておくか」

 

 これならある程度は安全になるだろう。

 私は魔導書の本扉(最初のページ)に結界発生術式を刻み、そしてまた警句を記した。

 “時間の秘密を探る者よ、とがった時間から現れる猟犬に備えよ”、と。

 

 

 あとはこれをクライアントに提出して終わりだー!

 

 

 

§

 

 

 

 その後、私がノヴァ教授経由で落日派に提出したこの『時間の秘密についての入門解説書』は極めて秘匿度が高い禁書に指定された。

 禁書庫に収められるまでに目を通したのは、私の師匠のノヴァ教授と、落日派ベヒトルスハイム閥で学閥の長を務めるベヒトルスハイム卿、そして、献上を受けた無血帝にして魔導師たるマルティン先生と、魔導に関しては皇帝の名代としての権限を与えられている魔導宮中伯アグリッピナ氏くらいのものだという。

 ……あれ、払暁派のトップのライゼニッツ卿が含まれてないな? と思ったが、まあ落日派たる私の発祥のブツだからわざわざ派閥が違うところまで提供したりはしないか。帝国政府の権限として皇帝陛下と魔導宮中伯を通過するのは致し方ないとして。

 

 一応これで、魔導院のパワーバランスが偏ることは防げたのではないだろうか。

 払暁派の一強から、払暁派と落日派の二頭制になっただけな気もするが、それだけでもだいぶ違うだろう。

 それにそのバランスをどうにかするのは、魔導宮中伯の職責でもある。

 

 

 

 なお先に挙げた方たちの肩書からお気づきかもしれないが、既に新帝の戴冠と、それに伴う叙爵・陞爵・任命などなどは済んでいる。

 

 今の帝都は初冬。

 社交の季節の到来だ。

 

 新皇帝として自身としては4期目の帝位に座るは、無血帝と呼ばれるマルティンⅠ世。

 内政に長けるエールストライヒの血脈として、竜騎帝アウグストⅣ世の治世で再打貫された東方交易路関係の整理と、国内の開発に期待が寄せられている。

 自身も魔導師であり、魔導技術の発展……特に魔導航空艦関連については目玉政策になるだろうとも目されている。

 

 そして魔導院を始めとする魔導技術関係において、神聖なる皇帝陛下の名代として動き、またその専門知識にて皇帝陛下を輔弼(ほひつ)するために新たに設けられたのが、魔導宮中伯だ。

 魔導宮中伯就任と同時に要衝ケルニアを抱えるウビオルム伯爵にも封じられたのは、外国子女なれど皇帝に見出された美貌の長命種──── アグリッピナ・デュ・スタール・フォン・ウビオルム伯爵。

 新進気鋭の魔導院教授であり、今冬の帝都の社交界で知らぬ者の居ない注目株だ。

 

 んでもって、その魔導宮中伯たるウビオルム伯(アグリッピナ氏)を補佐するために魔導副伯として任命されたのが、何を隠そうこの私、マックス・フォン・ミュンヒハウゼンであーる。

 封土は貰えてないし、魔導院教授に与えられる名誉称号としての爵位を貰ったわけでもないので、特に姓名は変わっていない。

 公爵家(どっか)うっかりメイド(イミツァ嬢)曰く、そのうち東方交易路のあたりの沙漠の開拓をやらされるらしいので、それが上手くいけばその功績を以て、肩書というか名前も長く伸びることもあるかもしれない。あるいは教授として認められるとかして、ね。

 

 

 で、そうだった、時間の秘密を解説した魔導書の話だった。

 

 めでたく禁書に指定されたので、別件── 約定通りに帝都下水道を這いずる『地下の主宰(きょだいスライム)』の術式や運用理論についての閲覧請求が通ったのだ── で魔導院の禁書庫に潜ったときに、ついでにその解説書を見たのだが。

 

 そこで私は異常に気付いた。

 

「妙だな……これって魔導書に、提出したアレのサンプルが組み込まれてね??」

 

 術式を見ることのできる “眼” で禁書庫に収められた時間の秘密の解説書を見れば、どうにも覚えのある気配が織り込まれ、編み込まれているのが感じられた。

 具体的には、私が死闘を演じて真球に封じた “角度の猟犬(わんちゃん)” の気配がする。

 同種、というよりも、同一個体だと思われるので、きっと警句の信用度を上げるためにサンプルとして提供した封印球が何らかの形で使われているのだろう。

 

 まあそれは良い。

 いや良くはないが、提出したサンプルがどう使われようと、私としては文句をつける筋合いでもないし。

 むしろアレを真球でもない形態で封じ込められていることの方が驚嘆に値する。

 

 それより問題は、猟犬のサンプルが組み込まれたことにより、この魔導書が度し難いレベルでデストラップと化していることだ。

 これ、開くだけで確定で猟犬が現れるようになってるぞ?

 

 具体的には、私が施した防御目的の真球結界魔法と合わさって、真球状に閉じられた結界の中で、猟犬相手に戦闘を強いられることになるはずだ。

 ふっつーに死ぬわ。

 誰だよこんな悍ましいこと考えたやつ!

 

「まあ、あの人やろうなあ……」

 

 遺憾なことに私の上司でもあるあのお方だ。

 そう、アグリッピナ・フォン・ウビオルム伯の手によるものだろう。

 

 時間遡行魔法理論の端緒を考えればそれも自然か。

 

 解説書を作った私ですら角度の猟犬に襲われたのだ。

 その私よりも格段に深い理解を持っているだろうアグリッピナ氏が、猟犬に遭ったことがないわけがない。

 そして、その対策を練っていないわけもない。

 

 今にして思えば、サンプルとして提出した封印球のあの色。

 渦巻き流動する薄柳色は。

 

 彼女の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)、その左目の色彩ではないか。

 

「はは、飼っているのか? あれを? いくら真球だからって……自分の()()に入れて?」

 

 それに気づいた私の感想は、“うわぁ……” である。*2

 私もあんまり自分のことを正気とは思ってないけど、それでも言わせてもらおう。……正気か??

 魔導師が正気なわけあるか、って? それはそう。ごもっとも。

 

 まあ解説書なんかをこさえられたことに対して、アグリッピナ氏も思うところがあったのだろう。

 それがこの解説書に追加された悪辣極まる防御機構の所以か。

 角度の猟犬を退けられる実力の無いものに時間の秘密を学ぶ資格なしと言わんばかりだし、実際に時間遡行魔導を扱う領域に “入門する” には、その程度の力は必要だろうというのは間違いないから何とも文句もつけづらい……。

 

「うむ。私は何も見なかった。さっさと目的のものだけ見て戻ろう」

 

 禁書庫にはこういうの多いよなあ。

 開けるとアウトな即死トラップ。

 

 でもまあ、魔導の道は自己責任だし。

 それで死ぬならそいつはその程度の実力だった、というだけだ。

 

 

§

 

 

 後日。

 

 私はウビオルム伯の遣いとしてやって来たエーリヒ君を出迎えていた。

 

 きっと何かのお招きの先触れだろう。あるいは無茶振りの。

 だが、いつもは蝶の形に変化させられた書状が <空間遷移> で飛んできて指示が来るところを、従僕を寄こすとは……。

 嫌な予感しかしないね。

 

「やっほー、ジャパニーズビジネスマン。元気にやってるかい?」

「ミュンヒハウゼン副伯におかれましてはご機嫌麗しく……」

 

 開幕いっぱつ炸裂した私の煽りに、エーリヒ君の蟀谷(こめかみ)がひくついた。

 私のプレゼントのお陰もあってか超激務なウビオルム伯の祐筆から護衛から従卒から何事も全てこなしている超々激務なエーリヒ君だが、逆に私のプレゼントのせいもあって倒れることも許されずに仕事漬けなのだ。

 でも私にはそんなの関係ないね。きっと私のプレゼントが無いなら無いなりに、限界一杯まで仕事を積まれるのは変わりないだろうから誤差だよ誤差。

 

「この間プレゼントした自動回復の魔導ベルトが役に立っているようで何よりだ。それでも疲れているようだから回復の奇跡をプレゼントしてあげよう。なぁに、同じ上司に仕える幕僚同士、遠慮することはないさ。ほら、そーれ!」

 

 エーリヒ君に口を挟ませないようにまくし立てて、私は “もったいないおばけ” に奇跡を請願した。

 

 

 再生の奇跡(ななじゅうにじかんはたらけますか)

 

 

 どうだ、疲労がPONと飛んだだろう?

 脳内麻薬術式で誤魔化す奴じゃなくて、正真正銘神の奇跡で状態を癒しているから変な副作用は気にしなくていいぞ。

 お代も結構。

 

「だからお帰りはあちらです」と私はエーリヒ君に帰り道のドアを指し示した。

 

 だってアグリッピナ氏が人を使って正式に呼び出すとか、絶対ろくでもない案件だもん……。

 我は聞きとうない……。

 

 

 もちろんそんな私の態度はさっぱり無視して、慇懃(いんぎん)にエーリヒ君は告げた。

 

 ──── 「ウビオルム伯がお呼びです」と……。

 

 

*1
◆角度から現れる捕食生物:ティンダロスの猟犬。青い不浄の膿に塗れた、飢えて穢れた捕食生物。虹色の泡(ヨグ・ソトース)(=曲面)の時空を祖とする我々とは、全く異なる時空(=直線と角。鋭角)を祖とする捕食生物。それは実際のところ猟犬とは似ても似つかない姿をしているが、その捕食生物としての格を目の当たりにしたものは、その執念深い追跡の性質も相まってか “猟犬” と呼称した。120°以下の角から時空を超えて現れるため、逃れるには偏執的に角を丸めて回るしかない。なお今回現れたのは野良個体であって、某 外道長命種の差し金とかではない。

*2
◆アグリッピナ氏のわんちゃん:詳しくは原作小説5巻を読もう! なおマックス君の理解は、真相と少しズレてるのでご注意。アグリッピナ氏は封じるだけではなくて、わんちゃんの権能を借りたりしてるので、より高度なことをしています。また、猟犬の存在格も個体差があると思われるので、マックス君が相手をしたやつはアグリッピナ氏のわんちゃんより弱かったりするのかもしれませんし、そうでもなかったりするのかもしれません。




 
◆「時間の秘密についての入門解説書」(独自設定)
そのものズバリな名前で書かれた時間遡行魔法理論の入門用解説書。
非常に珍しいことに魔導師の論文にありがちな難解で不明瞭な表現を極力排した記述がされており、一定以上魔導に関する識見を持っていれば、時間遡行魔法理論の基礎が()()()()()()()
そのためか著者により時間の秘密に触れるに足るだけの能力を持つか(ふる)い分けのための術式が組み込まれている。その術式は、書を開いた者を結界に閉じ込めた後に凶悪な魔導生物が召喚されて逃げることも許されずに戦わされるという悪辣なもの。その猟犬は、払暁派、落日派に続いて時間の秘密に触れようとした者たちの多くを引き裂き、嚙み砕き、啜ってきた。
著者の何某(マックス君)「ちがっ……私はそんなつもりで結界術式を組んだわけじゃ……!? 最初は読者を守ろうと思って……!」

===

次回、マックス君に下される無慈悲な転勤命令。
魔導副伯としての航空艦絡みの適地探索の辞令、新進気鋭の若手貴族に帝国政府から斡旋される東方の部族との縁談、物流ネットワーク研究会の提唱した穿地巨蟲による幹線整備の実践、落日派種苗ビジネスのための農地獲得、虚空の箱庭の拡張のための残土転送……。
様々な思惑が絡み合い、マックス君は東の地へと旅立つ……。

みたいな感じの予定です。
 
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