フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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◆トンネルのメンテナンスについて
Q.マックス君が居なくなったらメンテとかどうなるので?
A.①そもそもマックス何某は死ぬ気がない。
 ②適当な非定命に仕込めばよかろ、と思っている。
 ③トンネル掘りのシュド=メル級は生物的に分枝で殖えるので掘削機は今後も確保可能。メンテナンスはトンネル管理庁なり物流ネットワーク研究会の組織を拡大してシュド=メル級の管理も含めて分業、マニュアル化予定。最終的には道路公団(NEXCO)レベルの巨大組織になる見込み。また、それに先駆けて帝国ではトンネル規格、鉄道規格、その他設備規格の規格化、標準化の委員会の立ち上げが進められている。

帝国政府「技術論文とか設計図とか早く出せ! 言い値で買うぞ!」
マックス何某「結婚関係で忙しいので待っておくれやす」

なおトンネル自体は現在ぐねぐねと4000キロメートルくらい延びてイランあたりの沙漠地帯に到達していますが、内装施工はそこまでは流石に間に合っていないようです。大部分はまだ打ちっぱなし状態。
民間への内装等の工事委託・関係する物資調達や、地上設備周りの冒険者による調査開拓などによる経済循環については、これまでは帝都の裏組織ヒュドラの構成員に成り代わったスワンプマンたちの表の顔を活用して多少お金を回していましたが、今後は帝国政府の差配により他の業者も参入すると見込まれるので、工事標準仕様の作成にアヌークくんらが駆り出されているところのようです。重機抜きでもそこそこやれるでしょうし、最悪、重機は「古代遺跡からサルベージしました!」とか言ってリースしても良いでしょう。
また、魔導院地下の工房群のように、これまでも度々、効率的な地下掘削技術(あるいは偏執的な変態による執念の賜物)はあったようですが、何らかの理由により失伝したものもある模様。マックス何某が成し遂げられたのはシュド=メル級の制作などの魔法チートのお陰でしかないのですなー。とはいえ一応、自分抜きで回せる仕組みになるよう帝国政府の優秀な官僚に投げてるのと、彼自身も協力を惜しまないつもりではいます。

===

◆前話
ようやく沙漠についたマックスくん一行は、婚約者だという伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の祖神に仕える白子(アルビノ)の巫女を魔法で探して訪ねることにした。
 


23/n 沙漠(まで/から)愛をこめて-7(伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の白き巫女 ルゥルア・ハッシャーシュ)

 

「……失礼。ルゥルア・ハッシャーシュ卿を探しているんだが、ひょっとして君が……?」

شما اهل کجا هستید؟(いま何処から現れました?) ごほん。貴方はもしや、帝国の……」

 

 私ことマックス・フォン・ミュンヒハウゼンが探占術式(ダウジング)で特定した座標に <空間遷移> したら、そこは白んだ荒野だった。

 風が吹くとともに土埃が舞い上がる。……赤茶色というより灰色で、そして乾いている。沙漠だ。

 地面が白いのも、雪ではない。恐らくは析出した塩分だろう。この土地は塩に侵されて死んでいるのだ。

 

 その塩の大地になんとかまばらに生える灌木の、その少ない葉を山羊が食べていた。

 一頭の山羊だ。群れではない。この辺りでは家畜こそを財産として考えるはずだから、山羊がたった一頭というのは……。

 そして灌木の葉を食む山羊のそばに、山羊飼いと思しき女性がいた。両手に水を湛えた桶を吊るしているが、水汲みの帰りだろうか。

 

 いや、そう判断するのも早計か。

 彼女は魔導が込められた大長弓と矢筒、そして戦利品たる鳥たち(※岩鷓鴣/イワシャコの仲間。キジ科)を縄で括ったものを肩の上から吊り下げていた─── それぞれを外套から先だけ突き出させた大きな蠍のような鋏の先に引っ掛けて。彼女の外套の肩甲骨あたりは覆いが開くようになっており、その覆いの下に空けられた穴から蠍鋏の触肢が出せるようになっているようだ。

 鋏の大分部を外套の中に格納してヒト種(メンシュ)で言うところの肩甲骨の後ろあたりを膨らませた彼女のシルエットは、まるで有翼人のようでありながら、しかし彼らのような軽さがなかった。

 腰の後ろも外套(※こちらも穴が空いているのを覆うように別の布で塞いであるデザインだ)が膨らんでいるが、それもきっと荷物ではないのだろう。

 見えている通り、また、釣書から得ていた情報通りなら彼女の肩と背の膨らみは、大蠍を背負ったような亜人、伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の特徴である大鋏と毒針の尾であろう。

 

 山羊、水桶、弓矢に獲物の鳥。

 普段行かないような遠くの山際にまで鳥を狩りに行き、ついでに山羊にも道中の方々で潅木の葉を食べさせて飼葉を節約し、さらに帰り道では飲み水に適した美味い水の汲める井戸で桶を満たした、みたいな感じだろうか。あくまで想像だが。

 一人でなんとか効率的に回ろうという苦心が見て取れる気がするな……。

 

 さておき、私が帝国宮廷語で誰何(すいか)したその伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の特徴を持った女性は、外套のフードの奥で僅かにだが驚いたような気配を滲ませた。だがその驚きも数瞬のこと。

 その後、私の誰何に返ってきたのは少し不慣れな帝国宮廷語だった。遠く離れたこの地で宮廷語を話す()()があり、実際に学べる伝手がある者というのは限られる。例えば帝国から婿を迎える予定の一族の族長とか、ね。つまり恐らく他ならぬ彼女こそが、私が捜していた女性(ひと)で間違いないだろう。

 気になるのは空間遷移した私が急に現れたのにそれほど動揺せずに返してきたところだが、肝が太いのかあるいは───。

 

「帝国からの知らせは受けておりました。

 それに我が神の啓示(むしのしらせ)により、近日中に来訪なさるということも、()()()おりました。

 まさか何も無いところから現れるとまでは思いませんでしたが……」

 

 彼女は両の手に持った水桶を置き、両肩の大鋏の先から提げた獲物(イワシャコ)得物(弓矢)を見苦しくないように背負い直すと、フードを降ろして深々と一礼した。美しい銀の髪がこぼれる。

 

「ようこそ、ミュンヒハウゼン卿。

 私の名前は、ルゥルア・ハッシャーシュ。この地に住まう伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の長であり、蠍の神に仕える巫女でもあります。

 何もないところではありますが、歓迎いたしますよ。なんとか無事に獲物も捕れましたし」

 

 真珠の名を持つ彼女の、その名に恥じぬ輝きを持つ甲殻と髪に、私の眼は惹き付けられた。

 彼女の目の下に色濃く残った隈や唇の罅割れは、族長の重責が彼女の身を苛んでいるのを隠しきれていない。しかし、それがルゥルア・ハッシャーシュ女史の魅力を損なうということもまた無かった。

 美しく整った顔の奥に秘められた、覚悟と矜持が、彼女の生命の力強さを支えているように私には感じられた。

 

 

 

§

 

 

 

 私、ルゥルア・ハッシャーシュは、帝国からの客人── こ、婚約者と呼ぶべきだろうか── を案内しながら住処へと歩く。

 トコトコと後ろを歩く山羊が逸れないように背中の中眼で見つつ、横の金髪碧眼のローブの少年を肩の側眼で見る。

 

 ……しかし彼、ミュンヒハウゼン卿は一人でここまでやって来たのだろうか。

 あんな小さな身体で、西の果ての帝国からこんな沙漠まで。

 いや、本人は荷物も持ってないしローブも全く汚れてないから、荷物持ちなり従者なりが居ないってことはないだろうけど。

 

「ミュンヒハウゼン卿は、従者の方はいらっしゃらないので?」

「ああ、後から参ります。巨鬼……戦鬼とも呼びますが、御存じですか?」

「ええ、先の戦争の際に見かけたことがあります」

 

 戦塵に佇む鬼は、こちらでも大いに畏れられている。

 

「私の従者というか護衛は、その巨鬼ベースのキマイラでしてね。いきなりお連れすると無用にご警戒させるかと」

「キマイラ……」

「ええまあ、落日派の魔導師(マギア)の嗜みです。後で()()()()ますからその時にご紹介します」

 

 呼び出す…………?

 

「そういえば先程は急に現れ……ましたよね?」

「ああ、驚かせてすみません。あれは空間遷移の術式ですよ。彼方から此方までひとっ飛びの魔導の技です」

「……帝国では、その技術は一般的なのですか?」

 

 だとすると先の戦争では元からこちらにはやはり勝ち目は無かったということになる。

 魔法のように帝国の兵站が途切れなかったのはひょっとしてその空間遷移の魔法が多用されていたからだったりするのだろうか。*1

 

「んー、一般的、ではないですね。私の周りでは使える者も多いですが、全体で見ればごく少数派です。こちらではどうです?」

「御伽噺の大魔法使いなら、といったところです」

「ああ、でしたらまあ、そういうご認識で構わないかと」

 

 …………。

 

「つまり貴方は、大魔法使い、ということですか?」

「教授級には手をかけているとは思いますよ。実績的にそろそろ戦闘魔導師の号も与えられそうですし。ああいや、あれは会戦で戦績を残さないといけないんだったかな……」

「戦闘魔導師……」

 

 それは帝国の誇る決戦兵器。

 軍勢を吹き飛ばす悪夢。

 …………私のような小部族のところに嫁いでくるような人材ではないのでは? 何かの間違いでは? 

 帝国が戦闘魔導師を手放すはずなどないだろうに。

 

「まあ、空間遷移が使えれば通勤は何処からでも楽々ですからねえ。距離などあってないようなもの。便利ですよ」

「それは、また……。世界が違いますね……」

「はは、少しばかりズル(チート)をしてるのですよ」

 

 髭も生えていない幼い顔で、ミュンヒハウゼン卿はカラカラと笑った。*2

 そして唐突に壁にぶつかったみたいに「アイタッ」と弾かれて止まった。

 何も無い荒野の道の真ん中で。

 えぇ……?

 

「だ、大丈夫ですか?!」

「ぐっ、これは結界ですか……? 聖別された領域に拒まれている??」

「あ、あのー。これは私が張った結界でして。集落を守るためのものです」

 

 脅威から一族の皆を守るために蠍の神に請願した結界だ。

 外敵── あの冥界からのおぞましき者ども── から遮断する結界が、ミュンヒハウゼン卿を弾いたのだろう。

 ……いや、普通は弾かれないと思うのだが……。いったいどうして。

 

「ふむ……。外敵から、ですか。いえまあ弾かれる心当たりは無くはないのでいいのですが。神々は魔導を嫌うものですし、常駐術式に反応したか何かでしょう」

「そう、なのでしょうか? あ、そうでした、すみません、直ぐに入れるようにします」

「いえいえ、それには及びませんよ。何とでもできますので」

 

 彼はそう言うと、見えない結界に手を着き、何やらやり始めた。

 神の奇跡に拠るものだから、婚約者殿ご自慢の魔導では何ともならないと思うのだが……。

 

「体内の “冬虫夏草の使徒” の菌糸の波長を合わせてやれば……お、行けますね」

 

 ぬるりと婚約者殿が結界の中へと入り込んだ。

 えぇ……??

 

「それ、正規の手段でしたか……?」

「まあまあまあまあ。お気になさらず!!」

「気にしますよ!?!?」

 

 外敵に同じことされたら大変なんですけど!

 

「その外敵については後で詳しく聞かせていただければ。今後は私と貴女は運命共同体、一蓮托生ですから、何なりと協力してやって行きましょう!」

「そ、それはそれでいいのですが。……というか一瞬、とても禍々しい感じがミュンヒハウゼン卿からしたのですが、本当に何をしたんです?」

「あー、まあここに来るまでに何処ぞの神の使徒を何体も討って喰らってますから、そのせいで呪われてるのかもしれませんね。普段は抑制術式と祭祀封印で抑えてるのですが」

「まって」

「私自身も貴方の神とも帝国の神群ともまた異なる神を崇めてますから、あるいはそのせいかもしれませんが」

「まってまってまって」

 

 衝撃情報が多すぎます……!!

 え、空間遷移が使える戦闘魔導師で、使徒を複数返り討ちにした実績があって、自身も何か語るも(はばか)られるような神に仕える身でもある……?!

 ひょっとしてこの方、とてもヤバいのでは。話した内容が妄想なら頭がヤバいし、事実なら頭と力量の両方がヤバい───!?*3

 

「あ、そうだ。気になってたんですが、その大弓!」

「は、はい!?」

「とても立派なものですが、やはり先祖伝来のものか何かで? 強い魔導と奇跡が込められているようですし」

 

 内心で婚約者殿に戦慄しつつも、彼が問うた大弓のことに意識が割かれる。

 鋏の触腕に持たせたこれは、確かにミュンヒハウゼン卿が看破した通り、先祖伝来で魔導と奇跡が込められたものだ。

 というか見ただけでわかるのか……。

 

「え、ええ、そうです。我らは狩りの一族でもあります。これは城塞に据え付けるバリスタを元に魔法や奇跡で強化・軽量化した強弓でして、はるか昔に当時の大王から下賜されたものだと伝わっています」

「それは凄まじい! ……ですがそれだけの強弓、どうやって使うのです? 貴女の美しい腕で引けるようには……」

「あはは、まさかこちらのヒト腕では引きませんよ! これはハサミ腕で支え、尾で引くものです」

 

 立っていても伏せていても使えるし、威力も申し分がない。

 暗殺においては忍び寄るだけが能ではない。

 影も姿も見えぬ遥か遠方からの狙撃もまた、我が一族の誇る技芸であった。

 

「背側で、ハサミで支え、尾で引く……ですか」

「尾には専用の弓掛を付けて、矢をスムーズに取り出して番えられるように練習するんです。かつては伏蠍人の部隊が実際にバリスタを背負って動き、騎馬軍団をその斉射で蹴散らしたこともあったとか」

「それはまた凄まじいですね」

 

 まあ、近づかれると機動力の差でやられるので、すぐに移動できるようにこちらも戦車(チャリオット)にギルタブルル部隊を載せるようにする必要があったと聞くが。

 

「この先祖伝来の大弓は、遠隔視した照準を視界に映したりする魔法がかけられていて、矢避けの加護などの守護系の奇跡を無効化する奇跡を矢に込めることも出来るようになっています。他にも軽量化や強化も色々。一族の誇りですよ」

「ほほう、それに狙われていたら、帝国ももっと苦戦していたでしょうね。貴女が味方で良かった」

「は、ははは。そうですね、ええ、光栄です……」

 

 いやそれはこちらのセリフだが。

 年齢的にこの婚約者殿が先の戦争に従軍していたとは思えないが、私程度のところに(とつ)がされる扱いということは、彼くらいの力量の魔導師は珍しくはないのだろう。*4

 やはり帝国側に極々初期に(くだ)った私の判断は、間違ってはいなかった。

 

「お、何やら建物が見えてきましたね」

「ええ、あそこが今の私たち一族が拠点としている村です」

「…………誰も居ない廃墟に見えますが。炊事の煙も上がっていない」

「皆 冬眠中なのですよ」

 

 メンテナンスの手が回らずに、日干し煉瓦に塗った泥も剥げて廃墟のようになった建物群。

 隙間風が入るそれらの中で、同胞たちは糧食の消費を抑えるために冬眠している。

 匪賊や外敵から守る結界を張るために、そして残った少ない家畜の世話のためなどに起きているのは私くらいのものだ。

 

「冬眠、ですか。春になったら目覚めるのですか?」

「……そのまま起きない者も、残念ながら」

「そうですか……。では後で物資を運び込むときに栄養点滴も出来るように準備を整えておきますね」

「………エイヨウテンテキ??」

 

 知らない宮廷語の語彙に首を傾げる。

 

「ええはい。眠っているそのままに、血管から直接栄養を流し込むのですよ」

「そのような事が……それも魔法ですか?」

「いえいえ、医療技術です。どうせなら一族の皆さんも欠けず元気に私たちの婚姻を祝ってほしいですからね」

 

 婚約者殿は医者でもあるのか。

 ……だんだん分かってきたが、この人なんでもアリだな。

 

「んー、あとで海水鉱山からの副産物の純水をこっちに恒常転移させて井戸にしてー、河にしてー。

 <手> の魔法で農地の土を丸ごと持ち上げて排水管を埋めてー、持ち上げた土壌を攪拌して石を砕いてー、元に戻して水平とって湛水してー排水してー塩抜きしてー、改良型のアイスプラントの種撒いてー、成長促進させて一面を緑にしてー、まあそれは用が済んだら後で収穫するとしてー。

 結納用の物資を近くの街で盛大に買い付けてー、これみよがしにこっちに運んでー、水と緑をその荷運び人に見せつけてー、財力を知らしめてー」

「……それは夢物語、ではないのですか?」

「まー、この程度は軽いですよ。というか一族に豊かさをもたらすことを条件にしたのは貴女でしょう?」

 

 “何を今更”、とでも言いたげに、婚約者殿はニンマリと笑った。

 

 もし。

 もしも彼が語る事が本当であるなら。

 本当にこの地に河ができて塩が洗われ緑が満ちるようになるなら。

 

 その夢のような光景を想像して、私の胸はドキドキと高鳴ったのだった。

 

*1
◆魔法のような兵站:東方征伐戦争時、後方でマルティン先生が頑張っていた。とても頑張って差配していた。もちろん空間遷移は使われていない。

*2
◆髭も生えていない:この沙漠地帯では、男は髭を生やして一人前。

*3
◆マックスくんはヤバいやつ:どちらにしても頭がやばい事には変わりない。

*4
◆マックスくんはありふれた力量の魔導師です?:そうかな……そうかも……。




 
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