フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
あるいは、こいつ働きすぎじゃね? って話です。
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◆前話
沙漠地帯における楽園のイメージとして参照した
あまりにも一気に情報の奔流を浴びせられたせいかフラフラと去っていく我が婚約者ルゥルア・ハッシャーシュ女史の肩口から覗く真珠光沢の背甲を見送り── 外套を纏わずに外に出ても寒くないように私が一帯の気温を操作していたのにも気付かないほど彼女は呆けていたようだ── 、「さて」と私ことマックス・フォン・ミュンヒハウゼンは集落外れの空き地に向き直る。
まあ彼女の消耗については無理もない。いくら彼女が東方征伐戦争当時に幼くして一族を割って率いて帝国に付く判断をした傑物── より精確に評するなら、それを判断出来るほどの情報を持ち、分析する能を持ち、決断する覚悟があり、子どもと若手の大半がその決断に殉じるほどのカリスマがあった、それほどの傑物ということになる── とはいえ、普通に辺地で暮らす一年間で得られるものに匹敵するほどの情報量をワッと与えられては、消化不良も起こすだろう。
明日以降はこれよりもっと大変な事態に
私の中の邪教信仰者の魂は「加減しては?」と言っているが、西暦世界の転生者の魂は「いけるやろ」と言っている。ちなみに魔導師の魂は「情報化社会基準で考えるのは酷だと思うが、婚姻を結ぶなら慣れてもらうほかないよね」と肩を竦めた風な感じだ。
まあ豊かな生活をもたらすのは確定事項なのでルゥルア女史には堪忍願おう。そのうち慣れるさ。
それはそれとして族長からのお許しも出たし、今晩の寝床をこさえるとしよう。
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いつぞやに巨蟹鬼
昨年よりスティーは成長して大きくなっている*1が、まあ問題なく中で寝られるだろう。
背がつっかえるようであれば、空間拡充の術式を使って内部空間を拡大すれば良いしね。
「ターニャ、スティー。じゃあ今日のところは休んでてくれ。一応こちらの小神殿を使っても良いし、虚空の箱庭に帰っても良い」
「分かりましたわ、おかあさま。スティーはどうしますの?」
「一応護衛だからな。今日はこちらに詰めさせてもらおう。……蠍の神による結界があるとはいえ、異国異教の地であれば油断は禁物であろうさ」
「スティーがそうするなら
どうやら生体金属を多く含む巨蟹鬼セバスティアンヌの傍は、電磁と光波を司る極光の半妖精ターニャにとっては居心地が良いらしく、二人の仲は良好だ。
こう、磁場的に安定するとか、発せられる生体電流の波紋が心地よいとかなんとか。
「食事についてはいつものように虚空の箱庭から取り寄せてくれ」
「はぁい、おかあさま」 「承知した、我が主」
そのように今夜の過ごし方について言葉を交わしつつ、私たちは小神殿の中へと入っていった。
「それでおかあさまはどうされますの?」
ターニャが
「
「あら、そうなんですの」
「まあこの縁談自体が一応は
「たぶん御下問なさりたいことは別のことだと思いますわ」
だろうねー。
まあ実際、トンネルの件とかトンネルの件とかトンネルの件についてだと思うよ。
途中の衛星諸国の目付もせずに山脈や内海の下をぶち抜いて遥々
ライン三重帝国としての国家戦略にもめっちゃ影響することだろうからねー。
というわけで無血帝マルティンⅠ世陛下先生とのホットラインであるよ。
こちとら眠りを克服した落日派魔導師で、向こうは夜の種族たる吸血種。
皆の寝静まる深夜こそが真骨頂。悪巧みは夜にやるものと相場も決まっているしね。
私は小神殿の一室で、帝都ベアーリンとの時差も考慮して、事前に空間遷移で送られてきていたトークン*3を触媒に解号術式を噛ませて(セキュリティ上、この使い捨ての物理的なトークン(帝城内の抗魔導結界通過の認証鍵なども付与されている)がないと繋がらないようになっているし、その上で
遠隔会議システム、ただし空間の
「ミュンヒハウゼン
「陛下におかれましてはご機嫌麗しく……」
「よい。ウビオルム魔導宮中伯が所領の視察のため不在とあっては、貴公の直属の上司は私でもあるのだから。いつもどおりマルティン先生とでも呼んでくれたまえよ」
「は。そうさせていただきます、マルティン先生」
帝城の執務室から空間を繋いで私と顔を合わせたのは、銀髪の紳士な吸血種統領にしてライン三重帝国の皇帝陛下であらせられるマルティンⅠ世陛下であった。
私は皇帝陛下直属の魔導宮中伯に付けられた魔導副伯であり、その地位も陛下から直接任命されているため、
「この度は良縁を結んで頂きまして誠にありがとうございました、先生。
ハッシャーシュの氏族とはきっと上手くやって行けるでしょうし、この地をきっと発展させてみせますとも。土地は広いですから、やりがいがあります。ほとんどが暮らす者も居ない荒野ですから、既得権に気を遣わずに済みますしね」
「であるか。……だからといってその婚約者の治める土地まで直通のトンネルを通すとはな」
「帝国への貢献にもなるかと思いまして」
「それはもう大きな貢献だとも。同時にあちこち大騒ぎだがな!」
でしょうねー、というのと、そう言われてもなあー、という感想が同時に胸の内に去来する。
「帝国政府にはトンネル造成の申請はしてましたし、社交界にも前々から噂を流しておきましたし、聖堂にも勢力拡大のための足掛かりとなる逸話を幾つも提供できたと思いますが。
そもそも当初の辞令通り、新型魔導炉実験のための研究拠点作成に付随する補給路作成の一環ですから、魔導副伯の権限から逸脱したつもりはありませんし」
あくまで私的に、他国の主権をギリギリ侵害しない範囲で通したつもりだ。
だって、地下空間の利用に関する国際法なんてないもんな! 地上設備は微妙だが、それも空気浄化循環、気温維持、虚空排水の魔導具やなんかの活用で設置数は極力減らしたし。
だいたい帝国から開拓して伸ばしたんだからそのトンネルはぜんぶ帝国の土地だよ(強弁)。
「手続きに瑕疵は無いし、ギリギリのところで権限的にも合法と抗弁できるだろうな。ギリギリだが。それにこちらに報告してもらっているトンネルの地上設備や海上設備は、各国の領土未確定地域にあるか、他国領土内にあっても高度に偽装隠蔽されているから、そのまま帝国に編入したり当該国における拠点に流用することもできる。
大陸トンネルの利は非常に大きいが、一方で調整の手間も大きい。方々のお歴々から意見をいただく我の身にもなれ。愚痴くらい許したまえよ、貴公。
特に外務の方面は頭を抱えているぞ」
でしょうねー。
でもそんなに気にすることはないと思うなあ。
だって国際政治社会は常に、力無きものが泣きを見る “万人の万人に対する闘争” の状態にあるのだから。
「はあ、必要とあれば何か文句を言ってきた国の王城の真下までトンネルを掘って差し上げることもできますが。そうすればどこの国でも黙るのでは?」
通商利益的な意味でも、坑道戦術で王城を多義的に落とせる的な意味でも。
「軍部の方からも
……軍縮計画を進めようとしていたところだったのが、貴公のせいで、また奴ら盛り上がっておるのだぞ」
一季節でこれほど遠くまでトンネルを掘れるのであれば、まあ軍人さんたちが盛り上がるのも分からなくはない。
列車の構想まで持ってるかは知らないけど、数千人単位で連続的に輸送展開できれば、まあ、負けることは考えられないだろうし。
「ですが軍縮路線は変わらないのでしょう? 先生の
それに軍人様方がそれだけ元気なようでしたら、トンネルの内装工事にでも人を回していただければ助かりますね」
「……ふむ。それは良いかもしれんな」
マルティン先生の頭を悩ましているでしょう、軍縮後の退役軍人の受け皿にもなりますのことよ。体力自慢は歓迎ですので。
なんならついでに “もったいないおばけ” の教えに帰依していただければ、私自ら洗礼してその退役軍人様方の熟練度を振り直してあっという間に熟練工にして差し上げられますわ。(あ、別にホムンクルスやスワンプマンの素体にはしませんよ、それやると違法なので。私が人造生命の素体にするのは犯罪者だけですので。それも割とグレーですが。)
むしろ今後のことを考えると退役軍人さんを回してもらってもトンネル保守その他の人員は足りませんのことよ。
「そういえば、将来的には
4000kmも一気に走れるような車両は流石にないのよねえ、当たり前だけれど。だから……
「内装が整うまでの当面のあいだは魔導炉を積んだ
「……発掘品、か。貴公がそう言うなら、そういうことにしておこうか」
マルティン先生にはバレているが、自作の魔導車両でも、まあ建前上はサルベージ品ということにしておいた方が角が立たないのでそういうことにしてある。
魔導トレーラーの概要を紹介すると、車体自体に強化魔法を常に流して強靭化し、タイヤは物理障壁の応用の半実体だから発生装置が壊れない限りはパンクしないという感じの奴だ。
「そういえば、帝国内の聖堂はともかく、現地の方で山脈や大地を司る神の聖堂には、貴公の排除のための神託が下っていそうなものだが」
「ハハハ、もしそれで向こうの聖堂騎士団的な者らが押し寄せてくるのでしたら、受けて立つまでですよ。信心の篤さで負けるつもりはありませんので」
剣戟と馬蹄で信仰を語る聖堂騎士団のような勢力の異教版が来たとして、そうなれば私は “もったいないおばけ” の信仰にかけて、技術と火力で以て信仰を語りましょうとも。
「技術と火力……貴公は払暁派であったかな??」
「落日派ですよ? 深淵にこそ誉れあれ、です」
「そうか……」
そうやってマルティン先生と意見交換をするうちに、夜は更けていった。
未明。マルティン先生も忙しいから適当なところで報告と意見交換を切り上げたあと。
冬の荒野は冷え込むものだが、適温維持の魔導で集落を覆って緩和してやっているので、今日はそこまで寒くはない。
幸いにして今も雪は降っていないので、問題なくこれから行う作業もできるだろう。
「さぁて。それじゃあプレゼンのためにも幾つかサンプルの農作物を生やしておきますかね」
夜通し起きていた私は、この地の産業として栽培する計画を練っている農作物のサンプルをこの小神殿の周りに茂らせるべく、虚空の箱庭から種や苗を転送すると、それらに対して急速成長させる魔法を使った。
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術式が奔り、土地の塩がある程度は除かれ、土壌ごと持ち上げられて空中で攪拌粉砕され、それが大地に落とされると同時に畝が整えられ、種や苗が
成長具合に差をつけることで、苗から収穫までの時系列で見られるように調整。生きたサンプルとする。
「うむうむ、良いのではないかな。やはり実物があった方が話が早いだろうからな」
急場を凌ぐために食糧満載の蔵を寄付したりもするけれど、私がこの
ルゥルア・ハッシャーシュ女史の領民たる彼らには、きちんと働いてもらって、税を納めてもらわないといけないからね。
まあ、農業機械とか農薬とか肥料とか、あるいは技術指導とかはやるし、他にも加工工場とかも建てるつもりだから一次産業従事者ばかりにするつもりもないけど。
「『外敵』の話とかも気になるし……明日、いや、もう今日か。今日も長い一日になりそうだ。
じゃあルゥルアさんが起きてくるまで、昨日の海水鉱山の排純水を転移させた井戸から水を導いたりして庭園みたいに整えながら待つとしようかな」
派手に土地をいじったが、遮音術式を噛ませているので集落の方で眠るルゥルア女史には気づかれていないようだ。
さあ、麗しの婚約者殿は驚いてくれるだろうか?
翌朝のルゥルアちゃん「ちょっとは加減してくれません?!?!」
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原作WEB版更新されておりますね! → https://ncode.syosetu.com/n4811fg/254/
発進シークエンスいいよね……。