フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
前話のあとがきに『◆海水鉱山について』を追記しています。馬鹿げた数字にはなりますが、100基の海水鉱山からの排水を積み上げると大河並の流量の真水を転移可能です。本編でもマックスくんが「井戸にして、河にして」とか「大河にする」とかなんとか言ってますが、全力転移は洪水になるのでしません、流石に。……あ、洪水というので今気づきましたがマックスくんはやろうと思えば、空中に大規模な転移門を作って深海と繋げて海水をナイアガラの滝みたいに大量転移させたりとかできるので、地上文明を一掃したりできちゃうやつかもです(※魔力量の暴威)。そりゃ空間遷移は
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◆前話
ハッシャーシュの氏族が持つ広大な土地を利用した大規模農園とその産物の加工工場、交易所の運営を軸にした開拓計画をルゥルアちゃんに提示したマックスくん。
だけれど拠点の集落以外には、先の戦争の置き土産である動死体が
「動死体、ですか。それがその辺を
「そうなんです……」
恥じ入るように声を小さくする
まあ確かに、私ことマックス・フォン・ミュンヒハウゼンも神に仕える身として、不自然の極みたる動死体の跳梁を許しているなど余人に、ましてや他教の神官に告白するなど、
恐縮する彼女を、そっと菜園の端の方へと導く。
込み入った話なら、落ち着いた場所でするべきだろう。
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近くに魔法で即席で気温制御術式を組み込んだ
帝国風にするならティーテーブルを用意するところだが、ここは異国。
上に座れるような床几台の方がルゥルアさんも落ち着くだろう。
床几台の上に乗り、クッションを置いた座椅子に身を預けて向かい合う。
「わ、目が凄く整った絨毯……
「気に入りましたか? 直ぐにこの領地でも作れるようになりますよ。機械織りですから、短時間でたくさん織ることもできます」
「えぇっ、この品質のものをですか?!」
西暦世界でも布の機械織りが珍しかった頃は、人の手では不可能なほどに整った布地がむしろ付加価値になったという。ほら、異世界転移もので転移直後に服を高値で買い取ってもらえるあれだ。
まあ設備投資の回収もあるのだから、大量に生産できるからと言って最初から価格を下げる必要もないのは確かだ。
安さも過ぎればワケあり品だと見なす向きもある事だし、もしハッシャーシュの土地で機械紡績の工場を作っても、しばらくは価格は下げすぎず、出荷量を調整することになるだろう。
「このように見た目の整った品質の高い布地や絨毯は、今後この地のウリにしようかと」
「いいですね! 帝国向けについては私は分かりませんが、この近隣にはよく売れると思います」
「それを含む領地発展計画はまたあとで話しましょう。……本当はそちらの方が楽しみなのですが、今は外敵だという動死体の案件から先に片付けちゃいましょう」
私としてはこの広大な土地の発展計画の方を進めたいのが本音だけれどね。
穀物生産の向上や、機械化による資本集約型産業への転換。それらによる余暇時間の創出や人口増大によって、文化の発展が加速する余剰が生じ、新たな知識が生まれる素地となる。
物質的な豊かさが、精神的な豊かさを涵養するのだ。
そしてもちろん、様々な研究の進展にも繋がるだろう。
私が拠点を完全に虚空の箱庭に移して引きこもらないのもその辺が理由だ。
私が知る限り、帝国の魔導院には知の巨人と呼べるだけの
そこで生まれる議論、そして齎される学術的な発展は、私の知的好奇心を大いに満たしてくれるはずだ。
もちろん優秀な魔導師でもあるマルティン先生やアグリッピナ女史の下だからこそ働いているという側面も無くはない。
これが血気に逸ったグラウフロック系列の皇帝であった場合は、私はそこまで帝国政府に肩入れしなかっただろうし、そもそも見出されて大抜擢されること自体がなかったはずだ。
その場合は今も魔導院に籠っていただろう。
あー、だけど、戦争を起こす気にならない程に国力を高めるという帝国の方針は賛成だし、内政発展のためのアイディアは、まあ、マルティン先生が皇帝でなくても、何だかんだで提供していた可能性は高いか……。
基本的に戦争はあらゆる資源の浪費でしかなく、もったいないからね。敵の心を折って
いや、案外、開拓心を抑えられずに、自前で航宙艦でも作って火星なんかを開発しに行っていたりするかもしれない。もしもの話というのはいくら考えても仕方ないものだがね。
だけど今こうやって賢く美しい婚約者のルゥルアさんと会えたのだから、きっとこのルートで正解だったのだろう。
諸外国との交流や情報収集を考えた時に、
この辺りは東洋と西洋の交わる点であり、知識や情報もまた行き交うのだ。
海水鉱山からの真水の転移により船を浮かべられるほどの河を新たに流し、近隣への陸路交通を整備させたりすることで、水運陸路の交差によりこのハッシャーシュの部族の土地を発展させれば、西暦世界で言うメッカやバグダッドのような都市を築くことすら可能かもしれない。
そしてそこに帝国魔導院を含む各国の先端研究機関の出先機関を誘致したり、あらゆる書物を集める大図書館を作ったり…………夢の展望は大きく広げられる。
まあ、それより先にまずは閉鎖循環魔導炉の実験のための土地の確保や研究所の設置の仕事から片付けなきゃだけれど。
魔導副伯としての仕事を済ませつつ、知的好奇心を満たすという自分の夢に繋がる事業も進めたいと思う。
そこに “もったいないおばけ” の伝道や宣教も絡められればなお良い。
自分も随分と死ににくい身体になったと思うが、世の中にはまだまだ上には上が居る。研鑽も続けて、あらゆるリソースを積み上げていきたいし、ハッシャーシュの部族のようなもしもの時のセーフハウスにできる拠点や繋がりを増やすのも大切だ。
そうすれば、この世界に再誕したときに定めた三つの目標── ①死なない、②好奇心を満たす、③リサイクル推進── を叶えていけるだろう。
というわけで、動死体案件だ。
これもなかなか取り組みがいがありそうな案件の予感がするね。
研究的な観点でも、リサイクル的な観点でも、ルゥルアさんとの絆を深めるという観点でも。
「それでは詳しく聞かせていただけますか? ルゥルア・ハッシャーシュ卿」
帝国の置き土産の動死体とはどういうことなのか。
動死体の制作や運用は、帝国でも御法度のはずなんだけど、いったい誰がやらかしたんだかね。
モグリの屍霊術師の仕業であれば始末をつけるのは楽なんだが、まあ期待薄だろうなぁ……。
ミュンヒハウゼン卿の問いかけに答えようと、私 ルゥルア・ハッシャーシュは
ああもう、何から話そうとしてたか飛んでしまった。
「そうですね、ミュンヒハウゼン卿。何処から話したものか……」
「あ、すみません、話の腰を折ってしまいますが、いつまでも “ミュンヒハウゼン卿” では他人行儀ですし、お互いに名前で呼び合いませんか?」
などと名前呼びを提案してくるミュンヒハウゼン卿。
ふ、不意打ちですよそれはっ!?
「えっ、あっ、は、はい! そ、それで良ければ喜んで……ええと、マックス、さん?」
「はい、遮ってすみませんでした、ルゥルアさん。動死体の件の詳細を聞かせていただければ」
「は、はい!」
ミュンヒハウゼン卿、改め、マックスさんから名前で呼ばれて、照れてしまう。
…………そういう自分の心の動きを改めて見つめてみれば、私はこの
まあ、それはそれとして、話は進めなければ。
さすがに動死体が彷徨いているのを放置はできない。
それこそ、こっ、婚姻の儀礼を挙げるのに、来賓を招くこともできないし。
「
アレらが結界を越えることはないし、先祖伝来の弓矢を持って結界の外に出た時には私も見つけ次第に狩りだしているが、それでもアレらが減った気はしない。
元々の数が膨大なのか、あるいは『製造工房』でもあるのか……。
私も結界の奇跡の維持のために、この集落を長くは空けられないから、手が足りず、根本的な解決には至っていないのだ。
「いつ頃から、っていうと、帝国とやり合った後から、でいいのでしょうか」
「そうですね。そうなります、マックスさん」
「じゃあもう既に数年は動死体に悩まされているわけですか……」
そういうことになる。
おかげで寄り付く隊商も減ったし── それでも完全には途絶えないあたりは流石は砂漠の商人たちだ。気合が違う── 、家畜の放牧もさせられない。
こんな塩が浮いて大地が罅割れた辺鄙な場所に集落を移さざるを得なくなったのも、動死体どものせいだ。
「帝国の置き土産、だと仰っていたのは、何か理由が?」
「──── 長引く戦争の半ばを過ぎたころから、兵士個人や、部隊ごとの寝返りが目立つようになったのです。こちらの人間と同じ肌の色をした兵隊が、帝国の軍の前線に居る、と」
「ふむ。だけれどそれだけならあり得なくはないでしょう。普通に寝返っただけかもしれない」
だが、そんな普通のことではなかったのだ。
マックスさんも分かっていて聞いているのだろう。
彼の眼には、疑問や猜疑は浮かんでいなかった。
「見た者がいるのです──── 確かに死んだはずの戦友が、その死の傷を薄らと残したまま生気を失って帝国の戦列に加わっているのを。そして再び殺しても、即座に傷を
「ああ、なるほど……」
「彼ら兵士たちは震え上がりました。“
戦場の兵士は迷信深い。
指先ほどの距離の違いが、生死を分けるのだから当然だ。
矢の当たりどころ、敵の槍の穂先が掠めた場所……それらが指先一つ分ズレるだけで、運が良いものは生き残り、運の悪かった戦友が死体になる。
だからこそ彼ら兵士は縁起を担ぐのだ。
「誰が
──── それが全て、ということはあり得ませんが、やがては帝国に負けることになったのです」
「あー、そうですか。ふーむ、普通の感覚だとそうなのですねえ……」*2
「えっと、何か?」
「いえ、何でもないです。私も初耳でして、驚いているところです。帝国でも動死体の兵器転用を含む運用は、基本的には違法ですからね」
マックスさんの言葉に私も納得します。
それはそうです、動死体の兵器転用が合法というのは、普通に考えてあり得ません。
恐らくは帝国の方でも現場の暴走というところなのでしょうが……。
「帝国でも違法だというのは安堵できますが、かといってそれによって今この地に徘徊する動死体が消えてなくなるわけではありません」
「まあ何の慰めにもならないですよね」
「マックスさんは神官としても高位とお見受けしますし、巨鬼と巨蟹の融合獣だという護衛の方もいらっしゃいますから、皆で力を合わせればなんとか撃退できるのではないかと思うのですが……」
婚約者であるマックスさんを迎える前に、動死体を片付けられれば良かったのですが……。
あるいはマックスさんは、この動死体の件の後始末も含めて派遣されたのかもしれないと思ったのですが、この様子では御存じなかったみたいです。
逆にそこから察するに、帝国政府の中枢は、先の戦争で動死体が運用されていたことは知らないのでしょう。
「確認ですが、ルゥルアさん」
「はい」
「帝国の軍隊は、動死体に指示をしていたのですよね?」
「ええ、そのように聞いています。指揮命令下に置いて運用していたのだと」
なるほど、とマックスさんは深い蒼の瞳を伏せて、座った床几台の上で膝を立てて腕をその立膝の上に置き、何やら考えているようです。*3
「…………うーわ、どうすっぺこれ…………」
「あの。どうされましたか? マックスさん」
「──── はい。いいえ。何でもありませんよ。
えーと、指揮命令に従っていたということは、逆に言えば、その命令系統を魔導戦で奪ってしまえば良いわけです。恐らくは術者の居なくなった被造物が、ルーチンに沿って活動しているだけでしょうから、そう大した手間ではないでしょう」
事も無げに告げるマックスさんの表情は、気負いもなく淡々としたものでした。
それを見て、私も安堵しました。
そして確信しました。
きっとこれで、頭を悩ませていた動死体の件も片付き、マックスさんと一緒にこの土地を発展させるという輝かしい栄光の未来が待っているのだと……!
薄っすら目にハートが浮かびつつあるルゥルアちゃんと、「
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