フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~ 作:舞 麻浦
◆前話
空飛ぶ絨毯の上で真珠のような光沢をもつ
その眼下では、
対するは魔導と奇跡が付与された具足に身を包み、妖精の鱗粉で戦化粧した
しかし、相手にとって不足なし!! 巨蟹鬼は、四つの歩脚を動かし猛然と土煙を巻き上げながら動死体軍団へと吶喊した。セバスティアンヌの戦吠えが大気を震わせる!
いざ、開戦!!
『ハァアアアアアッ!!』
「さあ始まりました。
「実況解説……?」
ここは空の上。
いやはや、まさか空を飛ぶことになるなんて思いもよりませんでした。
この私 ルゥルア・ハッシャーシュの人生でも初めてのことです。フフフ……怖い……。
空飛ぶ絨毯に乗って……というシチュエーション自体には憧れのような気持ちもなくはないのですが。
空飛ぶ魔法の絨毯って御伽噺の中だけのものかと思っていましたが、実物があるのですね……。
過去に滅んだという古代魔法王国由来のものではなくて、マックスさんが新造したものだというから驚きです。しかもハッシャーシュの一族に伝わる紋様が織り込まれているという芸の細かさ。
本当に何でもアリですね、この方……!
それはそれとして実況解説とはいったい……?
「ええまあ、ただ単に見るだけよりも解説を入れた方が分かりやすいかと思いまして」
「な、なるほど……?」
「あとルゥルアさんは下を見るのが怖ければ、お持ちの大弓の
確かに下を “覗き込む” のが怖いのであって、遠隔視で映す分にはいつも獲物を射る際にやっていることなので大丈夫かもしれません。
「では失礼して」
空飛ぶ絨毯の上、私は伏せたまま一族伝来の大弓を構えました。
背のハサミ腕2つでしっかりと構え、尾に付けた
すると大弓に込められた照準用の魔法が発動し、自在に遠見が出来るようになるのです。
……確かに遠見の魔法を介してであれば、空にあっての恐怖も幾分か
「どうですか? ルゥルアさん」
「大丈夫そうです」
「それは良かった! 一応、魔法の <手> でお身体を支えておきますね」
矢を番えるためにマックスさんに巻き付けていた尾を解いてしまったので、気遣ってくださったようです。
不可視の力場が私の身体をそっと押さえてくれるのを感じます。
「ありがとうございます」
「いえいえ。それでどうですか、見えますか? 私の方からも大弓の視野投影術式に介入して、色々と情報を追加していますが」
「ええと、はい、見えています」
魔法の照準視界の先では、虹色の鱗粉で戦化粧を施された異形の戦士、巨蟹鬼のセバスティアンヌ女史── 婚約者であるマックスさんの護衛。……情婦、ではないと思うのですが、距離が近いのは気になっています。── が、この空にある絨毯ですら震わせるほどの大音声とともに動死体の軍勢へと
マックスさんの介入のお陰かいつもの遠隔視界と違う部分もあります。セバスティアンヌ女史の姿や、魔法の遠見の視野の中では敵の姿が縁取りされるように強調されているのです。とても見やすくて助かります。
「……いくら彼女がお強いとはいえ、やはり流石に単騎で軍勢に突撃するのは無謀なのでは……?」
「ははは、私の護衛を心配いただくのはありがたいですが、問題はありませんよ!」
私のつぶやきを拾ったマックスさんが安心させるためか、楽観的に明るい声を出します。
「不安に思われるのも分かります。そこで、“実況解説” というわけです」
「実況解説……」
「ええ。ルゥルアさんも一族を率いる族長にして神官であれば、戦にも詳しいのでしょうが、
代わりに敵方の種族やこの地の軍のセオリーについてはルゥルアさんからも解説を入れていただければ助かります」
なるほど、お互いに観戦武官にでもなったつもりで物見高く戦を評する、というわけですね。
「そういうことでしたら、このルゥルア・ハッシャーシュ、諜報と暗殺を司る一族の頭領として自らの知識を開陳しましょう」
「頼りになります。よろしくお願いいたしますね」
と言っている間に、既に交戦は始まっています。
「マックスさん、それでは私から、この地における戦の緒戦について。……とはいっても、戦の定石というのはどこも変わらないでしょう。まずは投石・弓矢です」
遠間の敵の勢いを削ぐために投石兵や弓兵ら遠距離攻撃のできる者たちが攻撃を投射する。
これが鉄則ですね。
「……魔法使いや戦闘僧侶が居れば、投射型の魔法や奇跡も飛んでくることと思いますが……。動死体の軍団だとどうなのでしょう」
動死体が魔法や奇跡を使えるのかまでは分からないので、マックスさんに聞いてみます。
「奇跡を使ってくることはまずないでしょうね、よほど奇特な神でなければ奇跡の請願時点で動死体そのものが浄化崩壊してしまうでしょうから。
魔導については動死体を操る術者が、操っている動死体を起点に魔法を放つ方法もありますし、何らかの魔導具や投射機構、火砲を予め動死体の身体に組み込んで運用する場合もありますが……見たところはそういう遠距離攻撃のための特殊な改造は加えられていないようですね。おそらくは、それらの改造は帝国に素体を持ち帰ってから行うつもりだったのでしょう」
「なるほど……」
「またそういった改造が施されていないことからも、敵の動死体軍団の首魁は魔導師ではないと思われます。もし魔導師が傍についていて数年も時間があれば、その程度の改造はしてあって然るべきですからね。相手の首魁は、動死体の制御を奪った何者か……という線が濃厚かと」
「そうですか……」
やはり姉さんが…………マリヤム姉さんが、動死体を率いているのでしょうか?
神様からの啓示では、姉は既に亡くなっているはず。私が一族を割った数年前にはもう。
しかし、その遺体が動死体となっていないとは、天啓では言っていませんでした。まあ当然ですが。
マックスさんの解説が進む間にも、巨蟹鬼セバスティアンヌ女史は進撃を続けています。
馬よりも早く駆ける彼女に石や弓が降り注ぎますが、それらは彼女の着ている鎧に込められた魔法によってあらぬ方向に逸れていきます。
「私が具足に付与した飛来物を逸らす魔法はきちんと作動しているようですね。魔導も奇跡も込められていない遠距離攻撃であれば問題ないようです」
「まあ仮にセバスティアンヌさんに当たったとしても石や矢が効くようには思えませんが……」
「そうですね。ルゥルアさんのおっしゃる通り、スティーなら当たっても鎧と生体装甲たる皮膚で軽く弾くでしょう」
とはいえ確かに、そもそも当たらないに越したことはないですし、当たらなければ足が鈍ることもないわけで。魔法により矢避けの力場を得ているセバスティアンヌ女史は依然トップスピードのままです。
命中しない遠距離攻撃に見切りをつけたのか、敵中央の前衛が盾を構えて列を成し、その盾と盾の隙間から槍を突き出して、重層的な槍衾を構築しました。
騎兵を受け止めるための態勢ですね。動死体には恐怖もないでしょうから、騎馬突撃の圧力に臆して崩れることもなく受け止められるという計算なのでしょうし、正攻法です。……通常の騎兵が相手だったならば、ですが。
「槍衾で軍馬や
「まー、巨蟹鬼はあれじゃあ止まりませんわなー」
マックスさんの言う通り、まるで地に叩きつけられた泥玉が弾けるように、動死体の前衛集団が吹き飛び、砕け散りながら宙を舞っていきます。
あの程度の槍衾で止められるわけがないのですよね、明らかに……。というか
「ふむ……動死体であれば毒性の体液でも仕込んでいるかと思いましたが、そうでもないみたいですね。本当にお持ち帰り用の未改造な綺麗な素体をそのまま奪ってきたような感じです」
「毒液はともかく、腐臭もしませんし、かなり保存状態は良いようですね。とはいえあれはあれで、生前と大差ない実力を発揮できているようですしなかなかのものだと思うのですが……」
「うーん。まあそれはそうなのですが、その程度は大前提というか……。せっかく動死体にするなら生前のスペックを超えてこそですからねえ」
魔導師なりのこだわりがあるようで、マックスさんは敵の戦力発露に不満があるようです。
神に仕える身としては、動死体として辱められている死体が生前と遜色ない実力を発揮できていることは驚きに値するのですが……。
「あっ、マックスさん、両翼の騎兵たちが慌てて包囲を狭めています!」
「あー、槍衾で止めることができる想定だったのでしょうね。うちのスティーはその程度じゃ止まりませんでしたが」
「そうですね、本来は槍衾でこちらの衝撃力を殺してから、そこを向こうの味方の騎兵が叩いて壊乱させる、という想定だったんだと思います。あれ……方向転換?」
とか言っていると、何故かセバスティアンヌ女史は中央の歩兵部隊を突破する機動から、左翼側から押し包もうとしてくる騎兵の方へと進路を変えちゃいました。
そのまま中央突破もできたのでしょうに、なぜ方向転換を?
「これは? そのまま中央を抜くのかと思っていましたが……」
「中央の兵集団にはめぼしい強者が居ないと悟って、次は騎兵に狙いを定めたみたいですね」
確かに
ということは、この戦いにおいては敵の歩兵集団はほぼ戦力外。
「巨蟹鬼スティーのベースは戦鬼とも称される
「そこだけ聞くと、単に傲慢なだけにも聞こえますが……。向こうにはまだ
「それで窮地に陥るのであればそれもまた一興という考えなのでしょう」
そういうものなのでしょうか……。
その後、セバスティアンヌ女史は左翼の
「……動きを止められましたね」
「流石に
「そうなんですか!?」
マックスさんの解説にびっくりしてしまいます。
四つの神銀鋏一つ一つをそれぞれ1体の
現に、右翼の生き残りの
「いえ、問題ありませんよ」
マックスさんの冷静な言葉が語るとおり。
巨蟹鬼にとってはこの程度は何のピンチでもなかったのでしょう。
なんと彼女はまるで魔法のように、鋏を掴んでいた
そして弾き飛ばされた
土煙を立てて転がっていく
「わっ、い、いったい何が!?」
「あれがスティーの技です。スティーは力に秀でていますが、それだけではない。ここより遥か東方の仙に起源を持つとかいう武術を修めていますから」
それを皮切りに、巨蟹鬼セバスティアンヌ女史は、流れるような動きで残敵を掃討していきます。
片時も止まることもなく、まるで踊るかのように!
戦化粧の虹色鱗粉が幻想的な軌跡を残し、しかし弾け飛ぶ赤黒い死肉が凄惨な血煙となります。
戦場舞踊、とでも言うべきでしょうか。
「あー、もったいない……できれば散らかさないでほしいのですが。あれでは再利用できなくなる」
「……ギルタブルルの同胞は、弔わせてもらいますからね、マックスさん」
「あははー、ええ、ルゥルアさん、分かっていますとも」
まったく、魔導師というものはやはり度し難いもののようです。
それは異教の神に仕える我が婚約者であっても変わりなく。
……かと言って、マックスさんのことを嫌いになったわけではないのですが。
私としても、私に見えないところで彼が魔導の深淵に勤しむのであれば気にしません。
実際にマックスさんが世の暗がりで行ってきた研鑽の集大成として、彼の魔導の腕によって我がハッシャーシュの部族が救われようとしているのですから、文句をつけるのはお門違いというものです。
流石に、ハッシャーシュの部族の同胞たちの亡骸は渡すわけにはいきませんが。
あれは我が神の御許に還るべきものであり、私が還すべきものですからね。巫女として、そして族長として。そこは譲れないのです。
しばらくすると、まともに原形の残った動死体は見当たらなくなりました。
集落外の荒涼とした大地に、かつてヒトの形をしていたものが土埃にまみれて転がるだけです。
────ッ!!
そのとき、空飛ぶ絨毯の上に伏せる私の首筋に、得体の知れない悪寒が走りました。
どうやらマックスさんも同じようなものを感じたようで、私の背にある中眼で見える彼は、首筋に手をやっています。
お揃いですね、などと暢気な感想が一瞬浮かびましたが、それはさておき、戦場で動きがあったようです。
「……なるほど、あれは確かに相当な魔剣ですね」
「やっぱりマリヤム姉さんが……」
真打登場とばかりに現れたのは、黒曜の甲殻を持つギルタブルルの戦士。
直立態勢で、それぞれのヒト腕、ハサミ腕に短剣を持ち、うねる長大な蠍の尾の先にダマスカス鋼の魔剣を持った姿。
あれこそが、我が姉にしてかつての部族筆頭戦士、マリヤム・ハッシャーシュ。──── その動死体です。
「ああ、なんと哀れな。死してなお戦いに囚われているだなんて!」
神の御許に還るべき魂が、死した身体に縛り付けられている。
なんとも悍ましく、哀れで、悲しい有様でしょうか。
しかもそれが、あの気高く、強く、しかし私には優しかった自慢の姉の末路だというのです。
ひゅるり、と姉の黒く輝く美しい蠍尾が振られます。
因果切断。運命開拓。
「『その時、不思議なことが起こった』────」
マックスさんが言ったとおり、不思議なことが起こりました。
バラバラになったはずの動死体の軍勢が、瞬く間に寄り固まり、近くの肉片同士で集合し、歪なキメラのごとき動死体の軍勢として甦ったのです。
「ははあ、なるほど。これはおそらく動死体に働く『世界の修正力』を切り離したのですね。そうすることで、動死体に仕込まれた再生術式が十全以上に作動するようになるという訳ですか。その結果としての過剰再生とキメラ化。
いや、一部は先祖返りの変異まで起こしている? 羽の生えた
うぞうぞと蠢き変異する死体の軍勢。
それを率いるのは、姉です。
私の、姉なのです。
嗚呼。
許せるものですか。
こんな有様、こんな結末。
「マックスさん」
「はい、ルゥルアさん。なんでしょう」
私の声は震えていないでしょうか。
「お願いがあります。どうか、どうか、あの姉を弔う一矢を私にお任せください」
「ええ。構いませんとも」
「ありがとう、ございます……!」
マリヤム姉さんは部族の筆頭戦士。
私は訓練の模擬戦でも姉さんに弓矢を当てられた試しがありません。
まして伝来の魔剣『
「きっと巨蟹鬼スティーが貴女の姉を打ち倒します。そうしたら、
「それはもちろん。感謝します」
「感謝はまだ早いですよ。まあ、もうすぐでしょうけれど。達人同士の果し合いは、時に驚くほどの短時間で決着するものですから」
異形と化した動死体の軍団が巨蟹鬼セバスティアンヌ女史へと殺到し、マリヤム姉さんの動死体がその軍勢の陰に紛れました。
流石の隠形の腕です。死してなお、生前の技量に陰り無しとは……流石はマリヤム姉さんです。
「高度を下げます。きっと地面に降りるまでには勝負はついているでしょう」
マックスさんの声を合図に、空飛ぶ絨毯が眼下の戦場へと降りていきます。
激戦の末に勝利したのは、巨蟹鬼セバスティアンヌ女史でした。
セバスティアンヌ女史は死角から襲い来るマリヤム姉さんに四本ある歩脚のうちのひとつを魔剣『
なるほど、魔剣『
もっとも、魔剣でなければ突破できない装甲を持っており、その装甲を魔剣で突破されたとしても間髪入れずに対応できるだけの覚悟と、魔剣の一撃に耐えられるタフネスが必要ですが。
いまやマリヤム姉さんの動死体は、六肢を失い、下半身を失い、首を掴まれて巨蟹鬼セバスティアンヌ女史の手から吊るされています。
残るのは匍匐用の腹肢のみです。
これならいくら姉さんでも、私の矢から逃れられないでしょう。
私は地まで降りきった絨毯の上で、伏せた態勢で、バリスタのように大弓をハサミ腕に持って構えると、尾で矢を番え、その矢に神の加護を纏わせながら狙いを定めます。
「姉さん……」
しかし、何故か狙いが定まりません。
蠍の尾の震えが止まらないのです。
そのとき不意に、震えが止まりました。
「あ……、マックスさん……」
「夫婦というものは、苦難を分かち合うものだと言います」
ああ。
マックスさんが私の尾に手を添えてくれているのです。
「貴女が辛いとき、悲しいときは、こうやって私にも支えさせてください」
「──── はいっ!!」
そして私は。
いいえ。
私たちは、矢を放ったのです。
初めての共同作業♡(※
ルゥルアちゃん「神官としても、妹としても、姉をきちんと弔って昇天させてやりたかったのです。……いえまあ、姉は素晴らしい人なので、たとえ動死体になってもマックスさんが心奪われる可能性を心配した、ということも少しは……ええ、
※なお、直前にマリヤム女史がおぼろげに意識を取り戻して、妹ルゥルアちゃんと若干会話する中で「私たち結婚します!」宣言をされていた場合、
マリヤム女史「は?? うちの可愛い可愛い妹を帝国野郎に嫁がせるとかあり得ないんだが??」
と、シスコン怒りのアフガンで衝撃のあまり急に意識が覚醒して完璧に正気に戻って、なんやかやあってマックスくんがペルシャ地域の王になって姉妹ハーレムするヘンダーソンスケールは実際ありえます。